ラスボス・ヒーローの父母やります!

一城洋子

第1話 王弟夫妻は相も変わらず

 ここはとある別世界の某国、城の保育所。

 場内で働く子育て世代のために近年設置されたものだ。定時も過ぎ、お迎えの時間とあって次々保護者が来ては子供を引き取っていく。

 あたしも引き渡しを手伝う。あたしはどこかのクラス専属の保育士ではなく、人手が足りないところに適宜ヘルプに入る立場だ。まだ大学出て何年も経っておらず経験も浅く、担任持つのはまだ早い。

 ……てことになってる。

 実際は、経験豊富なベテランなんだけど。

 それはでの話じゃない。

「―――」

 帰る子にバイバイしてると、第六感がイヤ~な何かを受信した。

 時計を振り返って確認する。

 ふむ。これは間違いない。

 限りなく現実になってほしくない事態が間もなく引き起こされることは明らかだった。できればダッシュで逃げたいが、そうもいかない。

 ほどなくしてドドドドドと足音が聞こえてきた。濁音で、まぎれもなく大人の男性のもの。

 門の方を見なくても犯人は分かってる。真実は一つなのだ。嫌な真実だが。

 あたしは部屋の中に引っ込み、机の上から業務日誌(固い表紙がついてる)を取った。急がず戻り、待ち構える。

 ……ちょうどいいタイミングだ。

 喜びに輝きまくった男が両手広げて飛びかかってきた。

「ソフィア―、大好き! 今日もいっぱい働いたダンナを褒めてよ! ああ、俺の奥さん超かわんぐふぅッ?!」

 ズビシィッ!

 ツッコんできたアホな元・第三王子はものの見事に私が掲げた業務日誌(めっちゃ固い)に激突した。顔面強打。

 顔はこいつの唯一の取柄だが、容赦しなかった。

 見もせずにやってのけたあたしはそのまま日誌を上方へスライド。奴の頭の上で90°回転させ、そのままはたいた。

「んがッ」

 情けない声あげて撃沈する。

 現役軍人が素人の、しかも女にあっさりやられて悔しくないのかこいつは。

 あたしは氷点下の視線をようやく向けた。

 ブリザードがここんとこだけ吹き荒れる。

「ノア。うるさい」

 冷やか・端的に述べる。

「……き、今日もいい一撃だ。さすが俺のソフィア」

「あんたのじゃない」

「もう俺の奥さんじゃんー。結婚してくれたじゃんー!」

 べそかきながら腰回りにすがりついてくる。

 うっとうしい。

「チッ……やっぱ早まったな」

 タイムリープものってよくあるよね。今こそ発動してくれない? 過去に戻って修正したい。

「今舌打ちした?! やだよ、俺絶対離婚しない! もっとうっとうしくしがみついてすがりついてつきまとってでも離れないから!」

「うっとうしい自覚があるならやめなさい。つーか、大の大人で元・第三王子で軍部の長官がこんなことしてみっともないと思わないの」

「思わない」

 キリッとキメ顔で返された。

 すばらしいまでのシリアスぶりだ。

 ため息しか出ない。

 ……まぁ、こういう状況を部下が見ても半笑いしかしないでしょうけどね。今、周りがそうなように。

 先生や保護者は半笑いと残念なものを見る目。子供たちは「ああいう大人になっちゃいけないな」と学習してる。

 どんな問題児よりもこいつの相手のほうが大変てどういうことよ。

「あきらめた結果、一回俺の人生悲惨だったんだ。今度は意地でもくらいつくぞ。アホと言われようがバカにされようが夏場に三日放置した生ゴミ見る目を向けられようが気にしない!」

「気にしろ」

 最初の一文にうっかりほだされそうになったが、すぐ立て直してツッコんだ。後半でげんなりするわ。

「だって、また未来みくを失うのやだし……むぐっ」

 あたしはとっさにノアの口を塞いだ。

 このおバカ―――!

 思いっきりにらみつける。

 その名前で呼ぶんじゃないわよ!

