第3話 魔王の住まい

 ◇ ◇ ◇


 馬に乗せてもらって、鬱蒼うっそうとした魔界らしい森を抜ける。グッバイ森。色々と今までありがとう。私、魔王城に行きます。

 馬が地面を蹴る音が心地よく、抱き着いたモカ様は甘くていい匂いがした。


 着いた魔王城は、断崖絶壁に建ち、それはそれはとんでもない大きさだった。後ろにそびえる高く険しい山々が、その異質さを際立たせる。

 そしてそれは、近付くにつれて既視感が何度も無遠慮に私にボディーブローをかましてくる、眩暈めまいがする代物だった。

 大体一階に付、見えているだけで20部屋程あり、その高さが25階ほどあった。そして一番上の階で二棟が繋がっており、500万パワーが二棟、それがこの魔界にあること、そして最上階で繋がって2000万パワーだ! と某先生の理論を振りかざしそうに見えた。

 無機質なコンクリート造りの高層の建物は、色々と禍々まがまがしい見た目の物質が多い魔界において、異常なほど浮いている。というか正直異常だ。見上げたその建物の両方の屋上からは、なぜか煙が上っている。

 見る者を否応なしに見上げさせる威圧感を持つその建物は、暖かさ溢れる木造の家ばかり立ち並んでいるであろう田舎の村出身の勇者に、強烈な恐怖心を抱かせること請け合い。

 いや、むしろ憧れさえ感じるかもしれない。



 ――Last dungeon

      それは、魔界に花開く二棟の極上――

 


「――タワマン!!」 


 私は、全力でツッコんだ。

 ツッコまざるを得なかった。ツッコむ為にあるような建物だった。

 どう見てもタワーマンション!!

 まさか、タワーマンションを魔界で見ることになるとは思ってなかった。

 ええ~? なんで? なんでタワーマンションがあるの?

 魔王城ってもっとこう、城!! キャッスル!! って感じの見た目のものだとばかり……。モカ様の服装から考えても、もちろん和風の城が建っていると思ってはいなかったけれど、おどろおどろしい洋風のお城が建っていると思うでしょう? それよりも更に斜め上の近代建築物が建ってたら、そりゃツッコむよ。

 色々と思うことはあったが、私は魔王城タワマンを見上げながら、モカ様に尋ねる。


「……モカ様の玉座は、一体どのあたりにあるの?」

「それはもちろん、一番最上階の繋がっている場所に決まっている!! そこ以外に我の住まう場所はあるまい!!」 


 得意げに小さな体で反り返っているが、この城というのもどうかと思うタワマンは、魔王城としては色々致命的にダメな部分が多すぎる。そりゃ、自分で建てた家を『自分の城』なんて言い方をすることもあるけど、これは違う。

 それに気付けずこんなサイズの巨城タワマンを建ててしまうのだから、凄いがバカなのは間違いなさそうだ。

 煙となんとかは高いところが好きとは、よく言ったものだ。


「確か、魔王城の部屋一つ一つに、モカ様が私と同じように拾った、色々な生物がいるんだよね?」

「ああ、そうだ。一部屋に一種類ずつとは限らないぞ。相性の良さそうな者は相部屋にしている。我は面白そうな者は大体友達なのだ」


 悪そうな奴は大体友達みたいに言うな。あと、それもしかしてここに今日から住むことになる私も含むの?

 そうだとすると善良な一般市民で、『面白い生き物』からかけ離れていると思っている私は非常に心外なのだけれども。


「なるほど、魔王城タワマンの一室一室には、寿司詰めになった、魔物たちがひしめいていると……」

「魔物だけではない。シズクと近い種である、エルフや獣人、人魚、ドワーフ、ハーフリング、猿、ゴリラ、チンパンジー♪、オランウータン、マンドリル、ボノボなどもいるぞ」

「私も本で見たことがある私に近い種だけど! まさか前半に出てきた種と一緒の部屋にいれてないよね?」

「はっはっは、案ずるな。その辺りはぬかりないぞ」

「そ、そう」


(そこだけ抜かりがなくてもなぁ)


 魔王城と書いて動物園と読んでもおかしくない惨状である。

 だが、エルフとか獣人とか人魚とかドワーフとかハーフリングとか、ファンタジーの中でしか存在しえない、地球にはいなかった種がこの魔王城動物園に……。

 

「そういえばシズク、お前先ほど我が城を見て『タワマン』? とか言ったな」

「あ、ええと、それは言葉のあやで……」

 

 言葉のあやというのもおかしいが、魔王城以外にこんな建物が存在しないとしたら、これは言ってはいけない言葉だったかもしれない。

 この世界の知識にない言葉を使うと、世界に歪みが出るとか、そういうなんか不思議なアレが起こってしまうかもしれないのに、軽率だった。


「実はこの魔王城、魔族の知識の粋を集めて建てたのだが、出来上がったのはつい最近でな! 城の名前を何にしようか迷っていたのだ。やはり名前がなくては締まらぬしな。この城はこれから『タワマン』という名にする!!」

「やめろ!!」

「我は魔王!! 誰の制止も受けぬ!!」


 眉を吊り上げて、キリッとした顔でモカ様は力強くそう返す。


「~~~~~~!!!!」


 くそぉぉおおお!! 可愛い顔してこの頑固者!! キリッとした顔も可愛い!

