3日目・《殺人トンボ》

「はぁー――……ぁ」


 突っ伏。


 正直ね。


 わりと細かい作業を重ね、苦労して作った《ドリル鞭》が、あっさり敗れたことはショックだった。


 屑鉄から丈夫な鋼線を何本も作り、うろ覚えのフレキシブルシャフト構造を試行錯誤で再現して、ドリルが回転する機構まで完成した時は、ちょっと感動したよ。

 僕って天才じゃない? って。


 でも、武器の実用性は、つぎ込んだ技術や労力に、比例しない。


 当然だ。努力は必ずしも報われない。


 それくらい、知っている。


 何日もかけて練り込んだ企画書が3秒で没にされたり、逆に3秒で考えた糞ツイートが何ヶ月も拡散され続けたり。


「この世界は……いや、三千世界は全てクソだッ……!!」


 試験後そのまま流れ込んだ冒険者ギルド併設の酒場で、1杯銅貨5枚(※借金)の水割りを舐めながら、僕は新武器の企画書作りを進めていた。


 条件は、持ち運びやすい、取り回しが楽、長柄か飛び道具……そして何より、構造が、シンプル。


 ざっくりと仕様案が決まり、後は特許庁の人に確認する段階まで書式がまとまった所で、


「相席よろしいウサ?」


 不意に、覚えのある声がかけられた。


 覚えのあるも何も、この世界で僕の知り合いと呼べる人なんて、2人しかいないんだけど。


 ウサギ耳の受付嬢の人だ。


「あれ、受付嬢さん。お仕事中じゃないんです?」

「私は早番だから、早朝から今くらいまでの勤務ウサ」


 言われてみれば、ギルドの制服っぽいピシっとしたスーツからラフな私服に着替えているし、ほわほわの癖っ毛も大雑把に括られている。

 すれ違う冒険者の人から軽く挨拶されていたりもするし、ここの常連なんだろう。


 受付嬢の人は給仕さんにキャロット何とかいうカクテルと野菜スティックを頼み(ウサギっぽい!)、2人掛けテーブルの向かいに座った。



 受付嬢の人は受付嬢ゆえに、話が上手い。


 話題は普段の仕事のことから、変わった冒険者の話、特許庁の人共通の知り合いの話、今日のギルド登録試験で使った《ドリル鞭》の話と、流れるように移り変わり、そのどれもで、それなりに盛り上がった。


 お互い酒杯は4杯目くらい(僕の2杯目からは奢ってもらった)で、酔いも回っている。


「ヤマモトさん、ギルド登録できなかったら犯罪奴隷落ちするって本当ウサ?」


 だから、わりと突っ込んだ話題も出てくる。


「そうなんですよ。気付いたら無一文でこの街にいて、それが衛兵屯所の真ん前で、そしたらそのまま不法入市で捕まって」

「えぇぇ……奴隷直行便ウサ……」


 本当それ。


 こんなの、初見での回避は無理。

 それこそ、常日頃から命の危機に侵されているエージェントか、常日頃から異世界召喚のシミュレーションをしているタイプのオタクでもないと、この即死トラップは躱せないでしょ。


 誰の仕業なの? 神様? 僕に何か天罰恨みでもあるの?

 それとも、初めての土地では右も左もわかるまいと、親切心で衛兵屯所交番の前に送ってくれたの? 裏目!!


「自由にお酒を飲めるのも、下手したらあと3日だけなんです」


 衛兵さんに聞いた話では、犯罪奴隷に人権はないらしい。


 百歩譲って殺人犯や放火魔から人権を剥奪するのは、世界観的にありなのかも知れないけど、たかだか不法侵入で?

 と聞き返したら、どうも法的には、不法入市とは即ちスパイ行為……極論、。そこらのシリアルキラーやパイロマニアとは比にならない数の人を殺すことになるらしい。


 へこんでいる僕に、受付嬢の人は笑って言った。


「そしたら私が買ってあげるウサ」


 何て?


「犯罪奴隷は、大体金貨1枚から買えるウサ。金貨1枚で人間1人買えるなんてお得ウサ!」

「いや、色々突っ込みたいんですけど……犯罪奴隷ですよ? そんなの個人で買えるものなんです?」

「普通の犯罪奴隷なんて凶暴だったり乱暴だったりで、一般家庭での保有はまず無理ウサ。でも、ヤマモトさんなら人柄もわかってるから安心ウサ」


 どうも、受付嬢の人はわりと本気で言っているらしい。


 確かに、食事と寝床の世話だけすれば良い奴隷は、下手に人を雇うよりも安上がりだし、一番の問題である初期投資も犯罪奴隷なら金貨1枚ワンコイン。お得だ。


「……もしもの時は、お願いします。いえ、あと3日で試験も通ってみせますけどね?」

「あはは、それはそれでギルド的には嬉しいウサ」


 別れ際に「期待してるウサ」なんて言われたけれど、どっちに対する期待なんですかね。

 ……邪推が過ぎるかなぁ。




 翌日、冒険者ギルド地下の試験場にて。


「見てください。これが俺の最高傑作、《殺人トンボ》です!!」


 僕が開発した最新武器《殺人トンボ》とは、長柄の先に横長の板がついた、グラウンド整備用のいわゆるに、5枚刃のカミソリを付けた物だ。


 刃と刃の間の感覚は計算し尽されており、剃り心地と深剃りの両立を実現している。


 剃られた相手は死ぬ。


「まさかこの時代に、新たな近距離用刺突型物理系人力式武器が発明されるとは……。刃を重ねて傷の治りを阻害する複刃の切断武器は少なくないが、足元狙いと削ぎ落としに特化した物は無かった。盲点だな」


 この世界には魔法があるため、グラウンドの整備は地属性の魔法で行い、トンボのような道具は存在しないらしい。

 カミソリも魔法が苦手な種族が使うくらいで、T字カミソリ等は発明すらされていない。

 偶然に似たような形になった物は過去にもあったようだけど、設計思想が異なるため、その内実は大きく異なる。


 これぞまさに現代知識無双。


「だが、これは……」


 特許庁の人がまだ何か言っているが、僕の《殺人トンボ》は血に飢えているんだよ。


 受付嬢の人に合図を送ると「行きますウサ!」との返事と共に奥の扉が開き、ゴブリンが開始位置に着いた。


 速攻で、決める。


「喰らえぇぇぇっ!!」


 僕は武器を構え、雄叫びを上げ走る!


 背の低いゴブリンは、自分より低い位置からの攻撃に慣れていない!

 地面を擦りながら砂煙を上げる《殺人トンボ》は目眩ましも兼ね、ゴブリンの警戒は僕が両手に抱える長柄の部分にのみ注がれる!


 全力で迫る僕、そしてその先の5枚刃を、


「ゴフゴッ」


 ゴブリンは余裕を持って避けた。


「地面を均すのに勢いが削がれ、簡単に避けられるのは問題だな。相手が植物系の魔物ならば効果的だろうが、まあ、ゴブリンではな」


 何度か突進を躱され、体力的にも厳しくなって来た所に、ゴブリンが横から回り込むように襲い掛かってきた。


 僕は慌てて結界の外へ逃げ出した。

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