第13話るるかと恐竜の子ども

「名前? 誰の?」

「今からるるかが育てる恐竜の名前」

 なるほど。名前をつけた恐竜を育てるゲームなんだな。私はちょっと考えて、「チト」と入力した。

 名前を入力すると、かわいらしいイラストのひよこだか恐竜だかよくわからない動物が画面のこちら側を見て、「にゃー」と鳴いた。

「なんで猫?」

「そこはランダム。プレイヤーにとっては意味のない言葉だよ。それから、プレイヤーの名前、つまり親であるるるかの名前を入れるんだ。ここは、自分の名前を入れるのをおすすめするよ」

 ヨヨの言葉に従い、私はプレイヤー名を「るるか」と入力した。

 画面のなかで「チト」が、〈るるか!〉と喋った。喋ったといっても、画面にテキストが表示されただけだ。

「昔、こういう育成ゲームが流行ったらしいよ。三十年前? いや、半世紀前かな? まあ、私たちが生まれる前だな。その手のゲームのシステムを大体踏襲してる。恐竜の子どもは一定の期間で大人に成長する。その間、親である「るるか」が行動の指針を出すんだ。勉強させたり、運動させたり、友達と遊ばせたり」

「へー。恐竜の子どもも勉強したりするんだね」

 その後も私は、ヨヨの助言を聞きながらゲームをすすめた。とはいえ、ゲーム中に明確な目的や障害はないらしく、どういう選択をしても最後まで遊べるようだ。ゲームとしてはどうなのだろう、それは。

 10分ほどで、「チト」は大人の恐竜になった。でもそれは、マンモスとも恐竜ともいえないデフォルメされた謎の動物だ。そしてマンモスは人の集落を襲い(どういう時代設定なんだろうか)、人を食べながら、「るるか、おいしー」と言った。

「え? この食べられてる人、私なの?」

「そんなわけないだろ。「チト」は「るるか」の言葉の意味がわかってないんだよ」

「ええ? なにそれ? バッドエンドってこと?」

「『教育』っていうコミュニケーションなんてそんなもんだよ、っていう作品。種明かしすると、どんな遊び方しても最終的にプレイヤーの名前の意味とか文脈を理解できてないメッセージが表示される」

「なんだそりゃ」私は少し呆れた。画面にはまだ「るるか、おいしー」という「チト」の言葉と、本当においしそうに人を咀嚼している「チト」の姿が表示されている。「でもなんか、かわいいね、このマンモスチト」

「うん。それに楽しそうだろ。コミュニケーションってさ、それくらいでいいと思うんだよ、私は」

 私たちは箱から出た。

「ここにある作品、みんなこんな感じなの?」

「大体はそうだな。言語を使わないコミュニケーションの作品か、言語のコミュニケーションを否定する作品。存在しない架空の腕で握手とかじゃんけんをする奴とか、自分が言葉のつかえない怪獣になって、次に来た鑑賞者と対話する作品とか、そういうの。絵画もおおむねそういうモチーフだよ」

 私はヨヨの説明を聞きながらも、さっきの「チト」のことを考えていた。

 私は半年ほど前にみた首のもげたカマキリの〈イメージ〉をなぜか思い出していた。

「るるか……?」

 ヨヨが怪訝そうに私の名を呼んだ。

「なに? ヨヨ」

「なに、って。ねえ、大丈夫? るるか、泣いてるよ?」

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