「……むー、むぐぐぐ」

 ノアは目を白黒された。呼吸困難? 知るか。

 未来みく。それはあたしのかつての名だ。

 死ぬ前、いわゆる前世の。

 あたしたちは転生者である。―――あたしと光輝―――ノアは。

 このことを知ってるのはお互いだけだ。妄想と鼻で笑われるか、心の病を心配されるのがオチなんで誰にも話したことはない。

 ノアが知ってたのは最初から。あたしたちはかつて小学校の同級生で、前世からの知り合いだった。

 お互い気性はよく分かってるんで、遠慮なくどついてるわけよ。

 いくら夫婦とはいえ現世じゃ仮にも身分あるコイツにあんなんやったら、普通不敬罪でよくて投獄、悪くて極刑だわ。

 前世じゃ大人になってそれぞれ別の人生を歩んだけど、死んだら何をどうしたのか生まれ変わって再会した。宰相の娘と第三王子として。

 しかもこの世界は前世でよく読んでた有名なマンガとまったく同じ世界だったんだ。

 なぜ二人もそんなところに転生したのか。答えはやがて明らかになった。

 マンガのシナリオ通りにいくと、いずれこの世界で大戦争が起きる。発端はある兄弟の争いだ。

 それを避けるために『これから先』を知ってる人間が必要だったんじゃないか―――?

 阻止するために『呼ばれた』んだろう、てのがあたしたちの結論だ。

 難しいことに、この『定められた未来』は一人じゃ回避できなかった。どうしても二人必要だったんだと思う。

 独りで背負うには重すぎる。誰か、分かち合える人が、助け合える存在がいなければならなかったんじゃないかな。

 未来を変えるっていうのは、それくらい大変なことなんだ。

 ……とはいえ、おおいに一つだけでいいから文句を言いたい。誰に言えばいいのか分かんないけど、これだけは言わせろ。

 ―――だからって、なんでこいつなのよ!

 運命とやらをどやしつけたい。

 今世でも幼馴染って。こんな腐れ縁、ハサミでじょっきじょっき切って丸めてゴミ箱につっこんで収集車に回収してもらいたいわ。今でもそう思うのに、なんだかんだでこいつの妻になってしまったのが前作。

 時々罠に嵌まってあきらめた自分を往復ビンタしたくなる。

 詳しくは前作参照。

 ―――ところで、今のノアの発言に戻るけど。バレてないよね?

 ちらっと辺りを見回すと、誰も不審に思ってないようだった。ノアが理解不能なこと言うのはいつものことなんで、疑問にも思われずスルーされてる。

 よかった。

 阿呆も役に立つことがあるものね。

 ホッとしてノアに目を戻すと……顔をひきつらせる結果が待っていた。

「……なにニヤニヤしてんの」

「んー? んー、むむむむむむー。むっむむむむむむむむむ~。むぐむぐ」

「キモっ!」

 何言ったか正確に把握して手ひっこめた。

 本当は飛びのきたかったのに、腰回りがっちりしがみつかれてるんで不可能。上体のけぞらせるのが精一杯。

「離れろこの変態!」

「えー、ひどいなぁ。ていうかちゃんと何言ってるか分かったんだ」

 わーい、ソフィアの手だー。あったかくてやわらかい~。スリスリ。……でしょ。

 分かってしまう自分も嫌すぎる。

「夫婦の理解だな! うれしー。ソフィア大好き~」

「すりよるなっ! 単に付き合い長くて何となく分かるだけだっつーの!」

 膝でアッパーカットくらわしてやろうかと思った時、あきれかえった声がした。

「パパー。いいかげんやめなよ」

 振り返れば、ノアに似た五歳児がうんざりしてた。

「さすがにどうかと思うよ?」

「おう、オスカー。迎えに来たぞ。ところでいいんだよ、これは愛情表現だ」

「ママいやがってるじゃん。見てるぼくもつらいんだけど」

 冷静に述べるオスカーは、あたしの実子でもノアの実子でもない。これは周知の事実。

 オスカーと、まだゼロ歳の弟リアムは、正確にはノアの甥だ。

 次兄、第二王子の子である。

 第二王子夫妻はすでに故人だ。使用人に至るまで屋敷にいた全員が惨殺される事件があり、犠牲となった。唯一の生存者がこの幼い兄弟。第二王子夫妻がかばったため免れたという。

