第4話 元王子殿下、妊娠出産のシビアな問題教えます(覚えておくように)

 なんかきまり悪くなって、咳払いして話戻した。

「話は戻るけど、まだ三か月目じゃお腹は全然膨らんでない。五か月目でもちょっと膨らんでるかなー?程度よ」

「えーと、この本によれば、三か月目の胎児の大きさは約47ミリ20グラム……えっ、ミリ?」

「うん。センチじゃないわよ」

「わー、ちっちゃいねぇ」

 原寸大のイラスト見たオスカーが目を丸くする。

「四か月目で約16センチ100グラム、五か月目で約25センチ280グラム。心臓が完成、背骨もくっきり見えるようになるわ。この辺りで胎盤が完成するんで、安定期に入ったって言われるわけ」

 一般的に旅行なんかも問題ないと言われるが、もちろん無理は禁物。お腹が張ったり、異常があればすぐ受診することをお勧めする。

 日本だと戌の日参りするのもこの頃ね。

「つわりはこの辺りで落ち着く人、それこそ出産まで続く人、それぞれね」

 後期に入るとようやくドラマどかでよく見る、お腹に機械あてて赤ちゃん見えますよ~ってのができる。

 実はこれ、初期はできないのよ。理由は胎児が小さすぎて、単純にお腹の上からじゃ見えないから。

 じゃあどうやって診察するかっていうと、子宮頚管のほうから器具を入れてエコーあてる。

 これがあたし、苦手でねぇ……。ほら、さっき言ったトラウマよ。

 毎回フラッシュバック起こして、迷惑かけないよう必死で耐えて地獄だった。

「八か月目から妊娠後期。お腹もせり出してきて、動くの大変になるわ。物理的に足元見えなくなるんで、歩くとき注意が必要よ」

「大丈夫、俺が運ぶ」

「ばなくていい。息が上がりやすい、膀胱圧迫されるからトイレが近くなる、足がむくむ、胃を物理的に押し上げられて気持ち悪くなる、っていった影響も出てくるわ。そうそう、些細なことだけど足の爪を切れなくなるのよねー」

「え? ああ、曲げて見えないのか。そん時ゃ俺がやったげるよ」

「こればっかりは頼むかも。足つることも多くなるんだけど、指引っ張れないし。後期になると傍から見ても胎児がぐるっと回転したの分かったりするわよ。お腹ボコってなる。最初はこっちもビビった」

 オスカーが不思議そうにきいてきた。

「ママ、何で知ってるの?」

 あ、やば。

 うっかり。

 前世で妊娠出産経験があって、とは言えない。

 ノアがすかさずフォローした。

「ソフィアは保育士だろ。園児のお母さんの中には妊婦さんもいるじゃないか」

「あ、そっか。友達もこんどおとうとが生まれるって言ってたよ! お母さんのお腹おっきかった」

「うんうん。ソフィアはそうやっていずれ俺の子生んでくれるため勉強しててくれたんだよー」

 ゴスッとみぞおちに拳たたきこんだ。

 いい音。

「ゲフッ……ソフィアさん、痛いっス」

「事実に反すること言うな」

 そっけなく言い、メモを出す。

「これ、かかりつけの産婦人科の名前と連絡先。まぁ、知ってると思うけど」

「あれ、王室御典医じゃん」

 国内最高峰の医療チームである。

「あーなるほど、兄上に言われてたのか。妊娠したらここでみるって」

「あたしは王族じゃないんだから断ったんだけどね。王妃様だけじゃなく父に皇太后様まで総がかりで説得された」

「そりゃそうだろ。ソフィアは宰相の一人娘で元第三王子の俺の妻、しかも兄さんの遺児たちの義母だもん。何かあったらマズイじゃんか」

 て事情は分かるんで納得したのよ。

「てことは、出産の時って義姉上ん時みたく城内の診療所に入院すんの?」

 御典医チームは城内に常駐しており、王族の診察がない時は城で働く人たちの診察をしてる。先代までは王族以外は診なかったんだけど、今の陛下になって「自分たちだけが高度医療チームを独占すべきじゃない。城で働くみんなのおかげで自分たちは平和に暮らせてるんだ」と門戸を広げた。

