第4話 魔王城の欠点

 ◆ ◆ ◆


 勇者とその仲間の賢者、格闘家は魔王城を見上げながら、決意を新たにする!!


「やっと着いたぞい!! 幾度となく魔王の手下に殺され! ここまで、大変に苦労をした……。それでもとうとう、この魔王城に……着いたのじゃ!! ふがぁ!!」

「頑張りましたねえ、私達……。あら、眼鏡、眼鏡はどこにいったのかしら?」

「途中で魔法使いが寿命で死んだときは、もうだめかと思ったわい。じゃが、魔法使いも魂だけの存在となっても、こうしてわしらと同行してくれておる」


 勇者は力み過ぎて飛んでしまった入れ歯を洗い、賢者はおでこに掛かった眼鏡を探し、格闘家は誰もいない方向を見ながら、それぞれ思い思いにプルプルと震えている。

 さながらそれは、悪くないスライムのように――。

 

 ◇ ◇ ◇


「――ちょっと待て」

「えっ?」

「勇者がいつの間にかパーティ組んでるのはまあいいよ。冒険でパーティを組むのは基本だし。でもさ、勇者たち、おじいちゃんとおばあちゃんになってない? あと、悪くないスライムってなに? やっぱり魔王様、〇ラクエ知ってるよね?」

「ドラク〇……? いや、それは知らないが、我の支配下にないスライムたちは、いつも冒険者に我の配下のスライムと間違われて殺される可能性に怯え、ぷるぷると震えている。これは、世界の常識だぞ?」


 やれやれ、と肩を竦めるモカ様。

 そんな、私を何も知らない憐れな娘みたいな目で見ないでほしい。

 この世界のことは確かにほとんどなにも知らないけど、それとこれとは絶対話が別だと思う。


「それに、年を取っているのは、今の勇者のペースだと魔王城に着くのが先か、寿命が先かというペースだから……。リアリティの追求だ」


 そんな夢もへったくれもない勇者の冒険譚、誰が聞きたいんだよ。


「私が育成の手伝いをするからには、勇者たちには来年には着いてもらうよ。――もし不測の事態で、パーティがバラバラに2年間修行をすることになっても、再来年には確実に魔王城に着いてもらうつもりだよ」

「らっ、来年か再来年だと!?」

「な、何をバカな!! 勇者のレベルはまだ3だぞ!? そんな短期間成長メソッドを、どこで手に入れた!?」


 短期間成長メソッドって。カダが言うとなんか腹立つ。

 でも、それをどこで手に入れたかって!?

 そんなの当然、日本が世界に誇るRPGに決まってる!!


「はい、なのでシミュレーションやり直し! 勇者たちは若者の状態で魔王城に着いてください!!」

  

 ◆ ◆ ◆


 勇者、賢者、格闘家、魔法使いたちは冒険の末――切り立った断崖絶壁にそびえ建つ二本の巨塔、通称タワマンと呼ばれる魔王城が、一番美しい角度で見えると評判の場所まで来ていた。


「あれが、魔王城……」

「ここまで、長かったわね」

「ああ、だが魔王を倒せばこの冒険も終わる」

「ソラ、準備はいい? こっちは準備万端だよ!」


 四人は、その瞳にそれぞれ炎を灯していた。何度魔王の配下に殺されようとも、彼らは決して折れはしなかった。

 冒険中、殺されること63681回。彼らの所持金は200ネルであった。


 ◇ ◇ ◇


「魔王を倒そうって時に所持金しょぼすぎる!! 校外学習にもいけないよ!!」

「大丈夫だ、中には駄菓子を組み合わせ、200ネル以内に抑える者もいる」

「そんな悲しい事情を抱えた誰かの話はいいよ! 死亡回数とか所持金とか、魔王城が美しく見える角度の場所とかの情報いらないから! 確かに勇者たちが少し離れた場所から魔王城を望む光景は、絵になる瞬間だけけどさあ!!」

「冒険の醍醐味と言っても過言ではないな」


 腕を組んでうんうん頷くモカ様。


「あと、再来年着いたとしても年に何回死ぬペースだよ!!」

「一日58回程度だな」

「殺され過ぎだろ!! 今、勇者そんなペースで殺されてるの!?」


 そういえば三週間で1000回死んだとか言ってたような。


「一時間に10回死んだのが時間あたりでの最高記録だ」


 そりゃ、神父のような悪魔でもキレるわ!

 悪魔に着いてきてもらえ!