 夫妻はそもそも王家と長年敵対していたある一族との和解のため政略で結婚したので、反対派による凶行と思われた。

 オスカーとリアムを救出したのがノアで、兄王(長兄)と相談の末、あたしと協力して幼い兄弟を保護するよう命が下った。ノアはアホ極まりない生き物とはいえ軍のトップで第三王子、あたしは宰相の娘で保育士。一時預かり先としてこれ以上最適な組み合わせはなかったわけ。

 王や父にも頼まれ、やむなく受けた。あくまで契約結婚であり、事件が片付いたら解消する条件で。

 でもまぁ色々あって、そのまま夫婦でやってくことになった。法律的にもオスカーとリアムはあたしたちの養子となり、実の親のように慕ってくれてる。

 最初は子供らしいしゃべり方だったオスカーも、最近は大人びた発言が目立つようになった。これは絶対ノアの影響。ノアがそうだっていうんじゃなく、「ああなっちゃいけないな」って思いが内面を成長させたらしい。

 反面教師だね。

 自分もこのアホを止める側に回らなきゃならないと思ってるのね。賢い子。

「辛くないぞ。恥を捨てた先につかめる幸せもあるんだ」

「なに言ってるかわかんない」

 もっともだ。

 息子にあきれられてもめげるノアじゃない。

「いいか、何度も言ってるように、好きな子にははっきり好きって言って愛情示しまくるんだぞ。ウザがられてもめげるな。どんな手段使っても手に入れ―――」

「間違ったこと教えるんじゃないっ!」

 躊躇なくハリセン攻撃をおみまいしておいた。

 元王子殿下は床につっぷした。

 ようやく離れた。

 パンパンと手をはたき、

「さーて、オスカー。片付けと着替えしてくるから、カバン取ってきて靴はいてなさい。ソレはほっといていいわ」

「はーい」

「……妻と息子が厳しい……」

「なら、そういうことしなきゃいいんじゃないのかなぁ」

「オスカー、ソフィアに似てきたな……」

 賢い子でお母さんほんと助かるわ~。

 事務作業を終わらせ、タイムカード押すと更衣室に向かった。制服のクリーム色ワンピースドレスから私服に着がえる。

 といっても髪の毛とおそろいの赤いシンプルなドレスに替えるだけ。フリルもレースもなし、飾りっ気皆無。

 あたしが服に求めるのは、赤子抱えて五歳児追いかけられる機能性だ。実用重視。靴だってローヒール。何か問題でも?

 下手すりゃ庶民に見える格好してるもんで、たいてい貴族令嬢と思ってもらえない。

 でもそれがどうした。ゴージャスドレス着てハイヒール履いて子供の世話ができるか。

 そもそもあたしは美人じゃないし、着飾ってもしょうがないでしょ。

 て言ったらノアが泣くのよね。

 ゼロ歳児のクラスからリアムを引き取り、戻ると。

 元王子殿下は子供と一緒に戦いごっこしてました。

「行くぜ、変身!」

「〇〇戦隊参上!」

 …………。

 脱力。

 膝から崩れ落ちそうだよ。

 仕事終わりに、子供より子供な夫がガチで戦いごっこしてるって、これ以上ない力の抜けるシーンだわ。

 どうしたらいいかな。どうしようもないな。

 男子たちがノリノリでやってるのは、最近はやりの男児向けヒーローアニメだ。よくある戦隊ヒーローが悪と戦う系の勧善懲悪モノ。もちろん巨大ロボが出てきて変形合体するお約束で、ベタな展開なのにそれがウケて視聴率がハンパない。

