7. Tahfu


 篝火にくべられた薪が、ぱちりと音を立てる。


「――何者だ!」


 前方、十歩ほどの距離を隔てて、短槍を手にした男はケイを見据える。その顔に浮かぶは緊張の色。


 ケイを射抜く猜疑の眼差し。周囲の男たちも似たような様相で、棍棒や鋤、伐採用の手斧などあり合わせの武器を手に、いつでも動けるよう中腰で構えている。


 完全な臨戦態勢。全員、ケイに対する警戒心を隠そうともしていない。


(……随分と物々しいな)


 たかが自分ひとりに大仰な――とは思ったが、自分が姿を現す前から起き出して騒いでいたことを鑑みるに、他に何か警戒すべきことがあったのかもしれない。その辺も把握しておきたい、などと考えつつ、ケイは口を開いた。


「夜分に失礼する。俺は旅人だ。決して怪しい者ではない」


 とりあえず、敵対者ではないことを第一に、宣言する。


「『怪しい者ではない』……?」


 大真面目なケイの発言に、男たちがざわめいた。



 新月の暗い夜。滅多に人の出歩かない時間帯。

 闇から松明も持たずに、馬に乗って現れた男。

 全身を覆う革鎧。腰に剣、手には弓の重装備。

 布で口元を隠しているため顔立ちは分からず。

 挙句、その左腕には年頃の少女を抱いている。

 額に汗を滲ませ、病人のように顔色の悪い娘。

 着ているのは、見たこともない異国の黒装束。

 しかもまるで、に乱暴されたかのように。

 襟元が切り裂かれ、白い胸元が露出していた。



「…………」


 ――はっきり言って、怪しすぎる風体であった。


「……だから、何者だ」


 ややトーンの下がった声で、男たちの中心、短槍を握り直した若者が問う。


「……端的に言うと、つい先ほど賊に襲われて、逃げてきた」


 困ったように肩をすくめつつ、ケイはかいつまんで現状を説明する。


 霧に呑まれ、気付いたら見知らぬ場所におり、日が沈んでしまったので野営していたところを盗賊と思しき一団に襲撃され、雑木林に逃げ込んだ。そして暗闇の中で松明の光を見つけたので近づいてきた――といった具合に。


 嘘は一切ついていない。ただ、ケイたちが【DEMONDAL】という『ゲーム』のプレイヤーであった、という事実をぼかし、あくまで普通の旅人であったかのような言い方をする。


「……つまり、あんたの目的は、何だ?」


 ケイの話を聞いて、その精悍な顔に警戒と困惑の入り混ざった表情を浮かべた村人は、僅かに短槍の穂先を下げて問いかける。


「ああ……見ての通り、連れの体調が悪い。彼女のために身体を休める場所があれば、と考えていた折、ちょうど松明の明かりが見えたものだからな。そちらこそ、こんな時間になんで急に起き出して騒いでたんだ?」


 今度は逆に、ケイが疑問を投げかける。


「……それには、おれが答えよう」


 のんびりとした、低い男の声。


 ケイの右手側。弓を手にした一人の男が、ちょうど死角になっていた小さな家の陰から、のっそりと姿を現した。


 随分と濃い顔立ちをした男だ。顔の下半分を覆う、とび色のあごひげが渋い。実直で真面目そうな顔つきに、がっしりとした体格。茶色のぴったりとした服で身を包み、羽根飾りのついた革の帽子をかぶっていた。


「マンデルという。……この村の狩人だ」


 濃い顔立ちの男――マンデルは、そう言って軽く帽子を持ち上げる。


「ケイだ。よろしく」


 そういえば名乗るのを忘れていた、と思いながら目礼したケイは、弓使いの性か、自然とマンデルの持つ弓に視線が吸い寄せられた。


 シンプルな作りのショートボウ。艶やかな仕上げの木製で、持ち手の部分には黒ずんだ布が幾重にも巻かれている。村人たちも何人かは弓を持っているが、他と比べてマンデルのそれは、もっと使い込まれている印象を受ける。おそらく、その弓を日常的に狩りの道具として用いているのだろう。


 そして次に目を止めたのは、マンデルの帽子。正確に言えば、その帽子についている羽根飾りだった。マンデルはマンデルで、ケイが装備する革兜、それについた羽根飾りにじっと視線を注いでいる。


