64. 営業


 月夜だ。


 草原の風が頬に心地よい。


 頭上には、ケイの瞳には眩しいほどの満月。


 篝火に照らされた村の広場に、陽気な音色が鳴り響く。普段は寂れた小さな農村も、今宵ばかりは賑々しい。木箱に腰掛けたホアキンが、大勢の村人に取り囲まれながらハープを爪弾いている。


 娯楽に乏しい田舎では、吟遊詩人の来訪は数少ない楽しみだ。ホアキンの歌う冒険譚に、恋物語に、そして大都市を舞台とした悲喜劇に、大人も子供も目を輝かせている。


 さらに今夜の演奏は特別だ。まるで映画のスクリーンのように張られた荷馬車の幌、そこに踊る影。アイリーンが仕掛けた"警報機アラーム"から伸びる影が、ホアキンの歌声にあわせて物語の情景を描き出していた。


 輪郭だけでも恐ろしいような、辺境の巨大な怪物に子供たちは息を呑み、それを討ち倒す戦士の勇姿に男たちは歓声を上げた。一転、貴族の館で繰り広げられる甘い恋の一幕には、女たちもうっとりとした様子。


 北の大地で成長したのは、どうやらケイとアイリーンだけではなかったらしい。水を得るため強行した『邪悪な魔法使い』作戦などを通し、ケルスティンは現代人たるケイたちにも通用するほどの演出力を身につけていた。その映像美術は『こちら』の住人に対しても効果絶大で、ケイのそばにいたエッダなどは興奮のあまり立ち上がって、飛び跳ねながら観劇していたほどだ。


 大いに盛り上がったところで、最後にホアキンが陽気な歌を歌い出し、皆で篝火を囲んで踊ってお開きとなった。ケイも、アイリーンに連れ出されて、慣れないながらに踊ってみた。振り付けも何もない、ただ手を繋いでくるくる回るような単純なものだったが、その場の空気も相まってやたら楽しく感じられた。アイリーンの手を握りながら、しみじみと、「ああ、平和な場所に戻ってきたのだなぁ」と実感するケイなのであった。


「――いやぁ、今夜は大盛況でした」


 一息ついたところで、ホアキンがケイたちのテントまでやってくる。おひねり代わりにもらった果物や野菜、干し肉、果実酒の壺などでその手はいっぱいになっていた。


「どうです、一杯」

「おっ、頂こうか」

「呑もう呑もう!」


 ホアキンの申し出に、ニヤリと笑うケイ、身を乗り出すアイリーン。三人はその場で小さな酒宴と洒落込んだ。歌い通しで疲れていたのだろう、木のゴブレットになみなみと葡萄酒を注いだホアキンは、美味そうにそれを飲み干していく。


「ぷはっ。生き返りますね」

「この辺りの葡萄酒は美味いな。それにしても、見事な演奏だったよ」

「オレたちも楽しませてもらったぜ」

「いえいえ、ケルスティンのお陰で、僕も新鮮な気持ちで歌えましたよ。彼女は本当に凄いですね」


 未だ、馬車の幌でくるくると踊るケルスティンを見やって、ホアキン。


「できれば、これからも共演してもらいたいくらいです」


 そんな冗談交じりの言葉に、アイリーンがぴくりと反応した。


「う~ん、ケルスティンはオレの契約精霊だからなぁ。ずっと共演は難しいかな」

「まあ、そうでしょうね」


 当然のことだ、と苦笑交じりのホアキンをよそに、ふむぅ、と顎を撫でながらアイリーンは思案顔。たとえ"警報機アラーム"を魔道具化しても、現状のような柔軟な対応は望むべくもない。そこに居るのは、宝石類を核としたある種の人工知能――ケルスティンの分霊に過ぎず、呪文として封入された行動を忠実に実行することしかできない。


