第7話 王弟殿下の秘密の副業
さて。帰宅し、子供たちに夕飯食べさせて風呂入れて一息ついた。
リアムのミルクとオムツ替えは母さんが懐かしいと喜んでやってた。
「かわいいわねぇ~。オリバーの小さい頃思い出すわぁ。ノアには似ないでねー、リアムちゃん」
「母さん、ひどくね?」
「あなたに似たらアホ行動しまくるじゃないの。ソフィアちゃんが脳みそ血管ブチ切れて倒れるわよ。私が一体どれだけ苦労したと思ってるの」
「すいません」
素直に謝った。
母に勝てるとは思ってない。
「リアムちゃんは私がみてるわ。オスカーくんと大事な話があるんでしょう?」
察した母さんは目配せしてリアムを連れ出してくれた。
これだから母さんには敵わない。
しばらく落書き帳にロボの絵描いてたオスカーがぽつりと言った。
「ママ、くるしそう……だいじょうぶかなぁ」
心配するオスカーに俺は優しく言った。
「そうだな。見てて俺も辛い。でも、一番辛いのはソフィアなんだ。俺たちがオロオロしてる場合じゃない。そんな暇があったら動けと俺は思ってる。ソフィアの負担やストレスを取り除いてやらないとな」
「うん、わかった。あのおじさんかたづければいいんだよね?」
「ちょっと待て。いきなり最終手段行くな」
片付けるって、消すって意味だよなそれ?
お前が言うとシャレになんねーぞ。
本来悪役になるんだから。
「そういうのは大人に任せろ」
「でもパパたちもやるんでしょ?」
殺るって漢字変換だよな?
「俺たちはちゃんと法律にのっとって、あっちの国にも迷惑にならないよう処理するんだよ。兄上に書類渡しただろ? あれ、世界警察司法機関の逮捕状なんだよ」
「たいほじょう……わるいことした人ろうやに入れるってこと?」
「そ。この機構は独立機関かつ中立な組織で、たとえ一国の王であっても不法行為してたら裁くことができる。どっかの君主が不当に戦争起こした時とかに使えるわけ。あの男は前からブラックリスト入ってたんだよ。何しろあれだろ? ここんとこあちこちの国押しかけてトラブル起こしてて、苦情殺到してたんだよな」
「あれじゃねー……。ねぇ、なんであのおじさんあっちこっちの国行ってるの?」
「まず第一には財政難をどうにかしようと思ったんだろうな。ずっと昔のことだけど、まだβ国が大国だった時代、多くの属国があった。そこから毎年大量の朝貢をさせてたんだよ。あ、朝貢ってのは平たく言うと、強力な立場の国が『守ってやるから貢物よこせ』ってことな」
保護下に置く代わりに貢物を出させるシステムのことだ。世界史で習ったな。
「もう三流になったβ国に朝貢する国なんか何百年も前からないんだけどな。だって他国を守れるほどの余力がない。とっくに周辺諸国のほうが国力上だし。むしろ強国になってるぞ」
「だけどあのおじさんはわかってないの?」
「自分に都合の悪い事実は無視するんだろうなー。俺が事実指摘しても無視してたみたいに。あの男の考えだと『自分は超強い国の王様で、世界一偉い。昔通り貢物よこせ』ってことなんだ。自国じゃなくよそから金出させて穴埋めするってわけ。それが当然って心の底から思ってんだな」
なんかこのテの君主も世界史の授業のどっかで出てきた気がする。
こういう暗君って、世界が違ってもいるもんなんだなー。
あ、あの野郎は元地球人だっけ。
「お金ないのはじぶんがつかいまくってるからなのに」
「それも分かってないんだろ。世界一偉い自分が好き勝手に金使うのは当たり前、不足したらいくらでも他から出させればいい。そんなとこだろうな。元は庶民の地球人だってのに、よくまぁそこまで行ったもんだ。ああでも逆に納得か?」
「きおくなかったんでしょ」
「まぁな。けど潜在意識ってのがある。ソフィアの記憶読んだ限りじゃ、あの野郎の前世は金持ちじゃなくてごく普通の中流家庭だ。第二次世界大戦前までは大地主だったからその地方じゃそこそこ金持ってたみたいだけど、戦後、地主制は崩壊して農地改革でほとんどの土地失って……」
オスカーが挙手した。
「パパ、なにいってるかわかんない」
