第2話 ロボットアニメの未来は君に任せた!

 翌日。関係者向け映画試写会の間中、ノアとオスカーは大興奮だった。

「子供が二人いる……」

 正直そこまでロボットものに興味のないあたしは、微妙な目で似たもの親子(血縁上は叔父と甥)を眺めてた。

「つーか、ノア。なんでポップコーン持ってんのよ。どこで買ってきた」

「え? 映画館っていやぁ、ポップコーンとコーラだろ」

 映画館じゃないし。実際の感覚をつかむため試写は映画館そっくりに作られた部屋でやるが、ここは本社ビル内だ。売店もない。

「家から持ってきたんだよ」

「そんな準備いらない」

「ほんと、この子は昔からアホで困るわ」

 ノアの左隣に座ってた、妙齢のご婦人もとい皇太后様がため息をつく。

 皇太后様はおっとりした上品な女性で、穏やかで安心できる『お母さん』て存在を体現したような人だ。

 元は先の王妃様の親友だったことから、生まれた王子の乳母として王宮に勤めることになった。その後生まれた次男オリバー様も引き受けたが、王妃様が病死。当時の国王陛下(現陛下の父君)は子供たちがよく懐いてる彼女を後添えに選んだ。

 公爵家の令嬢で王妃様の親友、王子たちももう一人の母親と慕ってる。最適な選択だといえる。

 先の国王陛下とは夫婦というより戦友のような関係だったと本人は言うが、ノアが生まれててお二人とも可愛がってたところをみると、そうともいえないんじゃないかな。先の王妃様に配慮したんだろう。

 無欲な彼女は皇太子が無事即位すると、あっさり引退した。「姑がでしゃばってちゃダメでしょ」と離宮にひっこみ、慈善活動の他はのんびり暮らしてる。

 オスカーとリアムのことも、もしノアが引き取らなければ自分が育てるつもりだったそうだ。すでに引退した、中立派の自分なら問題ないからと。

 実の子同然に育てたオリバー様の忘れ形見である二人のことを可愛がってくれる『おばあちゃん』である。

「オスカー、あなたはコレに似ちゃダメよー」

「うん、おばあちゃん。毎日そうおもってる」

「賢いわね。えらいわ」

 母親に頭が上がらないノアは黙ってポップコーンぼりぼり。

「ノア。聞いてるの。あなたはまったく、いくつになっても子供のままね」

「はいはい、聞いてますよー」

「『はい』は一回。やっとソフィアちゃんが引き取ってくれて、子持ちになったわけだし、少しは大人になるかと思いきや」

「正直返品しようかな、と毎日思ってます」

「……お願いソフィアちゃん。返品不可」

 手を合わせて懇願された。

 クーリングオフは使えないそうです。ひど。

 上演が終わると監督が声をかけてきた。

「どうでしたか?」

 あたしじゃなくオスカーにきく。

 オスカーはぱっと顔を輝かせて、

「すごかったです! 僕の想像通りに変形合体してた!」

「そりゃもう君が完璧にデザインしてくれたからね!」

 グッと親指立てる監督。

 スタッフたちまでキラキラしてた。

「いやほんとすごい! この年でこんな才能あるとか! 将来ぜひうちの正式社員に!」

「ロボットアニメの未来は君に任せた!」

「じつは、新しいロボも考えたんだけど……」

 おずおずとオスカーが差し出したスケッチブックに、彼らは狂喜した。拝んでる人いる。

「おおおおお!」

「さすが神!」

「ありがとうございます!」

 神じゃなくて、元悪役だけど。それ拝むっていいんかな。

 しかも、理由がアニメロボデザイン……。

 オスカーまじえて彼らは専門的な会議を始めた。

 用語とか、何言ってるか全然分かんない。日本語でお願い。ここ日本じゃないけど。

 え、なに?

