メッセ・フロント (2)
アイレーネとユニカの所属は少々複雑なものになっている。
普段はRRW傘下のPMCであるダイルバッハ社の社員として、軍事教練を受けつつ都市外縁警戒任務などをこなしている。時としてRRWの開発部門からの要請に応じて、新型魔法少女モデルの開発援助、つまりはある種の実験台としての役目を果たす。そして今回はさらに営業部門に出向扱いで、見本市でのデモンストレーションを任されることになっていた。本人たちもよくわからないまま、とりあえずRRWのロゴ入りIDカードを下げている。
屋外デモンストレーションはこの見本市の最大の目玉であり、多くの関係者が本会場から少し離れたここ、陸軍演習場へ集まっていた。
既に午前中から様々な企業による展示機動などが行われており、黒土のには無数のキャタピラ痕が走り、装甲車、装甲兵員輸送車、UGVなど最新の機材があちらこちらに停めてあった。
しかし、本当のメインイベントは最終日午後から始まる「魔法化兵器展示機動」。中でも最大の注目は魔法少女に集まっている。戦車の装甲と野戦砲の火力そして航空機の機動性を兼ね備え、戦争の主役となることが約束された「兵器」である。
『淑女紳士の皆様、大変ながらくお待たせいたしました! この見本市最後のイベントになります!』
演習場内に作られた仮設ベースので、自社の最新モデル魔法少女システムを身にまとい、アイレーネは手順の最終確認をしていた。
「えっと、最初は空のまま……」
「そうだ。くれぐれも他の車両に傷をつけないようにな」
エルトマンに釘を刺されるも、アイレーネは特に何も気にかけていない様子だ。
「まっさかー。大丈夫っすよ」
それとは対照的に、ユニカは始終不安そうな顔でアイレーネとエルトマンを交互に見ている。
「でもユゴナール社も同じ会場でやるんですよね。大丈夫かな……」
「何かあったら止めに入ってもらうからな、ユニカ。頼りにしてるぞ」
「えぇ……」
普通は大人が率先して行くべきだという抗議の視線を送ってみるが、魔法少女システムを扱っている経験から、生身の人間では到底太刀打ちできない恐ろしさを皆理解している。ユニカは大人しく覚悟を決めた。
『それでは、魔法少女の入場です!』
アナウンスと同時にゴーサインが出る。
「よっし、行ってくるねユニカ!」
「頑張ってね、アイ」
アイレーネは得物を手に取り、大きく開いたゲートから会場へ踏み出した。
大歓声が彼女を迎える。想像以上の盛り上がりに気分が高揚する。
『まずはデュッセルドルフからRRW製最新モデルの登場です!』
アナウンスに応えるように、アイレーネは右手に持ったハンマー状の武器を高く掲げる。再び大歓声。
RRW社が新たに開発した魔法少女モデルシリーズ「ヘンゼル級」、その1番機である「ヘンゼル」である。銀色に輝くプレートアーマー風の脚部と胸甲。首元から下へ優美に流れる金縁の赤い前掛けには、個別に与えられるシンボルマークとRRWのロゴタイプ。背面には一対のカートリッジ装填装置と、そこから延びるアーチ型弾倉が、まるで畳まれた天使の翼のように懸架されている。
『えー、本モデルは陸戦特化型でして――』
司会者からマイクを受け取ったエルトマンが紹介を始める。
『飛行能力を最低限に抑え、その代わりに防弾性能と接地時の機動能力を大幅に増加させております』
「よーい、どんっ……と」
事前に打ち合わせた手順通り、地上疾走をしてみせるアイレーネ。直線疾走、スラローム、左右反復、跳躍――。
順調にプログラムをこなし、ついに山場である火器の実射にさしかかった。この広い演習場で、丘の方へ向かって実際に武器を使用するのである。
『それでは皆様、遠距離攻撃のデモンストレーションを行います。大きな音がしますのでご注意ください』
右手に持ったハンマーは通常、接近戦で使用するものだが、ハンマー頭部に装填する侵徹体を飛翔体として使用すれば、ある程度の距離までは十分な威力を発揮することができる。
「装填しまーす。ゴーインホット!」
ハンマーを肩に担ぐように、背中にマウントされた装填装置に預けることによって、その頭部に侵徹体が挿入され、即時に発射可能となる――はずであった。
「……あれ?」
これまで何度も繰り返した、装填時に感じる振動がいつまでたってもこない。それどころか、装填済み/発射状態を知らせるランプも点灯しない。
「まさか……」
アイレーネが弾倉エンプティ表示に気付くとほぼ同時に、ユニカが仮設ベースの隅に積まれた侵徹体カートリッジを見つけて絶望していた。
「アイ……全部忘れて行ってる……」
普段であればこのようなミスはあり得ないのだが、今回は本人が緊張していたことに加え、安全のため必要な分の弾数しか積まない予定だったので、マガジンがいつもより軽くても問題と思わなかったのである。
