第2話

聖堂から出て見えてきた風景はまんま異世界の街並みだった。小説や漫画、ゲームなどで描かれるそれとほぼ同じなのだ。


聖堂の中に居た時はまだ半信半疑だったが、この街並みを見たら納得するしかない。異世界に来たんだと。



メガネの男はこの手の物に馴染みがないのか、明らかに驚いていて、街並みをキョロキョロと見回していた。


異世界に来たのは確証が得れたが、次の問題は何故召喚されたか?だ。テンプレで言えば魔王を倒しに行く事になるし、少しはずれればスローライフが待っている。その他にも色々あったが今はいいだろう。


とりあえず目的と今後やる事を確認する為にもこの少女達と話をしなければならないのは確実だ。


「何処かゆっくり話せる場所はないかな?」

どちらかに聞くのでは無く、どちらにも聞く感じで言った。


「家が近い。」

俺におんぶされてる少女が答えたので、その案に乗る事にする。


少女に案内されるがままに道を歩いていると、街の人からの視線を感じる。


それも仕方ない事だ、明らかに服装が違った2人の男が形は違えど少女を抱えて歩いているのだ。不思議以外の何物でもないだろう。



聖堂から大体10分くらい歩くと少女の家に着いた。家と言うよりは宿屋だ。いや、完全に宿屋だ。


宿屋の扉を開くと店主の人が出迎えてくれる。


「いらっしゃい。何泊にする?」

客と勘違いしたのだろう、30代ぐらいの女性がにこやかに言ってきた。


「あー、すいません。客じゃなくて、この子が言うにはここが家らしいんですが?」

俺はそういっておぶっているローブの少女のフードを取り顔を見せる。


フードを取られた少女は慌てて俺の背中から離脱し、すぐさまフードを被ってしまった。ってかそんな機敏に動けるなら自分で歩けよと思う。


「何だスノーか。お帰り。ってか何だいこの人達?フレアも何で抱っこされてんの?誘拐?」


店主にそう言われ、フレアと呼ばれた少女は顔を真っ赤にしていた。流石に可哀想だと思ったのか、誘拐犯に間違いられるのが嫌なのか分からないが、メガネの男もフレアの事を下ろしてあげていた。