「あ、悪い。えーと、何代か前まではそこそこの土地持ちでそこらじゃ偉かった。メイドとかが何人もいて、地主様庄屋様ともてはやされてたんだな。だけど色々あってほとんど失い庶民に転落。あの野郎はまだ金持ちだった頃のことを聞かされて育った。羨ましかったのと、植え付けられた元使用人たちや村人たちを軽蔑する価値観からかつての栄光に固執したんだろ。構図が同じだな」
繰り返したことでさらに思いが強まったか。
「今世は王族だったもんで、周りへの影響が強すぎたなぁ。誰も止められなかったのがさらに災いした。あれでも王子だって躊躇したんだろーよ」
「パパも王子なのにまわりきびしいよね」
「俺はな」
アホすぎてツッコまないとどうしよーもなかったっつーことだ。
あと、俺は人に危害を加えるようなことはしないって違いがある。
「諸国回ってる理由のもう一つは、『絶対に自分に息子をもたらせる女性を探すため』だ。ついに他国まで手を伸ばし始めたらしい」
「ええ、むりじゃない?」
子供でも分かる話。
「無理だな。産み分け指導受けても、確実に希望通りの性別が生まれるわけじゃない。100%男児だけなんて不可能だ」
産み分けの方法は色々あるみたいだけど、あくまであれは確率を上げるだけ。絶対確実完璧100%じゃないんだよ。
「あの野郎が、生まれた子が女児だと母親もろとも処刑してるのはどの国も情報入手してる。そんなとこに国民を送るほど馬鹿な君主はいねーよ。てわけで、どこでも断られてる。自分が一番偉く、命に従って当然て疑わないあの野郎は逆ギレして暴れたっぽい。軍隊使って強制的に追っ払った国もあるってよ」
「うわぁ……」
ドン引きするオスカー。
うん、悪役の現物を知って反面教師にするといい。
「とりあえずあれ入国させた国境の担当者は左遷な。兄上も強制国外退去させりゃよかったものを。あれでも一国の王で伝統ある国だからって、国同士の関係悪化恐れて入れちまったのがまずったよなー」
「くにどうしのバランスってむずかしいよねぇ」
それにしても、何であんな狂信的っつーか妄執っつーか、あそこまで『男児で長男』に固執してるんだかな?
前世にトラウマでもあったのか。引き渡す前にちょっと『覗いて』おくか。
ついでに何でもない調子で付け加えた。
「ところで俺、実は機関のメンバーなんだけど」
「さらっと機密しゃべったね?!」
「いや別に、専門にしてるわけじゃなくて有事の際に協力する応援要員みたいなもんだからさ。ソフィアと兄上とケヴィン兄貴は知ってる」
「それでもだよ……。あ、記憶よめるっていう力がひつようなときなんだね」
「そゆこと。例えば過去に実際やった仕事だと、国際的人身売買組織に捕まった子供たちが隠されてる場所探すとか」
「それはすっごくだいじなお仕事だね! そんなわるいやつらゆるせない!」
まったくだ。
俺は提案した。
「でさ、オスカーもメンバーに入らないか?」
オスカーはきょとんとして目をまたたいた。
「……なにいってんの。ぼく子供だよ?」
「俺みたく実働部隊じゃなくて裏方だよ。アニメのロボット設計で使ってる才能、あの緻密で複雑な作業を応用すれば高度なアイテム設計図作れると思うんだよ」
ソフィアが指摘してたように、空間把握能力がずば抜けてる。
「具体的に今ほしいのは、安全に犯人を捕まえられる拘束具や檻。脱出不可能な監獄もいいな。ロボット基地の応用すればいけんじゃね?」
「そりゃ基地もぼくがデザインしたけど……」
「前世の世界じゃ、何百年も前にレオナルドダビンチって天才がいてさ。左利きで鏡文字を書き、絵に彫刻、舞台装置に楽器、機械の前身や兵器とにかく何でもござれのマルチな天才。芸術家で音楽家で発明家。かと思えば解剖して人体の中身まで解き明かしてる。どんだけ設定もりまくりなんだよってすげぇ偉人。ほら、オスカーも左利きでよく鏡文字書いてるし、どうせならそれくらい目指してみたらどうだ?」
いやまぁ、解剖まではしなくてもいいが。
「ぼくは天才じゃないし……」
「才能はあるだろ」
でなきゃあの話の中でも世界滅ぼせるレベルまでいけるわけがない。
「才能って使いようだと思うんだよ。悪いほうに使えばまずいけど、良いほうに使えば人のためになる」
な?
