第37話 柔らかいココロ


 あまり冷たいものは飲まないほうがいいだろう。備蓄用のミネラルウォーターをコップに注いで大河に差し出す。

 大河は不服そうにそれを受け取り口をつけた。

 六華はベッドの下のフローリングに座ってじっと大河を見上げる。


「そういえば、猫舌の子供ってご両親に愛されて育った子が多いって聞きますよ」

「は?」


 なにを言ってるのかと、大河がきょとんとした顔になる。


「小さいころ、やけどしないようにふーふーして食べさせられてるからだって。でも二人目からはそうでもなくなるんだって。だからうちもお姉ちゃんはすごく猫舌なんですけど、私は全然平気なんです。ちなみに子供のころの写真もお姉ちゃんに比べて少なめです」

「――」

「久我さんって、一人っ子? それとも兄弟が――」

「黙れっ!」


 六華の他愛もない問いかけを、大河の強い口調が声が遮った。

 ベッドルームに緊張が走る。それはほんの一瞬の出来事だった。

 大河がしまったという表情をして唇を開きかけたところで、六華が口を開く。


「ごめんなさい、私本当におしゃべりで。ゆっくり食べたいですよね」


 六華はあはは、と笑って立ち上がる。


「キッチンそのままなので、あっちに行ってます。食べ終わったらそのままにしておいてください」


 ぺこっと頭を下げて、ベッドルームを出て行った。




(うーん、失敗した……)


 六華は台所を片付けながらはぁ、とため息をつく。


 六華自身、姉の双葉が皇太子妃になったことや、シングルマザーであることを他人にどうこう言われたくないと常日心思っているのに、親しい友人でもない久我大河に、兄弟がどうのとプライバシーを侵害するようなことを聞いてしまった。


 久我大河の身内のことを知りたかったわけではない。なんとなく話の流れで口にしただけだ。だから余計質が悪いと、自分の軽率さがいやになる。

 そもそも今日は、病人の見舞いに来たはずではなかったのか。

 好きな男にうっとおしがられて、不愉快な思いをさせてしまった。


「はぁ……」


 自分のせいだとわかっているがもうため息しか出ない。


 緊張すると無口になる人と饒舌になる人がいるが、六華は後者だった。

 小さい時からずっとこうだ。立ち止まって考えることが難しい。

 まず体が動き、思ったことを口に出す。

 六華が剣の道に進んだのは、もちろん父が道場主だというのもあるが、もう少し落ち着いた思慮深い性格になれるのではないかという、周囲の勧めもあってのことだった。

 ちなみに六華は剣を持って以降、思慮深さとはさらに縁遠くなったのは言うまでもないが。


(久我さんがおかゆ食べ終わったら、それを片付けて帰ろう)





 それから十分ほどして、大河がお盆をもってキッチンへとやってきた。


「置いててよかったのに」


 六華は慌ててお盆を受け取る。

 土鍋の中はきれいに空っぽだった。


「食べられてよかったです」


 大河が完食してくれているのが嬉しくて、ついにっこりしてしまう。

 大河は無言でなにか言いたそうにしているが、六華は気が付かない。


「そうそう、おかゆって病人食の代名詞みたいに言われていますけど、消化にいいってわけじゃないらしいですね。でも梅が消化を助けてくれるんですって。ちゃんと理にかなってるのすごいですよね……って、あっ」


 またどうでもいいことをぺらぺらとしゃべってしまった。

 六華はしゅんと、落ち込んでしまったのだが、


「――お前は、すごいな」


 大河がぽつりとつぶやいた。


「え?」


 すごいとはいったいなんのことだ。

 空気の読めなさがすごいということなのだろうか。

 六華はびっくりして大河を無言で見上げることしかできない。


「俺みたいな扱いづらい男でも、そうやって笑ってくれるんだな」

「扱いづらいって……そんなこと」


 ようやく彼がなにを言っているのかわかった。

 六華が大河に対して、過分な気遣いをしているように思ったらしい。


 どこか自嘲するように笑って、大河はくしゃりと前髪をかきあげる。


「俺は短気だし……。すぐに場の空気を悪くする。本来、人の上に立つタイプの人間じゃないんだ」


 ああ、まただ。


 六華は唇をかみしめる。


 プライドが高いくせに、己の心の柔らかいところを簡単にさらけ出してしまう大河の素直さが、まっすぐに六華の胸に刺さるのだ。

 本人はきっとそんなつもりはないのだろうけれど。


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