第33話 報告
どんな顔をして大河と会ったらいいのだろうか。
翌朝、少し緊張していたらしい六華は珍しくいつもより早く目が覚めた。
五つもかけている目覚まし時計より先に目を覚ました六華を見て、樹も悟朗もひどく驚いていたのはここだけの話だ。
だがドキドキして出席した朝礼に大河の姿はなかった。
代わりに玲が今日の日勤の隊士たちに昨晩の引継ぎをして、朝礼はあっけなく終了してしまった。
(個人的に報告に行ってるのかな?)
実際、三番隊隊長ともなれば完全にオフレコの報告もあるだろう。
とはいえ自分たち下っ端には書類での報告の義務がある。昨晩の事故処理で詰所の事務方はてんやわんやだったので、とりあえず六華も報告書作成にまわることにした。
「昨日は大変だったよね~」
玲が隣の席で写真データを処理しながらつぶやく。
「玲さんはあれからすぐに帰れました?」
自分と大河はフロアを離れたが、玲はあの場で検証に付き合ったはずだ。
「かろうじてその日のうちにはね。はい、飴ちゃんあげる」
玲は引き出しを開けてキャンディをわしづかみすると、六華のデスクの上にばらばらとのせた。
「いただきます」
六華はキャンディの包みを開けて口の中に放り込む。甘酸っぱいイチゴの味がした。
「玲さんって意外に甘いもの好きですよね」
口の中でころころ転がしながら問いかける。
「うん。糖分が一番疲労に効くんだ」
「でももっと食べたほうがいいですよ、お肉とか」
みんなとの付き合いで食事の席を囲むことは何度もあるが、玲はあまり食事に手を付けない。ダイエット中の女子のように少食なのだ。一日三回の食事に、ちょいちょいとおやつまで挟んでいる自分からしたら、それで生きていけるのかと不思議で仕方ない。
「うーん、僕、一日一食がせいぜいなんだよね」
「お菓子食べてるからですよ。知ってますよ、デスクの引き出しがお菓子でいっぱいなの」
「えー、そういうこと言う? 食べないなら返してもらおうかな」
デスクの上のキャンディを取り返そうと手を伸ばしてきたので、
「いやいや、これは私がもらったものなので!」
慌ててその手を押し返して、キャンディを玲の手が届ない場所へと動かした。
「ふふっ……冗談だって」
玲はくすっと笑って、キーボードを叩き始める。
「でもまぁ、りっちゃんがヘルシーであんまり重くないけど栄養重視のお弁当のひとつでも作ってくれたら、食べる気になるかも~」
「玲さんなんですかその具体的なお弁当内容……冗談はやめてくださいね」
突然の同僚からのおかしな提案に六華は頬を赤くしたり青くしたりしながら、口の中に入れていたキャンディをがりがりとかみ砕く。
「冗談じゃないよ。そうしてくれたら本当に嬉しいなって僕の個人的希望」
玲はふふっと笑って、さらりと優雅に前髪をかきあげる。
柔らかそうな茶色の髪と同じ色の目をした玲は、貴族の次男坊と聞いたことがある。
しかも人当たりもよく誰にでも親切なので、当然竜宮勤めの女子職員にモテモテなのだ。
(そんなことしたら女子職員に責められちゃう……!!!)
六華はぷるぷると首を振って、またパソコンへと意識を集中させた。
それから午後、しばらくして和服姿の山尾が詰所に姿を現した。
相変わらずのおっとりした学者風だが、隙がない。六華の父、悟朗の兄弟子なのだが、本当に不思議な男だ。
「六華君、ちょっといいかな」
「はいっ」
六華は立ち上がって山尾と一緒に彼の執務室へと向かった。
「ちょうど今、先生に昨日の報告書を送ったところです」
「ああ、報告書ね。ご苦労様。確認しておくよ」
ほぼ半日をかけて作成した報告書だが、さらりとしたものである。
ふと、大河が『どうせ非公開になる』と自嘲したようにつぶやいていたことを思い出して複雑な気持ちになった。
(まぁ、お役所仕事といえばそうなのかもしれないけど……)
足を踏み入れた山尾の執務室は、昨日よりさらに本が積みあがっている気がする。
「昨日の今日でまた本が増えているような」
周囲を見回しながらおそるおそるそう口にすると、山尾はニコニコと笑ってうなずいた。
「そうだねぇ。ちょっとあれから調べ物をしていてね。はは。図書館の職員にそろそろ怒られそうだよ」
竜宮には巨大な図書館があり職員は誰でも使うことができる。
山尾の口調からして、返却期限を過ぎている本も多そうだ。
「よかったら片付けのお手伝いをしましょうか」
大変に決まっているのに、思わずそんな提案をしてしまっていた。
実際このままでは今に立つ場所もなくなってしまいそうだ。
「おお、それは助かる。ぜひ頼むよ!」
山尾はそれを聞いてパッと笑顔になる。そして椅子に腰を下ろしデスクの上で両手を祈るように組み、正面に立つ六華を見上げた。
「さて、昨日のことだけど。だいたいは久我君から報告を受けているけどね。君が見て感じたことも聞いておきたいんだ。いいかな」
「はい、もちろんです」
六華は背筋をぴんと伸ばしうなずいた。
「
「はい」
「久我君がひとりでホールに残ったのは事実なんだね」
「……はい」
昨晩の血まみれの大河を思い出し、六華の眉がしゅん、と下がる。
「あの後、思ったんです。防護壁は機能を停止してはいなかったけど、時間の問題でした。だから本当は私が残るべきだったって。珊瑚を持っていたし……すみませんでした」
状況判断のミスで命は簡単に消えてしまう。
大河が無事だったからいいものの、彼を失うようなことがあったら六華は一生自分を許せなかっただろう。
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