「アニメデザインはそのままやるといい。つーかやって。俺が見たい」
ここは声を大にして言わせてもらう。
「パパ、それだからアホっていわれるんだよ。しってた?」
「知ってる。てわけで、俺みたく副業としてコッソリやらねー?」
オスカーは迷って、
「あのおじさんみたいにわるい人やっつけるおてつだいならしたいけど、今のぼくじゃ」
「まぁ、まずは勉強な。科学とか工学とか。ただ大まかな設計図なら今でも書けるだろ? いくつか作ってくれないか? 細かいとこは専門チームに回して修正してもらうから」
『ラスボス』になる素質があるってことは、裏を返せばそれだけ才能があったってことだ。それを使う方法を間違ってしまっただけ。
誰かがどこかでそれを止め、別の道を示していれば変わったはず。
才能を抑圧するのはよくない。ソフィアが子供たちに寝しなのお話してる中で、そんな物語がいくつかあるように昔から言われてることだ。
将来自分を殺すと予言が出てるから、子供または兄弟を殺そうとする。でもなんだかんだで相手は生き延び、結局将来予言は成就してしまう。大抵こんなパターンのやつ、あるだろ?
まだ確定した事実じゃないのに一方的に差別・攻撃してりゃ、そりゃ恨まれるっつーの。その態度こそが自滅の原因だってこと。
だから俺もソフィアもオスカーにその力を使うなとは言わない。正しいやり方で、世のため人のために使いなさいって指導する。
その才能は人々を笑顔にするためにあるものだと思うから。
俺が機関を作った理由もそこにある。
自分を子供あつかいせず、一人前の男と見なす俺にオスカーはうれしそうにうなずいた。
「うん! それならぼくがんばるよ! ママはぼくがまもるんだもん!」
「よーし、その意気だ。期待してるぞ!」
わしゃわしゃと頭をなでた。
☆
寝かしつけミッション無事完了した俺は仕事部屋へ向かった。これでも一応軍部のトップなんで、勤務時間外でも急な仕事が入ることはある。だもんで、一部屋用意したんだ。
周囲に音漏れ防止の魔法かけ、TV電話みたいな通信機のスイッチ入れる。ホットラインで機関のツートップを呼び出した。
「夜遅くに悪いな。緊急の案件だ。β国王潰す」
「いきなり不穏なこと言わんといてください」
「仮にも相談役が物騒な」
警察部門トップでのんびりしたベテラン老刑事風の男性と、司法部門トップでキレ者裁判官の女性があきれ声出した。
外見通り、前者は某国でノンキャリからたたきあげの元刑事。伝説の刑事と言われたプロ中のプロで、奥さんの病気が原因で早期退職したとこをスカウトした。
後者はマジで一度も冤罪を出したことのないってことで有名な元・某国裁判官。こっちは現役だったけど、女性差別と国の司法の乱れから追放されたとこを声かけた。
俺が機関作る時、真っ先にヘッドハンティングしたのがこの二人である。
実力も実績もネームバリューもある、男女一人ずつ。バランスがいい。
この二人に前面に出てもらい、俺が発起人なことは隠した。面倒なのと、アホで名高い俺が先導したって誰もついてきてくれないの分かってるからだ。実力不足な俺よりも、適した人材に任せるに限る。
俺だって何もやってなかったわけじゃないんだよ。
叔父としてオスカーとリアムに時々接触すると同時に、頼れる人材を集めてたんだ。密かに準備を重ねてた。だって俺みたいなアホじゃ、食い止められる保証なんてないじゃん。
フツーの主人公なら「オレが運命変えてやる!」って考えるんだろうけど、俺バカなんで。自覚はある。情けないとかプライドとか気にせず、堂々と人の力借りるぜ。
たくさんの人に助けてもらい、その力や知恵を借りればきっとできる。