 ああうん、お察しの通りよ。

 オスカーの隠れた才能、それはロボットのデザインを考える能力だった。変形合体するやつね。

 ああいうの作れるのって特殊技術よねー。何をどうやって、どこのパーツをどうこうして云々で完成するんだか、さっぱりだわ。

「しっかし、六歳児とは思えない精巧な絵描くよなー」

 感心して眺めるノア。

 オスカーは頭の中で機械の組立図を考えられるらしい。あたしも空間把握能力には長けてるほうだけど、これは無理。

 気づいたきっかけは、ノアが「オスカーに」って口実で買ってきたアニメ一期のロボ玩具だった。「ここをこうしたらいいのにねぇ」って、その場でサラサラ描いたのよ。

 ノアが鼻血噴く勢いで興奮してるもんで出来がいいと判断、監督のとこへ持ち込んだ。先述の通り、このアニメ会社はあたしが作ったものだ。

 言葉もなく感激した監督はすぐさまスタッフ全員緊急招集し、その場でオスカーのスタッフ参入とロボデザイン担当が決まる。しかも、速攻で描かれたロボを出すよう変更し始めた。

 アニメに情熱をかける者達の本気を見たわ。

 以来、オスカーはちょいちょいデザイン画持って会社来てる。で、ノアが保護者としてついてって原画とかに毎回大喜びしてる。

「『ロボットアニメの神』って呼ばれてるよな。このまま将来アニメ会社に就職でいんじゃね」

「『ラスボス』のはずの人間が変形ロボアニメデザイナーに転職って、どんだけ激しいジョブチェンジよ。聞いたことないわ」

 誰も想像したことなかったに違いない。

 ノアはポップコーンの容器逆さにしてカケラまで食べてから言った。

「別によくね? 平和じゃん。二次元に情熱かけてりゃ、現実で世界滅ぼすなんて気起きねーだろ」

「…………」

 あたしは目をしばたいた。

 納得。

「あんたもたまにはいいこと言うのね」

「たまにはって何?!」

「そうね。二次元にエネルギーつぎ込んでれば、現実の脅威にはならないか。オスカーが闇落ちするのどうやったら効果的に食い止められるか探してたけど、まさか答えがこれとはねぇ。うーん、さすがジャパニメーションってとこ?」