「私がそんなに死ぬような事態にはしないから! やり直し!」

「え~?」

「『え~?』じゃない!! 肝心の私が言いたい魔王城の欠点に、いつまでも辿り着かないじゃない!」

「魔王城の欠点……だと?」


 モカ様とカダは、『こ、この完璧な魔王城に欠点など存在するはずがないのに!?』という驚愕の表情で、私を見つめる。


「最初からその話をしてるんだよ! さっき同じ顔で驚いてたのになんでまた驚くの!!」


 ◆ ◆ ◆


 勇者たちは、城への険しい坂をひたすら上る。

 ある者は今までの冒険を思い出しながら、ある者は魔王を倒した後のことを思いながら、ある者は昨日の夕食を思いながら、そしてある者は今自分が離反したらこいつらどうなるのかなと思っていた。


(……ツッコまないぞ。なんかモカ様ツッコミ待ちみたいな顔してるし。そんな罠には掛からない)


 坂を上り切り、とうとう彼らは来るものを拒むような無機質なオーラを放つ、魔王城の前へと辿り着いたのだった。


「なんて恐ろしい建物だ。こんな巨大な城は初めて見た。正直おしっこちびりそう」

「ええ、本当に……。魔王は、こんなすごいものを作る技術を持っているのね。この知識を持って帰れたらいいのだけれど」

「昨日のクリームシチュー食べたい。残ってたよな?」

「ちょっとトイレ行ってきてもいい?」


(誰がなにを考えてたか大体分かっちゃうようなセリフを吐くな!!)


「さあ、準備はできたか!! じゃあ乗り込むぞ!!」

「「「おお!!」」」


 そして彼らは、魔王城の扉へと手を掛けるのだった――。


 ◇ ◇ ◇


「はい、ストップ!」

「? なんだ、おかしいところがあったか?」

「いいえ、魔王様」


 訊ねられたカダが、モカ様の疑問に首を振って答える。

 実際はありまくるけど、話が進まなそうなのでそれは置いておく。


「狙っているのが明らかなところは、もうツッコみません。さて、モカ様にお尋ねします」

「なんだ?」

「勇者が手を掛けた、魔王城の扉って、一体?」

「「――あっ!!」」


 ――どうやら、気付いてくれたらしい。


 この魔王城の入り口は、完結した二棟をそのまま最上階で繋げただけの代物だから、まったく同じ作りの入口が二つ存在する。

 魔王城の入り口が二つあることは、勇者への迷いを生むだけだ。


「扉に手を掛ける前に、どっちから入るんだ? 入ってもまた出れるのか? 最上階繋がってるから大丈夫かな? 罠じゃね? いや、でもどう考えても魔王は最上階にいるだろうから、もう一つの棟には入れないかも……。どっちかは即死魔法とかかかってるんじゃね? 二手に分かれろってことか? みたいな諸々もろもろの迷いを生ませるのは、得策ではないと思う」

 


 ☆魔王城の欠点その1 城への入口が二つある



「私が魔王なら、ドアは絶対に一つにする。なぜなら魔王城とは、勇者の最後の成長場所であり、入り口で迷いを生ませるべきではないと思うから。正々堂々と、挑んできた勇者たちと死闘を繰り広げる。その為の最後の砦でしょう?」


 私は、きっぱりとそう言い放った。

 モカ様がどのくらい強いのか私は知らない。

 けれど、モカ様は伊達に魔王様ではないだろうし、扉で迷わせて小賢しいなどと勇者に思われるのはしゃくに障るだろう。

 一瞬の静寂の後、モカ様が笑って喋り出した。

  

「――ふっ、クククッ! 素晴らしい指摘ではないか、なあカダ?」

「……ぐ、は、はい」

「お前も六魔天将も、おそらく気付いてもいなかった。勇者の視点に立つ、ということが、我々にはできなかったのだ」

「悔しいですが、この者の言うとおり城の欠点、どうにかして改善する必要があるようですね」


 カダは忌々しそうな顔をして、そう呟く。素直に褒められないのか。


「これからも、勇者育成の為、我に力を貸してくれ!! なあシズクよ!」


 なんかいい感じに終わらせようとしてるところ悪いんだけど……。

 私は、眉間に寄った皺を指でぐりぐりと伸ばす。


「いや、まだ城の欠点いっぱいあるよ?」

「「えっ?!」」


 再々度驚愕した二人に、私は頭を抱えるしかなかった。

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