「…………」


 一瞬、二人の目線が交差した。


 ふっと、どちらともなく笑みを浮かべる。無言のシンパシー。困惑の表情を浮かべる周囲の男たち。


「……それで、おれたちが騒いでいた理由だが」


 何事もなかったかのように真顔に戻り、マンデルは話を続ける。


「つい先ほど、突然、凄まじい獣の咆哮が聞こえてな。みな、それに叩き起こされたのさ。……凶暴なモンスターかもしれない」

「モンスター?」

「ああ。この季節になると、たまに森や山の方から、人里に下りてくることがある。寝込みを襲われては、たまらんからな。……今夜は、交代で番をすることになるだろう」


 それで男衆が出張っているわけだ、とマンデルは周囲の村人たちを示して見せた。


「ケイ、あんたは、向こうから来たんだろう? ……何か、いなかったか?」

「うーむ……特に、そういった野獣の類は見かけなかったが」


 思い返すも、心当たりはなかった。強いていうならば、襲撃者たちがけしかけてきた狩猟狼ハウンドウルフくらいのものだが、雑木林にまでは辿り着いていない。


「こんな暗闇じゃ、例えモンスターがいても見えないだろう」


 間延びした空気で会話するケイとマンデルに、苛立ちの混じった声で、短槍使いの男が口を挟む。


「ミカヅキ――馬たちも警戒していなかったから、少なくとも周辺には何もいないはずだ。一応、俺もこいつも、夜目は利く方でな」


 ぽんぽんと、ミカヅキの首筋を叩いた。


 篝火の向こうの暗闇と、自信満々のケイとを見比べて、村人たちが胡散臭そうな顔をする。マンデルはただ、生真面目な顔で「そうか」と頷いていた。



「――お話中のところ、失礼する」



 ざっざっと砂利を蹴る足音。村の中央から、人の気配がこちらへ向かってくる。


 暗がりから姿を現したのは、腰の曲がった白髪の老人と、小太りの中年の男だった。


「ようこそ、旅の御方。"タアフ"の村のまとめ役をやっておる、ベネットだ」

「その息子、ダニーという」


 白髪の老人・ベネットは顔に小さく笑みを浮かべ、その息子らしい小太りの男・ダニーは尊大な態度で、それぞれ名乗った。


(なるほど。村長と次期村長のお出ましか)


 あまり不躾にならないように気をつけながら、二人を観察する。


 村長のベネットは、好々爺然とした老人だ。一見すると人が良さそうに見えるが、ハの字に垂れた眉の下、両の瞳がさり気なくケイの全身を観察している。直感的に、『タヌキ親父』という言葉が思い浮かんだ。


 対して、その息子のダニーには、特に思うところがない。小太りな、だらしない体形も相まって、良くも悪くも『ただの偉そうな男』というイメージだ。ある意味お互い様とはいえ、ベネットとは対照的に、臆面もなくじろじろと不躾な視線を向けてきている。特にその視線は、腕の中のアイリーンに集中しているように思われた。


(それにしても"タアフ"の村、か……)


 ゲーム内では聞いたことのない名前だ。やはりゲームそのものではないか、と思いを巡らせつつも、ケイは口を開く。


「馬上より失礼。俺はケイイチ=ノガワ。ケイイチがネーム、ノガワがサーーネームだ。騒がせてしまったようで申し訳ない」


 顔布を外したケイは、毅然とした態度で名を名乗った。ケイの言葉に、村人たちが小さくざわつく。ベネットは張り付けたような笑顔のまま表情を変えなかったが、ダニーはぴくんと眉を跳ね上げて心なしか顔を強張らせた。


「……ノガワ殿。我らが村に、如何様な目的でいらしたので?」


 丁寧な語調で問いかけるベネットは、愛想笑いを崩さない。


「『ケイ』で結構だ。先ほども話したが、連れの体調が優れない」


 腕の中の少女に視線を落とす。額に汗を滲ませて、「うぅん……」とうなされているアイリーン。


「こんな状態では、野宿を強いるのも忍びなくてな。できれば彼女だけでも、ゆっくりと休ませてやりたいのだが……」


 どうだろう? と目で問いかける。


「勿論、相応の礼はしよう」

「なるほど、なるほど」


 ベネットがゆっくりと相槌を打った。


「たしかに、お連れの方はご気分の優れぬ様子。しかしなにぶん、ここは小さな村でしてのう……。お役に立てるものがあるかどうか。村の者たちに聞いて参りますがゆえ、少々お時間をいただければ」