 これまでこの世界にこういうのなかったから、余計売れてるのよね。

 ま、アニメ会社立ち上げて作らせたのはあたしだけど。

「ロボ召喚!」

「しゅえいのおじちゃん、カメおばさん、やってー」

「はいよ」

「おう、やったるでぇ」

 ボケ防止と言ってパートやってる高齢の巨大ガメがのっそりやって来て、その上に元・人食いライオンが飛び乗り、ポーズ決めた。

 みんな元気に仕事しててなにより。

「ノア、オスカー。帰るわよ」

「おっと。じゃみんな、続きはまた明日な!」

 明日もやるんかい、このいい年した大人は。

「ばいばーい」

 門の向こうに待ってた迎えの車に乗って帰る。一応王弟と宰相令嬢なもんで、護衛ついてんのよ。

 うちは王城の隣にある領地の中にある。貴族にしては小さな屋敷の前で車は止まった。

 ここはあたしたちが当初暮らしてた、父と母も住む本邸とは別だ。最初からいずれ他に家建ててそっちで暮らすつもりで、本邸にいた間に作らせてたのよ。

 実用重視なあたしの主義で、貴族様のお屋敷とはほど遠い。無駄な装飾や豪華さよりも、冷暖房効率や光熱費を考えた作りにした。見かけは「ちょっと田舎の別荘かな?」くらいの質素さだ。

 執事がドアを開けて頭を下げる。

「お帰りなさいませ」

「ただいま」

 玄関で靴を脱ぐ。

 この家は外観こそ洋風でも、中は靴を脱いで上がる日本式だ。これならリアムが自由にハイハイできるでしょ。

 家の中では靴を脱ぐって習慣はこの世界になく、とても驚かれた。「靴を履き替える」のは学校とかくらいのものだもんね。個人宅でこういう造りはなかった。

 でもあたしもノアも前世日本人なもんだから、こっちのほうが楽。

 どの部屋でも子供が自由にハイハイできると噂が広まり、今じゃ子育て世代が同じような家建てるのがブームだそうだ。建設会社から感謝されてしまった。

「オスカー、脱いだ靴はそろえろー」

「はーい」

 きちんと並べたオスカーはリアムの靴を脱がせるのも手伝い、それもちゃんと並べた。

「よくできました」

「うんっ。ねぇ、ばんごはんなぁに? おなかすいたー」

「あ、ほら、外から帰ったら手洗うのよ」

 石鹸で手を洗い、家族みんなそろっていただきます。

 家事はメイドやコックに頼んでる。使用人の一人も置かないのは、セキュリティの面でもよろしくないのよ。あたしもノアもこれでも要人だし、オスカーとリアムは少し前まで差別されてた一族の人間だ。

 色んな事情が明らかになっていわれなき迫害がなくなったとはいえ、人の気持ちはそう簡単に変わるもんじゃない。対策は立てておかないとね。

「オスカーはよく食べるわね。さすが男の子」

「俺もけっこう食ってたなー。しょっちゅう厨房に行っておやつねだって、ソフィアや兄上たちに怒られたっけ」

「お菓子ばっか食べてご飯入らないーなんてやってるからでしょうが。野菜も食べない、好き嫌いも多いし。そういや、いつ頃からか何でも食べるようになったわね」

「ああ。父上にソフィアは好き嫌いする偏食な男は嫌いだって聞いたから」

「…………」

 ジト目になった。

 前国王様、あたしそんなこと言った記憶ありませんが。そりゃ、偏食する男としない男どっち、って言われれば当然後者だけど。

 息子の扱い方よく分かっていらっしゃる。

「ソフィアに褒めてもらいたくて、ピーマン克服したんだよ!」

 元王子殿下は誇らしげでございます。

「……あっそう」

 好き嫌いなくすのに貢献したならよかったと思っておこう。

「リアムもちょっとお粥食べてみようか?」

 10倍がゆを一匙差し出す。

 リアムはそろそろ離乳食を始めてて、まずはうす~いお粥からチャレンジだった。

 離乳食始める時期はいつがいいかって色々あるけど、状況に応じてでいいんじゃないかなと個人的には思う。それぞれの成長に応じて、のんびりやればいい。どうせそのうち食べられるようになるって。