 アニメは世界を救うんだなぁ。

 実際、日本のアニメ・漫画の経済効果はすごいしね。

 ううむ、まさかすぎる展開。

 いやー、すごいすごい。斜め上いってるわ。

「アニメファンの俺としては、その夢応援するっていうかむしろお願いしますと頼みたい」

「オリバー様じゃなくアホのあんたが父親なら、どのみち悪役にはならなさそうね……」

 冷やかな目を向けた。

 自分がしっかりしなきゃと思うわな。

「ソフィア、最愛の旦那様にひどくない? 俺がアホなのは事実だけど。オスカーとリアムが戦う未来にはさせないし、ソフィアも絶対俺が幸せにする。約束するよ!」

「はいはい。抱きつくな。あと、最初の一文は否定する」

「相変わらずツンデレだなぁ。そこがいいんだけど」

 抱っこされてるリアムがうなった。

「うー」

「ん? ああ、ママはぼくのって? リアムもソフィア大好きだなぁ。でも駄目だ、これだけは譲れない。ソフィアは俺の妻だ、俺のなの。前世から決めてたんだからな」

 こっちは承知した覚えはない。

「って、コラ!」

 ビシッと頭に手刀入れた。

 どさくさまぎれに何言ってんだ。人前で前世のこと言うなんて。

 あたしたちに前世の記憶があることは内緒だ。言ったって、かわいそうな目で見られるのがオチ。それか貴重な知識を狙って、妙なことに巻き込まれるかもしれない。

 ゴタゴタなぞまっぴらだ。あたしはただ平和に静かに暮らしたい。

 サッと辺りを見回す。聞こえてたはず。

 でも予想してた反応と違った。

 みんな生温かい&残念そうな目をノアに、気の毒そうな視線をあたしに向けてた。特に皇太后様の哀願ぶりがすごい。

 ……あ。

 理解した。

 ノアのアホさは周知の事実。前世とか口走っても、「妄想もそこまでいったか」って思われてんのね。

 で、こんなのに捕まったあたしが気の毒だと。

「…………」

 よかったんだけど、どうも釈然としなくてもう一発ベシッとやっといた。

「いて。なんで二度も殴るんだよー」

「やかましい」

 子供たちの教育の前に、夫をどうにかしたほうがいいかもしれない。


   ☆


 役員特権とデザイナーへのサンプルとしてたんまりもらったグッズをほくほくして持ち帰ったノアとオスカーは、帰宅後ずーっと遊んでた。男子、戦いごっこ好きは共通か。

 リアムには赤ちゃん用の舐めても大丈夫な歯固めあげた。ベビー用品も展開しております。ぬかりなく。

 夕方になると、あたしは朝焼いておいたケーキのスポンジ台を出してきた。生クリームも泡立て、フルーツも切っておいてから三人を呼ぶ。

「クリーム塗って飾りつけするわよー。おいで」

「はーい」×2

 みんなで生クリーム塗って、バナナやイチゴ乗せて。

 できあがりは素人が見ても「うーん」とうなるものだろう。クリームぐちゃぐちゃだし、フルーツの乗せ方もきれいとはいえない。

 だけど構わない。大事なのは家族みんなで楽しく作ることだ。

 みんなで作って、みんなで食べよ。

「できたー!」

「仕上げにローソク立てて。火つけるから気をつけなさい」

 簡単な魔法で点火。

 立てろっていうから、ほんとにノアの年齢分のローソク立てたわ。余計ごちゃっと感アップ。

「ヤバイ、俺泣きそう。ソフィアがやっと俺の誕生日ケーキ作ってくれて、しかも家族みんなで作って祝ってくれたんだもんなぁ」

 ノアはこれでも元第三王子。過去の誕生祝はパーティーであり、国家的行事だった。こんなアットホームで庶民的なの、普通の王族だったら嫌がるだろう。けどノアは平凡な一般人の記憶を持っていて、しかも前世は孤独死してる。

「……よかったわね」

 手を伸ばし、ぽんぽんと頭を撫でた。

 ……そういえば。子供とケーキ作って夫の誕生日を祝うって、前世じゃ一度もなかったな。

 嫌なことを思い出した。

 普段はあんまり前世のことは思い出さなくなってる。掘り返したくもないせいか、今世が満たされてるからか。

 後者だとしたらノアのおかげか……複雑。

 妙なとこで敏いノアが言ってきた。

「ソフィア。口に出したほうが発散できることもあるよ。どうせ元夫のことでも思い出してたんだろ?」

「……よく気づいたわね」

「まぁね。俺はそいつと違って、妻のことちゃんと見てるからさ」

「…………」

 ノアは―――光輝はいまだにあたしの前世の元夫にライバル心燃やしてる。そんな必要ないのに。

「別に。たいしたことじゃないわよ。ただあの男は一度もあたしの作った誕生日ケーキ食べたことなかったなって。子供の作ったケーキもね」

「え?」

 なんかうれしそうね。

「自分の両親と高級レストランだの料亭だので豪華な食事してたわよ。一日がかりで出かけてたな。お高いコンサートとかオペラ鑑賞とかとセットで。リムジンサービスで朝早く出かけて、夜遅くまで帰ってこなかったわ」

「ん? その言い方からすると、未来は行かなかったわけ?」

「あたしは。時期ご当主様の生誕祝いに参加できるのは当主様と奥様だけで、嫁は除外。それが彼らの『常識』だったのよ」

 常に嫁は軽視される。一昔前の価値観でひどいものがいまだに根強く残ってた。

「何だよそれ。いつの時代だよ。つーか、現代でおかしいと誰も思わねーの?」

「自分たちの考え方が正しくて、『普通の価値観』と思ってたからねぇ。あたしも結婚するまで知らなかったんだけど、謎のお家ルールがたんまりある家だったの。ああそうそう、軽視されるのは嫁だけじゃないわ。子供でも、娘であってもよ」