「そう。職場の近くだし、もし勤務中に何かあっても大丈夫。もちろん予定日二か月前から産休は取るけど」

「近くにあってよかったよ」

「城内保育所作る時、あたしが診療所の近くにするようゴリ押ししたのよ」

 急病の園児が出ても平気なようにね。

 こういう時は宰相の娘の権力使うあたしだ。

「かっこいい~。ソフィア素敵っ」

「だって、人のために使わないで何のための権力?」

「うん、惚れなおす。あ、それで、出産予定日って?」

 日付を教えてやった。

「これはあくまで目安。ぴったりこの日ってのはまずないわ。十か月目入れば正規産で、いつ生まれても問題ないの。逆に予定日過ぎて一週間も経つと、胎盤が劣化するんで陣痛促進剤とか使って出産促すことになる」

 いつまでも胎盤ももつわけじゃない。

「もし逆子……足が下で頭が上の状態になり、直らなければ帝王切開」

「赤ちゃんって頭から出てくるの?」

 オスカーがたずねる。

「そうよ」

 立ち上がって玩具持ってきた。ノアが「俺が抱きかかえるのに!」って言ってたのは無視。

「これで説明するね。ロボ格納庫の穴が出口だとすると……ここにソフビ人形を足から入れてみるわよ。ほら、わきの下でひっかかっちゃうの」

「ほんとだ」

「バンザイすりゃ通るんじゃね? それか、エジプトのファラオみたいなポーズ」

「胎児ができるわけないでしょ」

「……ですよね」

 できたらどういう本能?

「わきの下でつっかかって、これ以上出られない状況で長時間経つと、窒息の危険もある。あ、言い忘れたけど無痛分娩にするから」

 余分にかかる金なら払う。今度は無痛にさせて!

「ソフィア自身がそうしたいなら別に文句ないけど、どうして?」

「……前の出産時、トラウマがフラッシュバックしてパニックを……」

 さすがに極限状態じゃ自制できず、暴れてしまった。

 二人目出産後、医者に次に出産することあるなら絶対無痛にしなさいって言われたのよ。危ないって。

 ほんとは二人目を無痛分娩にしたかったんだけど、お金がね。なにしろDV原因で飛び出し、離婚調停中だった。

 お金なくってさぁ……。

「普通の出産で補助金使っても、それなりにかかるのよ。十万か二十万、退院時に払ったかな。まして無痛だとプラスでお金かかるもんで、とうてい払えなくて」

「うっそ、そんなかかんの? 保険きかねーの?」

「『病気』じゃないから妊娠出産には保険きかないわよ。検査一回で諭吉が飛ぶなんてザラよ。2,3人必要で、手持ち足りなくて次回払ったこと何回あったか。もう財布の中ぺらっぺら」

「マジかー」

「国の補助金、確かに一度アップしたわよね。でもすかさず医療機関側も入院費上げたのよ。差額結局変わんなかった。意味ナシ」

 いいですか、これから子供を考えてる皆さん。妊娠出産は金がかかります。

 現実的に。ものすごくシビアです。

「ていうか、医療機関で医者が診察してて医学的検査してんのに保険きかないってどういうこと? あと、つわりは病気じゃないってか! あれで?! 四六時中吐き気に悩まされる、実際嘔吐するのはもう病気扱いにして補助してくれていいでしょうが! 金ないわ!」

