第3話
部屋を出た俺は店主の女性と話す為に1階に向かう。
受付には店主の女性が居てくれたので話しかける。
「ちょっと聞きたい事があるんですけど?」
俺が丁寧に聞くと、見ていた帳簿から目をあげ、返事をくれる。
「スノーとの話しは終わったのかい?」
「まぁ、一応わ。」
「そうかい。でっ、聞きたい事って何?」
「家賃が幾らなのかと、金の相場を教えてくれませんか?」
俺がそう言うと店主の女性は少し驚いていた。まぁ、この歳で金の相場を知らないのは可笑しい事だろう。
少しの沈黙の後に店主の女性が口を開く。
「もしかしてだけど、スノーに召喚された?」
店主の女性は気付いてなかったらしく、そう聞いてきた。明らかにこの世界では浮いた格好をしているので、勝手に気付いているもんだと思い混んでいた。
「はい。」
だから短くそう答える。嘘を付く理由もない。
「そうかい。あの子落ち込んでたでしょ?」
「ベッドに潜り込んで出てこない程には。」
店主の女性は複雑な顔をしていた。スノーがどれくらいここに住んでいるかは知らないが、スノーの事を思いやるぐらいの付き合いはあるのが伺える。そんな顔だった。
何となく気まずい雰囲気が流れ、お互いに無言になってしまう。だから俺は最初の質問を聞き直す。
「だから、家賃の事と金の相場を教えて下さい。」
店主も理由が分かったからか、何も言わずに教えてくれる。
店主から大体の事を教えてもらい、宿屋から外に出る。次にやる事は街中で仕事を探す事だ。迷宮が1番手取り早いだろうが、丸腰で行くのは自殺行為だろうし、何かを揃えるにも金が必要だ。そう考えると街中で出来る仕事を探す以外の選択肢はない。
宿屋の名前だけを確認し、街中へと歩き始める。外は暗くなっているが、街中はまだまだ賑わっており、露店などもいっぱい出ている。
ちなみに店主に聞いた話しだと、家賃は月払いで金貨1枚。金貨1枚は日本の相場で言えば1万円。その下の銀貨が千円。更に下の銅貨が百円って感じだった。あの宿屋の宿泊費が2銀貨で飯が一回につき8銅貨。3食食べる計算で合わせると1日に必要な金額は4銀貨と4銅貨だ。あくまであの宿に泊まるとしての計算だから、色々と誤差はあるだろう。
兎にも角にも俺が生きてく上で必要な大体の金額を知れたのはデカイ。それを基準に仕事を探せるからだ。家賃の1金貨の事を考えると最低でも1日6銀貨くらいは欲しい。一食節約すれば、1日2銀貨は貯められる。そうすれば5日で家賃は払えるはずだ。
でもそう考えると一月で1金貨ってめっちゃ破格なんじゃないだろうか?そんな事を考えながら俺は街を歩いていく。
街を歩きながら、良さそう店を見つけては中に入って、働かせてもらえないか聞いてみる。飲食店、雑貨屋、武器屋などなど色々な場所に入って声をかけてみたが、いい返事はもらえなかった。大体の店が一族経営で店員には困ってないのだ。露店商には最初から声をかけるつもりはない。
何店も何店も渡り歩き、断れ続ける。日本で就職するより、よっぽど厳しいと思ってしまう。甘くはないと思っていたが、ここまで厳しいとは。
暫くどんよりとしながら歩いていると、中肉中背の露店商が声をかけてくる。
「お兄さんお兄さん。その服売るつもりない?」
ニヤニヤと明らかに悪い笑みで言ってくる。
「悪いけど、無いかな。」
「まぁまぁ、そう言わず。特にその上着がいい物ですね。金貨1枚で買取ますよ。」
俺の意見など無視なのかグイグイくる。
金貨1枚は喉から手が出るほど欲しいが、俺の中の価値とは見合っていない。
「悪いけど。大事な物だから。」
「えー、じゃ金貨1枚と銀貨5枚でどうです?」
諦めるつもりはないのか、少しだけ値上げしてくれた。でも駄目だ。売るとしても最終手段だし、まだ俺の価値と見合わない。
これ以上は面倒なので無視して立ち去る。
「チッ、あのガキは上手くいったのに。」
去り際に露店の男はそう言っていた。
その後も何店か回るが全滅。時間もいい頃合いなのか、飯処以外は徐々に閉まっていく。
焦る気持ちを抑えきれずにまだ開いていた服屋へと入って行く。
