アウストラシアの乙女 (2)

 ユニカの心配をよそに、アイレーネとレミは思いのほか早く打ち解けた。

 優れたものは素直に受け入れる。それがレミの信念であり、アイレーネが超が付くほど真面目に訓練に取り組む姿を見て、ある程度その実力を認めたらしい。

「でも、やっぱり抜けている部分は多いんじゃない?」

「反論したくてもできないんだなコレが」

 一日の予定はほとんど固定されている。午前中は戦闘教練もしくは警備任務。午後はラボへ出向くことが多い。そしてその後座学が待っている。

 魔法や戦闘にかんする事項以外に、通常学校で学ぶ科目もこなさなければならない。十分な教養を持ってこそ一人前の魔法少女であると、教官は口を酸っぱくして言う。

 今日の授業は日課の魔法技術、そして語学と世界史。

「はい、お疲れ様。今日の授業はここまで」

 外はもうすっかり暗くなっている。普通に学生をやっているよりも明らかに大変だが、教育もまともに受けられないこのご時世、最高レベルの教育が受けられるという理由で魔法少女を目指す者も少なからずいるらしい。

「ふあぁああぁぁ」

 が、アイレーネは授業中ほとんど熟睡していた。終了5分前に自動的に目を覚ますのが日常になっている。大きく伸びをして帰り支度を始める。

 受講者はユニカ達3人のみ。なぜなら彼女らがアウストラシア魔法少女の1期生にあたるからだ。

「次回は第一次世界大戦。これだけはきちんと学んでもらうからな。わかったかアイレーネ」

「はいはーい」

「戦争かぁ。嫌だなあ」

「私たち自体兵器みたいなもんでしょ。何言ってんの」

 レミが言う。どことなく諦めの気持ちを滲ませたその言葉に、アイレーネは、

「まだ実戦で戦ったことがあるわけじゃないし、人も殺してない。これから戦争になるって決まったわけじゃないし」

「そりゃそうだけど……」

 事実、緊迫した状況にもかかわらず、奇跡的にこれまで一発の銃弾も発射されることはなかった。しかし、いつ戦闘が発生してもおかしくない状況であることに変わりはない。

「私からひとつ良いことを教えてやろう」

 講義室を後にしようとしていた教官が、去り際にこう言った。

「RRWにいる知り合いが兵器開発に携わってるんだが、奴が言うには『ダメな武器は味方を殺し、良い武器は敵を殺す』」

「……」

「『そして、最良の武器は誰も殺さない』だそうだ。私個人としては、君たちが最良の兵器で終われることを願ってるよ。それじゃ」

 そう言い残して教官は去っていった。



 夜。

 アイレーネはベッドの上で、謎の重みを感知して目を覚ました。

 魔法少女の機密と安全を考慮して用意された寮で、アイレーネとユニカは同じ部屋で寝泊まりしている。

 そのためアイレーネは、きっとユニカが寝ぼけているのだろうと、自身も寝ぼけながら判断した。

「ちょっと重いってユニカ」

 するといきなり、

「しっ、静かにしなさいバカ」

 口元を強く塞がれた。声が出せない。

「んんんーんーんー」

「だから静かにしなさい! ユニカが目を覚ましちゃうでしょ!」

 暗闇の中よく見ると、それはユニカではなくレミだった。確か隣の部屋に彼女のためのベッドが用意されていたはずだが、どういうわけか今アイレーネの上に馬乗りになっている。

 やっと状況を把握したアイレーネは、力ずくでレミの腕を顔から引きはがして呼吸を確保する。

「いきなり何⁉ 殺す気?」

「違う! 絞め殺すなら喉を狙うから! じゃなくて、ちょっと聞きたいことが……」

「聞きたいことって……、別に真夜中にたたき起こさなくても」

 正論である。

「わ、私だってこんなことするつもりはなかったけど……、だって昼間はあなたずっとユニカと一緒にいるじゃない」

「それが?」

「その、どうしても二人だけで話したいことが……」

 レミの語気がわずかに弱まったことをアイレーネは感じ取った。あの憎たらしいレミとはまるで別人のようだ。

「わかったから、ちょっと降りてくれない」

「あ、ごめんなさい」

 ひとまずレミをベッドから降ろし、万が一にもユニカに聞かれないようにと隣の部屋へ。

「それで?」

「ユニカのこと、もっと教えてほしい」

「は?」

 言葉の意味は分かるが、質問の意図を理解し損ねてマヌケな返事しか出せないアイレーネ。

「そんなのユニカに直接きけばいいじゃん」

「バカかな? こんなこと直接言ったらまるでその……誘ってるみたいじゃない」

「誘うって?」

「……」

 黙りこくるレミ。

「と、とにかくよくある恋愛相談だと思って」

「ああ、恋愛の問題ね。わかったわかった。で、誰か好きな人でもいるの?」

「……このマヌケが。少しは察しなさい」

 数秒考えて、そしてハッと気づく。

「もしかしてユニカのことが……?」

「まっ、まだ完全に好きになったわけじゃないし、もしかしたら好きじゃないかもしれないしでもユニカのことをもっと良く知りたいし、だから教えてくださいお願いしますっ」

 自分でも何を言っているのかわからないほど早口でまくしたて、勢いに任せて頭を下げるレミ。普段ならアイレーネに頭を下げるようなことなど絶対にありえないが、今はそれなりの覚悟をきめて来ている。

「正直に好きだって言えばいいのに」

「それができればとっくにそうしてるっての……。いい? 私の方からベストなタイミングで告白したいから、絶対にユニカに言わないで」

「あー、はいはい」

 それからレミはお茶を淹れ、アイレーネは部屋からこっそりお菓子を持ってきて、二人で東の空が明るくなるまでユニカについて語り続けた。

 翌朝ユニカは、レミのベッドに仲良く寄りかかって熟睡している二人を見つけることになる。



――アウストラシアの乙女【終】――

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