小説・魔法少女のための空戦機動

彩文リジコ

第1章 開戦事由

メッセ・フロント (1) 

 ここにHMMPと名付けられた無人兵器がある。正式名称『High Mobility Multipurpose Panjandrum』。またの名を『クーゲルパンツァーII』。

 球形の車体を持ち、その直径1.2メートル。内蔵ジャイロにより車体ごと転がるように走り廻り、無線もしくは自律操縦により危険地帯へ潜入。各種センサーにより情報を収集し、さらに搭載した大量の爆薬を用いて敵中枢を破壊せしめることを目的として開発された。

 しかし何故か今、本来の用途とは無関係に、二人の魔法少女の間でサッカーボールにされようとしていた。

「今謝ればッ……許してあげるッ!」

 魔法で強化された右膝・股関節を全力駆動させ、巨大な金属製の玉を目前の「敵」へめがけて蹴り上げる。

「元はといえばそっちが――」

 巻き上げられた泥濘を伴ってアーチ軌道を描きながら迫るその大質量を、魔術障壁で受け止め胸部装甲板で華麗なトラッピングをきめる。

「――先に喧嘩売ってきたんでしょうがッ‼」

 自身の身体を10メートル跳ね上げることができる跳躍力をボールへ叩き込む。観客から歓声が上がる。もうもうと立ち上がる土煙。轟音と重い残響――。



 見本市。それは平和な戦場である。

 ここは東欧キエフ。ドニエプル河畔の巨大建造物「国際展示場」には、世界中の企業によって最新の兵器が所狭しと持ち込まれ、物々しい雰囲気を放っていた。銃からミサイル、装甲車そして無人機。フロアに壁に天井に展示される兵器。さながら前線基地である。あらゆるものが最新式である分、この時点で最も豪華な「戦場」といえる。

 そんな物騒な物資の林の間を行き交う企業の担当者と報道関係者に交じって、明らかに場違いな少女が二人。年は10代半ばほどか。

 第1の少女。赤みのかかったショートカット。溌溂とした目つきに凛々しい眉。細身の体躯でしなやかに人々の間を往くその名はアイレーネ・アシュカ。

 その背後に隠れるようにして付いて歩く小柄なもう一人の少女。癖のある栗色ショートボブ。名前はユニカ・シェスターク。

 断っておくが、ここは決して日曜朝の教会前広場で開かれるような市場ではない。兵器見本市である。ここを訪れるのは、軍需企業や各国軍の関係者そして報道陣である。間違っても10代の少女が紛れ込む場ではない。

 しかし今回に限って、二人は最もこの場にふさわしい存在でもあった。そう、彼女らは兵器である。

 【魔法少女】。それは次世代の主力兵器。

 人類が新たに手にした魔法の力。それを最大限に引き出し、戦力として活用する装置が【魔法少女】である。彼女らは、雇い主であるデュッセルドルフRRW社の開発した新たな魔法少女モデルの試験御者、テストオペレータであり、今回はその性能をアピールするためこうして見本市を訪れている。



「ねえユニカぁ。なんか人だらけなんだけど……」

「最終日だし、仕方ないよ、アイ」

 5日間の開催日程の最終日に当たる今日は、特に魔法化兵器に関連した企画が数多く催されており、最も多くの関心を集めている。

「パフォーマンスは午後からだから、それまでゆっくり見学でもしてろって言ってたけどさ」

「まあ、この混みようじゃ難しいよね」

 ボヤく二人。少女の身長では、大人たちの壁に阻まれて展示品をほとんど見ることができない。それどころか人の流れに押し流されて、進みたい方向へ移動することすらままならない始末である。

「それにしても多すぎでしょ人。そんなに戦争がしたいのかなあ」

「そういう人もいるかもだけど……ぅおっとっと」

 ユニカが何かに躓きよろける。アイレーネが慌ててその手を掴んで、

「もう、はぐれないように気を点けなユニカ」

 少し強引に引き寄せようとしたところ、勢い余ってユニカの肩が別の誰かの肩にぶつかってしまった。

「あああ、すみませ――」

「ユニカ大丈夫⁉ ちょっと! 誰か知らないけど前見て歩いてんの?」

 ぶつかった相手を確認する間もなく、持ち前の短気で本人に代わって威嚇行動にでるアイレーネ。

「な、何⁉ そっちが当ててきたんでしょ。なのにその態度はおかしくない?」

 当の被害者も同世代の少女だった。それもそのはずである。同じ背丈でなければ肩はぶつからない。

 ウェーブのかかった明るいブロンドの髪をシニヨンにした、聡明そうな碧眼の持ち主である。

「あ、あの、ごめ――」

「態度がなってないのはアンタでしょ? さっさと行こうユニカ」

 ユニカを庇うあまり、当の本人が謝罪の機会を奪われていることにアイレーネは気付かない。

「ちょと! 待ちなさい! あなた達――」

 そこまで言ってその少女は、二人の胸元に下げられたIDカードに気付いた。

「ふーん、RRW社の関係者ね。どうりでジャガイモ臭いと」

「はぁ⁉ なんだとォ! ジャガイモ舐めんな」

「ちょっとやめてアイ」

 今にも殴りかかろうとするアイレーネをユニカは背後から必死に制止する。

「離してユニカ! この躾のなってない奴に思い知らせて――」

「無礼なのはいきなり喧嘩売ってきたそっちの方で――」

 双方が拳を振り上げたそのときだった。

「おい何やってんだお前ら」

 まさに乱闘になろうかというところで、両者ともそれぞれ抱え上げられる形で引き離された。ちょうど互いの上司が戻ってきたのだ。

「なあレミ、また考えもせず煽ったろ? 悪い癖だ」

「そんなことないです! 向こうが先にぶつかって」

「あー、はいはい」

 グレーの背広の男に連れていかれる、レミと呼ばれた少女。

「どうせお前が先に手を出したんだろ、アイレーネ」

「違う! 断じて違う!」

「ならもっと煽り耐性をつけろ。成長しないぞ」

 アイレーネを抱え上げたのは、RRW社の営業担当エルトマンだった。見本市の期間中はアイレーネとユニカは特別に彼の下につくことになっている。

「あの、私が……」

「だーかーらーーーアイツがユニカに」

「分かったから、もう余計な挑発には乗るなよ」

 この時は互いに丸腰で、かつすぐに大人が駆け付けたので事なきを得たが……。

 本当の災難は午後に訪れることになる。

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