「自分の娘なのに?」

だから。だったら連れってもらえたのよ。長男だけは跡継ぎとして大事にし、娘や次男以下はいらないって考え方」

「なんつー時代錯誤な」

「実際元夫には弟がいたけど、あからさまに差別されてたわ。あれ、第三者からすれば虐待レベルよ。彼はまっとうな精神の持ち主だったから、中学卒業と共に家出して行方不明だったらしい。本人曰く、独力でがんばって弁護士になったとか」

「会ったことあるの?」

 うなずく。

「離婚の時、世話になったのがその人だもの」

「マジで?!」

 マジです。

「あっちから連絡とってきたのよ。なんでも定期的に家族の動向調べてたんだって。いつか復讐してやろうと。利害の一致と被害者同士として協力してくれたの」

「因果応報ってやつだな。自分の子にトドメ刺されるなんてなぁ」

「そうそう、あたしが出て行くきっかけになったのも誕生日ケーキだったっけ。娘が父親にプレゼントしたいっていうから一緒に作ったのよ。それまで一度も食べたことないし、無駄だろうって言ったんだけど……」

 ―――こんなゴミを食わせる気か!

 想定よりひどいことに、あの男は娘の目の前で怒り狂いながらケーキをゴミ箱にぶち込んだ。

 さらに掃除道具を持ってこさせ、今すぐ片付けろと言い放った。……娘は泣きながら片付けてた。

「あたしだけならまだ我慢できても、子供まで傷つける夫なんていらない。あたしは娘を守ろうと決めたわ。今でも間違ってるとは思わない」

 あんな父親ならいないほうがいいと思った。娘たちには寂しい思いをさせるかもしれないけど、日常的に傷つけられるくらいなら。

 何が一番大切なものか。あたしにとってはなにより我が子の命だった。

 ノアは悲痛に顔をゆがめ、あたしを抱きしめてきた。

「ノア?」

「俺は絶対そんなことしない。子供もソフィアも守るよ」

「…………」

 ……分かってるわよ。

 片方のほっぺたをぐにっと引っ張ってやった。

「いふぁい」

「知ってるってば。でなきゃ結婚なんかしないわよ。一回こりてるから余計、今世は一生独身でいいやと考えてたのを変えたのはあんたでしょ。自信持ちなさい」

 両方つねってやれ。ぐにぐに。

 照れ隠し?

 うるさいやい。

「はっきり言って、あの男には何の未練もないわ。むしろ大嫌い。二度と顔も見たくない。……ってうっわ、ニヤつくな、気味悪い」

 キモさにのけぞると、引き寄せられた。

「ソフィア大好き! 愛してる!」

「大声でやめんか、いい年した大人が!」

 忘れがちだが、こいつは意外と体鍛えてて力が強い。ちなみに鍛えてる理由はDV元夫みたいな輩が現れても排除するためだそうだ。それはありがたいが、自分が抱きつかれると迷惑この上ない。

「デカいゴツイ図体してんの自覚しろ!」

「ソフィアはツンデレな自覚ないよね~。たまーにデレるのが最高。俺の奥さん世界一」

「ねぇ、ローソクいつ消すの?」

 オスカーが一連のやりとりを完全に無視してきいた。

 空気読むの上手いな!

「そうっ、それよオスカー、ナイス! こらノア、さっさと離れてローソク消しなさい!」

「このままでもできるじゃん」

「離れろっつってんのー! 潰れるでしょうが!」

 思いっきり足踏んづけてやった。キックは無理でも、これくらいなら動けるわい。

 しゃがみこみ、悶絶するノア。

「い、いだい……本気でやらなくても……」

「やるわ。お腹潰れたらどうしてくれんのよ。言ったでしょ、あたしにとっては我が子の命のほうが大事だって」

「ほへ?」

 ものすごく間抜け面が見上げてきた。

「お腹に赤ちゃんいんのよ。妊娠三か月」


 

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