 蘇る怒りを天に向かってぶちまける。

「……あー、金銭的に苦労したから、ソフィア今いっぱい稼いでんのか。納得した」

「てわけで、この国では妊娠出産も健康保険使えるよう、父様に法律変えさせたのよ」

「わぁ。あれ、ソフィアが裏で糸引いてたんだ」

「意外とすんなり協力してくれたわよ。なんでかな。あ、ちょうど王妃様の懐妊が分かったタイミングで出したから?」

 ロイヤルベビーにあやかって生もうとする人増えそうだもんね。

 と分析したら、ノアが微妙なおももちで言った。

「ようやくソフィアが俺と結婚してくれると思ったんじゃね?」

「…………」

 ビシッと固まった。

「宰相は早くそうなりゃいいって考えてたじゃん。学生結婚でも全然OKって言ってた。むしろ嬉々として通したんだろ」

「……父様~っ!」

 今の今まで思いつかなかった。壁にガンガン頭打ちつけたい。

 それであの頃やたらウキウキだったのか! 母様もなんで急にドレスの採寸とか言い出してんだろと。しばらくして二人ともガックリしてたから、どうしたのかと思ってたわ。

「ママ」

 オスカーがちょんちょんとつついてくる。

「『前』ってどういうこと?」

 あ、やば2。

 まずいなぁ。ノアは前世のこと知ってるもんで、ついポロポロ出ちゃう。

 最近気が緩んでるのかな。ホルモンバランスのせい?

 再びノアがさりげなく話題そらした。

「なぁ、次の健診っていつ? 俺もついてく。出産も立ち合いできる?」

「へぇ、立ち合い希望? 健診は一か月後。立ち合い出産するなら、オスカーとリアムは母様にここ来てもらってみててもらいましょ」

 どうせ本邸は敷地内である。

「ぼくついてっちゃだめなの?」

「うーん、血がけっこう出るし、ショッキングじゃないかな。そもそもリアムのオムツやミルク替えも誰かしなきゃならないでしょ。幸い特別室は広くて家族も泊まれるけど、普通せいぜいあと大人一人しか泊まれないわ。ホテルじゃないんだから。産婦以外の食事や布団はないと思って」

 食事は事前に予約すれば配偶者と上の子の分くらい用意してくれる(別途実費)病院もある。ただし全部じゃない。

 相部屋だと、誰か泊まるのは嫌がられることも。たぶん寝るところもないだろうしね。病院で禁止してるとこもある。

 個室でもあくまで産婦が入院するための設備であって、他の人が泊まるようにはなってない。何度も言うがホテルではないのだ。

 さらに後はあたしもグッタリしてるからみてあげられる余裕はないわ。ここで無理すると回復が遅くなるしね。下手したら体調崩して入院長引くわよ。

「ぶっちゃけ、風呂もない。退院まではシャワーのみなんで、設備ないわよ。当然ながら玩具も本も何もない。無味乾燥な部屋でヒマになるけど」

 ノアも説得に加わった。

「オスカー、こればっかりは仕方がない。ソフィアも生むのに精いっぱいで、お前たちみてる余裕はないんだ。本によれば二日以上かかるケースもあるって書いてあるぞ。そんな長時間いられるか? 俺も初めてのことで手が回らないかもしれない。むしろテンパって何かやらかすかも」

「あ、うん、分かった。おとなしくおばあちゃんとお家でまってる」

 アッサリ納得した。

 絶対納得ポイントはノアが何かやらかすかもってとこだな。めんどい、関わりたくないってありありと分かる。

 うむ。賢い息子に育ってくれてなにより。

「そこで納得すんの?! 俺の立場は?!」

「自分で言っといて……。オスカー、それで正解よ」

「うん。ぼくはおばあちゃんとリアムのめんどうみながらまってるね。がんばって!」

 どっかのアホが父親の威厳がどうのとか嘆いてたけど黙殺し、さっさと寝ることにした。

 妊婦に十分な睡眠は必要。

 でもその前に、出産当日やらかすんじゃなく、今日やらかす可能性を考えておくべきだった。

 あたしの妊娠をノアが兄国王夫妻やうちの親のみならず、国中に軍の情報網とあらゆるニュース媒体使って広めまくり、お祭り騒ぎ起こしてたと知ったのは翌日のことだった。

 

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