しかし、この重大な手落ちに気付かなかったユニカをはじめバックアップメンバーに非がないわけでもない。
少なからず責任を感じたユニカは、カートリッジを抱えそれをアイレーネへ届けるべく演習場へ駆けだそうとしたところで、不意に何者かに制止された。
「ちょっとあなた、危ないですよ」
フランス訛りのドイツ語でユニカの前に立ちはだかった人影。その出で立ちから一目で魔法少女だとわかった。白と青を基調にした装甲に四肢を包み、フリルで飾り立てたワンピース風の衣装を着た魔法少女だ。そして大きな襟にはユゴナール社のエンブレム。ユニカは気付いた。昼間に自分がぶつかってしまったあの少女だと。名前は確か――レミ・ランビオン。
「貸しなさい、あのマヌケに渡しに行けばいいのでしょう?」
そう言うと半ば強引にユニカの腕から3発のカートリッジを受け取り、演習場の中へ歩いて行った。
『おっと……これは、ユゴナール社の新型モデルですね。夢の共演といったところでしょうか』
魔法少女は嫌でも目立つ。予定外の事態に司会役がフォローを入れる。
「ほら、忘れ物ですよ。受け取りなさいマヌケ」
ぶっきらぼうに言ってカートリッジを差し出すレミ。普通ならありがたく受け取っておけば良いのだが、相手がレミではそう簡単にはいかなかった。
「アンタもしかして、昼に喧嘩売ってきたヤツじゃない?」
「ああ、どこのマヌケかと思えばあの時の」
この時点で見守るしかないユニカの肝は冷えに冷えまくっていた。なんせ昼の時と違って、今は互いに武装状態。何か起こればタダでは済まない。
「マヌケじゃなくてアイレーネって名前があるんですけど!」
「それは失礼、アイレーネ・マヌケさん」
「何? まだ懲りてないわけ?」
「わざわざあなたの忘れ物を届けに来てあげたのに、その態度はないんじゃない?」
「態度を改めるべきはアンタの方でしょ」
「は?」
「やんのかァ?」
幸いにも二人の会話がオーディエンスに届くことはなかったが、仮設ベースに控えるユニカ達にはインカムを通じてもれなく聞こえていた。
「やばいやばいやばい……」
「おい誰か早くあいつらを何とかしろ」
半ばパニック状態になりつつあるRRW・ユゴナール両陣営の間で、ユニカはあるものに目を付けた。
直径1.2メートルの球形UGV「クーゲルパンツァーII」。本来はデモンストレーションの小道具として使用する予定でRRWが持ち込んだ機材である。生身の人間が直接二人の間に割って入るのはあまりに危険なので、とりあえずコレで気をそらす作戦である。
球形戦車を遠隔操作モードで起動し、演習場中ほどで揉めあう魔法少女二人の元へ向かわせる。巨大な球がゴロゴロと転がる姿は極めて奇妙だが、これでも正式採用されている兵器である。なお爆薬と信管は予め抜いてある。
それと同時にユゴナールとRRWの担当者が万一に備えて出展者に展示兵器の退避勧告を出して回る。
『予定にない事態が生じております。急遽展示車両などを退避させることを強く推奨します――』
一斉にそれぞれの企業の担当者が車両を動かし始め、会場はパニック一歩手前である。
クーゲルパンツァーIIが持ち前の走破性を発揮して、高速で二人の元へ向かうが、勢い余ってアイレーネとレミに体当たりをかましてしまった。直径1メートル越えの巨体は並ではない。
金属同士がぶつかる甲高い音と共に、よろける二人。ふつうの人間であればただでは済まない衝撃だが、駆動中の魔法少女はそこまでやわではない。
「いったぁ……」
「何? 誰がこんな」
互いに球戦車と相手の顔を交互に見る。言葉がなくともわかる。互いに相手が仕向けたのだと思っているのだ。
不運にも先に口を開いたのはレミだった。
「なるほど、欧州選手権のPKの続きをってこと?」
「サッカーは今関係ないでしょ⁉」
解説すると、前回のサッカー欧州選手権大会の準決勝において、仏ナショナルチームはPK戦の末に独代表を下し、歴史的な勝利を収めたのだが、レミはそのことでアイレーネをからかってしまったのだ。ほとんど本能的に。
この時点で壊滅的な結末を予見した一部関係者は既に撤収の準備を始める。アイレーネはそこそこ熱心なサッカーファンであり、欧州選手権の話題自体がタブーだったのだが、レミがそのようなことを知るはずもない。
「……いいよ、やってやろうじゃねえか」
そうつぶやくとアイレーネは、ありったけのフラストレーションを込めて憎きレミに自社製の巨大球を蹴りつけた。
ここに蹴球欧州選手権大会において最大の場外乱闘が幕が切って落とされたのである。
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