「構わない、助かる」

「いえいえ、なんのなんの。それでは……ダニー、クローネン、手伝え」


 すぐに戻って参りますので、と会釈しながら、ベネットが背を向けて歩き出す。その後ろにダニーと、短槍を構えていた精悍な顔つきの男――クローネンというらしい――が続いた。


 彼らを馬上から見送りながら、ケイはふと、どことなく似通った雰囲気のクローネンとベネットの後ろ姿に目を止め、


「……マンデル」

「ん? ……なんだ」

「あのクローネンと呼ばれていた、短槍使いの男も、村長の血縁なのか」

「ああ、あいつも息子さ。……長男のダニー、次男のクローネンだ」

「そうか。ありがとう」


 納得しながら、少し年が離れている兄弟だな、と考えていたケイは、周囲の村の男たちが渋い顔をしているのには、気付かなかった。




          †††




 ケイからは見えぬ暗がりまで歩いたところで、ベネットは「さて、」と話を切り出す。


「クローネン。たしかお前の家には、空いてる寝台があったな?」

「親父! まさかあいつを村に入れるつもりなのか?」

「そのつもりじゃが」


 声を荒げるクローネンに、「いかんのか?」と首を傾げるベネット。


「親父たちも話を聞いてただろう! もしもあいつ自身が、盗賊の一味だったらどうするんだ!」


 クローネンが最も心配しているのは、その点についてだった。


 盗賊に襲われて、命からがら逃げおおせた被害者――を装った団員を、あらかじめ標的の村に潜り込ませ、内部から破壊工作を行い、その混乱に乗じて襲撃する。


 一部の盗賊団がこの手口で荒稼ぎしているという噂を、クローネンは村に訪れた行商人たちからたびたび聞いていたのだ。


「はぁ……何を騒いでいるのかと思えば、そんなことか。まったく、お前でも思いつくようなことを、俺や親父が考えなかったとでも思っているのか?」


 それに対し、ダニーが肩をすくめて、これ見よがしに溜息をついて見せる。これだから出来の悪い弟は、とでも言わんばかりの雰囲気だ。


「お前の考えはもっともじゃが、クローネン。わしゃその可能性は低いと思っとる」


 怒るでもなく馬鹿にするでもなく、ベネットは淡々と、


「最近、そういった手合いの輩がおることは、わしも知っておるよ。しかし、潜入させるにしては、あのケイとかいう若者は怪しすぎるんじゃ。草原の民の格好をしとる癖に、名乗りで家名サーネームときた。怪しいなんてもんじゃないわい。それに、たかが囮役に、あれだけの装備を持たせる余裕があるなら――最初から盗賊なんぞやらんでも、充分食っていけるじゃろ」

「親父の言うとおりだ。俺が盗賊なら、もう少し貧相で奴を送り込む」


 顎を撫でながら、ダニーが言葉を引き継いだ。


「お前は見る目が無いから分からんだろうがな、クローネン。あのケイという男の装備、全身どれも一級品だぞ」

「……そうなのか?」


 兄に指摘されて初めて、クローネンは自分が『ケイ』という男の持ち物に、全く気を回していなかったことに気が付いた。


 村長であるベネットは勿論のこと、その跡を継ぐダニーも、村の代表者として様々な品に触れているため、自然と物を見る目が鍛えられている。その鑑定眼が、初対面の相手を見極める際の観察眼としても、一役買っているのだ。


 ベネットは目を細めて、ケイが身に着けていた装備品に思いを巡らせる。


「あの革鎧、恐ろしいほどに丁寧な仕立てじゃった。それに、見たこともないような素晴らしい装飾――胴体だけでも、銀貨10枚は下らんじゃろうて」

「銀貨10枚!?」


 その見立てに、素っ頓狂な声を上げたのはクローネンだ。銀貨10枚といえば、平均的な農民一人、その一年分の食費に匹敵する。


「革鎧って、高くてもせいぜい銀貨1枚とか、そのくらいのものじゃないのか?」

「バカ、それはなめし皮を重ねて縫い合わせただけの、安物の値段だ。あの男の鎧は硬化処理がしてある奴で、作る手間も防御力も、安物とは比べ物にならん。まず、ものとしての格が違うんだ。それにあの細かいレリーフ。前、街に買い出しに行ったとき、武具も服飾も色々と見て回ったが、あんなに洒落た装飾は見かけなかった。芸術品としても十分に価値がある」

