第5話 執事と武器
私は、とりあえず
コンクリート造りの建物に、とにかくトゲトゲした鉄枠と紫に塗られた木材で作られた扉のなんと合わないことか。
センスを疑う。
だが、いくら押しても、その扉はうんともすんとも言わない。
私程度の一般人の力じゃ、開かないってこと……?
私が必死に押しながらうんうん唸っていると、見かねたモカ様が私の肩を叩いた。
「外開きだ」
「」
あ、ああ……、あああああああああ!!!! 恥ずかしいぃいいいいい!!
自動ドアだと思って入ろうとしたら自動じゃなくてぶつかっちゃったところを他の人に見られた時ぐらい恥ずかしいよおおおおお!!
あの子、凄い勢いでぶつかった……みたいな目で見られると、こっちだって居た堪れない。
すぐさま私は、ドアを撫でる。
べっ、べつに間違えていたのを誤魔化したいとか、そういうんじゃないんだからねっ!
「っい、いい扉だな~と思って! トゲトゲで、勇ましくて魔王城って感じで! あと、えと、確認するけど、私も一応ここに住んでいいんだよね?」
「ああ、もちろんだ。部屋は用意しよう。……その、大丈夫だぞ、シズク。案ずるな。お前がこの扉を一生懸命押していたこと、誰にも口外はしない」
モカ様、優しいっ! 可愛い! 大好き!
「私は言い触らします」
(カダァアアアアッ!!!! てめぇ、いつか絶対失脚か、事故に見せかけて殺してやるからな。覚えてろよ)
取っ手を引っ張ると、ギギィィィ……と、重そうな音を立てる。しかしその音に反して思いのほか扉は楽に開いていく。
その瞬間に、中の灯りに手前から順番に火が
ただ、その灯りの光が弱すぎる。かろうじて全体が見える程度の明るさだ。足元などは暗くて、本当に見え辛い。
恐らくエントランスと言って差支えがないその場所の中央には、誰かが立っていた。
「おかえりなさいませ、魔王様」
お辞儀をしながら出迎えた彼の、渋いバリトンボイスが心地よく体に響く。
そこにいたのは、初老の男性。
皺ひとつない黒いスーツ、固すぎない程度に緩やかにシルバーグレイの髪を後ろに流し、タイはピシリと真っ直ぐ。白い口髭と、シルバーの縁取りがされた片眼鏡がとてもよく似合っている。
誰が見ても、あ、ご職業は執事ですか? あと、名前はもしかしてセバスチャンですか? と訊いてしまいそうな男性だ。
「人……?」
「いいや、セバスチャンは魔物だ。なんの魔物か、分かるか?」
本当にセバスチャンだった。執事になる為に生まれてきたような名前だな。
「えっ、だって……、どう見ても人間にしか見えないんだけど……」
「ふふっ、当てたらいいものをやろう」
意地悪に笑うモカ様も可愛い。
うーん、あの男性の後ろに尻尾でも生えているのだろうか? 角は生えてないみたいだけど。
「悪魔?」
「悪魔ではないな」
「うう~、人の形をとる魔物って、選択肢多すぎない?」
私は普通の女子高生で、魔物に精通しているわけでもないのに。
「そうだな、じゃあヒントをやろう。セバスは、割とどこにでもいる」
「??? それが、ヒント?」
「ああ」
割とどこにでもいたら、世界が執事だらけになるのではないだろうか?
あ、でもセバスのような素敵な執事さんが溢れる世界、すっごくいいかもしれない。
「もちろん、セバスと同種がということだぞ? セバス、その場で回って見せてやれ、尻尾がないことを確認するためにな」
「はい、かしこまりました」
笑みを崩さず、セバスはくるりと淀みなくスムーズに回って見せてくれたが、確かに、尻尾はない。
「今のセバスのスムーズな回転も、一つのヒントだぞ?」
「ええ……? もう少し近付いてもいい?」
私が少し歩みを進めようとすると、それをモカ様が止める。
「ダメだ。近付いたら、答えが分かってしまうからな」
「近付いたら分かっちゃうの?」
「ほら、これでヒントは三つ目だ。もうヒントは打ち止めだぞ」
「ヒントそれで終わり!? ほんとにヒントなの???」
私は目を細めて、セバスをじっと見つめる。
とにかく、部屋の中が暗いのだ。
灯りの位置が高過ぎるのか、それとも光が弱すぎるのか。光量が低すぎて、足元に何か落ちていたら気付かずに引っかかってこけてしまいそうだ。
セバスの足元だって、暗くてよく見えない。
執事は、足もとまで隙がないものだ。ピカピカに磨き抜かれたドレスシューズ、それが見た――。
「あっ!」
気付いてしまった。
異世界転生特典で目が良くなっていたのが、幸いしたようだ。多分眼鏡のままだったら、見えなかったかもしれない。地味な特典にも、意味があるものなんだな。
「分かったか?」
私が何かに気付いたことに気付いて、モカ様が微笑む。
「た、多分」
「言ってみろ」
「セバスさんって、もしかして……幽霊?」
セバスは、私がそう言うと、こくりと上品に頷いて
「正解でございます」
と、また渋いバリトンボイスで囁いた。
(ええ声や~)
セバスの足は、透けていて見えないのだ。執事であれば当然の身だしなみ、ピカピカに磨かれたドレスシューズを履いているはずの足が。
他にこれといった特徴もないが、三つのヒント、どこにでもいる(私はセバス以外見たことはないけど)、スムーズな回転(足がないから軸がブレない)、近付いたら分かる(足がないのがはっきり見えてしまう)、の三つを組み合わせると、確定とはいかないまでも、そうなのだとある程度納得はできる。
「やるな、シズク! セバスは確かに執事だが、ここに配置しているのは勇者が来た時にこのクイズを出す為なのだ!」
「それはやめたほうがいいと思う」
なんでクイズなの?
