4日目・《エレクトリック・ツインファング》

 この世界には魔法という技術がある。


 空気中や物質中に溢れる魔法エネルギー的な奴を、集めたり引き出したりして、熱エネルギーや運動エネルギーに変換したり、逆に魔法エネルギーに戻したり、特定の物質を抽出したりする、まあいわゆるだ。

 理屈はよくわからないけど、この世界に暮らす人は、使える人なら自然に使えるものらしい。


 火や風を起こしたり、地面を動かしたり、空気中の水分を集めたり、それを凍らせたり、雷を起こしたり、身体能力を向上させたり、光らせたり暗くしたり。


 そういう便利な技術があるが故に、科学技術は元の世界ほど発達していない。

 というか、というルートを辿っていない印象がある。


 機械弓や銃砲、爆発物、内燃機関、真空ポンプだの油圧重機だの、パルプ紙だのガラス製品だのコンクリートだの、個別の技術はあるし、売店の商品などを見ても、工業化・規格化も進んではいる。


 ただ、虫食いの様に抜けた技術、分野が存在するのだ。

 なんとなくだけど、僕のように異世界から来た人が、完成された異文化をポンと放り込んだような印象。


 その先人達が、抜けている分野の知識を持たなかったのか、それとも、その分野の知識が不要と判断されて根付かなかったのかは知らないけれど。


か。100年以上前に玩具としての登録はあったようだが、武器に使用した例は無い。よくそんなマイナーな物を知っていたな?」

「地元では義務教育の範囲内だったんですよ」


 最初は化学電池でも作ろうかと思ったんだけど、確か亜鉛と銅を……と考えた所で、亜鉛なんか売ってるの見たことないことに気が付いた。牡蠣とかウナギに含まれるんだっけ?

 あと何か硫酸みたいなやつ使うんでしょ。無理でしょ。


 ということで、磁石を使った発電機を作ることにした。

 磁石はギルドの売店で普通に売ってるので。


 鋼線では微妙に効率が悪いので、なけなしの銅貨(※借金)を潰して銅線を作り、良い感じにあれこれすることで、ついに完成したのがこれだ。


「僕の最高傑作、《エレクトリック・ツインファング》です!」


 双剣のように構えた鰐口クリップを電極とし、腰につけた手回し発電機から流れる電流で相手を攻撃する。

 噛み付かせた相手の体内に電流を流すことで、肉を変質させたり、心臓にショックを与えたりして、死に至らしめる(ことが出来たらいいなぁ)という最新鋭の武器だ。


近距離用変質型機械系電気式……になるのか? 打撃型刺突型でなくて良いんだな?」

「はい、それで問題ないです」


 だって殴ったり突いたりがメインの攻撃手段になったら、既存の武器の特許侵害なんでしょ。


 わかってる、わかってる。

 《炎のナイフ》が《ナイフ》でも《炎の杖》でもないのは、炎と刃物の両方が十分なダメージソースになっているからだ。


 《エレクトリック・ツインファング》は手回し発電機であるがゆえに、その発電による攻撃力は、

 わかってる、わかってる。


  こんなもんでゴブリン殺せるわけないでしょ。もうこれ今日の試験は失敗だよ。


 僕は深呼吸をして、精神を統一した。


「ヤマモトさんの武器はいつも面白いですウサ」


 ウサ耳受付嬢の人が自分で鰐口クリップに触れて、自分で発電機を手回ししていた。


「ピリッとするウサ! 不思議ウサ!」


 髪が静電気で膨らみ、いつもよりほわほわになっていた。


「ほう。私も試していいだろうか……確かにピリッとするな」


 特許庁の人も興味深そうに《エレクトリック・ツインファング》を弄っている。


 そのピリッとする奴で、今からゴブリン殺さなきゃなんないんで、そろそろ離れてもらっていいですかね。


 複雑な機構は、苦労の割に結果が伴わないって、《ドリル鞭》で学んだはずなのになぁ。

 思い付いたらやりたくなるんだもんなぁ。


 別に奴隷もアリかもな、って思ってから、完全に気が抜けちゃってるんだよなぁ……。


「それでは、ゴブリンを放つウサ!」


 受付嬢の人の声と共にゴブリン控室の扉が開き、中から牙と爪を抜かれた、いつものゴブリンが飛び出してきた。


「ゴフゴフゥ!!」


 試験用のゴブリンって毎回普通に殺されるから、こんなに何度も試験に使われるゴブリンは稀だそうだ。


 僕のお陰で寿命が延びて良かったな。


 こんな状態で、こんな立場で生き永らえさせられて、良かったのか悪かったのか知らないけど。


「行くぞっ、まずは右腕、セット!」

「ゴフッ!?」

「続いて左腕、セットォ!!」

「ゴフゴッ!」


 腕を挟めるサイズの鰐口クリップに挟まれたら、そりゃもう普通に痛い。

 でも、命には関わらない程度の痛みだ。

 命に関わるレベルの強度になると、《ツインアリゲーター》の特許に抵触するからね。


「そして、発電ッ!!」


 右手のクリップも左手で束ねて持ち、空いた右手で腰につけた手回し発電機を、全力で回すッ!!


「ゴッ……ゴッフフゴフゴフゴ………?」


 ぐっ……なんかピリピリする………? くらいのリアクション!!


 知ってた。


 ゴブリンはそのまま僕に飛び掛かろうとするが、両腕を固定した巨大鰐口クリップがそう簡単に外れると思うなよ。

 最初の痛みで、武器である棒を取り落とした以上、後は純粋にリーチの差が物を言う。ゴブリンの蹴りは僕には届かない。


 この棒を拾って殴ったら普通に勝てると思うんだけど、《棍棒》の特許使用料が払えないんだよなぁ。



 それからしばらく僕は発電機のハンドルを回し続けたのだけれど、血が止まって色が変わり始めたゴブリンを見た特許庁の人の指示により、今回の試験の失敗が告げられた。


 ゴブリンには、万が一にもこの戦いの傷が元で死んだりしないよう、後から回復魔法がかけられたらしい。

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