「よほど腕のいい職人が仕立てたんじゃろうな。金を積んだからといって、すぐに買えるような代物でもなさそうじゃ。……それにダニー、気付いたか。あの馬」

「おお、見事な馬だったな!」


 ぱしん、と手を叩いて、ダニーはケイたちの馬を評する。


「艶の良い毛並みに、賢そうな顔つき、それに並みの馬では比較にならん体格! 名馬というのは見たことがないが、ああいうのを言うんだろうな。しかもそれが二頭!」


 言われてみれば、とクローネンも思い返す。あのケイという男が乗っていた馬は、たしかにかなり上等な部類に入るのではなかろうか。


 村でも一頭、荷馬車のための馬を飼っているが、それと比較するのもおこがましいほどに、あの褐色の馬たちは全身に力が満ち満ちていた。


「そう、馬自体も大したものじゃが……あの馬たちが着けておった額当てよ。二頭とも、タリスマンが埋め込んであったわい」

「「タリスマン?」」


 ダニーとクローネンが異口同音に聞き返す。


「わしも、本物には二度しかお目にかかったことはないがの。魔除けの護符じゃ。縁起物ではない、魔力が込められた本物よ。幻術や、魔性の者どもの力を弱め、持ち主を守るという。わしですら込められた魔力が感じ取れるんじゃ、よほど強力な代物なんじゃろう」


 ほっほっほ、と声を上げて笑うベネット。



 一般に、特別な才能がある場合や、魔術師のように過酷な修業を積んだ場合を除いて、人間の魔力は歳をとるごとにゆるやかに増大し、五十代を過ぎたあたりから劇的に伸び始める。


 それに伴って魔力に対する知覚も研ぎ澄まされていき、歳をとればとるほど、人はそういった『魔』のものを鋭敏に察知できるようになるのだ。臨終の間際ともなれば、その知覚は精霊たちの御許にまで近づくという。


 ゆえに、タアフ村でも指折りの高齢者であるベネットは、タリスマンに込められた魔力を、僅かに感じ取れたのだ。



「タリスマン、か」


 クローネンは顎に手を当てて、ふーむと息をついた。


 ――凄いのは分かるのだが、いまいち実感が湧かない。


 それが、クローネンの正直な感想だった。


 今まで二十余年の歳月を生きてきたクローネンだが、『魔力が込められた品』などという代物には、ついぞやお目にかかったことがない。もちろん、そういったものが貴重であることは理解しているし、魔道具をこしらえるためには大金が必要であることも、行商人たちから聞いた話で知っていた。


 しかし、あまりにも自分と関わり合いのない話なので、その凄さに実感が伴わない。


「……あの男、本当に何者なんだ」


 一方でその兄、ダニーは事態を深刻に受け止めたようであった。


「親父。ひょっとするとあの男、本当に貴人なのかも知れんな」

「そうじゃのぅ」


 飄々とした態度のまま、ベネットがあごひげを撫でる。


「鎧もそうじゃが、タリスマンこそ、金を積めばすぐ手に入るという代物ではないしの」

「そんなもんを馬にまで持たすのは……」

「やはり、相応の地位におらんと無理じゃ」

「馬には持たせたが自分の分はない、ってこともないだろうしな」

「じゃのう。連れの女子おなごにも持たせておると考えて、タリスマンが4つ。……あの男が身につけとる物だけで、この村の全員が一年間遊んで暮らせるわい」

「そうだ! 連れといえば、あの女も只者じゃないな!」


 ぬふーっ、と鼻息を荒くしたダニーの相好が、だらしなく崩れる。


「あのきめの細かい、染みひとつない真っ白な肌! それに長く伸ばされた、艶やかで美しい金髪! 平民じゃありえない、あれは絶対に貴族の係累だ!」


 にわかに興奮状態に陥る小太りの男の姿に、クローネンは露骨に、ベネットは表情を変えずに、それぞれ小さくため息をつく。


(村一番の美人を娶った癖に……女好きも困ったもんだ)


 歳の離れた兄を見るクローネンの目は、冷たい。ダニーが街に買付けへ行くたびに、娼館の香水の残り香を漂わせて帰ってくることは、村の公然の秘密だった。村の金を横領しているわけではなく、生産品を相場よりも高く売り付け、それで出た利益を使っているのだから、誰も文句は言えないのだが。


「なあ親父、草原の民にも貴族っているのか?」


 脱力感に襲われる体を、槍にもたれかかるようにして支えながら、クローネンはベネットに問いかけた。


「おらん。基本的に、連中は氏族ごとに固まっておるからの。それぞれの氏族の族長と、それらを束ねる長老がおるだけじゃ」

「それじゃあ、あのケイって奴は……」

「顔には氏族の紋様の刺青も入れとらんし、名乗り方も妙じゃった。草原の民ということはまずなかろう。……なんでわざわざ、草原の民のような格好をしておるのかは、わしも知らん。あの者、いったい何処から来たんじゃ?」