「むー」

 リアムは「なんだこれ」とうなり声を出した。

「あはは。ま、口つけるだけでもやってみな」

 一度は口つけたものの、すぐべーっと吐き出した。

 食事用エプロンをだらーっと垂れる。

「あらら、気に入らないかぁ。ん、じゃあミルクにしとこうね」

 あたしは怒りもせず、あっさりあきらめてエプロンを取った。

 うちで使ってる食事用エプロンはビニールやシリコン製。首の後ろでスナップやマジックテープで留めるタイプで、丸洗い可能。流しでザーッと洗うだけで簡単に汚れがとれるんだ。

 下部分がポケットになっており、食べかすが膝に落ちずにそこに貯まる仕組み。服を汚さずに済むようにだ。いやまぁ、それでも汚すけどね。床も周り新聞紙しいてるもん。

 子供の食事なんて汚れるもんですよ。食事の度に着がえだよ。ま、洗濯すればいいだけだと割り切ってる。

「そのエプロンさぁ、最初俺、表裏逆だと思ってた」

「ポケットが表よ。こぼしたものキャッチできないでしょ」

「言われてみればそうだよな」

「これもそうだけど、ベビー用品ってこっちにはないもの多くって。の会社で出したら売れる売れる」

 現代日本の知識を持つあたしは、それを生かしてこっちの世界でベビー用品関連のメーカーを作った。面倒なんで創設者だって公にしてないけどね。相談役といいつつ、今もかなりアイデアは渡してる。

「……ソフィアさぁ。真面目な話、年収いくら?」

「さあ。自分でも分かんない」

 金の話は信頼できるプロに任せてるもんで。

 なにせ持ってる会社の権利やら株やらめちゃくちゃあるのよ。素人じゃ処理しきれない。

 それに、自分がそんなすごいとは思わない。だってあたしは他の世界じゃすでにあるものを紹介してるだけだ。つたない説明から再現し、あれこれやって販売できるまでに完成させるのは会社の人たち。本当にすごいのは彼らでしょ。

 あたしはいわば、プロットまで担当の原案製作者みたいなもんだ。

 ……なんか他作品っぽい。えーと、①原案製作者から仲人やらされることになって、果ては通称『魔王』のお妃にさせられちゃった話と、②ぶっとびすぎる奇人の発明家王子につかまっちゃったミューズの話ね。

「あ、そうだ。持ち株会社で思い出した。明日の関係者用映画試写会、10時からよ」

 さっきやってたヒーローごっこのアニメ映画を言えば、とたんにノアとオスカーが目を輝かせた。

「うん、超楽しみ! ついにあれがスクリーンに……!」

「楽しみだね!」

「ついでに言っとくと、それあんたの誕生日プレゼントってことにしといて」

 しれっと付け加えた。

「……へ?」

 ノアが動きを止める。

「何よ。いらないの?」

「いやっ、いります! くださいむしろお願いします! ソフィアが俺に誕生日プレゼントくれるなんて、それだけでご褒美です!」

「危ない発言すんな」

 オスカーが憐みの視線を向けた。

「……パパ、これまでママからもらったことないの?」

「あげてるわよ毎年。第三王子と宰相の娘じゃ、付き合い上仕方ない。つーか、あげるまでしつこいし」

 ほんとにずーっとついてきて泣くわ、すがりつくわ、駄々こねるわ。周囲の目に負けてやむなくあげたわよ。

「ソフィアを俺の好みでドレスアップさせてー、バラの咲く庭園とかエメラルドグリーンの海とかイルミネーションのきれいな遊園地とかムードたっぷりな水族館とかでラブラブデートしたいなーって言っただけじゃん」

