第34話 まさかの提案


「君は久我君の指示に従っただけだろう。命令違反のほうが問題だよ」

「――でも」

「それともなにかい。君が残ってぬえが倒せたとでも?」


 山尾の声色は変わらない。

 だが変化がないからこそ言葉の内容がぐさりと六華の胸に刺さる。


「っ……」


 倒せますと即答できなかった時点で答えは出ているのだろう。

 自分が職務ではなく感傷めいたことを口にしたのだと理解してうつむくしかない。


「すみません」

「いいよ」


 山尾はふふっと笑って足を組む。


「で、君はひとりで『陰の気』を打ち払い、殿下たちを迎えに来た二番隊と合流した後、フロアに戻った」


 二番隊の隊士に殿下たちを置いて行ったことを責められたりもしたが、結局殿下がかばってくれたので、報告書には書いていない。二番隊としても蒸し返されたくない事実だろう。


「はい。もう三番隊の皆がいました。隊長がひとりで……その、鵺を倒したって玲さんから聞いて」


 玲はひとりで鵺を倒した隊長を、冗談めかしてはいたが『怖い』と称していた。たまたま口にしたのが玲で、それはあの場にいた誰もが感じた恐怖だったのかもしれない。


「うん、そうだね」


 山尾がぺらりと書類の束をめくりながらうなずく。

 それから十秒ほど、無言の時が流れた。


「――皆の報告と相違はないね。じゃあこれで上に申請しよう。ありがとう六華君。もう戻っていいよ」


 実にあっさりと報告は終わってしまった。


「はい」


 六華は軽く頭を下げながら執務室のドアへと向かう。


(これで終わり……?)


 胸の中にもやもやした感情が広がる。

 本当にこれでいいのだろうか。

 あの時感じた違和感を、口に出したところで答えをもらえるわけではないことはわかっている。なにより自分は入隊半年の下っ端だ。


(でも……)


 でも、もしこれからも同じことが起こったら?


 自分はまたなにもできないままなのだろうか。

 六華はドアノブをつかんだ手を放すと、相変わらずデスクで書類の束に目を落としている山尾を振り返った。


「あの、山尾先生。ひとつお伺いしたいことがあります」

「なにかな?」


 彼は目線を上げなかった。

 山尾はいつもきちんと顔を見て話す、そういう人だ。

 六華の顔を見ないということは、わざとそうしているということになる。

 本心では質問を受けるつもりはないということだ。


(それでも……)


 脳裏に久我大河の姿が浮かぶ。

 誰も太刀打ちできなさそうなあやかしを倒したはずなのに、それを誇るわけでもなく、なにかにおびえて『大したことじゃないんだ』と繰り返していた、久我大河。

 本当に大したことじゃないのなら、そんな風に言い聞かせる必要はないだろう。

 彼は強い。自分よりずっと強い。けれど孤独だ。そしてそれでいいと本人は思っている。


(いいわけない。彼は一緒に戦う仲間なんだから、これから先は、彼をひとりになんかしたくない!)


 六華はぐっと唇をかみしめた後、まっすぐに山尾を見据えた。


「久我隊長は、武器を持っていませんでした。三番隊の誰も見ていないそうです。どうやってひとりで鵺を倒したんでしょうか」

「――」

「最初は隊長が暗器を持っているんだと思っていました。だけど暗器ではあれは倒せない。竜人が鍛えた武器でないと無理でしょう」


 相手は対戦車の防護壁を破壊できるあやかしである。普通の武器では傷一つつけられるとは思えない。


「好奇心だけで聞いてるわけじゃありません。これから先、隊長の戦い方を知らないままでやっていけるのか、連携もありますし、知っておくべきだと思うんです」


 六華は言いたいことを言って、ふうっと息を吐いた。

 山尾は軽くためいきをついて、書類をデスクの上に置く。


「六華君。君の疑問は当然だと思うよ」

「山尾先生は久我隊長の戦い方をご存じなんですよね」

「もちろん。彼を三番隊隊長に推薦したのは私だからね」


 山尾は身を乗り出すようにしてデスクに肘をつき、口元で指をくむ。


「ただ、私がそれを説明するのは違うと思うんだ」

「というと?」

「本人に聞きなさい」

「はい?」


 まさかの六華は目を丸くする。


(いや、本人に聞けって……それはそうかもしれないけど~!!)


 それができたら六華だってこれほどいつまでもうじうじ悩んでいない。だが山尾は名案と言わんばかりに表情を明るくして、


「ちょっと待ってね……」


 デスクの上の書類の山に手を突っ込む。バサバサと紙類を落としながら一枚のメモ用紙を引っ張り出した。


「これ、久我君の住所」

「――?」

「体調を崩しているんだ。今日と明日、二日間の休みを与えてる。ついでに様子も見てきてほしい。彼、自分の体調に対していい加減なところがあるから心配なんだよ」

「なっ……えっ……ええっ!?」

「頼んだよ、六華君」


 山尾は人のいい笑顔のまま、メモを差し出され茫然と立ち尽くす六華を見上げたのだった。

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