中に入るとまず目に付いたのが、何故か置いてある、メイド服と執事の服。それだけでも驚きだが、中を見渡すと和服や、チャイナ服、セーラー服などなど、コスプレショップか!!と思うような品揃えだった。異世界にある異世界。この店を形容するならこう言うしかない。
呆然と眺めていると、店主から声がかかる。
「なんだい?ボーっとして。見てるだけの客なんて要らないよ!!」
50代のくらいのイカしたばーさんだった。多分この人が店主だろう。何たって着ている服は巫女のそれだ。
「あっ、すいません。ちょっとお願いがあるんですが?」
圧倒されるし、この店で働きたいとも思わないけど、そんな甘えが許される状況ではないので、頑張って聞く。
「なんだい?さっさと言いな!!」
「この店で働かせてくれませんか?1日6銀貨くらいで。」
「むり!!」
即答だった。間髪など入る隙間も無かった。しかし心では安堵してしまう。このばーさんと働くのは辛そうだし。
「ですよね。お邪魔しました。」
そう言って店を後にする。しかし。
「待ちな!!」
何故か待ったがかかる。
「金に困ってんのかい?」
「えぇ、かなりピンチでして。」
何も困らないので正直に言う。
「服を売る気はないかい?」
さっきの露店商の男と同じような展開だ。
でもさっきほど俺に余裕もない。
「幾らで買い取ってくれます?」
「全部で6金貨でどうだい?」
店主の言った値段にビックリしてしまう。全部って事で、さっきの露店商とは違うが高くなり過ぎだ。
この金額に俺は考え混んでしまう。もちろん考える余裕や余地はない。でもこの革ジャンだけは大切な物なのだ。何年も何十年も大切に着続けた物。
「あんた召喚された人だろ?服もそれしかないってのなら、別の物一式付けてやってもいいよ。」
驚きはしない。だってこの店にある物は俺が居た世界にある物なのだから。このばーさんは正確に状況を理解して言っているのだ。
だから俺も決心を決める。
「分かりました。売ります。」
心は苦しいが仕方ない。6金貨手に入れば色々出来る。街の中で働くのは難しそうだし、迷宮に挑む足掛かりにするには十分過ぎる金額だ。
「そうかい!そうかい!じゃ、明日の朝またおいで。そん時に金と服は渡すから。」
今すぐかと思ったが、そうじゃないらしい。まぁ、時間を貰えたのはありがたい。ちゃんと心の整理をつけて別れられる。
「分かりました。ではまた明日。」
「最後の時間を楽しむんだよ。」
どうやらばーさんもそのつもりで時間をくれたらしい。俺は一礼して店を後にする。
(注)革ジャンとの別れです。
店を後にした俺は宿屋へと戻る。結構時間が経っていたらしく、店主の女性は眠そうな顔をしていた。
「おかえり〜。言わなかった私も悪いけど、宿閉める時間もあるから、それまでには帰ってきてねー。」
どうやら待っていてくれたらしい。俺は礼と謝罪をし、3階の屋根裏に向かう。今日だけは仕方がないのだ。野宿するのも怖いし。
部屋の鍵は店主から受け取っているので、静かに鍵を開け中に入る。
中に入るとなるべく音を立てないようにスノーが寝ているベッドとは別のベッドに腰を掛ける。ちらっとスノーのベッドを見てみるが相変わらず布団の妖精だ。頭も出さずに毛布にくるまっている。まぁ、もう寝ているだろうが。
俺は革ジャンを脱ぎマジマジと見つめる。
初めて見た時から一目惚れ。焦げ茶色で背中には鹿のハンティングトロフィーの姿がレーザー彫刻されている。どうしても欲しかったが、働きたての俺には手が出ない程高かった。だから毎日毎日店に通い、金が貯まるまでは取っておいてもらえるように、店長にお願いしていた。もちろん最初は断られたが、俺の熱意に負けたのか店長が折れてくれた。
今思えば無茶苦茶な事だが、当時の俺には良くやったと言ってやりたい。金が貯まり買えた時には店長と店員も一緒になって喜んでくれた。本当にいい店だ。店長にはその後も手入れの仕方や、夏場の保存の仕方、色々な事を教わった。会社を首になり、引っ越してからは疎遠になってしまったが、あの店だけは潰れないで欲しいと思う。