「絶対嫌だから先手打ったともいう」

 オスカーもうめいてた。

「うわぁ」

「でしょ? 誰がそんな乙女な妄想付き合うかっての。大体、ただの知人なのに」

「今はもう夫婦だよ? やらない?」

「嫌」

 わずか一言で却下した。

 分かりやすくショック受けるノア。

「えええええ。今年こそできると思ってたのにぃぃぃ」

「てアホなこと考えてると思って、わざと日にちぶつけたんでしょーが。そうすりゃ試写会優先するでしょ。無理やりねじ込めないからね。午後は帰ってケーキ作るんだもの、時間ないわよ」

「ケーキ!」

 元王子殿下はなぜか急にご機嫌直りなさった。

「そうだよ! ようやく、やっとソフィアが俺の誕生日にケーキ作ってくれる……っ! ああ超幸せ。この幸せをどう表現したらいいかな。あ、歌う? 世界中に放送しよっか」

「せんでいい!」

 ハリセンツッコミ炸裂。スパ―ン。

 ふざけんな、憤死させる気か。

「ねぇママ、じゃあ前はなにあげてたの?」

「無難に手作りお菓子。当時の王妃様、つまり今の皇太后様にそうしてあげてほしいって頼まれてね。市販品より、あたしが作ったもののほうがコイツ落ち着くだろうからって。なにしろ最初あげた、スタンダードに日常遣いできるハンカチ、使わず大事に保管しておいて毎朝手にとってはうっとり眺めてる息子キモイって、皇太后様にマジ泣きされたらねぇ……」

「キモっ」

 うん、あたしもドン引きした。

「キモくない! ちょっと片思いこじらせてるだけだ!」

「色々黙れ変態。食べ物なら消え物、つまりなくなるでしょ。たぶんニマニマはしなくなるだろうって皇太后様が」

「フッ。心配ご無用。ラッピングは大事にとってあるよ」

 髪かき上げてキメ顔でほざいた。

 ラッピングって、解いたら要するにゴミじゃないか。

「……中身だけむき出しであげて、いっそダイレクトに口にぶちこんでやるべきだったか」

「あ、いいねそれ。『はい、あーん』って食べさせてくれるんだ♪」

 コイツの無駄なプラス思考はどこから来てるの?

 口に入りきらないサイズの、歯が欠けるくらい固い煎餅つっこんでやろうか。

「えー、アホはほっといて歯磨きしようね。はい、歯ブラシ」

 まず自分で磨かせ、大人が仕上げ磨き。子供用の毛が柔らかいブラシを使う。

 ほとんど歯が生えてないリアムはガーゼハンカチでふく程度。まだこれで十分なのよ。

 食後は休んで。

 さて、お勉強ターイム。

 オスカーは小さいとはいえ、貴族の当主だ。覚えておかなきゃいけないことがたくさんある。

 が、持って生まれた才能か、たいていのことは一回で覚えてしまう。

「頭いいとこは兄さんに似たんだろーな」

 自然と亡き第二王子―――オスカーとリアムの実父の名が出た。

 この頃ようやく、オリバー様やエマ様の名前を出してもオスカーが泣かなくなった。

 時が癒してくれるなんて陳腐な言葉じゃ片付けられないほどショックだったあの事件。それでも、小さいながら懸命に前を向いてるオスカーは本当に偉いと思う。

 ノアだって実の兄が殺されて涙を流してた。やっと、自然に話題にできるまでになったのね。

 オスカーは一瞬寂しそうな顔をしたものの、うれしそうに笑った。

「ほんと? やったぁ」

「よかったわねー、このアホに似ないで。ん? なによ、コントみたいに大げさな反応してんじゃない。今日はアンタが子供たち風呂入れる番でしょ。風呂わいたわよ」

 我が家の風呂当番は交代制だ。子供を風呂に入れるのは母親って家庭が多いと思うけど、そこは平等・公平に。

 お母さんだって一人でゆっくり風呂入りたいのよ。毎日なんて贅沢は言わない、たまには、でいい。

 世のお父さん、そんなささやかな願いくらい叶えたげてね?

