62. 星見


「ヴァルグレン=クレムラート氏のお言葉を伝える。『約束を憶えていてくれたこと、嬉しく思う。突然だが今夜八時、第一城壁の南門にて待つ』とのことだ」


 朝、"HangedBug"亭を訪ねてきた男、カジミールはむっすりとした顔でそう告げた。その筋骨隆々な体躯を、やたら仕立ての良い平服に押し込み、どこか窮屈そうにしている。お世辞にも機嫌が良いとは言えず、口に出さずとも「なぜ自分がこんなことをせねばならないのだ」と思っているのがありありと伝わってきた。


 食堂で朝食を摂っていたケイたちは元より、他の宿泊客たちも突然の珍客の登場に顔を見合わせている。下町の宿屋には、えらく場違いな存在だった。


「今夜か……随分と急な話だな」


 スープで堅パンをふやかして食べていたアイリーンが、ごくんと口の中のものを飲み込んで言う。すると、カジミールは思わずムッとした様子で、


「閣下――いや、ヴァルグレン様はご多忙の中、わざわざ貴様らのために貴重な時間を割いて下さっているのだ! 光栄に思え!」


 が、すぐに声を荒げてしまったことを恥じるかのように、咳払いして誤魔化す。


「……オホン。それで、もちろん来れるのだろうな?」

「いや、まあ……行けるけどさ」


 不承不承、答えるアイリーン。その隣でこくこくとケイも首肯する。射殺さんばかりの眼光で睨みつけられれば、NOと答える気は起きなかった。事実、ケイもアイリーンも暇なのだ。


「よろしい。此度は専門の天文学者も同行するそうだ。いいな、今夜八時に第一城壁の南門前だぞ。しかと伝えたからな!」


 用事は済んだ、とばかりに踵を返し、肩で風を切って去っていくカジミール。後には呆気に取られたような"HangedBug"亭の面々だけが残された。


「……あの人、前にも来たわよね。何なの?」


 水差しを手に立ち尽くしていたジェイミーが、再起動して尋ねてくる。他の宿泊客も我に返って朝食を再開していたが、やはり興味津々なのか、さり気なくケイたちの会話に聞き耳を立てているようだった。


「まあ、知り合いのお偉方の使いだな」


 木製のカップの水を飲み干して、ケイは肩をすくめる。ジェイミーはおかわりの水を注ぎながら、「ふぅん」とカジミールが去っていった扉を見やった。


「でも使いって言っても、あの人自身も……その、やんごとなき身分なんじゃない?」


 庶民の格好が全然似合ってないんだけど、とジェイミー。


「多分、そうだろうな」


 ケイは曖昧に頷いた。あの鍛えられた肉体を見るに、十中八九軍属だろう。そして、あの溢れる気品からして、ただの一兵卒ということもあるまい。おそらくは騎士階級。


「……そんなのを小間使いにするなんて、そのお偉方って何者なわけ?」


 ジェイミーの疑問は尤もだ。ヴァルグレンがさらに高位の貴族だったとして、カジミール『しか』使いに出せる人間がいないのか、あるいは使いに出せる人間の中で一番の『木っ端』がカジミールなのか――


「わからん。というか、俺たちも詳しく知らないんだ。たまたま知り合っただけというか……そもそも身分に関しては、先方も『隠している』つもりらしい。だから彼も変装させられてるんだろうさ」