 が、裏を返せば、行動を設定さえしておけば、どうにかなるということだ。


「……やりようによっては、あらかじめ準備しておいた影絵を、状況に応じて出力することくらいはできるかもしれないぜ」

「……と言いますと?」

「例えば、決まったフレーズなり曲なりに反応して、影絵を表示する魔道具……みたいな。"投影機プロジェクター"とでも呼ぼうか。どんな図柄を出すか、あらかじめ決めておく必要があるから、今夜みたいな即興は無理だけど、何種類か用意しておけば演出としては使えるんじゃない?」

「ほうほう。『辺境の怪物』『勇敢な戦士』『貴族の館』といった具合に、いくつか絵を用意しておいて、物語の進行具合に応じてそれを投影し切り替えられる道具、ということでしょうか」

「そうそう、そんな感じ」


 理解が早い。ホアキンは興味をそそられたようで、そのような道具をイメージしているのか、空を見上げながらしきりに頷いていた。


「それは素敵ですね……でも、お高いんでしょう?」

「いやー、まあ、そりゃなあ」


 通販番組のような返しに、アイリーンも苦笑を隠せない。


「魔道具の核の部分に宝石が必要だからなー。影絵を出す魔道具なんて作ったことないから、どのランクの宝石が必要になるかわかんないんだけど……インプットする影絵の数にも依存するしなあ、うーん……」

「アイリーン、影絵を一枚出すだけの魔道具は、どのくらいのコストがかかるんだ?」


 腕組みをして頭を悩ますアイリーンに、ケイが横から口を挟む。


「えっ? それなら……そうだな……影絵一枚……水晶と、それに封入する触媒……ペンダント型にするとして……んっと……」


 指折り数えてしばし考えたアイリーンは、やがて「銀貨五枚くらいかな」という結論に至った。おそらく原価に近い値段。


「影絵一つで銀貨五枚、ですか。それはなかなかですね……」


 庶民視点では、安い、とは言えない額だ。ちなみに、比較的大食いのケイが、飯屋で豪勢に腹いっぱい飲み食いすると、だいたい小銀貨三枚――銀貨0.3枚ほどの金額になる。酒を頼めばもっと行くだろう。


「それに加えて、触媒代がかかるかな。一回使うたびに、爪先くらいの、ちぃ~っさな水晶の欠片が必要になる、はず」


 ちいさな、の部分を強調し、指で僅かな隙間を作ってみせながらアイリーン。あまり反応が芳しくないので、運用費はそれほどかからないことをアピールする狙いがあったようだが、ホアキンは逆に「さらに金がかかるのか……」と言わんばかりの顔をした。


「魔道具は高い、とは聞いていましたが、使うのにもお金がかかるんですねえ」

「……まあ、所詮は魔術師の手作りだからなぁ……精霊の力がこもった、本物の魔道具にはどうしても劣るさ」


 がくり、と肩を落とすアイリーン。


「ちなみに銀貨五枚って、原価だからそこんとこヨロシクな。ホアキンの旦那の魔力がそれなりに強ければ、使用者が魔力を供給するタイプにしてもいいんだけど……」

「値段については心得てます、他言はしませんよ。そして僕は普通の人ですから、魔力を使うだなんて、そんな真似をしたら死んでしまいます」

「意外となんとか……いや、何でもない」


 何回か訓練すれば大丈夫じゃないか、と言いかけたケイだが、口をつぐんだ。それで万が一、失敗して死んでしまったら、責任が取れない。


 しかし見方を変えれば、アイリーンの契約精霊・ケルスティンは、数いる精霊の中でもずば抜けて術行使に要求される魔力が低いので、一般人でも気軽に魔力を鍛えられる魔道具を開発できるのではないだろうか。


(……便利だが、露見すれば危険を招くかもしれんな)


 あとでアイリーンと話し合っておこう、と一人頷くケイ。


「――とは言え、その魔道具に大いなる可能性を感じるのも確かです。現金ばかり持ち歩いていても仕方がありませんし、それならいっそ、価値ある魔道具に換えてしまうのもアリかもしれませんね」


