その手は平和を掴む (2)
アウストラシア統合都市防衛隊総司令であるガエル・ランビオン中将とその随行員3名を乗せた特別機は、デュッセルドルフ国際空港を飛び立ち、北米ニューアーク・リバティー国際空港へ向かっていた。しかしその途中、北大西洋の公海上で突然応答が途絶える。今から20時間前のことである。
「先ほど捜索隊からの報告があり、……機体の一部が会場にて発見されたとのことです」
デュッセルドルフのRRW本社、その地下にあるブリーフィングルームには、社内および軍の中枢メンバーが緊急に集められていた。その中には3人の魔法少女の姿も。
「応答の途絶える直前まで、「事故機」は高度3000フィートを順調に飛行していました。その時間周囲に他の航空機はなく、また機材トラブルも報告されていません」
「そう、我々としても事故による墜落の可能性は否定したくない。しかしながら、報告によればちょうど24時間に連邦軍のシュレスヴィヒ空軍基地から2機の攻撃型ステルスUAVが飛び立ったことが確認されている。これらが攻撃に関与した直接の証拠はないが……」
「いずれの側もこの件に関して公式の見解は発表されておりません」
緊張した空気の充満した密室で、ユニカ達は肩を寄せ合って座っていた。
「レミ……。辛かったら先に帰っても」
「――いや。大丈夫」
そう言うも、レミの眼は虚ろだった。実の父を不意に失ったのだから無理もない。ユニカとアイレーネはレミの手を強く握りしめた。
大きなモニターの前に立ち現状を説明しているのは、アウストラシア上級市長委員会官房情報部長ランブレヒト。その隣にはランビオン将軍の副官であるレーヴェ。将軍亡き今、彼がアウストラシア軍の指揮を執る。
レミがこの場に呼ばれたのは、ランビオンの身内だからではなく、万が一戦争状態となった場合に、魔法少女は軍の主力として最前線に立たざるを得ないため、最大限情報と方針を共有しておく必要があるからである。アイレーネとユニカも同様の理由で招集された。
「とにかく、焦らず慎重に対応すべきだ。急いで宣戦布告などしてみろ。それこそ奴らの思うつぼだ」
現在のところ、既存戦力ではまだ連邦軍の方が大きく勝っていた。加えて連邦政府は、アウストラシアの側で軍事行動がみられた場合には、武力により強制的に同盟を解散させる準備があることを再三ほのめかしてきた。武力行使の用意は十分だが、先手を打つつもりはない。それが連邦政府の姿勢だ。
「我々にはまだ十分な戦力がありません。戦闘車両の数だけでも倍以上の差があります」
そう説くのは参謀本部の一人。
「ここはひとまず事故扱いとし、外部には秘匿という方針でいくべきかと」
「異議なし」
「残念ながら我々には、まだ互角に戦える力がない。今は耐えるときだろう」
レーヴェがそう締めくくり、ひとまず意見がまとまったと思われたそのとき。
「副指令」
アイレーネが挙手。
「何かな、アシュカ」
「私なら勝てます。相手が通常の兵器である限り負けません」
「根拠は?」
「当然、実戦データはありませんが、シミュレーションでは負けたことはありません。ですので」
アイレーネの言葉に、副指令レーヴェは眼頭を押さえ眉をひそめる。
「失礼、開発部門のロルフですが、補足させていただきます。魔法少女システムを用いた対通常兵器戦闘シミュレーションにおいて、確かにあらゆる条件で撃破という結果を残しています。――ただ、あくまでシミュレーションですので、過大に評価することは避けるべきかと」
「だそうだ、アシュカ。その心意気は嬉しいが、貴重な戦力である魔法少女をここで失うわけにはいかない。いつか来るべき決戦に向けて、今は鍛錬を重ねてほしい。――以上」
こうしてその場は解散となった。
一応非常事態ということで、夕方の講義はなかった。3人は食堂で夕食を済ませ、いつもより早く寮の部屋へ戻ってきた。
ひとまず憔悴気味のレミをベッドへ連れて行き、毛布を掛ける。
「アイ、レミのために何かしたい気持ちはわかるけど、やっぱり焦るべきじゃないよ」
自分とアイレーネのためにお茶を淹れながらユニカが言う。
「違う。レミのためじゃない。何かやるなら今しかないと思っただけ」
「嘘。ずっとレミの方見てたじゃん」
「……まあ、それは」
テーブルにカップが2つ置かれ、湯気と香りが立ち上る。
「ノープランで行動を起こすのはダメだよ。アイの悪いところ」
「今回は無計画じゃない」
そういうとアイレーネは立ち上がり、自分の机からタブレット端末を持ってきた。
「これ見て」
灯った画面に映し出されたのは、どこかの街の衛星写真だった。拡大すると、細かなメモや矢印が無数に書き込まれている。
「どこの街?」
画面をのぞき込むユニカ。
「これはハノーファー。これだけじゃないよ。こっちはヒルデスハイム」
画像隅の日付を確認する。最新のものだ。しかもかなり鮮明に陣地の様子が映し出されている。
「驚くのはまだ早いよ。ほらこっちも見て」
別の画像は、それぞれの都市の地下部分の構造が詳細に記録されていた。それだけでなく、衛星写真に写らない隠匿戦力の予想位置までかなり詳しく記されている。
「こんなもの、どうしたの?」
「この間、『シミュレーションに使うから』ってお願いしたらくれた。情報部が」
「えぇ……」
それなりの機密情報だが、魔法少女ともなれば難なく入手できてしまうらしい。
「それで、私なりに作戦を立ててみた。これだけ余裕があれば、多少のイレギュラーがあっても問題なく戦える」