「誘拐犯ではありません。諸々の事情があり、あのような事をしておりました。」


どうやら誘拐犯が嫌だったらしい。丁寧に反論している。


「そっ、そうですか。誤解してすいません。」


「間違いは誰しもある事です。今後は気をつけて下さい。」


「はい。気をつけます。」


メガネの男は分かってもらえて満足したのか、俺に向けてどうぞ。と感じに手を出していた。


「色々と話したい事があるので、彼女の部屋を少しお借りしてもいいですが?」

自分達が怪しいのは分かってるので、俺もなるべく丁寧に接する。


「まぁ、スノーがいいなら私が口を出すことじゃないので。」

そう言って店主の女性はローブの少女の方を見る。


ローブの少女も提案したのは自分なので、店主の方を向いて頷いていた。これでようやく彼女の部屋に向かえる。


ローブの少女を先頭に部屋に向けて歩き始める。階段をある程度登った所で店主から声がかかる。


「家賃もうすぐだからねー、忘れないでよー!!」





ローブの少女の部屋は3階の屋根裏だった。屋根裏だけあって、天井の高さは低いが広さは結構あった。


部屋自体は殺風景で何故かベットが2つあり、その他にはテーブルと本棚とクローゼットしかない。この子が何歳かは知らないが年相応の子の部屋ではないのは確かだ。


部屋に着くなりローブの少女はベットに潜ってしまった。話す気は全くないらしい。仕方ないので、フレアと呼ばれた少女に話しを聞く事にする。


フレアはもう片方の空いたベットに腰掛け、俺とメガネの男性は床に座った。


「とりあえず自己紹介しようか。俺は三鹿冰流。歳は30だ。」

名前と年齢を言っただけなのに何故か変な目で見られてしまった。


「わたくしはフレア・スカーレット・ヴァーミリオンです。17歳です。」


どんだけ赤いんだよ!!と思わず突っ込みたくなる。改めて近くで見てみると凛とした綺麗な顔立ちをしている。赤く腰辺りまで伸びた髪もサラサラだ。


「私は三鷹秀司です。歳は三鹿さんと同じ30ですが……。」


何やら歯切れが悪い。ってかどう見ても三鷹は30には見えない。ボケたい気分だったんだろうか?ならツッコンでやらねば。


「その顔で30な訳あるかーい!!」

俺はそう言って三鷹の頭を軽くチョップする。


「貴方には言われたくない。」

真顔でそう返されてしまった。


暫しの沈黙の後にフレアが声を掛けてくる。


「お2人共に30歳には見えませんよ。鏡をご覧になったら?」


フレアにそう言われ、俺と三鷹は鏡の方へと向かう。そして絶句。鏡に写った顔は20代ぐらいの時の顔だった。


三鷹も驚いている。そしてまた2人で見つめ合い沈黙。男同士が見つめ合っても何の得もないが、それぐらい驚いている。


「あのー。」

そしてまたフレアから声がかかる。


「過去にも召喚された人は何人か居た見たいですが、皆若返っていたそうですよ。」


三鷹との見つめ合いを辞め、フレアを見る。


「そうなの?ってかその辺の話しを聞きたかった訳なんだよ。教えてくれるかな?俺達が召喚された理由と、この世界の事を。」


俺がそう言うと、フレアは話しを始めてくれた。




***


フレアの話しを聞き終えた俺の感想はなるほどな!だ。


ざっくばらんに言えば、この世界は迷宮で成り立っている。迷宮でしか取れない物を使って日常的生活を充実させている。服や、装飾品、武器、この街に立っている家もほとんどが迷宮の鉱物を使って出来ている。後は風呂もそうだ。簡単に言えば食料以外の物はほとんど迷宮産だ。


だから迷宮に行けば金が手に入る。高難度の迷宮を攻略すれば名声と富が手に入る。上手く行けば地位までくれるらしい。まさに迷宮ドリームだ。ただそんな上手く行く筈もなく、夢を見た若者が命を散らす事も多かったらしい、それに困った国が学校を作り、知識と技術を与えて迷宮に挑ませる。その一環としてあるのが使い魔召喚。


元々の理由は少しでも探索の助けになれば良いと思う学校側の善意である。しかし時が経つにつれ、使い魔=自分のステータスになり、弱い使い魔を召喚した物は馬鹿にされるのが習わしになったらしい。中でも酷いのは有名な貴族が弱い使い魔を召喚したパターンだ。良くて追放、普通で追放、最悪身内に殺される。どの道バッドエンドしかない。


まぁ、そうならない為に良い触媒を用いるらしいが、それでも100%の保証はないらしい。一攫千金ビジネスには大体闇が潜むが有名貴族にはたまったもんではないだろう。


この話しをしている時のフレアは何処か投げやりだった。まぁ、何となく察しがつくが。


何たって俺達は召喚される物の中でもワースト1に入る使用人なのだから。

誰が言い出したか分からないらしいが、戦わせるより、家に置いて家事をさせておいたほうがまし!!って理由から使用人と呼ばれる事になったらしい。これに関しては上手いと感心してしまった。



ここで冒頭の問いへと戻ろう。俺達は何故召喚されたのか?魔王を倒す為?美女とスローライフを送る為?世界を救う為?違う!!

ただ、ただ、召喚されただけ。しかも大ハズレとして。何が酷いって召喚された時点で召喚主も巻き込み底辺に落とされる事だ。お互いにとって不利益しかない召喚なのだ。しかも帰る方法はない。使い魔は一生のパートナーだそうだ。どうゆう仕組みで選ばれるかは知らないが人間は外してくれよと思う。メリットゼロはキツ過ぎる。