 そんなケイをよそに、やはり魔道具の魅力には抗いがたかったのか、気を取り直して前向きに検討し始めるホアキン。


「オレも造ったことないから、今すぐにはできないけどな。材料の目処も具体的には立ってないし。一応、ホランドの旦那が、色々と工面してくれるって話なんだけど」


 ホランドの荷馬車の方を見やりながら、あぐらをかいたアイリーンが頬杖を突く。


「あと、ホアキンの旦那には、できれば宣伝をお願いしたいかなって思ってたんだ」

「宣伝、ですか」

「うん。実は"投影機プロジェクター"より先に、"警報機アラーム"を商品化しようって話でさ。旦那としては、あれどう思う? 売れそう?」


 広場の中心に設置された警報機を指差しながら、アイリーンは問う。


「範囲内に外敵が入ったとき、音が鳴る魔道具、でしたっけ」

「そう。あと外敵を影で脅かすおまけ付き」

「値段はどの程度で?」

「銀貨五十枚くらいかな」


 アイリーンの答えに、ホアキンは難しい顔をした。


「厳しいですね。有用なのは確かですが、……よほどの酔狂でない限り、個人では買わないでしょう。懐に余裕のある商人なら話は別ですが、僕が商人なら、むしろその予算で護衛の数を増やそうとするでしょうね……」

「やっぱりかぁ」


 存外、辛辣な答えに、がっくりと再び肩を落とすアイリーン。


「一般人に売るよりも、貴族や金持ちを相手にした方が良いのでは?」

「オレたちもそうしたいんだけど、実績がないからさ……」

「……ああ、なるほど。宣伝というのはそういう意味でしたか」


 実績を積み上げて次につなげたい、というアイリーンの意図を汲み取ったようだ。


「そういうことなら、微力ながらお手伝いできるかもしれませんが、僕としては投影機の方がまず欲しいですね。基本的に僕は隊商に加わって、大所帯で移動することが多いので、警報機よりも影絵の方が即戦力になる、と申しますか。優先順位の問題ですが」

「う~ん……じゃあ、警報機アラームとの複合型なんてどうだろう? 投影機プロジェクターの機能を組み込む形でさ」

「いや待てアイリーン、それだと警報機単体の性能が伝わりにくいから、宣伝としてよろしくないんじゃないか? それに機能を複雑化させるとトラブルの元だぞ」


 多機能すぎて失敗した数々の日本製家電を知るケイは、思わず口を挟む。ある程度目的が合致した機能を複合させるならともかく、警報機と投影機の複合型などテレビ付き防犯ブザーのようなものだ。バラして売った方が良いに決まっている。


「そ、そうかもな。じゃあ、投影機に、格安で警報機をつけるって形でどうだろう……具体的な値段はホランドの旦那と要相談だし、試作もしないといけないし、すぐの話にはならないと思うけど」

「ええ、ええ、それで構いません。僕としても楽しみです、まさか自分が魔道具の持ち主になろうとは、夢にも思いませんでしたよ」


 にこにこと朗らかに笑うホアキン。曰く、しばらくはサティナに滞在予定だし、仮に出ていっても冬が明ければまた戻ってくるので、別に魔道具の受け取りは急がないそうだ。宣伝も快く引き受けてもらえるとのことで、とりあえず当初の目的は達成できた。


 その後、ホアキンの旅の思い出話や隊商の面々についての他愛もない噂話などで盛り上がってから、酒宴はお開きとなる。ぼちぼち眠気を覚えつつあったケイとアイリーンは、仲良くテントで寝転がったが、「う~ん……」とアイリーンはまだ何かを考えている様子だ。