 お金もかからない。必要なのは思いやり。

 子供たちはノアに任せ、あたしは別の風呂に行った。

 いくつもあるのよ。ノアが「露天風呂ほしい」とか「バラ風呂なんてロマンチックなのどう?」とかほざいて作らせたせいで。うちの敷地は掘れば温泉出るからいいけどさ。

 どこの温泉旅館かスーパー銭湯かってラインナップは、使用人のみんなに大好評。彼らはたいてい住み込みで、使っていいよって許可してある。

 ていうか、本物の温泉旅館もスーパー銭湯もクアハウスもあたし持ってるっつの。我が公爵家の領地に遊園地や動物園があってね、その隣に併設。

 それはともかく。

 のんびりバスタイム終えて戻ってくると、ノアはリアムに哺乳瓶で湯冷まし飲ませてた。

「すっかり慣れたもんねぇ」

 最初はうろたえまくってたのに。今じゃ手つきも危なげない。

「そりゃあ毎日やってりゃ慣れるよ。ほーれ、ゲップ出るか?」

 縦抱きにして背中を下から上にさする。ゲプッとリアムの喉から空気が出た。

「ん、よし。オスカーもあったまった? お休みしようか」

 布団にもぐりこんだオスカーの隣に座り、リアムを抱っこしたままお話する。寝る前にソラで昔話聞かせるのが我が家の日課。

「今日のお話は何にする? うーん、外国の昔話は一通りしたから、日本のに戻ろうか」

「にほん?」

「あ、えーと、そういう国があるんだよ。ずっと東の方に」

 おおっとぅ。ついポロっと出てしまった。ノア、ナイスフォロー。

「うんそう、そこに古くから伝わるお話。シンプルに桃太郎。むかしむかし、あるところに……」

 ゆっくりしたテンポで話してると、途中で寝息が聞こえてきた。

 リアムも口をもにゅもにゅさせながら寝てる。

 では、これから本日最難関のミッションにかかりましょう。

 何かって? 寝てる赤ちゃんをベッドに移すのよ。

 簡単じゃないかって笑うなかれ。これめちゃくちゃ難しいんだから。いくらそーっと下ろして、慎重に手を抜いても、とたんにパッと起きるのよ。

 どんだけ敏感なセンサーついてんの?

「嫌だ―、抱っこしろ、寝たくないー」「行っちゃやだー」って泣くんだわ。ハイ、初めからやり直し。

 しかも下手したら声でオスカーまで起きる。二人寝かしつけやり直しとかマジ地獄。

 一日の終わりで電池残量一桁なお母さんたちがどれだけこれで泣いてることか。うん、こっちのほうが泣きたいっての。

 さぁ、今日は上手くいくかな……?

 慎重にベビーベッドに移し、ゆーっくり手を抜く。

 成功か?!

「……むう~」

 はぐぁ!