「本人も分からないらしい。旅の途中で霧に呑まれて、気が付いたら『岩山』の近くにいた、って話だ。何か神秘的な現象に巻き込まれたのかもしれない、と言っていたが」


 そう言うクローネンに、ベネットは胡乱な目を向ける。そして、自分の息子が、怪しい旅人の言葉をほぼそのまま受け取っていることに気付き、半ば愕然とした、それでいて半ば諦めたような顔をした。


「……まあええわい。向こうは向こうで、聞かれたくない事情でもあるんじゃろう。さて、そういうわけで、これからのことじゃが。これ、ダニー! 話を聞かんか!」


 ひとりニタニタとした笑みを浮かべて、心ここにあらずといった様子のダニーを、現実に呼び戻す。


「おお、すまん親父。ついボーッとしていた」

「……はぁ。最初の質問に戻るが、クローネン。お前の家には予備の寝台があったな?」

「ああ。一応、いつでも使えるようにはしてあるはずだ」


 クローネンは小さく頷いた。ほとんど物置のようにしている小さな部屋だが、綺麗好きの妻が日頃から掃除はしている。


「よし。ならばお前の家に、あの連れの女子を預ける」

「なんだって! 親父、うちにも客人用の寝室があるだろう! なんなら、シンシアを叩き起こしてもいい、そうすれば寝台がさらに一つ空く!」


 再び鼻息を荒くしたダニーが、ベネットの言葉に噛みついた。


「明日の朝が辛くなる。愛しの妻シンシアは寝かせておいてやれ」


 対するベネットの返しは素っ気ない。


「それでクローネン、お前にはひとつ頼みたいことがある。あの女子を預けるから、その見張りをして貰いたいんじゃ」

「……見張り?」


 看病、ではなく、見張り。その言葉の違和感に、クローネンは眉をひそめた。


「そう、見張りじゃ。十中八九ないとは思うが……あの者たちが、盗賊の一味であった場合のためじゃ」


 真剣な表情のベネットに、自然とダニーとクローネンの顔も引き締まる。


「あんな小娘でも、人目を盗んで抜け出せば、村に火を掛けて回るぐらいのことはできるからの。クローネン、お前なら力も強いし、腕も立つ。仮にあの娘が盗賊だったとしても、お前が付いておけば押さえこめるじゃろう」

「もちろんだ、あんな小娘には負けようがない」


 自信満々な笑みを浮かべて、クローネンは頷いた。


「うむ。もっとも、あの様子で本当はそんな元気があるのなら、病人の役者としては一級じゃが……」


 ケイの腕に抱かれていた、体調の悪そうな少女の顔を思い浮かべて、ベネットは小さく呟いた。


「まあ、ええわい。それであの、ケイとかいう男は、いつもの来客と同じように、うちへ招く。そして念のため、護衛としてマンデルを呼ぶんじゃ」

「……マンデルを、うちへ?」


 ダニーが露骨に嫌そうな顔をする。


「仕方なかろう。マンデル以上に、この村で腕が立つ者もおるまい? 腕力然り、弓の扱い然り」

「まあ……そうだが」


 渋々、といった風に認めるダニーだが、それでも不満らしく、表情はぶすっとしたままだった。しかし、そんな子供じみた抗議には見向きもせずに、厳しい表情のベネットはただ、決定事項を告げる。


「うむ、それではそういうことじゃ。お前たち、くれぐれも立ち入った話を聞くでないぞ。あんなをしているということは、それ相応の理由があるということじゃ。そして、そんな理由なんぞには、関わらん方が良いに決まっておる。なるたけ丁寧に迎え入れ、付かず離れず世話をし、貰えるものを貰って、可能な限り早く去って頂く。そのことをゆめゆめ忘れるな」

「おう」

「わかった」


 何はともあれ了解の意を示す息子たちに、うむ、と重々しく頷いた。


「――さて、」


 くるりと振り返り、曲がってしまった腰をぽんぽんと叩きながら、ベネットは顔に笑みを張り付ける。


「いつまでも客人を待たせるわけにもいかん。お出迎えと行こうかの」


 好々爺然とした愛想の良いひとりの老人は、招かれざる客の待つ方へ、ゆっくりと歩き出した。


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