第14話 謎の美女

 がらんどうの一階とは違い、二階には所狭しと色とりどりのドレスや靴が飾られている。

 部屋の真ん中には品のいい応接セットがあり、膝の上にノートパソコンを置いて美女が座っていた。


(うわー! すっごい美人だ!!)


 六華は大河の後ろから彼女の姿を発見し、挨拶も忘れて息をのんだ。


 恐ろしく小さな顔に黒目がちの大きな目。黒髪のボブに、ばっちりのマスカラと赤いアイライナー、オーバーぎみに塗った赤いリップは少し派手だが、蠱惑的な美女である彼女によく似あっている。

 身長は170近くあるだろう。濃紺の、銀の刺繍が入った中華風の衣装には腰の下から深いスリットが入っており、すらりと長い足が見えた。細いだけではなく適度に引き締まっており、そこにさらに高いヒールのパンプスを履きこなしている姿勢は、非の打ち所がないくらい美しい。


(久我大河の友達に、こんな美女が……)


 胸の奥がざわざわする。

 六華は思わず手のひらで心臓の上のあたりを押さえてしまった。


「いったいなにがあったの?」


 ソファから立ち上がった彼女は、カツカツとフローリングの床を鳴らしながら近づいてくる。同時に大輪の薔薇のような香りが漂ってきて、その女っぷりに六華は気後れしそうになった。

 だが美女に大河は眉一つ動かさず、


「飛鳥。お前に頼みがある」


 背後でぼーっと飛鳥に見とれている六華を肩越しに振り返る。


「あら、びっくり! 女の子が一緒だわ。これは楽しい予感がするわぁ♪」


 飛鳥は珍しいものを見たと言わんばかりに目を丸くして、六華を見つめる。


「はっ……初めまして、矢野目六華と申します!」


 そこでようやく六華は我に返り、深々と頭を下げた。


「今晩、宮中の晩さん会に行く。そのための衣装を見繕ってほしい」

「あらっ。それって、もしかしてデートなの?」


 飛鳥が弾んだ声で尋ねると、大河が眉間のしわを深くした。


「晩さん会だと言っただろう。任務だ」


 そして大河は体の前で腕を組み、きっぱりと言い放つと


「じゃああとは頼んだぞ」


 くるりと背を向ける。


「えっ!」


 立ち去ろうとする大河を見て、六華は驚いた。


「どこに行かれるんですか?」

「仕事が残っている。片付けたら迎えに来るから、それまで飛鳥に『まともな女』にしてもらえ」

「うっ……」


『まともな女』という単語がぐさりと六華の胸に刺さる。だが仕方ない。久我大河にとって自分は女ゴリラでしかないのだ。


「わかりました……」


 しぶしぶ六華がうなずくと、大河は「あとは任せた」と飛鳥に声をかけ、そのままスタスタと階下へと降りて行った。

 ばたんとドアが閉まる音がする。


(美女とふたりきりにされてしまった……)


 大河にドレスを選びに行くと言われたとき、ほんの少しだけ一緒に選んでくれるのだろうかと、思ったのだ。


(なのにあっさり置いて行かれるし……)


 だがこれは仕事だ。残念に思う自分が間違っている。


「なによ、まともな女って失礼しちゃうわね! 自分だって気が利かないし、頑固で石頭の朴念仁(ぼくねんじん)のくせにーっ!」


 なぜか飛鳥が怒っていた。

 だが自分に関しての評価は間違ってはいないと思う。

 六華は軽く息を吐き、気持ちを切り替える。顔を引き締め飛鳥の顔を見上げた。


「突然押しかけてすみませんでした。久我隊長の言われたように、任務として宮中の晩さん会に参加する予定です。一般客を装う必要があるので、私にドレスを選んでいただきたいのですが」

「まぁ、やれといえばやるけど……」


 飛鳥は頬に美しく整えられた指先をあて、首をかしげた。

 ふさふさのまつげの奥の瞳に見つめられ、六華の体に少しだけ緊張が走る。


(値踏みされている……?)


 今は隊服を着ているが、常にすっぴん、Tシャツにデニムという六華だ。

 おしゃれで洗練された美女に見つめられれば、当然緊張してしまう。


「すみません、その……難しいとは思うのですが、とにかく晩さん会で久我隊長に迷惑をかけない程度にしていただければ」


 宮中の晩さん会など人生で一度も参加したことはない。双葉が入内にゅうだいするときだって、儀式は竜宮の奥深くで行われ一般の夫婦のように結婚式も披露宴もなかったのだ。

 六華の言葉を聞いて、飛鳥はニマッと笑顔になった。


「難しいなんて、そんなことないわ。いいわよ。あたしがあなたのこと、うんと綺麗にしてあげる」

「えっ」


 飛鳥の言葉に六華は目を丸くした。


「いえ、うんと綺麗とか、無理なものは無理かと思うので……! 普通に……普通にしていただければ十分なので!」


 慌てて顔をぶんぶんを横に振ると、飛鳥が憤慨したように「なにを言ってるの」と唇を尖らせた。


「あなたは宝石の原石よ。大河から頼まれなくたって、磨いてみたいと思うわ」

「原石って……」


 身の丈に合わない誉め言葉に、少し恥ずかしくなった。

 宝石の原石というのは、双葉のような女性のことを言うのだ。

 控えめで決してでしゃばることはなかったけれど、数多くの女性の中から、尊い竜の皇太子の目に留まった。

 子を宿した今は、輝かんばかりの美しさだと世間では噂されている。そんな姉が六華は誇らしい。

 だが自分は違う。雑だし、おおざっぱだし、刺繍をしたり本を読んだりするよりも、剣をふるっているほうがずっと好きだ。宝石ではない。せいぜい河原の石ころだ。


「そんな言葉、私にはふさわしくないです」


 六華は恐縮してしまった。

 だが六華の言葉を聞いて、飛鳥はふふんと笑いながら、六華の顔を覗き込んできた。


「じゃあさ。大河のびっくり顔は、見てみたくない?」

「隊長のびっくり顔……?」


 まさかの提案に、六華は目をぱちぱちさせる。

 いきなり壁の上から現れて、彼を下敷きにしたときは驚かれたが――。

 飛鳥が言いたいのはもちろんそういうことではないのだろう。

『まともな女にしてもらえ』と言った時の、久我大河の顔を思い出す。

 あれは六華がそうはなれないと思っての発言だったに違いない。


(む……なんかむかつくな……)


 仕事は仕事だとわかっているが、それとは別に腹が立ってきた。


「そうですね……そういわれると、なんだかぎゃふんと言わせたくなってきました……」


 思わず本音が口を突いて出る。

 それを聞いて、飛鳥はあははと、ほがらかな声で笑うと、ぱちんと指を鳴らしウインクをする。


「そうこなくっちゃ。きれいになれない女の子なんていないわよ」


 それは実に魅力的な言葉だった。


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