アウストラシアの乙女 (1)
例の見本市から一週間。ユニカの傷もすっかり癒えて、普段通りの日々が戻っていた。つまるところ、訓練と開発協力の日々である。
ユニカが安静にしている間、アイレーネの方は諸々の上司からこれでもかというほど叱られていたようだが、そんなことでへこたれる彼女ではない。いつも幼馴染ユニカの前に現れるときには笑顔を絶やさなかった。ちなみに営業部門の責任者エルトマンは胃に穴が開いたとかなんとか。
会わせたい人がいる――。
そう呼び出されたアイレーネとユニカは、普段は入れない会社の応接室で待機していた。アイレーネ曰く「無駄に豪華」、ユニカ曰く「そんなもんでしょ」な広い応接室に通されたということは、相手は間違いなく外部の人間だ。
「誰だろうね、会わせたい人って」
「あぁあぁまた叱られるのかな……」
心底嫌そうな顔をしているアイレーネ。少しは各方面からの説教が堪えているようだ。
「さすがにもう終わったことでしょ。気にすることないって」
そのとき、いかにも高級そうな音を立てて扉が開いた。そして現れたのは――。
「コイツは……!」
「誰かと思えば、あなたでしたか」
思わずソファから立ち上がるアイレーネ。その腰を掴むユニカ。
部屋へ通されたのは、忘れもしないあのときの少女。見本市でアイレーネと乱闘を繰り広げたレミだった。
「紹介しよう。ユゴナール社で君たちと同じく魔法少女システムのテストオペレータをしている、レミ・ランビオンだ」
レミの傍らに立つくたびれた背広の男、RRW開発部門の責任者ロルフ。彼も少なからず見本市でのことの顛末を聞かされているので、口角は上げても目は笑っていない。
「はじめまして。ストラスブールのユゴナール社より参りました。レミ・ランビオンと申します」
何がはじめましてだ。そう言いたげなアイレーネの手をしっかりと握ってなんとか思いとどまらせるユニカ。
「この度、我がRRWはユゴナール社と共同で魔法少女関連技術の開発を行うこととなった」
「はあ」
「へぇ」
「そこで、共同開発チームが編成されたわけだが、君たち魔法少女の協力が不可欠というわけで、レミもこちらへ移ってくることになったわけだ」
「そういうわけで、どうぞよろしく」
握手のため手を差し出すレミ。近くのアイレーネではなく、あえて遠くのユニカに。
「よ、よろしく……」
なんとも居心地の悪そうな様子で握手に応じるユニカ。
「あら、もしかしてあなた、見本市のときにいたもうひとりの」
「はい。ユニカといいます」
「やっぱり! 仲良くしましょうね」
ぱっと明るい笑顔が現れ雰囲気が若干和むも、それを見ていたアイレーネは余計不機嫌さをあらわにし、その場の空気を見事に相殺する。
「あの、私は」
「……」
しぶしぶといった様子で、無言のまま手を差し出す。そして握手。とうぜんお互い全握力を発揮しているが、プライドにかけても痛そうなそぶりを見せるわけにはいかない。
「ま、まあ二人とも仲良くしてくれよ。同じアウストラシア人として」
仕方なく大人ロルフが間に入る。
「アウストラシア……」
「そうね。同じアウストラシア人だもの」
――――――
この時代ユニカ達を取り巻く国際情勢は非常に複雑なものになっていた。
後世の歴史家の言葉を借りるなら「ああっ、ドイツがまた割れた!」もしくは「接着剤が乾いていなかったせい」である。
さかのぼること数年前、連邦軍の海外派兵や移民問題をはじめとして、サッカーを除くあらゆる事柄についてドイツ国内の世論は真っ二つに割れていた。
新興の「ドイツのための真の正義」党、略称EGDが南部を中心に爆発的に勢力を拡大し、連邦議会で第一党の地位を手にした。