 うなるリアムにすかさずゾウのぬいぐるみを握らせた。

 お気にのアイテムって大事。「これがあれば安心」ってのを何か一つ作っておくと楽よ。

 お気に入りのぬいぐるみの感触に安心したらしく、再び寝た・

 ……ふぅ~。

 汗をぬぐう。

 無事完了しました。

 ノアが小声で、

「お疲れ。お気にのぬいぐるみってバカにできないよな」

「安心できる存在って大事よ。オスカーだって、ライオンのぬいぐるみ傍に置いてるじゃない?」

 どっちも動物園に行った時買ったものだ。オスカーとリアムが自分で選んだ。

 オスカーは「ライオンかっこいいし、ぼくのマークだもん!」、リアムはゾウの耳部分がはみはみするのにちょうどいいらしい。

「さて、夜中用のミルクの確認して、と」

 サイドテーブルにある液体ミルクを確認。

 これはこの数か月で販売にこぎつけたものだ。やっとこっちでも完成した。

「これ、楽だよなー。お湯必要ないし、溶いたミルク冷まさなくていいし、口にパーツつけるだけだもんよ」

 哺乳瓶用の乳首をそのままはめて使える設計。

「これでやっと、夜中の授乳が楽……! ここぞとばかりに権力使って開発ゴリ押ししただけあったわ」

「災害時用の備蓄としてもいいよな。他の国からも輸入したいって引く手あまたなんだろ?」

「離乳食のレトルトもね。いまだに赤ちゃんが食べる物は手作りじゃなきゃ!みたいな考えあるけど、現実問題やってられないし。精神的に追い詰められたり肉体的に限界になるくらいなら、ちょっと楽してもいいじゃない? ていうか、大人はカップ麺だの冷凍食品だの食べまくってるくせに、何で駄目なんだか。それ食べて授乳すれば、当たり前だけど母乳介して赤ちゃんにいくのよ?」

 うちの商品はちゃんと添加物の類は使ってない、安心安全な品質です。

「なぁ、マジでいくら稼いでんの?」

「あたしの収入より、さっさと寝なさい」

「えー。明日が楽しみすぎて眠れない」

「遠足前日の小学生か」

 精神年齢はどっこいどっこいね。

「そういや、今世で小さい時同じことなかった? 夜中皇太后様に呼ばれて、何かと思って行ったら、あんたが遠足楽しみで眠れないから寝るよう言ってくれって」

「あー……うん。ゲンコツくらって気絶したやつな」

 あたしの中にこいつを王子として敬う気持ちは存在しない。

「前国王陛下にも皇太后様にもあの対処で感謝されたけど」

「息子が気絶してんのに?! 俺の扱いひどくね?!」

 いかに三男坊の扱いに困ってたかってもんだ。

 で、「やっぱりこのバカを任せられるのは君しかいない。婿にもらってやってくれ」って国王直々の懇願は丁重にお断りさせてもらったっけ。

「今度父上の墓に文句言いに行ってやる」

「皇太后様は明日会うでしょ。直接言えば」

 ノアの父である前国王は故人だが、母である皇太后様は存命だ。元々権力に興味のない穏やかな性格の方で、今は離宮でゆっくり引退生活を送ってる。

「さ、とにかくもう寝なさい。まったく、なんであんたの寝かしつけのほうが手間かかるわけ」

「ソフィアが添い寝してくれたら、すぐ寝れる気がする―」

 小さい頃の遠足前夜と同じセリフを吐いたノアに、あたしは冷たい視線を向けた。

 おもむろにグーを作る。

 当時と同じく、容赦なしにゲンコツくらわせた。

「寝ろ」

「だ、だからこれ気絶……がくっ」

 つっぷした阿呆を無視して子供たちの状態を確認した。

 あーあ、オスカー、もう布団からはみ出ちゃってる。

 言い忘れたけど、寝室もベッドじゃなくて布団だ。理由はこの寝相の悪さ。ノアもオスカーもものすごく寝相が悪いんだ。

 ノアがいくらベッドから落ちようがどうでもいいけど、オスカーはケガしちゃうもんね。

 引き取ってしばらくは寝相が悪いと知らなかった。神経張ってて大人しかったのね。そのうち慣れたのか、ある夜転げ落ちてギャン泣き。

 こりゃまずい、と思った。

 転がる、絶対布団かけてない、枕も無意味、あらぬところで大の字。さらにあたしも寝てる間にパンチやキックくらう。

 床の上に直接マットレス+布団にし、あたしとオスカーの間には抱き枕を防壁として配置。これでようやく夜中にあたしが痛くて飛び起きることはなくなった。

 子供がベッドから転げ落ちるって、けっこうあるのよ。温泉旅館は当たり前として、他の所有リゾートホテルもファミリータイプは布団にしてみたら大好評。予約数が倍増した。

 ベッドの周囲に転落防止柵をつけるのはすでにあったんだけど、隙間に体はさんだり事故がね。

 風邪防止に着せてるオスカーの腹巻を直し、布団をかけてあたしも寝ることにした。

 

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