「!! な、なぜだ!? 太陽の光を魔力を使って集めて起こした炉、最高硬度の物質オリハルコンを贅沢に使い、高度な鍛冶技術を持つ世界最高峰の種族ドワーフ、そのドワーフの中でも最高の刀匠オリ・ハルコが打ったオリハルコンの大剣――『ハルコズソード・改ⅢエボリューションブラックRXプラチナムver.』が手に入るんだぞ?」
なんかすごい早口!!
「名前が長い!! そこはオリハルコンソードで良かったんじゃないの!? プラチナムとか入れたら、オリハルコンだかプラチナだかややこしいわ!!」
「っなあ!? オリの命名をバカにするなあ! ハルコ家は何代も続く、オリハルコン専門の刀匠で、オリ・ハルコという名前は、その名を継ぐに値する者にしか与えられないんだぞ!!」
「どうでもいいわ!! あと、クイズをやめた方がいいって言ってるのは、クイズなんていうまだるっこしい方法を使わずに、宝箱に入れておけばいいんじゃないのってことだからね!?」
「宝箱に入れて分かりにくい場所に隠しておくのは、まだるっこしくないと言うのか?」
「!!?」
ぐぅうッ!!
この魔王、痛いところを突いてくる!!
魔王城をこんな形に建ててしまったバカなのに! 勇者にクイズを出そうとするアホなのに!!
「く、クイズよりはマシ! 外れたら貰えないんでしょう?」
その私の質問に対して、モカ様はきょとんとした顔で答える。
「いや、外れてもやるつもりだったが」
「えぇ……? じゃあなんのためのクイズなの?」
「我の遊びに付き合ってくれた礼だぞ?」
~~~~~~ッ!! ッッッッッ!!!!????
ッッッピュアァアぃ!!
やめて、そんなピュアな理由!! ピュアみの波動がすごい!!
外れたら貰えないと思ってた自分の心が汚れてたみたいで、突き刺さってくる!!
ピュアみに殺される!!
「だが、勇者にやるまえにうっかりシズクにクイズを出してしまったからなあ。セバス、例の物を」
「かしこまりました」
☆魔王城の欠点その2 扉を開けたら五秒で執事
――………。
「……サイズの割に、思ってるより重くないんだね」
ラスボス周辺で手に入りそうな、大きな宝石が散りばめられた意匠が鼻に付く大剣を握っている私を見て、満足げにうんうんと頷くモカ様。
どこか、ボールをうまく拾ってこれた時のモカの顔に似ている。
意匠は別として、透き通るような輝きを持つ白銀の刀身は、どこか艶めいてもいて美しい。刃先周辺に指を滑らせてみると、しっとりとした吸い着くような感触だったのに、私の指先のほんの少量の脂を弾く。
なるほど、脂が付かないなら手入れも楽そうだ。
少し試し切りをしたくなってしまう。
ちょっとカダが試し切りの為にそこに立っていてくれないだろうか。なんなら、避けてくれたって構わない。
大丈夫、この剣なら逃げても一刀両断にできる気がするから。
「思いのほか、堂に
「えっ、まあ……嗜みの一つとして」
「そうか」と、モカ様は深く訊かずに微笑む。
「ハルコズソード・改ⅢエボリューションブラックRXプラチナムver.は、持ち主の筋肉量に合わせしっくりくる重さに自動的に変化し、剣の振りのスピードをサポート。さらにうっかり間違えた標的を切りそうになっても、使用者の『うっかり感』を感知し、搭載されたレーダー式自動ブレーキシステムが作動する、高齢剣士にも安心安全の親切設計だ」
そっか、魔王様は勇者たちが来るのは老人になってからだと思ってたから、武器にそんな親切ハイテク設計を……。
この剣の柄とか
「うっかり違う標的を切ることって、そんなにあるかな? あと、本人に『うっかり感』がなかったら間違えた標的そのまま切れちゃわない?」
「そんな心配性の為に、
「そう……」
私は長剣の扱いにそれほど長けているわけでもないし、とりあえず、モカ様とセバスを登録しておいた。
カダはいいや。試し切りは無理そうだけど、近い将来事故で切る可能性もあるし。
「モカ様、私がこの剣を貰っちゃったし、クイズはやめてもうちょっとこの場所の光量を上げてね?」
「仕方ない。シズクが言うならそうするとしよう」
私は、
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