軍拡と海外進出の強化をめぐり激しく対立し、連邦の方針に反対する西部諸都市は、連邦政府に対して「第三次ライン都市同盟」を結成し、EGD政権に従わず独自の路線をとることを宣言。連邦共和国は本格的に分断されることとなった。都市連合に参加した都市は100を超え、領域内に駐留する連邦軍の行動を制限した。これに対して連邦政府は、国益を損なう重大な妨害工作であるとし、都市連合解散のためには武力の行使も辞さないとの公式見解を表明。海外展開中の部隊を呼び戻し、あろうことか国内の「敵」に対して戦力の集中をはじめた。
時を同じくして、隣国のアルザス地域が独自勢力を形成し、フランスを離脱して都市連合への参加を表明した。これにより都市連合はその名称を「平和のためのライン・アウストラシア都市同盟」と改めた。
ここに、かつての独仏国境にまたがる巨大な都市連合体、通称アウストラシアが成立した。
事態が切迫しだしたのはつい先週のことである。
ニーダーザクセン州都ハノーファーが都市連合への参加を表明したが、連邦政府としてこれを看過するわけにはいかなかった。主要都市であるだけでなく、装甲師団の司令部がおかれ、当時連邦陸軍の主力が駐留していたためである。連邦政府は特別法を制定、即座にハノーファーを武力占領した。
これを受けて都市同盟中枢は独自に正規軍を編成することを決定。領域内の旧連邦軍部隊と、当時無数に存在した民間軍事会社を束ねて、「統合都市防衛隊」をつくりあげることとなった。しかし、従来の主力であった戦車や火砲は初期の段階で、鹵獲されることを嫌った連邦軍によりあらかた破壊されていたため使用できない。そのため、アウストラシアはこれらに取って代わる兵器を必要としていた。――つまり魔法少女である。
――――――
きわめてギスギスした「初対面」を終えたのち、アイレーネだけが部屋に残された。今日は珍しく、もう一人客人がいるらしい。
応接室のソファで待っていると、軍服の男が急いだ様子で現れた。
「いやーすまない。待たせちゃったかな」
40代にも50代にも見える。服装は連邦軍と同じ灰色で、胸にはアウストラシアの「国章」が加えられている。階級は――よくわからない。
「ええっと、アイレーネ・アシュカです。はじめまして」
立ち上がって握手。
「こちらこそ、ガエル・ランビオンだ」
ついさきほど耳にしたばかりの名前に、アイレーネは少し眉をひそめる。
「本当はもっと早く会いたかったんだが、すまないね、仕事がどうしても忙しくて」
「軍の方……ですよね」
「まあね。でも、今日はそっちじゃなくて、レミのことで」
やっぱりか、と改めて目の前の男を見上げるアイレーネ。
「レミのお父様ですね」
よく見れば目元などそっくりだ。そして不作法なところは微塵も似ていない。彼女はそう思った。
「先週は本当にすまなかった。レミはコンプレックスが強いというか、自分と同じような相手がいるとすぐに挑発しに行く悪い癖があって……。いや、親である自分がもっとそばにいてあげれたならこうはならなかったのかもしれないが……、とにかく色々と迷惑をかけてしまったようで、本当に申し訳ない」
「そっそんないきなり謝られても」
いきなり深々と頭を下げられてしまって取り乱すアイレーネ。彼女はその性格上、謝ることはあっても謝罪を受けることはほとんどないのだ。
「なんというか、正確に問題があるのは間違いないが、根はいい子なんだ。できるだけ仲良くしてやってくれないか」
父親から直々にそう言われれば、頷くしかないのがアイレーネである。
「わ、わかりました……」
一方その頃、ユニカは一足先にレミを案内して回っていた。
「あのぉ、私の顔に何かついてます?」
案内して回っていたはずなのだが、レミは周囲よりもどうもユニカのほうが気になるらしい。
「え? べ、別に何も……」
だが自覚はないようで、ユニカの言葉に慌てて目をそらす。
「なんか、私たちと同じ寮に入るらしいんで、もし用事がなければこのまま一緒に帰ります?」
「是非!!!!」
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