メッセ・フロント (3) 

 はじめはまともにPK戦ごっこをやるつもりだったと、後に本人たちは語る。

 ボール役を負わされた不運なクーゲルパンツァーIIは、開始1分で「ゴールキーパー」レミの拳によって粉砕された。腹立ちの収まらないアイレーネは、退避し損ねて放置された中型のUGVをハンマーで掬い上げ、そのまま「ゴール」めがけて投擲。まともに車体の衝撃を受けたレミだが、魔法によるシールドで保護された体にダメージはほとんどない。哀れなUGVは衝突時に半分にへし折られていた。

「それはボールじゃないし、ちゃんと足を使いなさい足を!」

 そう怒鳴りながら、背後に置かれた中型戦車――中身を完全自動化した遠隔操作型のUGVとしてリメイクされたモデル――30ミリの側面装甲に渾身の蹴りを入れた。40トンを超える重量が土を巻き上げながら、自身の動力とは無関係に地表を滑走してゆく。

 それを見てアイレーネは、怒りゆえの奇妙な冷静さでもってハンマーを構えなおす。

「『空撃ち』モード、コンデンサ充填よし――」

 アイレーネのハンマーは必ずしもカートリッジを必要としない。侵徹体を押し出すエネルギーをそのまま対象へぶつけるのだ。

 迫りくる戦車の巨体を前に、腰を落とし、大きく振りかぶったハンマーを力の限り叩きつける。

「フォイアッ!!」

 衝撃を検知しトリガーが自動起動。本体に充填された莫大なエネルギーが容赦なく戦車の正面装甲へ叩き込まれる。

 その威力は圧倒的だった。車体の前半分は瞬間的に圧縮され、全長が半分にまで縮んだ。砲塔は宙を舞い、外れた履帯の欠片は車輪と共に十数メートル先へと転がっていった。一瞬遅れて轟音と暴力的な風圧が観客を襲う。

 大混乱。逃げ惑う人々。頭を抱える担当者。対岸の火事と囃し立てる部外者。

 周囲の恐慌には目もくれず、二人の魔法少女は散らばった部品を拾ってのドッジボールを始めていた。

「ちょっと私止めてきます!!」

 喧噪のなかユニカはそう言い残すと、近くにあった弾薬箱の蓋を盾に、土煙立ち込める演習場へと駆け出した。

 暴れる魔法少女を制止するのは、パワーの面からいって大変なことである。直前に目にしたように、戦車ごときでは止めることすらできない。ユニカは先ほど、とち狂った主催者が軍の出動を要請しているのを見てしまったのだ。大事になる前に事態を収拾しなければならないし、それができるのはユニカしかいない。

「非常事態を宣言してください! 一瞬だけ私のシステムを動かします!」

 ユニカは今回、サポートスタッフとして同行している。その役割は単純に、アイレーネの魔法少女システムが万に一つでも暴走した場合に、同じく魔法少女であるユニカが事態の収拾にあたるためである。そのため、展示機動の開始時に既にコートの下に簡易的に魔法少女システムを着用して待機していた。

 しかし、今回はシステムでなくアイレーネ自身の暴走である。RRWの現場担当者であるエルトマンが非常事態であると宣言しなければ、規則上ユニカは自身の魔法少女システムを起動することができない。



「やっぱり一回痛い目に遭っとかないと、その煽り癖は治らないみたいだねえ!」

 アイレーネがレミに直接打撃を加えるべく、ハンマーを構え突撃の構えを見せる。

「返り討ちなんだよなぁ!!」

 それに対応して、今まで背面に格納していた刀剣に手をかけるレミ。

 魔法少女同士の衝突となれば、すくなくともどちらかが負傷することは避けられない。

「エルトマンさぁあああん!」

「RRW社内規定に従い非常事態を宣言、担当の魔法少女は事態の収拾にあたるため一部武装の使用を許可する!」

「ありがとうございまああああ」

 降り注ぐ金属片をケース蓋の盾で凌ぎながら、腰に装着した魔法少女システムのインターフェースを操作。

「照合をスキップ、簡易略式起動、いけッ!!」

 音も光もなく、瞬間的に全身が魔法の非実体シールドで覆われると同時に、体内に仮想骨格が構築され関節の駆動をアシスト、衝撃に対する剛性の強化が設定される。使用者の保護のみを目的とした形態であり、戦闘能力はない。

 とはいえ魔法少女システムの力はすさまじく、驚異的な加速度で、まさに激突しようとしている両者の間に、間一髪で滑り込む。

「はいストップ――!」

 ユニカは交差した両手で、振り下ろされたレミの刀身を受け止める。魔術シールドに押し返されて金属が振動するときの嫌な音がする。

 背後のアイレーネに対してはあえて何もしない。というより手がふさがってしまったので、長年連れ添った信頼に訴えるしかなかったのだ。

 ところがハンマーは急には止まれない。

「ちょ、ユニカ! どうして」

 アイレーネの意思に逆らって無慈悲に横なぎに振るわれたハンマーヘッドは、ユニカの脇腹に直撃した。

 鈍い音がしてユニカの小柄な体躯が吹き飛ぶ。

「ユニカァァァアアア!!」

「なにやってん――」

 痛覚遮断がわずかに間に合わず、鈍い激痛に悶絶しながらユニカの意識は一旦そこで途切れた。



 病室――によく似た匂いのする部屋。陸軍演習場に隣接する建物でユニカは意識を取り戻した。

「あれ、ここは……いててて」

 体を起こそうとするも、右わき腹が痛む。

「ああ! ユニカ……よかったぁ」

 白いベッドの傍らには、心配そうにユニカを見つめるアイレーネ。ユニカの右手を両手でしっかりと包み込むように握っている。

「おはよ……アイ」

「ごめんね……本当にごめんねユニカ」

 応急処置をしてくれたRRWの医療担当者から、怪我の状態についてひと通り説明を受ける。痛みのわりにさほど大きな影響はなかったらしい。

 理由の一つは、ユニカが魔法少女システムの出力をほとんど防御に回していたこと。もうひとつはアイレーネが元々手加減をして、エネルギー量を通常の半分以下まで抑えていたことが挙げられる。それでもユニカの意識を飛ばすには十分な衝撃だったわけだが。

 かなり本気で心配していたらしく、不安と責任感と涙と鼻水でぐしゃぐしゃになったアイレーネの顔を、そっと撫でてみせる。

「ほら、先生も別に大したことないって言ってるし、大丈夫だよ」

「ぅえっ……うぅ、ゆにがぁ……」

「でも、もうあんな挑発に乗らないでね」

「そうだ! そういえばアイツどこに――、アイツさえいなきゃユニカがこんな目に遭うこともなかったのに」

 何か重大なことを思い出して立ち上がるアイレーネ。すぐにも部屋を飛び出して憎い相手を殺しに行きかねない彼女を大人たちがすかさず羽交い絞めにする。

「ほら! そういうところがダメなんだよアイは」

 


 展示機動もむちゃくちゃになり、結局なにもかもうまくいかなかったが、ひとまず皆が無事でよかった。後日ユニカはそのように日記に綴った。



――メッセ・フロント【終】――

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