確かに、アイレーネの立案した作戦は極めて実現性の高いものだった。ただし、単身敵陣に乗り込んでその場にある兵器を破壊しまくるのを『作戦』と呼ぶのであれば。
ユニカはしばらく地図を見つめて黙考したのち、アイレーネに言った。
「できなくはない。でも、もう少しきちんと考えた方がいいと思うよ」
「うーん……、ユニカがそう言うなら」
そして二人は、作戦をより綿密かつ確実なものとすべく画面をのぞき込んだ。
都市ハノーファーはライネ川を挟んで大小5つのドームで構成された都市である。連邦軍の主力は西岸リンデン=リンマーのドーム前に集結しており、残りは最も大きなミッテのドームに置かれている。その戦力の大半は無人化兵器である。都市住民は連邦軍による占領直後から都市からの脱出を始めたため、現在ほとんどの市民が近隣他都市へ避難している。
多勢に無勢とならぬよう重要なの、敵の各セクションを確実に分断し、十分に混乱を引き起こすことである。最初に主電源を遮断し、予備電力が供給されるより早く通信設備も破壊する。破壊工作の鍵は、発見される前にどれだけ多くの兵器・設備を無力化できるかだ。先に地下格納庫、次に仮設駐機場。最後に残りの兵力を一掃する。
使用するモデルはヘンゼル級。武器の貫通力の高さが理由だ。加えて対空戦闘のための軽レールガンを1門腰にマウントし、欠乏する弾薬は現地で補うこととする。仮に弾薬を得られずとも、ヘンゼル級ならばUAVなど跳躍力と素手で引きちぎることができるのだが。
「5時間もあれば、都市の全兵力を無力化できる計算だね」
「いや、3時間で十分」
より精緻に練り直された作戦を見返して、アイレーネが自信満々に言う。
ふと、背後で物音がした。
「二人とも、私に内緒で何を話してたの?」
レミだ。いつの間にかベッドを抜けてきたらしい。
「べ、別に」
「冗談冗談。全部聞かせてもらったわ。私も同行する」
ブリーフィングルームでの様子とは打って変わって、いつもの不敵な笑みを浮かべるレミ。
「大丈夫なの? 私だけで充分だけど」
「父の弔い合戦をね、やらないと。それにバックアップのない作戦は作戦と呼べないって習わなかった?」
「そっか。そうだよね。ありがとレミ」
「早速準備しましょう」
見つめ合い、互いの意思を確認するアイレーネとレミだが、
「ちょ、ちょっと待って」
ユニカが割って入った。
「なに? ユニカ」
「どうしたの」
「二人とも本気?」
3人の中でも背が低いユニカは、二人を交互に見上げる。
「まさかとは思うけど、この作戦を本気で実行する気? 司令部の許可もなしで」
「ええ」
「そうだよ」
「ダメだよそんなの」
アイレーネの手を取り説得する。しかし、彼女には考えがあった。
「あのね、ユニカ。普段ならこんな勝手なことしない。でも、今は普通の状況じゃない」
彼女の考えはこうだ。現在、アウストラシアは連邦共和国に対して軍事力で劣っているため、対等な立場での交渉ができない。しかし、この計算には魔法少女戦力が含まれていない。しかもアウストラシア首脳部も魔法少女の持つ潜在的戦力を正しく認識していない。そこで、彼女らは一度限りの独断専行を行う。
この作戦が成功すれば、連邦軍は現在国内に置いている戦力の3分の1を喪失することになる。再編成が完了するまでの間、連邦共和国はまともな戦争遂行能力を失った状態となる。アウストラシアが講和を結ぶには、この機会しかない。
「祈るだけじゃ何も始まらない。魔法少女として、私はこの手で平和を掴みたい」
アイレーネは拳を強く握り、ユニカとレミにそう語った。
「私は、アイレーネほど崇高な考えはない。でも、自分たちの代で戦争を終わらせたいって考えは同じ」
そう言ってレミはアイレーネの拳に手を重ねる。
「でも――、正直なところユニカには一緒に来てほしくない。怪我させたくないし」
「そういう問題じゃない!」
珍しく怒鳴り声をあげるユニカ。
「あ……、ごめん」
しかしすぐに我に返る。
「その、二人の気持ちはとってもよく分かった。でもさ、今はやめとこうよ。お願いだからさ」
「どうして止めるのユニカ。世界に平和を取り戻すチャンスなのに」
「私もこの世界が平和になってほしいと思ってる。でも、どんなに相手の方が悪くても、戦わなくていい可能性が僅かでもあるなら、そっちを選ぶべき」
「でも、誰かが動かなきゃこの世界は変えられない」
「絶対にダメ。力は争いしか生み出さない。どんなときでも。私たちはもっと冷静になるべき。それに――」
「それに?」
「どれだけ頑張っても変えられないことはある。世界は私たちにとってあまりにも大きいから……」
アイレーネもレミも、単なる夢想家ではなく、現実をしっかりと見据えたうえで意思を決定している。ユニカとの意見の違いは、単にこの世界をどう捉えているかの差でしかない。二人には自分の強大な力と、それがもたらす結果がはっきりと見えていた。しかし、ユニカにとって世界と個人との間の溝は、人の強い意志程度で埋められるほど浅いものではないのだ。
うつむくユニカ。顔を見合わせるアイレーネとレミ。
「わかったよユニカ。考え直すよ。ごめんね」
「そうね。……私だって、ユニカを泣かせたくない」
それから3人は、おやすみ以外の言葉を交わすことなく、それぞれの寝床へ入った。
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