上司の秘密が知りたいです。
第41話 陰陽師
柱に体全体を押し付けられた六華は、青年の顔を見上げる。
手袋をはめた彼の手を振り払おうと思えばできるが、自分を見つめる青年がとても真剣な表情をしているので、それはやめた。
「いいか、手を放すぞ。でかい声を出すなよ?」
青年は六華より十センチほど背が高い。鼻先がくっつきそうなくらい顔を近づけて、六華をにらみつけている。
なんだかよくわからないが、彼の指示に従うという意味を込めて、六華はしっかりとうなずいた。
口元を覆っていた手がゆっくりと離れる。
「はーーーっ……」
大きく深呼吸すると、青年もあきれたようにため息をついた。
「お前な、僕の所属をおいそれと口にするな」
「ああ……そういうことだったのね。うん、ごめんなさい」
六華は素直に頭を下げる。
彼は二番隊所属の
先日、双葉の脅迫騒ぎで皇太子である
「ほら、あの時は顔を隠していたでしょ。だから声を聞いてあなたが誰かわかったから、すごく嬉しくなっちゃって」
六華が自分の顔の前で、ひらひらと手を動かす。
「なにが嬉しくなっちゃってだ。仕事中はあれが正装だ」
青年はぶすっとした顔で言い放つ。
夜の闇よりも深い黒の衣装と、顔を隠して不思議な力を行使する彼らは基本隠密行動で、めったに表に出てこないのだ。
「私、矢野目六華といいます。あなたは?」
「は?」
ニコニコしながら自己紹介する六華を見て、一瞬青年は呆けた顔になった。
「僕に名乗れと?」
「業務上の都合で言いたくないなら言わなくてもいいけど」
同じ竜宮警備隊でも、二番隊のことを六華は何も知らない。顔を隠しているくらいなら名前だって隠したいのかもしれない。
「じゃあ私行くね」
六華は笑ってその場を離れようとしたのだが。
「待て」
唐突に手首をつかまれた。
武芸の心得がある六華は、他人にそんな風に腕をつかませない。だが彼に悪意がないのはわかる。
「どうしたの」
「――だ」
「え?」
「光が流れると書いて
字というのは、成人男子が本名以外にもっている、あだ名のようなものである。ただその制度は数百年前に途絶えたと聞いていたが、彼が陰陽師という性質上、本名を他人に知られるわけにはいかないので字を教えてくれたのだろう。
「光流。綺麗な名前ね。教えてくれてありがとう」
金色の髪に灰色の目。染めているのかどうかはわからないが、彼に似合いの字だと思った。
「おい、六華と言ったな。ちょっと付き合え」
「へ?」
「僕の字を教えてやったんだ。僕もお前に聞きたいことがある」
「えっ……」
「行くぞ」
光流はふんっと鼻を鳴らした後、いきなりスタスタと歩き始めた。
(なんて強引な……っていうか、二番隊ってこういうものなのかな……)
竜宮警備隊に身分の差はないはずだが、二番隊は警備隊に任じられる前から竜宮にお仕えしていた陰陽師の集団だ。
自然と偉そうになるものなのかもしれない。
六華はそう自分を納得させながら、仕方なく彼のあとをついて行った。
「――意外!」
「おい、でかい声を出すな!」
光流が顔を真っ赤にしながら乱暴にスプーンを口に運んだ。
ここは同じビルにある職員食堂だ。ちょうど時間は一時過ぎ。昼のピークを越えて人の入りはそこそこだった。
光流と六華は五百人ほどある席の割と端のほうを選んで、ふたりで向かい合って座る。
二人の間には大きないちごパフェとプリンアラモードがひとつずつ並んでいた。
六華はお昼休みにすでにお弁当を食べている。
なのでこれはすべて光流の分なのだが、遠目から見たらふたりで食べているように見えなくもない。
「それがごはんがわりなの?」
「昼は出先で適当に済ませた。これは食後のデザート」
パクパクとスプーンを口に運ぶ光流は相当な甘党らしい。
「そういえば、うちの事務員さんたちが食堂のデザートがやたらレベルが高いって言ってたわ」
「マジでうまい。職員はタダみたいな値段だし」
「ふぅん……」
六華はテーブルの上に肘をつき、両手で自分の顔をささえて、光流を眺める。
シンプルな黒いスーツ姿で、顔は美少女。その中身は竜宮きってのエリート部隊の陰陽師であるはずの彼が、怒涛の勢いでパフェを食べている。
(見た目のギャップがすごいな……)
いちごパフェを食べ終わると、ようやく人心地ついたようだ。
空の容器を端に追いやってプリンアラモードを手元に引き寄せると、ようやく顔をあげて正面から六華を見つめた。
「お前、皇太子妃の妹らしいな」
「うん、そうだよ」
さてはまたコネ枠だのなんだのと言われるのだろうか。
一瞬身構える六華だが、光流の言葉は違った。
「周囲の期待。ねたみそねみ、いろいろきついだろ。よくやってるな」
「えっ」
まさかのねぎらいの言葉に、六華は思わず背筋が伸びる。ぽかんと口を開けてしまった。
「えっ、ってなんだよ。僕が前回お前に対してどうこういったのは、あくまでも仕事上でのことだぞ」
光流が怪訝そうな顔になる。
「光流~! あなた、すごくいい子だね!」
テーブルがなかったら抱きついていたかもしれない。
六華は両手で口元を覆って、大げさに喜んだ。
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