「あらあら、色々と『ワケあり』ってことね。……夜に城門の前で待ち合わせなんて、何をするつもりなの?」


 ジェイミーは遠慮なく詮索してくる。少なくとも、周囲の宿泊客たちはそんな彼女の姿勢を歓迎しているようだった。


 が、残念ながら彼らの期待に応えられるほどの答えはない。


「別に大したことじゃないさ、星を見に行くだけだ」

「へ? 星?」

「そう、星だ」

「こう見えてケイは天体観測の専門家でな」


 ベーコンを豪快に噛みちぎりながら、アイリーンが口を挟む。


「以前、その『お偉いさん』に色々と教えてもらったとき、見返りにケイが星に関する知識を披露する約束になってたのさ。それが今日だったってワケ」

「ああ、……そう」


 ジェイミーはどこか釈然としない様子だったが、ケイやアイリーンが嘘をついている風もないので、結局は肩をすくめるに留めた。


「変なの。あっ、そういえば、来週から部屋はどうするつもり? 延長する?」


 宿の話だ。初日にまとめて数日分、部屋を取ってあるが、それも今週末で終わる。


「いや、結構だ。そろそろウルヴァーンを発つからな」

「あらら。また旅に出るの?」

「旅、というか……サティナに戻る予定だよ」


 ケイが答えると、ジェイミーは「へぇ……」と少し俯いて、短く切った亜麻色の髪を指先にくるくると巻きつけた。


「寂しくなるわね」


 言葉とは裏腹に、それほど寂しそうな表情はしていなかった。ケイとアイリーンを交互に見やったジェイミーは、どちらかと言うと二人を羨んでいるようにも見えた。



          †††



 その夜。


 カジミールに睨まれるのは御免だったので、ケイたちは約束の時間よりも少し早めに城門前で待っていた。


 既にとっぷりと日は暮れている。この頃は、段々と日が短くなってきた、とケイは星空を見上げて思う。街の住民たちも、ほとんどが床についているのだろう、周囲の家々に明かりはなく、門前でたかれた篝火だけが立ち尽くす二人を照らしている。時折、門の守衛所から胡乱な眼差しを向ける衛兵たちの他は、人影もない。


「やあやあ、こんばんは。お待たせしたかな」


 と、聞き覚えのある声。守衛所の扉が開き、見知った初老の男が姿を現した。


 ヴァルグレン=クレムラート氏だ。


 続いて、その後ろから平服姿のカジミールと、見知らぬ中年のギョロ目の男。


「んっ」

「んんっ」


 篝火の明かりに照らされたヴァルグレンの顔に、ケイとアイリーンは笑いを噛み殺してどうにか無表情を保った。


 ――『髪』が変わっていたのだ。


 以前は銀色キノコヘアの異名を(二人の間で)ほしいままにしたヴァルグレンだが、今宵は装いも新たに、茶髪ロン毛での登場だった。


 丸顔に団子鼻の人の良さそうな初老の男が、艶やかなサラサラロングヘアで微笑んでいる様はまるで冗談のようだった。


 結局あの銀髪おかっぱカツラは見つからなかったのか――代替品にしてもなぜロン毛をチョイスしたのか――というよりそのウィッグはそもそも女物ではないのか――思うところは色々とあったが、とにかく真顔を維持するのに必死で挨拶すらままならない二人に、ヴァルグレンはにこやかに笑いながらファサッ……と髪をなびかせてみせた。


「伸ばしてみたんだ。似合うかな?」


 その一言がトドメとなり、ブッと噴き出すケイたち。どうにか体裁を整えようとする二人にカジミールが怖い顔を見せたが、ヴァルグレンは悪戯を成功させた子供のように大笑いしていた。


「――それでは紹介しよう」


 二人が落ち着いたあと、ロン毛カツラを取っ払って禿頭に戻ったヴァルグレンが、傍らのギョロ目の中年男性を示した。


「こちらが天文学者のパブロ=ロブレス博士だ」

「どうも。今夜は星の動きと天候の関連性をご教授頂けるとのことで」


 ギョロ目の男――『パブロ』は、品定めするようにケイへじろじろと無遠慮な視線を向けていた。態度から察するに、『星を見れば数日後までの天気がわかる』というケイの話を疑ってかかっているようだ。「よろしく」とケイも会釈したが、何とも気まずい空気が流れる。


 腰のベルトに差した豪奢な長剣の鞘を撫で、カジミールが「ふん」と鼻を鳴らした。


「それでは行くとしよう」


 そんな気まずさなどどこ吹く風で、ランタンを掲げたヴァルグレンが歩き出す。ランタン――金細工の枠組みに支えられたガラスの箱の中には、大きめの水晶が据えられており、それが柔らかな白い光を放っているのだ。ケイとアイリーンはそこに背中に羽を生やした小人の姿を幻視する。ヴァルグレンの契約精霊、『白光の精』"トーボルグ"だ。


 以前、天体観測をしたときと同様に、市庁へと向かう。市庁舎は、城や見張りの尖塔を除けば、市街で指折りに背の高い建物だ。その屋上で天体観測と洒落込むわけだが、無人になる夜間とは言え、公共施設を自由にできる辺りヴァルグレンの底知れぬ影響力が窺い知れる。


 今回は、天文学者のパブロが実用的な望遠鏡を持参しているようだ。前回、シーヴが暴走し吹き飛ばしてしまった豪奢な望遠鏡と銀髪カツラの件で、もしも弁償を求められたらどうしよう、とケイは歩きながら気が気でなかったが、幸いヴァルグレンがそれらに言及することはなかった。


