第40話 再会
その日も三番隊詰所は、朝から交代の準備をするものや訓練をする隊士で活気に満ちていた。
「隊長、交代までご指導いただけますか」
「ああ、付き合おう」
大河がほかの隊士と連れ立って出ていく姿を、六華は自分のデスクから、ちらりと横目で追いかける。
久我大河は腰に『
(あれは私が彼に初めて会った時に下げていたものと同じ……だよね)
正式な任命を受ける前に剣を持っていたことは謎だが、三番隊の隊長という特殊な立場ゆえに、こっそりと事前に貸与されていたのかもしれない。
六華が刀から異変を感じて問いかけたとき、慌てていたのはそのせいなのだろうか。
ほんの数秒、そうやって久我大河を目で追いかけてしまった六華だったが、
「ずいぶんな熱視線だな。お前も来るか?」
その視線を敏感に感じ取ったらしい大河が振り返って、椅子から転げ落ちそうになった。
「い、いえ、ご指導賜りたいのはやまやまですが、こっちの仕事が溜まっていますので、すみません……」
六華はしどろもどろになりながら、彼に背中を向けてパソコンに向き合った。
(口説くって言ったのはあっちなのに、私のほうがよっぽど意識してるわ……)
六華は必死で表情筋をひきしめながら、キーボードの上で指を滑らせる。
実際あれから、六華は具体的には『口説かれて』はいない。
デートどころか食事にも誘われていないし、そもそもふたりきりになったことは一度もない。
なにしろ久我大河は忙しい。定時で帰れる日などなく、空いた時間は道場でああやって、鍛錬に明け暮れているのだ。
口説かれたら困るくせに、やはり口説かれてみたいと思ってしまう自分が情けないが、心の中で考えることくらいは、許してほしい。そう思う六華である。
(でもまぁ、うまくやってるみたいでよかった)
六華は安心して、いつもの通り、山積みの報告書に向き合うことにした。
当初はあまりの愛想のなさでどうなることかと思われていた久我大河だが、その剣の腕は確かで、隊士たちからは一定の評価を得るようになっていた。
(自分は人の上に立てるような人間じゃないなんて言ってたけど……そんなことないよね)
三番隊が武力を重んじる場所というのもいいのかもしれない。
強くなければ信用できない。誰も背中をあずけようとはならないのが三番隊だ。
これが陰陽師の集団である二番隊ならまた話は違っただろう。
彼を隊長に推薦したのは山尾だ。つかみどころがない人だが、やはり適材適所がわかっている頼もしい上司だと六華は再認識していた。
書類の大半を処理したところで、パソコンにぴろん、とメールが届く。総務部からの『
竜の刀鍛冶が鍛えたという不思議な武器でも、定期的なメンテナンスは必要だ。
この一週間、別の武器を腰に下げていた六華だが、やはり最初に与えられた珊瑚ほど、馴染む剣はない。
「玲さん、珊瑚が戻ってきたみたいです。引き取りに行ってきますね」
「うん、行ってらっしゃい」
同じように書類仕事をこなしている、隣の席の玲に断って六華は席を立つ。
広大な竜宮内の敷地は大きくふたつに分かれていて、竜宮内にはお住居である御所、行事を行う宮殿とは別に、かつては『
詰め所を出て、事務方の棟へと向かう。
竜宮庁の一階エントランスは竜宮職員でごったがえしていた。
六華はエレベーターに乗って三階にある総務部へと足を踏み入れ声をあげる。
「こんにちはー! 三番隊の矢野目です!」
L字型になっているカウンターに手をついて声をかけると、制服姿の女性事務員が立ち上がって近づいてきた。
「お疲れ様です、矢野目さん。こちらで少々お待ちくださいね」
事務員はくるりと踵をかえすと、事務所の奥のドアの奥へと吸い込まれていき、それから長いアタッシュケースを持って戻ってきた。
「認証をお願いします」
アタッシュケースの上には尊い竜の紋章が描かれている。
六華は言われた通り、その紋章の上に手のひらをかざした。
六華の右手が青い光に包まれる。
おそらく静脈認証のようなものなのだろう。数秒後、カチッと音がして、アタッシュケースが自動で開く。
ケースの中には六華の愛刀が収められていた。
「ああ、珊瑚が帰ってきた~!」
たった一週間でも、相棒が離れているのは寂しいものだ。
六華は愛刀を両手で手に取って、胸に抱くと事務員に深々と頭を下げる。
「ありがとうございました!」
六華は腰のホルダーに珊瑚を通す。
ほかの武器ではやはりしっくりこないものだ。
そのままくるりときびすを返したのだが――。
ドスン!
正面から壁のようなものにぶつかって、あやうく倒れそうになった。
「うわっ!」
青年の悲鳴があがり、目の前で淡い金色の髪がゆれる。
「あぶないっ!」
六華はとっさに腕を伸ばして術式を展開し、青年の腰を片腕で支え抱き寄せた。
「大丈夫?」
男女逆なら恋が始まったかもしれないが、支えたのは六華である。
青年は二十歳そこそこのようだ。髪は金色でさらさらしている。長いまつ毛に囲まれた猫のような目は、グレーだった。
(わー、きれいな子! 陶器でできたお人形さんみたい!)
六華が感心していると、
「大丈夫ってお前……そっちが前を見ないからっ!」
腕に抱かれたままの青年は、六華の肩を突き飛ばして距離をとるとシャーッと子猫のように威嚇した。
「あ、ごめんなさい……!」
六華は慌てて頭を下げつつ謝罪の言葉を口にしたのだが、同時に気になることがあった。
「あれ、あなたどこかで……」
六華は首をかしげ、唐突に思い出した。
「あ、そうだ、あなた、二番たい――もがっ」
「おい黙れっ!」
青年は慌てたように六華の口元を手のひらで覆うと、そのまま背後に回ってずるずると六華を引っ張って歩きだした。細身ながら意外にも力があってあっという間に柱の影に連れ込まれる。
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