その手は平和を掴む (1)

 魔法少女システムというものは、見かけには美しくシンプルだが、その実それなりに複雑なつくりをしている。装着するにも手間がかかるのだ。

 まずインナー。全身をぴったりと包むため、それぞれの装着者に合わせて作られる。これには筋電やその他バイタルデータを取得するためのセンサーが組み込まれている。タイプにもよるが、脳神経とコアを接続するための端子も取り付けなければならない。

 続いて「外殻」または「コスチューム」と呼ばれるアウターを装着する。この外殻は、場合によっては何層にも重ね着しなければならないこともある。見かけの材質は金属製の鎧だったり、布製のドレスだったりするわけだが、魔法技術により衝撃に対して極めて強い性質を持つ。

 さらにシステムに必要な魔力ストレージや武装用のハードポイントがその上から設置される。もしくは初めから外殻と一体である場合も多い。外部装備へ電力及び魔力を供給するための端子が、掌や腰などにはめ込まれてる。

 魔力で編まれた術式信号を出力するための「出力子」は、メインは古式に倣って両手と胸部におかれ、また姿勢制御のためのものが両足と背面。そして制御系にかんするものが首や頭部に設置される。

 最後にコアが挿入される。コア受容器はモデルによってまちまちであるが、たいてい胸部に備えている。コアはシステムの中枢であり、魔力を生み出す「原体」と術式信号を生成する「回路」そして全体を制御する「人造神格」で構成される。コアを挿入してはじめて魔法少女システムは動き出す。

 ここまでが、「一次構造」と呼ばれる、システム全体のうち実体をもった部分である。さらに「二次構造」となる仮想・非実体部を魔術によって形成し、初めて完全な魔法少女システムといえる。

 「受動防御層」もしくは「バリアコート」と呼ばれる、魔術による防御層を全身に展開する。また、身体内部構造を補強する内部支持枠「インナーフレーム」を構築し、急激な加速や衝撃から、内臓や脳といった体内の柔らかな部分を保護する。筋肉の働きを増幅するパワーアシストは、インナーフレーム同士を間接で接続し、装着者の意思や筋肉の動きに対応して、間接の駆動を補助する。

 仮想ディスプレイは現在、網膜投影型が主流である。そのほかに脳に直接イメージを投影するものもある。また、視線のトラッキングも行われる。

 感覚器強化装置として、視覚聴覚を任意である程度まで強化することができる。また、魔法少女システム独自の感覚として、コアの周囲1~数メートルまでの距離にある物を正確に認識できるという。これは視覚や聴覚に頼ることなく、範囲内であれば死角は存在しない。周囲の空間すら自分と魔法少女システムの一部として認識していると魔法少女たちは語る。



「レミはさあ」

「なに?」

「どうして魔法少女なんてなろうと思ったの?」

 昼下がり。地下射撃場。アイレーネは小銃を構えて、断続的に撃ち続けていた。しかし只の小銃ではない。魔法の作用で弾丸を加速させる、魔法少女専用の銃である。火薬の燃焼に頼らないため音は格段に静かになっている。

 これは射撃訓練を兼ねた新製品の耐久テストだ。レミはその傍らに立ち、サーモカメラを片手に銃身温度を測っている。ユニカは二人のバックアップ役だ。

「いきなり『どうして』って言われても」

「いや、ふと気になってさ。――ユニカ、新しいマガジン!」

「はいよぉ」

 70発入りのドラムマガジンを手渡すユニカ。空になった弾倉が地面に落ちて軽い音を立てる。

「その、私の家族がみんな軍の関係者だったら、私も成り行きでこうなっただけ」

「ふーん。――本当に?」

 ここで嘘ついても仕方ないでしょ。そう言おうとしてレミは気付いた。

「ごめんなさい。半分は本当。母は元レーダー士官で兄も国軍で働いてる。父は――知ってるでしょ?」

「レミのお父さん? そういえばこの間会ったよ。ちょうどレミがうちに来たその日に。優しそうな人だったよねぇ」

「そう? どうせまた『もっと娘のそばにいてやれたら』みたいなこと言ってたんでしょ。あれで私たちの総司令なんだから不安よね」

「え、総司令?」

 弾が途切れる。ユニカがマガジンを差し出しながら言う。

「もしかしてアイ知らなかったの? あのランビオン将軍の娘だよレミは」

「あのおじさん、そんなに偉い人だったんだ……」

「仕事以外だと威厳ないよね」

 射撃再開。少し命中精度が落ちてきたか。

「私が魔法少女になった理由の一つが、父の面子のため。やっぱりトップの娘が率先して陣頭に立たなきゃ」

「そっか。で、もう一つあるんでしょ? 理由が」

「他の人に背負わせたくなかったの。この先の地獄を」

 再び連射が止まる。弾切れではない。

「分かってたから。魔法少女って夢の欠片もない仕事だって。人を兵器の一部として使う。発達途上の子供にオーバーな力を与えて敵を殺させる。――そんなことを誰かにさせるくらいなら、私が代わりになろうと思った」