 カジミールが先行して市庁舎の様子を確かめ、異常がなかったので屋上まで上がる。パブロが背負袋から器材を取り出してせっせと三脚を組み立て、望遠鏡を据え付けた。


「さて、それでは……詳しい話をお聞かせ願えますかな」


 腰に手を当てて、ぎろりとケイを見やってパブロ。ケイはしばらく彼を観察していて気づいたのだが、パブロはギョロ目のせいでキツい顔つきに見えるだけで、別にケイに思うところがあるわけではないようだった。


「わかった。まず天候についてだが、鍵となるのはあの赤色の星だな」

「【ワードナ】ですか」

「そうだ。そしてそれを取り囲むオレンジ色の星々で構成されるのが"神秘の魔除け"座……で、あってるよな?」

「いかにも」


 鷹揚に頷くパブロに、ケイはホッと胸を撫で下ろしていた。星と星座の名は、ゲーム内と『こちら』で共通しているようだ。


「話が早い。あの"神秘の魔除け"座の中には……何というべきかな……ドリル状、と言っても通じないか、そう、螺旋を描くように色とりどりの星が並んでいるんだが……」


 どうにか語彙を駆使して、説明を始めるケイ。望遠鏡を覗きながら、パブロは相槌を打って話を聞いている。


「その星の並びについては、我々の業界でも有名ですな。不規則な色の星々が、日ごとに循環している――それが世界の魔力の流れの顕れである、と言われておりますが」

「ほう、それについては初耳だ。しかしそれもあり得る、もしあの星々がこの世界の魔力の流れに関連しているならば、『世界の事象』たる『天候』がそこに反映されていてもおかしくないだろう?」

「いや、しかし、あの星々の色の規則性については研究が進んでおりますが、天候に関連しているならば、誰かが気づくはずでは」

「いや、天候を予測するにはこれだけでは不十分なんだ。南の空に青色の星【ニルダ】と"守護の御杖"座がある。実は"守護の御杖"座の星の輝きと連動してるんだ」

「なんですと?」

「"魔除け"座をもう一度見てくれ。星の渦、下側の一番近いところから順番に色を見て欲しい。片一方は赤、赤、橙、橙、白、青白、青、……となっているはずだ」


 ケイの言葉に、パブロがきりきりとつまみを捻ってピントを調節する。


「赤、赤、橙、白、青白、青……ふむ、ここまで肉眼で見えておられるので?」

「まあな。それで、その後が、青白、白、橙、橙……」

「は? ……は? いやいや、待て待て。そこまでは見えませんぞ」

「は? 望遠鏡でも見えないのか?」

「いや、君……私も目の良さには自信があったんですがな、肉眼ではそもそも星の渦の三番目程度までしか……」

「まあいい、何にせよ最初の七つが見えるなら何とかなる……」


 ケイが空を指差してあれやこれやと語り、そのたびに忙しなく望遠鏡の向きを変えて星を観察するパブロ。何だかんだで二人とも楽しげな様子だ。


 石像のように佇むカジミールをよそに、ヴァルグレンとアイリーンはそんな二人を微笑ましげに見守っている。


「……そうだ。それで、お嬢さん、北の大地はどうだったかね?」


 二人を邪魔しないように、そっと静かな声でヴァルグレンが話しかけてきた。


「ん? うーん……そうだな、大変だったよ」


 腕組みしながら、ふぅと溜息をついてアイリーン。ヴァルグレンの頭でキャッキャとはしゃぐ光の妖精は、極力視界に入れないように心がける。


 ぽつぽつと、呟くようにしてアイリーンは北の大地での経験を語った。馬賊の出没に始まり、治安の悪化、民族間に漂うぴりぴりとした悪感情、そして隊商での戦闘。魔の森については、ヴァルグレン相手だと、高確率で面倒なことに巻き込まれる予感がしたので、別世界の概念やオズを始めとする『悪魔』の説明はざっくりと削る。


 ヴァルグレンは、特に北の大地の情勢に興味があるらしく、神妙な面持ちで耳を傾けていた。


「ほう……『魔の森』には、本当に斯様な賢者が」

「ああ。正体については、のらりくらりとかわされて明かしてもらえなかった。でも呪文なしで『魔法みたいなこと』をやってのけたあたり、大精霊みたいな存在じゃないかな、って個人的には思ってる」