「どうした? 寝れないのか?」

「……いや。よくよく考えれば、さっきの営業セールスは主導権握られっぱなしだったな、と思ってさ」

「……そうか?」

「うまいこと、こっちから譲歩するように誘導されてた気がしてきた……やっぱ一筋縄じゃいかねーな、話と演技に関しては、あの人プロだわ」


 ぐぬぬ、と少しばかり悔しげなアイリーンに、ケイも先ほどの会話の流れを振り返ってみたが、確かにそんな気もしてきた。


「まあ、宣伝費用と思えば安いものだろう。プライスレスさ」

「……それもそうだなー。プライスレス、ぷらいすれす……」


 眠くなってきたのか、むにゃむにゃと口を動かしながらアイリーン。もぞ、と身じろぎしたアイリーンが、テントの中を転がってケイの上に乗っかってきた。


 ケイが無言のまま、胸元からこちらを覗き込むアイリーンの鼻をぴんっと指で弾くと、アイリーンがころころと笑う。


 そのまま、二人でじゃれあっていたが、酒の力もありぐずぐずと沼に沈むようにして眠りについた。警報機アラームのお陰で二人は夜番をする必要もない。穏やかで、平和なひとときだった――




 翌朝。


 村人たちに惜しまれながらも、隊商は再び出発する。


 歌いすぎると喉に悪いので、ホアキンは休憩時間は演奏しないが、馬車に揺られながらエッダに歌を教えていた。


 ホランドの隣、御者台に腰掛けて足をぷらぷらとさせながら、楽しそうにメロディを口ずさむエッダに、「この娘も将来、良い歌手になるかもしれないな」などと和むケイであった。


 そうして、近隣の村々を経由し、昼頃にまた別の集落で休憩する。そこは以前、ケイが"大熊グランドゥルス"を仕留めた開拓村だった。


「おおっ、あのときの英雄殿だ!」

「酒だ! 酒を持ってこい!」


 隊商の来訪を喜んでいた村人たちは、ケイの姿を認めてさらに喜んだ。近隣でもケイの顔は知られており、行く先々で『大熊殺しの狩人』として歓迎されたが、当事者たちの盛り上がりは流石に別格だった。


「お陰でこの辺りも大分拓けてきたよ。あのときは本当にありがとう」

「なに、当然のことをしたまでさ」


 村長に酒壺や果物を手渡されながら、ケイははにかんで答える。アイリーンは自分のことのように得意げな顔をしていたし、ホアキンは「歩く伝説ですねえ」と何やら感じ入っていた。


 そのまま昼食でも摂ろうか――という流れになり、ホアキンが演奏準備を初めたところで、しかしケイはふと、村の端っこで遊ぶ子供たちに目を留める。


 何か、視界に違和感を覚えたからだ。


 こんな辺境で目にするには、鮮やかすぎる色。


 見れば、子供のうち、おままごとをして遊ぶ年長の女の子が、髪に花を挿している。自然物とは思えないような抜けるような青色。薔薇のように豪奢な造形の花びら。


「あの花は……?!」

「どうしたケイ」

「アイリーン、あの女の子、頭の花」

「……えっ、あれって」


 思わず、二人して駆け寄る。当の本人、髪に花を挿した女の子はきょとんとした様子だったが、アイリーンが優しく「そのお花、綺麗ね。見せてくれない?」と頼む。


 おずおずと手渡されたそれを、二人はまじまじと観察した。


「……間違いないな、アイリーン」

「……ああ。お嬢さん、このお花はいったいどこで見つけたんだい?」

「え? その、パパが……あたしのパパ、狩人なんだけど、森でみつけて、あたしにくれたの……」


 そばかす顔の女の子は不安げに、「お姉ちゃん、ほしいの……?」と首を傾げた。どうやら大切なお花が取られてしまうのかもしれない、と思ったようだ。相手が村の恩人だけに、遠慮している風もある。


「あ、ごめんごめん。ちょっと興味があっただけさ。これはあなたのものだから」


 アイリーンは笑って、その子に花を返す。一方、ケイはその手の"竜鱗通しドラゴンスティンガー"を握り直しながら、難しい顔で森の方を見やった。


「その花が、どうかしたのかい?」


 村長とともに、あとを追いかけてきたホランドが、興味津々に尋ねてくる。


 しばし、二人は顔を見合わせたが、やがてケイが困惑顔で口を開いた。


「あの花は……"魔法薬ポーション"の原材料の一つだ」




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