 ダメだダメだ! だって勇者が魔王城に着た時に、絶対モカ様言うもの!!

 その光景が目に浮かぶようだ。


『やっとお前のところに着いたぞ魔王!! 覚悟しろ!!』

『クックック、よく来たな勇者よ。我が魔王城タワマンが、お前の墓標となろう!!』


 台無しにも程があるよ!! 確かにタワマンのあのフォルムは墓標っぽいっちゃぽいけど!!


「モカ様、勇者が来た時にはちゃんとタワマンじゃなくて魔王城って言うんだよ? 勇者はタワマンなんて言われても、なんのことか分からないからね?」

「??? ああ、分かった。シズクがそう言うなら」


 こっくりと頷くモカ様。一応の納得はしてもらえたようだ。


「では、勇者の育成にあたり、私からこの魔王城タワマンの欠点をいくつか挙げようと思います」

「「えっ!?」」


 モカ様とカダは、『こ、この完璧な魔王城に欠点など存在するはずがないのに!?』という驚愕の表情で、私を見つめる。

 欠点だらけだよ?

 何でこれで城として完璧だと思っちゃったの?


「まず……これほんと、指摘するのもバカバカしいんだけど、なんで魔王城、同じ建物が二つ並んでるの?」

「「……」」


 その疑問に答えたのは、カダだった。

 眉間に皺を寄せながら彼は説明してくれる。

 あの皺一つ一つにダーツをぶっ差したら面白そうだ。カダーツ。目に刺さったら一億点。両目に刺さったら百億万点。


「魔王様が連れてきた者たちの数が増えすぎて、前の城では手狭になったのだ。そこで、建設費3400億ネルをかけてどこの城にも負けない、絢爛けんらん豪華な城を建設することになった」


 なんかその金額、最近どこかで聞いたことある気がする。NH……新社屋……いや、気のせいだな。気のせいだろう。

 コンクリートでできた高層の建物を、絢爛豪華と形容できる眼を持っていない私は、やはり彼女達とは異質なのかもしれない。

 

「新しい魔王城を作るにあたって、この一棟の大きさが現在の技術の最高峰で、それ以上の物は作れないという計算になった。しかし城にいる者たち、そして更に今後のことも踏まえると、どう考えても一棟では足りない。仕方ないのですぐ隣にもう一棟作ったのだ」

「我は、面白い者には眼がないからな」


 渋い顔をしているカダとは対照的に、ニヤリと口角を上げて不敵に笑うモカ様。

 ほんの少しだけだが、カダに同情した。足の小指の爪に挟まった垢程度だが。

 

「――だが、最上階にこだわる魔王様が『我は一体どっちの最上階で過ごせばいいのだ!? 日替わりで移動しろと言うのか!?』とわがままを言ったので、とりあえず繋いであの形になった」

「最上階二棟ぶち抜きワンフロアだ!! どちらの最上階にいるのも支配者の我! すごいだろう!! 魔王っぽいだろう!」

 

 うん、威張らなくていいよ、モカ様。

 なるほど、モカ様達側からみれば、二棟あることと繋がっていることには、どうやら意味があったようだ。


「なるほど、でもそれはモカ様側の理論であり、モカ様側の都合だよね?」

「我の城なのだから、当然であろう?」

「当然ではない」

「なぜだ!!」

 

 大変にショックを受けた表情で、こちらを見るモカ様。ああ、驚いた顔も当然ながら可愛い。

 おやつにつられて薬も一緒に飲んでしまったことに気付いた時のモカ(犬)のよう……。


「ではこの魔王城の欠点を知るために、勇者が魔王城に着いた際のシミュレーションをしてみようか」

「うむ、よかろう。我はそういったシミュレーションは大の得意だ。なにせ大体暇だからな!!」

 

 魔王って、大体暇なんだ。


――――――――――

その他の魔王城タワマンポエム候補


――世界はここ魔王城から始まる――

――すべてを超えて、刻む終焉はじまり――

――他の追随を許さない極上空間ハイソサエティスペースが、いまここに――

――支配者の住まいは想像を超えて――

――選ばれし者だけが、住まえる場所――



――すべてを超えて、刻む終焉はじまり――と最終的に迷いました。

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