「さもありなん……」


 アイリーンの説明に、ヴァルグレンは納得したようだった。


「しかし、あの霧の中にそんな化け物がいたとは。つくづく、前回の調査で、興味本位で立ち入らなくて良かったと思うよ」

「本当だぜ。もし踏み込んでたら、今頃旦那はここにいないかも」

「怖いことを言うなぁ」


 ぺちん、と頭を叩いて苦笑いするヴァルグレン。カジミールが背後から厳しい目を向けてきたが、アイリーンは気にしない。


「そうだ。北の大地といえば、医薬品が足りてないみたいだぜ。もっと送ったらいい商売になるんじゃないかな、あっちはあっちで"真なる銀ヴェラ・アルジェント"とかいう金属の優れた武具があるらしいじゃん?」


 どうせヴァルグレンも本当は一端の貴族なのだろう、と踏むアイリーンは、そんな話を振ってみた。もしヴァルグレンに伝手と財力があるならば、商売のチャンスになって良し。北の大地に公国の優れた医薬品がもっと行き渡れば、雪原の民が助かって良し。WINWINな取引になるだろう、と思ったからだ。


「そのようだね。……そうか、薬が足りていないのか」


 曖昧な笑顔を浮かべて、ヴァルグレンは顎を撫でた。


「……それならば、もっと送らねばなるまいて」


 何やら不穏な気配を漂わせる初老の男に、アイリーンは胡乱な目を向ける。――直感的に、やはりこの男とは関わり合いになりたくないな、と思った。


 しかしそんなアイリーンの内心をよそに、ヴァルグレンは改めてケイを見やる。


「ところで、君らはこのあと、どうするつもりなのだね?」

「どう、とは?」


 ほら来た、と胸の内で呟きながら、アイリーンはヴァルグレンの真意を尋ねる。


「なに、今後の予定だよ。ずっと仮宿住まいというわけにもいかないだろう?」

「あー……それなら、ぼちぼちサティナに戻ろうかなって」

「ほう? しかし、ケイはウルヴァーンの市民権を取ってあるし、君ら二人とも図書館の年会費を払ったばかりではないかね?」


 ぱちぱちと目を瞬かせてヴァルグレン。ウルヴァーンを離れる意志を見せたことに驚いたようだ。そして、市民権に関してはさておくとしても、図書館の会費は決して安いものではなかった。なにせ金貨が吹き飛んだくらいだ――まだ十ヶ月以上図書館を利用できるのに、今去ってしまうのはあまりに惜しいのではないか、とヴァルグレンは言外にそう言っている。


「や、まあそうなんだけどさ。サティナの方が余所者には暮らしやすいっていうか……ウルヴァーンは、異邦人に冷たいじゃん?」

「……そうかもしれないが」

「あと、家を借りるのも予算がないし、宿も結構高いしなー。サティナで安い家でも探そうかな、って思ってるよ。サティナの方が、近くに未開発の森もあって、ケイが弓の腕を活かしやすそうだし」

「そうか……うぅむ、しかし、彼ほどの弓の腕前でただの狩人とはあまりに惜しい」


 ヴァルグレンは、ふとそこで初めて思い出したかのように、首を傾げた。


「それに、彼は風の精霊と契約しているのではないかね?」


 にっこりとした笑みの中で、その瞳だけは笑っていない。


「なんなら、ウルヴァーンの魔術学院でも紹介するが……」

「いや~……意味ないんじゃないかな。ほら、旦那も知っての通り、ケイの精霊って、その……なかなか自由でさ。それにケイも若すぎるし、魔力も弱いしで、まともに扱えないんだってさ。魔術学院ってのはそりゃ有り難い話だけど、ちょっと難しいと思う」

「ふむ。……君も、素質があるように思われるが?」

「いやいや、学院ってガラじゃないから遠慮しておくよ、オレはただのんびり過ごせたらそれでいいんだ……」


 たはは、と困ったような笑みを浮かべてアイリーンは少し距離を取った。


「そうかね? それは残念だ」


 飄々とした様子で、ヴァルグレンはおどけて肩をすくめてみせる。それほど固執するつもりもないようなので、アイリーンは密かに胸を撫で下ろした。


「……そうさ、それでいいんだ」


 何やら熱心にパブロと話し込むケイを見て、アイリーンは儚く笑う。


 ――彼には、のびのびと過ごして欲しい。


 人の欲望やしがらみとは無縁に、ただ自由に生きてもらいたい。そして、そんなケイを、屈託なく笑う彼の姿を、ずっと見ていたい――それが、アイリーンの願いだ。


「あっ。っていうか、オレも天気予報の方法は知らないんだよ。忘れてた」


 いつもケイに任せっぱなしで、結局アイリーンも具体的な方法論については知らないままなのだ。望遠鏡もあることだし、今ここでケイの解説を聞かずしてどうする、と思い立ったアイリーンは、いそいそと熱心に話し込む二人へ近づいていった。


