第42話 協力者


「うるさい女だな。少しは静かにできないのか」


 光流はぷいっと視線を逸らす。だが色の白い彼の耳や首筋がうっすらとピンクに染まっている。


(照れてる……かわいいな)


 六華は「ごめんね」と笑いながら、テーブルの上で腕を組み、少しだけ前のめりになってささやいた。


「あまりそういうこと言ってくれる人はいなかったから。本当に嬉しかったんだよ。ありがとう」


 別に誰かに認められたくて竜宮警備隊に入ったわけではない。

 六華の目的はただひとつ、双葉を護ることだ。

 だが他人から投げつけられる思いやりのない言葉や態度は六華を多少は傷つけてきたので、こうやって気遣ってもらえると涙が出そうなくらい嬉しいのだった。


「ふん……」


 光流はくだらないと言わんばかりに鼻をならすと、ふるふると揺れるプリンを口に運ぶ。


「とはいえ、皇太子妃の妹という身分は、お前にとって使える道具だぞ。そこは割り切ったほうがいい」

「うん……そうだね」


 光流のいうことはもっともだ。自分が持っている変なプライドなど双葉の安全よりずっと低い。いざとなれば使えるものは何でも使う気でいたほうがいいだろう。

 それをわざわざ教えてくれる光流はやはり六華にとって『いい人』なのだが、これ以上言うと本気で嫌がられそうなので、ぐっと我慢した。


「それで、なにか話があるんでしょう?」


 六華が皇太子妃の妹かどうか知りたかったとしても、それだけのことでここまで連れては来ないだろう。


「ああ」


 スプーンを持ったまま、光流も六華と同じように前のめりに顔を近づけた。


「これから本題だ。お前に協力を要請したい」

「協力?」


 六華は目をぱちぱちさせる。


「ああ。今僕たちは、大きいものから小さいものまで、ざっと三十ほどの問題を抱えているが、圧倒的に人手が足りないんだ」


 僕たち――というのはもちろん二番隊のことだろう。


「でも私が手伝えることなんてないんじゃないの?」


 六華たちの仕事のメインは警備と外部の敵に対する武力行使なので、隠密行動や裏での暗躍を主にしている二番隊とは似ているようであまり似ていない。


「ある。というか、あの時あの場にいたお前が適任なんだ」

「え?」


 六華が首をかしげると、光流が声を押さえてささやいた。


「十日前のあの事件は、結局竜宮を護る結界の一部が弱まっていたせいという結果で解決した」

「結界が弱まっていたって……そうなんだ?」

「実際そうだった。竜宮全体を総点検して確かに結界のほころびを見つけた。ほころびは結界を編みなおしたことで修復され、また竜宮は完ぺきな結界を維持している。今はその編にもひっかからない、ふわふわとした『陰の気』程度が漂うばかりだ」


 光流は持っていたスプーンを器用に指先で回して見せた。


「だが僕は、結界は定期的にメンテナンスをしているのに、なぜそこだけ弱まったのか気になっている」

「それは……」


 確かに光流の疑問ももっともだ。


「上のやつらは目先の問題を解決したら、それで終わりだ。まぁ確かに仕事は山積みで、鵺が出たくらいでどうこうと騒ぐ僕がおかしいのかもしれないけどな。だがやはり気になる。このまま放っておくのはまずいんじゃないかと思っている」

「――じゃあ私がやることって」

「三番隊は毎日竜宮を巡回するだろう。些細なことでもいいんだ。霊的な力を感じなくても、なにか違和感を覚えたらそれを僕に教えてほしい」

「なるほどね」


 六華はこくりとうなずいた。


「話はわかったけど、それなら上を通して普通に頼めばいいんじゃないの?」


 二番隊の陰陽師が三番隊の剣士に仕事を依頼する。しかるべき手続きをふめば六華だけでなく、三番隊全員で協力できるはずだ。

 だが光流はそれを聞いて肩をすくめた。


「そんなことができるわけないだろ」

「どうして? 私たち、同じ竜宮警備隊じゃない」

「同じじゃないな。少なくともうちの連中の大半はそう思ってる」

「ああ……そうなんだ。三番隊に借りは作りたくないってことね」


 なんとも世知辛いが、やはり二番隊と三番隊には大きな壁が立ちはだかっているようだ。


「そうだ。しかも上司は僕の提案を下げてるからな。これは僕の単独行動だ」


 単独行動――。

 組織に属する以上、単独行動が褒められたことではないことは六華でも百も承知だ。

 だがこの場合、彼のために六華が骨を折るというわけでもない。あくまでも業務の延長線上で、異変を感じたら彼にも伝える、というそれだけのことだ。


「わかった」


 六華はうんうんとうなずいて、それから背筋を伸ばし光流を見つめた後、右手を伸ばした。


「なんだ?」


 差し出された手を見て、光流がきょとんとした顔になる。


「握手だよ。友達になるんだし、これからよろしくね」

「なっ……ともだちっ!?」


 光流の目の縁がぱーっと赤く染まる。


「だって、上を通さないっていうのなら、そうするのが自然でしょ」

「は?」

「友達ならちょっとした仕事の話くらいするでしょ。ということでよろしく」

「あ……なるほど……。そういうことか……びっくりした……」


 ごにょごにょとつぶやいた光流の言葉は六華には聞き取れなかったが、とにかく悪い印象は与えなかったようだ。

 光流もまたまじめに背筋を伸ばし、六華の手をぎゅっと握った。


「竜宮警備隊二番隊所属、光流だ。よろしく」

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