革ジャンを見つめていると色々な感情が巻き上がってくる。長く着た物には魂が宿ると言われているが、この革ジャンに魂が宿っていたとしても不思議ではない。俺にとっては服であり、親友なのだから。それを明日手放さねばならない。生きて行く為には仕方のない事だ。分かってはいるが心が痛い。俺の目からは熱い物が流れ落ちていた。
それを毛布の隙間からスノーが見てるとも知らずに。
翌朝。
俺は服を売る為にばーさんの店を訪れていた。ばーさんは替えの服を用意してくれていて、それに着替える。何の変哲もない。良くある村人の服だ。
「別れは済んだかい?」
「……はい。」
目から熱い物が溢れそうになるが必死に堪える。
「そうかい。安心しな変な奴に売ったりはしないから。あんたの気持ちに応えてくれるような奴に売ってやるよ!!」
ばーさんの言葉で堪えていた物が溢れだす。
そんな俺の肩を優しく叩き、6金貨を渡してくれる。
俺は涙を拭き、金貨を受け取って一礼する。そしてそのまま店を後にした。
宿屋に帰ってまずやる事は家賃を払う事だ。
帰ってきた俺の服装を見て不思議な顔をしている店主に金を渡す。
「これスノーの今月分の家賃です。あと部屋が空いて居れば借りたいんですけど?」
金を渡すと店主の女性は驚いていた。
「空いてるけど。ってか何で貴方がスノーの分の家賃払うの?」
「あいつが金ないの俺のせいなんで。あと俺は三鹿って言います。暫く世話になると思うので、よろしくお願いします。」
そういえば名前を言ってなかったと思い、自己紹介もついでにする。
「あっ、ご丁寧にどうも。ここの店主のリンダです。ってかスノーお金ないの!?」
リンダも丁寧に自己紹介してくれた。その次はビックリしていたが。そりゃビックリするわな。家賃払えない程金が無いとは思わないだろうしな。
「まぁ、俺の事召喚するのにほぼ全財産叩いたらしくて。ほんと申し訳ない気持ちでいっぱいですよ。」
とほほっと言った感じで言う。
しかしリンダは更に驚いていた。
「全財産!?あの子15金貨くらいは貯金してた筈だけどそれ全部使ったの?」
これには俺もビックリだ。
「えっ?15金貨も使ったんですか?ってかスノーはどうやってそんな金貯めたんですか?」
15金貨は大金だ。生活費も合わせればそんな簡単に貯まる額ではないだろう。
「少し前まではお金の管理は私がしてたからね。急に自分でやるって言い出して不思議だったけど、こういう事だったのね。スノーはここで働いてたのよ。丁度1年くらいね。家賃と食費を抜いてもそんなに多く余らないような金額だったのに良く貯めてるなぁーと思ってたのよ。それを全部使っちゃうなんて。」
リンダは頭を抱えていた。そりゃそうだろう。彼女の1年の頑張りが目の前の男に消えていったのだから。
俺は両膝をついて座り、頭を下げる。ジャパニーズ土下座だ!!
「本当に申し訳ありません。」
深々と何度も頭を下げる。
リンダはそんな俺を見て三鹿さんのせいじゃないからと言ってくれるが、間違いなく俺が悪いのだ。
一通り頭を下げ終え、俺は立ち上がる。
「まぁ、そうゆう訳で俺が払う義務があるんですよ。15金貨あいつに借金があるようなもんですし。服売って多少金も出来たんで、これから頑張って働かないと!」
俺は笑顔でそれだけ言ってスノーの部屋へと向かおうとする。
「何でそんなに頑張ろうと思えるの?」
リンダから疑問が飛んでくる。何でもくそもない、スノーが落ち込んで投げやりになってるのは俺のせいなのだ。一応は主人だし、気力が戻って1人で生活出来るようになるまでは面倒を見るのが筋だ。それになにより。
『キッカケをもらったんで!』
毎日の退屈から救い出してくれたスノーには感謝してる。しかも10歳も若返ってだ。ただキッカケを求めるだけで動かなかった毎日は終わったのだ。願いが叶ったのに頑張らなければ意味がない。だから俺は頑張る。スノーの為にも自分の為にも。
リンダは不思議そうな顔をしていたが、俺の満足そうな顔を見て納得したのか、それ以上は聞いてこなかった。
自分の中での決心を更に固め、俺は布団の妖精が居る部屋へと向かうのだった。
大ハズレらしいが頑張って見ようと思う。 @kanoroku
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