「パブロの旦那、オレも望遠鏡コレ借りていい?」

「むっ。もちろん構いませんが……壊さないように」

「大丈夫、だいじょーぶだって」

「ああっ、そんなに強くツマミをひねらないように! 繊細なんですから!」


 やいのやいのと騒がしい三人を、ヴァルグレンは微笑ましげに見守っている。


 ただ、その後ろで腕組みをするカジミールだけが、つまらなさそうに「ふん」と鼻を鳴らしていた。



          †††



 結果、ケイはパブロに、己の持ち合わせる天候予測の知識を全て伝授した。


 真偽については、今後パブロを始めとする天文学者たちがデータを取って確認するそうだ。その点、ヴァルグレンはケイをある程度信用しているらしく、結果がわかるまでウルヴァーンで待つ必要はない、と言い残していった。


 去るなら、別にそれで構わないというわけだ。


 数日後、コーンウェル商会の隊商も準備が整ったとのことで、ケイとアイリーンは、ウルヴァーンを発ち、サティナへ戻ることにした。


 早朝、"HangedBug"亭の面々に別れを告げ、サスケたちを伴って街の外へ。ウルヴァーン外縁部の宿場町では、既に隊商の馬車が列を為している。ホランドとエッダ、そして以前旅路を共にした護衛仲間たちの懐かしい顔がそこにはあった。


「ケイが隊商にいてくれるなら百人力だぜ!」

「また"大熊グランドゥルス"が出てもへっちゃらだな!」

「道中の飯が豪華になるぞ~!」


 皆、ケイの弓の腕前には絶大な信頼を寄せているようだ。今回、ケイとアイリーンは護衛ではなくただ同行するだけなのだが、それでも眠りながら進むわけではないので、それなりに警戒はするしトラブルがあれば対処する。隊商の皆からすれば頼もしい戦力には違いなかった。


「いやー、なんだか懐かしいな。こうして並んで進むのは」


 隊商が進み出し、荷馬車の横で手綱を握るケイは、御者台のホランドに話しかけた。


「そうだね、でも前回一緒にウルヴァーンに来たときから、まだ三ヶ月くらいしか経ってないんじゃないかな」

「まだそんなもんか」

「いやーここ数ヶ月は濃かったからなぁ……」


 背中に背負った円盾の位置を調節しながら、しみじみとアイリーン。


「おにーちゃんが一緒だと安心だね!」


 ホランドの横に座るエッダが、バンザイのポーズではしゃいでいる。ヴァルグレンの都合によっては、ケイたちが一緒にサティナに来れなかったかもしれないので、随分と心配していたそうだ。晴れて一緒にいられて嬉しいのだろう。


 と、そうこうしていると、ホランドの馬車の幌の中から、ぽろろん、と柔らかなハープの音が響いてきた。


「ああ、そういえばお客さんを紹介していなかった」


 おや、という顔をするケイとアイリーンに、ホランドが背後に何事か話しかける。


 すぐに、馬車の幌からひょっこりと浅黒い肌の男が顔を出した。羽飾りのついた帽子をかぶり、小洒落た服を身にまとった、凛々しい顔つきの美青年だ。


「こちらは、吟遊詩人の『ホアキン』。彼とは長い付き合いでね。今回サティナへの旅を共にすることになったんだ」

「ご紹介に与りました、『ホアキン=セラバッサ』です。歌と琴を生業としております……お二人とも、どうぞよしなに」


 帽子を脱いで会釈する吟遊詩人――ホアキン。きらりと白い歯が眩しい。独特な訛りがあるが、海原の民エスパニャだろうか。


「彼の琴の腕前は大したものだぞ。大精霊はホアキンにこそ琴の才を与えたもうた。休憩時間を楽しみにしているといい」


 ホランドは上機嫌だ。ホアキンははにかんだような笑みを浮かべている。




 ウルヴァーンからサティナへと向かう旅は、そうして和やかに始まった。


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