「ちょっとミロクさん?」


……。


「ミロクさん!!」


俺は考え混んでいてフレアの声に気づかない。


バシッ!!頭に鈍い衝撃が走る。その衝撃で思考の渦に飲み込まれていた意識が浮上する。


「なに?」

俺をチョップしたフレアを見る。


「わたくし達は帰りますから。スノーの事お願いしますね。」


いつの間にか外は薄暗くなっていた。


「スノー?あぁ、そういえば店主にもそう呼ばれてたな。」


「そうですよ。スノー・コールド・ブ」


「言わないで!!」

最後まで言い終わる前に布団の中からストップがかかった。


「ごめんなさい。ではわたくし達は帰ります。スノーも心を入れ替えないとダメですよ。」


「……。」


スノーからの返事は無かった。


ビッシと正座で考え混んでいた三鷹もフレアに声をかけられ、現実に戻ってくる。

多分だが俺とスノーより、三鷹とフレアの方が置かれてる状況はマズイと思う。


だから帰り際に声をかける。

今の俺に出来るのは心配してやるくらいだ。


「大丈夫か?」


「大丈夫……では無いですね。最悪の結果になった場合はミタカさんの事お願いしますね。」


おいおい物騒な事言うなよ。


「三鹿さん大丈夫ですよ。まだ色々纏りませんが、私は出来る男なので安心して下さい。」


おいおいカッコいいな。


「そっか。こっちも頑張ってみるから、また今度な。」



俺はそう言って2人が部屋から出て行くのを見送った。



4人居た部屋も2人になると心なし広く感じる。俺はスノーが潜ってない方のベッドに腰掛け、話しかける。


「おーい。スノー。」


「……。」

返事はない。


「明日からどうする?」


「……。」

寝たのかな?


「返事しないと襲うぞ。」

枕が飛んできて俺の顔面にクリーンヒットする。どうやら起きてはいるみたいだ。


「これからどうするんだよ?」

俺としてはこの落ち込んだ主人の今後の方針が知りたい。何も分からなければ動きようがないのだ。


「知らない。」

短いが返事が返ってきた。襲う発言がよっぽど聞いたらしい。


「知らないって。学校とか迷宮とかどうすんだよ?」


「行かない。」


「布団の妖精にでもなるのか?」


「……。」


「なぁ、頼むよ。俺にはお前だけが頼りなんだよ。まだ分からない事だっていっぱいあるし、金だって稼がなきゃダメだろ?それとも何か?貯蓄がいっぱいあって俺を養ってくれんのか?」


スノーの紐になるつもりはないが、金が1日でどれくらい必要か、どれくらい稼げるか分からない今の状態では少しの間はお世話になるしかないのだ。



「……ない。」

少しの沈黙の後の短い一言。きっと聞き間違いだろう。


「ん?もう一回頼む。」


「ない!!」

大きな声で言ってくれた。まだだ。まだ分からない。


「何がないのかな?」


「お金。」


ゴーン。鐘つきに打たれたような衝撃が脳を走る。

そして店主が最後に言った言葉が頭を過る。家賃もうすぐだからねー!!家賃もうすぐだからねー!!頭の中をその声がループする。


「無いのは分かったが、家賃は払えるんだよな?」

冷静さを取り戻し聞く。


「……無理。」


ゴーン、ゴーン。再び頭を鐘つきで打たれる。意識は飛びそうだが、頑張って保つしかない。もう最低ラインだが、後何日持つかだけは知っておきたい。


「スノー1人だとして後何日は持つのかな?」

なるべく冷静を装い、優しく言う。


「3日。」


三度目の鐘が俺の頭で鳴り響く。てかこいつどうやって生活するつもりだったんだ?使い魔が当たりだとしても3日で家賃払って生活出来るぐらい稼げるもんなのか?そもそも何でこんなギリギリなんだ?今までどうやって生活してきたんだ?


「何でそんなに金無いんだよ?ってかどうやって生活するつもりだったんだよ?」

少しイライラしていたのか口調が少しキツくなってしまう。


「触媒に全部使った。迷宮で稼ぐ予定だった。」

声色は悲しそうだった。それに完全に俺のせいだった。頭に上っていた熱が下がっていく。きっとスノーは楽しみにしていたのだろう。当たりの使い魔を召喚し、迷宮に潜る事を。それが全部台無しになったのだ。全財産を叩いて召喚されたのが俺なのだから、この失望もしょうがないし、責める権利もない。


「悪かったよ。金の事は俺が何とかするから。」

俺はそう言って部屋から出て行く。


「おぶった時思ったんだけど、スノーは軽すぎるから、ちゃんとご飯食べろよ。」


出る間際に余計な一言を残して。


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