第43話 異変の兆候
小学生の頃は一緒に遊べば即友達だったが、大人はどうなのだろう。
自分で友達になろうと言っておいて、『じゃあ友情を深めるために、蝉取りに行こうか!』と誘うわけにもいかない。
六華は今でも蝉取り名人だと自負しているが、竜宮の陰陽師がそれを喜ぶとはとても思えない。
詰所に戻った六華は、スマホを眺めながら光流のアイコンを眺める。別れ際メッセージアプリのIDを交換したのだ。茶トラ模様の猫をアイコンにしているらしい。
(とりあえずメッセージだけでも送っておこう……『六華です。よろしくね』っと)
そしてスマホをデスクの下のバッグに滑り込ませる。
(っていうか、私、久我大河の私用の番号も知らないんだよね)
もちろん、業務用携帯は全員持たされているので、連絡はいつだってとろうと思えば取れるのだが。
(いやいや、知ってどうするって話だし……!)
本当に隙あらば久我大河のことを考えてしまう自分が恐ろしかった。
キーボードに指を乗せたまま、ゆっくりと深呼吸を繰り返す。
(落ち着け、落ち着け……)
学生のころ――友人たちは誰かに恋をしたり、されたりして、いつも一喜一憂していた。
恋を知らなかった六華はみんなの話を聞くだけだったけれど、なぜ彼女たちはいつも彼の気持ちを考えて、不安になっているのだろうと不思議だった。
恋って楽しいばかりじゃなくて、辛いことばかりなのでは?とまで思っていた。
だが自分が久我大河に出会い、彼に恋をして、今まさにその恋情に振り回されている。
いつも彼が自分のことをどう思っているかと考えてしまうし、彼の一挙手一投足から目が離せない。
思うような反応がなくて、落ち込んでもう離れようと思っても、彼から与えられるたったひとつの言葉や眼差しだけで舞い上がり、傷ついたことなど吹き飛んでしまう。
(恋って自分の心の中のことなのに、こんなに不自由なんだ……)
そこで、
「りっちゃん、そろそろ巡回の時間だよ。行ける?」
隣の席の玲が、パソコンの前で百面相をしている六華に声をかけてきた。
「あ、はいっ!」
六華は作成途中だった報告書を保存し、パソコンをシャットダウンさせると、さっと立ち上がった。
「いけます、大丈夫です」
珊瑚も戻ってきて今の自分は百人力だ。
六華は珊瑚の鞘を手のひらで叩きながら、しっかりとうなずく。
「よし、じゃあ行こうか」
「はいっ」
玲と向き合って、まずお互いの装備の確認をする。これは巡回前の基本行動だ。
しっかりと不備がないことを確認したのち、連れ立って詰所を出る。
向かう先は竜宮のお堀の内側である。
一周約五キロ、ゆっくりと人の足で歩けば一時間程度の距離だ。ちなみに堀の外の外周には信号がないので、ランニングコースとして有名でもあり、毎日多くのランナーを見ることができる。
「少し肌寒くなってきましたね」
三番隊の詰所は
外に出ると冷たい外気が全身を撫でて、ぶるっと体が震えた。
「十一月になったらコートが支給されるよ」
「それは助かりますね。どうなるんだろうって思ってたんですよ」
「りっちゃんは寒がり?」
「ええ……結構な寒がりです」
紅葉するにはまだ早いようだが、もみじの葉は美しい緑色で燃えるようだった。
都会のど真ん中でこれだけの緑はなかなか見ることができない。
樹に見せてあげたいなと思いながら、六華は両手をこすり合わせた。
「手を繋いであっためてあげようか。ほら」
そんな六華を見て、玲はくすっと笑いながら左手を差し出してくる。
優雅な美貌と貴族の身のこなしが相まって実に絵になる。
「玲さんってそういうこと平気でいいますよね、よくないですよ」
お弁当を作ってとか、手を繋ごうとか、相手が自分でなければ百パーセント勘違いしてしまうだろう。
実際彼は、三番隊の事務方の女子だけでなく竜宮の女官たちにもかなり人気があるらしい。
彼が自分の指導役になったとき、周囲の女性たちの目が痛かったことは記憶にも新しかった。
(玲さんは優しいけど、このサービス精神は罪!)
ジト目で玲を見上げると、彼は苦笑して肩をすくめる。
「おかしいなぁ、僕はわりといつも本気でかわいい後輩のことを考えて言ってるんだけど」
「はいはい……行きますよ」
差し出された手をバシッと叩いて、六華は歩くスピードを速める。
春に竜宮警備隊に入隊して半年が過ぎた。あやかしにもなれない『陰の気』を切ることには慣れたが、まだまだ半人前だ。
玲はほんわかふんわりとした物言いだが、剣の腕は確かな尊敬すべき先輩だ。
これからも自分を指導してもらいたい。本気でそう思っている。
「私だって玲さんのこと、これからも先輩として頼りにしてますよ」
「先輩かぁ……それって当て馬ポジションだよね」
玲はくすくすと笑いながら、スピードを速める六華とつかず離れずの距離を開けて、走り始めた。
術式で一時的に足の筋力を強化すれば、百メートルを五秒で走れる。もっと強い術を編めば三秒を切れるらしいが、体への負担が大きいので五秒をキープするのが基本だ。
口では冗談を言い合いつつも、風を切って走る二人の目は周囲を注意深く観察している。
「当て馬ポジって……」
「まぁ、僕はそれはそれでおいしいと思っちゃうけど」
「なんですか、それ」
そもそも彼は貴族だ。詳しくは知らないが名門だと聞いている。縁談など山のように来ているだろう。そんな華やかな男が当て馬ポジションだと言われても、まったくピンと来ない。
六華はあきれながら、ふふっと笑うが――。
視界の端に異変を感じてその場に勢いよく立ち止まったのは、玲と六華、ほぼ同時だった。
二人の顔から笑顔が消える。
「あれは……女官ですか?」
六華は珊瑚の鍔に指を乗せ、対象から目を離さず問いかけた。
「そうだね……確かにあの衣装、竜宮の女官だ」
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