俺はそう信じてる。
「えー、β国王ですか? 確かすでに逮捕状は出してますね」
警察部部長が記録を調べる。
「ところが執行人の到着前に国を出てしまい、行き違いになってますね。逮捕状は留守を預かってる宰相に渡してあります。帰国したらすぐ捕縛できるよう、執行部隊はそのままβ国に待機中」
「全権委任されてるともいえる宰相が確かに受け取っているのなら、効力は発してますわね。滞在先で発見して捕縛しても問題はありません」
「てわけでとっ捕まえて牢屋ブチこんどいた」
しれっと言ってのけた。「うわぁ」って顔で沈黙する二人。
「相談役は逮捕権利持ってますし、何の問題もないですが……え、そちらの国に行ってたんですか? あちこち押しかけては放り出されてると聞きましたが」
「俺の妻に手出そうとしたんだ。むしろ逮捕で済ませてやっただけマシだろ」
「…………」
俺が長年ソフィアにアプローチしまくっては玉砕し、ようやくお情けで結婚してもらったことは二人とも知ってる。何とも言えない腑に気が漂った。
「……そうですか。えー、では本部に移送してください。裁判にかけますので」
「その前にちょっと『捜査』しておく」
記憶読んどくって意味だ。
「行方不明者が何人もいるだろ。十中八九殺されてるが、どうなったのか行方を突き止めておく必要がある」
「本当にそれだけですか?」
うろんげに聞き返された。
肩をすくめる。
「特定の記憶だけ『読む』ことはできない。ついでに他のが見えても仕方ないだろ?」
二人はため息ついた。
「『読む』だけにしておいてくださいね。あと、必ず報告してください」
「もちろん。終わったらすぐ移送するから、護送車よこしてくれ。なるべく早く監獄につっこみたい。あの男がいると妻のストレスがハンパないんだ。悪阻が出て、悪化してる」
「おや、ご懐妊ですか! おめでとうございます」
「まぁ、おめでとうございます。妊娠中となれば、本当に体を大事にしなくては」
司法部門部長は出産経験がある。息子が一人いるシングルマザーだ。結婚してたんだけど、国を追放されそうになった時、夫が保身のため一方的に離婚申請して出て行ったらしい。
部長が今の職に就いて有名になると、何食わぬ顔で復縁迫ってきた。ブチ切れた部長は文字通り叩きだしたって武勇伝がある。
現在元夫は世間から総スカンくらい、職もクビになって、ド田舎で一人寂しくその日暮らししてるとかなんとか。
「体調を崩している妊婦を守るのは法の番人として当然のこと。早急に手配しましょう」
「ええ。ところで今後β国はどうなるんでしょう? 弟はじめ王位継承権を持つ男児は根こそぎ暗殺されてるはず。女性しか残っていませんね。あれほど女性を差別した王の後を継ぐのが女性とは皮肉な結果だわ」
β国の法律は女王を禁じてない。なのに『男子』だけが権利があると妄信したのはβ国王の勝手な考えだ。
あの男にとって王女は初めから眼中になかった。
「それを見越して王女を安全なところに逃がしておいた前国王の策は正解でしたな」
「王女夫妻にはすでに連絡を取ってある。もう出発した頃だろ。」
「こういう時は仕事が早い」
「いいだろ別に。アフターフォローまでしてやってんだから」
「次の王まで奥様にちょっかい出さないようにするためでは?」
そ知らぬふりをした。
その後こまごまとした指示を出し、別件も色々済ませてから通話を切った。
頭の後ろで手を組み、後ろにもたれかかりながら天井を見上げる。
「もう一つ。エリニュスのほうはどうするかな……」
ふーむと考えこんだ。
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