「……」

「独善的なのは百も承知だけど、もしユゴナールの魔法少女が私だけで終わるなら、それに越したことはないってこと。ごめんね、本職の魔法少女の前でこんな話しちゃって」

「いや、先に聞いたのは私だから、気にしない」

「アイ、そろそろ交代しよっか」

 ユニカがアイレーネから銃を受け取る。

「ごめんレミ。嫌なこと聞いちゃったかな」

「別に。それより、アイレーネ、あなたは何故魔法少女を?」

「うーん、そうだなあ」

 そう言うとアイレーネは追加のマガジンを取りに席を立った。かれこれ1000発近く撃っている。

「――うーん、当たらなくなってきたっぽい」

 銃身過熱のためか命中精度の落ちてきた銃を見つめ、ユニカが言う。命中精度の低下は命にかかわる。使用する本人たちの手で限界を把握しておくのがベストだというのが、開発部門の見解だった。

「弾が詰まるか銃身が爆ぜるまで続けろってさ」

 弾薬ケースと空の弾倉を抱えてアイレーネが戻ってきた。これはつまり自分たちで弾をマガジンに詰めなおす必要があるということ。

「私リロード作業やるからさ、ユニカもレミもちょっと休憩しなよ」

「何言ってんのアイレーネ。3人でやればすぐ終わるでしょ」



「さっきの話だけどさ」

 弾丸をひとつひとつ摘み上げては、弾倉に押し込んでいく。地道な作業だがそのぶん雑談ははかどるというもの。

「私、実は昔からなりたかったんだよね。魔法少女に」

「初耳なんだけど、アイ」

「別に大したことじゃないからユニカにも言ってなかっただけ」

 誰より早く70発詰め終えたマガジンを箱に収めて、一息つくアイレーネ。

「なんとなくね、この世界を変えたいと思ったんだ」

「また大きく出たねぇ」

「だってさ、こんな世界嫌でしょ? 汚染地域ばっかで人が住める場所も減ってきて、それでも周りを見れば戦争ばっかり。私知ってるよ。昔はもう少しましだったって」

 汚染地域。その原因は実に様々で、毒素の付着であったり魔術的な呪いであったり、とにかく人間が生身で活動できない地域がここ数十年の間に急激に増加した。人々は生存可能な地域に集住し、あるところでは身を守るためのドームを建設し、また別のところでは地下に潜り、なんとか生きながらえていた。

 そのような状況にもかかわらず、争いはなくならず、むしろ武力衝突の数は増加していた。

「確かにそうだけど」

 レミが弾倉を置く。

「今だって、アウストラシア――いや、ドイツは戦争こそしてないけど、いつ始まってもおかしくないでしょ。そんな状況をなんとかしたかった」

 アイレーネの手が止まる。

「同じ国の人同士が戦うのって、なんとなく嫌でしょ? 私は一刻も早くこの分断を終わらせたい。それだけ」

「戦争が嫌なら、ふつうは軍に関わろうなんて思わないんじゃない?」

「違うよレミ。私は自分の手で状況をなんとかしたい。じゃなきゃ他の誰かにさせることになるでしょ」

「そのあたりはレミと同じだねぇ」

 ユニカが弾を詰め終えた。

「昔私はただの少女だった。世界から戦争がなくなるように、かなり本気で願ってた。でも、本当は分かってたんだ。力を伴わない願いは効果がないって」

「そういうものかなぁ?」

「そうだよ。力がなければ、どれだけ祈っても叫んでも世界は変わらない。奇跡も起きない。だから私は魔法少女になった」

 魔法少女1騎の戦力は、場合によっては戦闘艦1隻、または戦車大隊に匹敵するとみられている。未だ戦闘の事例が少ないため正確なところは分かっていないが、それでも既存の兵器の能力を大きく上回る革命的存在であることは間違いない。

「頑張れば私一人で敵の軍勢を叩き潰せんじゃないかってくらい強くなりたいな。そうすれば、わざわざ戦争なんてしなくて済むでしょ」

 自信満々に言うアイレーネ。実際にはその程度の能力を既に発揮することができるのだが、彼女はまだそれを知らない。

「アイの名前って、ギリシャ神話の平和の女神イレーネーと同じなんだ。アイならできるよ、きっと」

 二つ目のマガジンに弾を詰めながらユニカが言う。レミは既に三つ目に取り掛かっていた。アイレーネの手は止まったままだ。

「そうだね。ありがとユニカ」

 ふと我に返って、ようやくアイレーネが弾詰めを再開したそのとき、インターホンが鳴った。

「なんだろ」

「急ぎの用事かな」

 アイレーネが立ち上がり、壁の受話器を手に取る。

「アイレーネですー。何かありました?」

『三人とも急いでブリーフィングルームへ来てくれ。――総司令の乗機が撃墜された』

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