第13話 向かった先は
彼が歩くとき同様、滑るような滑らかさでがは進んでいく。
六華は免許を持たないが、この乗り心地の良さが、『高級スポーツカーだから』だけとは思わなかった。やはり大河の運転がうまいのだろう。
(お父さんの運転はガックンガックンしてるしね……)
酔いやすい樹などは、悟朗の運転だとあからさまにいやそうな顔をするのだ。
車に乗って五分ほど、じいっと窓の外の景色を眺めたりしたが、そのうち、しんと静まり返った車内の空気に耐えられなくなった。
あまりにも距離が近すぎて、大河の緩やかな呼吸の気配まで意識してしまうのだ。
これならまだなにか話していたほうが気がまぎれる。
六華は勇気を振り絞って口を開いた。
「えっと……デパートにでも行くんですか?」
これまで友人の結婚式はすべてスーツで参加してきた。六華としては当然の問いかけのつもりだった。
「晩さん会のドレスだ。量産品というわけにはいかないだろう」
「量産品じゃダメって、えっ?」
「手っ取り早いのは和装だが……」
信号が赤になって、大河はちらりと六華に視線を向ける。
「お前、独身か?」
大河の問いかけに胸の真ん中あたりがギクリと痛くなった。
(ええまぁ、子持ちですけど独身ですよ……)
心の中で大きく答えながら、それでも自分が独身なのは本当だ。こくりとうなずいた。
「となると振袖がいいんだろうが、いかんせん動きが鈍る。それでは本末転倒だ」
大河は忌々しそうに口にした。
「それは……そうですね。振袖では、とても珊瑚をうまく扱える気がしませんし……」
珊瑚をどう携帯するかはとりあえずおいておいて、体にフィットし、防刃効果のある生地でできている隊服が一番動きやすいに決まっている。
「肩と、あと腰まわりは自由なほうがいいです」
遊びにいくわけではない。仕事のしやすさを重視したい。
六華ははっきりと口にした。
「ではやはり洋装だな」
大河はハンドルを指で軽く、とんとんと叩いた後、「知り合いの店に行く」と口にした。
「知り合い?」
「学生時代の知り合いが、そういう店をやってる」
「ああ、お友達のお店なんですね」
内心、『久我大河にもお友達がいるんだ!』と失礼なことを考えた六華だが、さすがに口にしなかった。六華も学習している。
「ちょっと面倒くさいやつなんだが……ほかに今すぐ晩さん会に行くドレスを選べるあてもないしな」
面倒くさいというのはどういう意味だろう。
じっと大河の横顔を見つめる。
だが彼は、どう説明したものかと迷っているようで、結局、「行けばわかる」と言われうなずいた。
「でも、知り合いの方に選んでもらえるなら安心です。私、自分のセンスにまったく自信がないので」
姉の双葉はいつも上品でセンスのいい装いをしていたが、六華はだめだ。おしゃれにも全く興味がない。肌触りと着心地で洋服を選んでいる。学生のころから、自分がいいと思ったら、それと同じものを何枚も買って着まわしている生活を送っているくらいだ。
すると大河は前を向いたまま、ふっと表情を緩める。
「センスに自信がないって……そんな堂々ということか?」
その一瞬――。
大河の眉間のしわが、ほんの一瞬だけ浅くなった気がした。
(これは……笑われてるんじゃなくて、笑ってる……んだよね?)
彼からの信頼は底辺だと思っているので、たったそれだけのことでも嬉しくなる。
「夏はTシャツにデニム、冬はセーターにデニムです」
さらに続けて言うと、今度は唇がかすかにほころんだ。
「目に浮かぶな、いや、合理的でいいと思う」
(笑った……勘違いじゃなかった)
六華の胸がほんわかとあたたかくなる。
ああ、困った。
彼の些細な変化に、六華の目の奥が熱くなる。
この六年間、思い出さないようにしていたのに心がざわめく。
笑顔を見ると、もっと笑ってほしいと思ってしまう。
どうしようもなく惹かれてしまう。
やはりこの男は、六華にとって魅力的に過ぎるのだ。
だが――あの時のように六華は心のままにふるまうことはできない。
女である前に自分は樹にとって、たったひとりの母親である。
それに自分のために幼いころからたくさんの犠牲を払っていた姉、双葉のことを、絶対に守らなければならない。
(久我大河はなにも覚えていないんだから……)
いや、仮に覚えていたり、昔のことを思い出したとしても同じだ。
六華はなにもなかったという態度を貫くしかない。
竜宮を出て十分ほどで目的の地に到着したようだ。
「――着いたぞ」
「はいっ」
大河の声に六華は急いでシートベルトを外し車を降りた。
周囲を見回すと、ハイブランドのジュエリーショップや、キラキラしたショーウィンドウに美しい服が飾られている店がずらっと並んでいる。どうやら竜宮の隣の区の、高級店が並ぶ通りに来たらしい。
「こっちだ」
大河の先導で一軒の店へと向かう。
その店には看板もなく、ショーウィンドウもなく、ただ一枚のドアの奥に、小さなカウンターがあるだけだ。しかもそのカウンターにすら人がいない。
「誰もいませんね……」
「ドアは開いてたから、いるとは思うんだが」
大河はそう言って、六畳ほどのフロアの奥にあるらせん階段をのぼっていった。その後ろを六華も着いていく。
すると突然、
「あらーっ、珍しい! 大河じゃないっ! もしかしてあたしに会いに来てくれたの? 珍しいこともあるもんだわ!」
頭上から、少し色っぽい雰囲気のハスキーな女性の声が響いて聞こえた。
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