1日目・《鎖鎌オブナインテイル》

「【5寸19cm以内の柄から、9本の10尺3m以上の鎖が伸び、それぞれその先に9挺の刃渡り5寸以内の鎌が繋がっている武器】……申請書の通りだな」


 異世界転移した僕に執行猶予付き犯罪奴隷落ちの裁定が下され、何やかんやで冒険者を目指すことになった翌日、どうにかこうにか、特許登録の隙間を抜けて作り上げた武器。


 それが、この。


「《鎖鎌オブナインテイル》、僕の最高傑作です」


 要は、一本の持ち手から鎖鎌が9挺伸びているというだけの武器。


 しかし、数は力だ。距離も力だ。


 剣の届かない距離から、鎌が9挺も飛んで来たらどうなる? 死ぬ。


「区分は中距離用切断型物理系人力式、射程距離以外は極めてスタンダード……よくこんな区分の武器が、未だに発明されていなかったな」


 僕の地元では鎖鎌なんかイロモノ扱いだったと思うけど、特許庁の人が言う通り、この《鎖鎌オブナインテイル》はこの世界の分類だとスタンダードな部類になる。

 やっていることは「刃物を手で持って切る」だけだ。


 ちなみに、大体同じ要件で、鎖鎌の数が2~8挺のバリエーションは既出だった。

 同じことを考えた奴が、王国300年の歴史で7人いたわけだな。


 それで、と特許庁のおじさんは思案気にこちらを伺う。


「この申請書だが、名前に要件、その他の記載に特に問題はない。問題は無いが……」

「なんです」

「特許使用料の欄だが、この“金貨0枚”というのは間違いないか?」

「無いです」


 申請書類に特許使用料の欄があるのだが、記入欄には「金貨  枚」となっていた。

 こんな糞武器を金貨を払って使う物好きもいるまいし、振込先口座や住所の登録も(そもそも口座も住所も持ってないので)面倒臭い。フリー素材でいいよ、こんなの。


 ちなみに、国が特許を持つ武器の特許使用料は、金貨10枚で統一されている。

 慣例なのか何なのか、大抵の武器の特許使用料は金貨10枚以上だ。

 過去の登録武器をざっと流し見た所、それより安い武器もあるにはあるが、いずれにせよ僕の手持ちでは届かない。


 更に付け加えるに、この国では特許権は相続可能な財産という扱いであり、有効期限などは存在しない。

 結局僕のような文無しは、自分で武器を開発する他に手がないのだ。


「では先に告げていた通り、冒険者ギルドの登録試験をもって、《鎖鎌オブナインテイル》の実地試験運用とする。特許認定員として私も試験に同行しよう」

「宜しくお願いします」


 僕は特許庁のおじさんについて、冒険者ギルド地下の試験場へ向かった。





 試験場は地階の中でも奥まった場所にある。

 12畳程の教室の土壁の部屋に、ドアが2つと、机が1つ。床には結界の白線で囲まれた枠。


「……ぜえっ、ぜえっ……新規登録希望のトンスケ・ヤマモトです。宜しくお願いしま……すっ……」

「うわぁ。あの、もう既にフラフラみたいですけど、大丈夫ですウサ……?」


 試験官は昨日の内に登録試験の予約をお願いした、ウサ耳受付嬢の人だった。

 若干顔が引き攣っているようだが、こちらも引き攣っているので御相子だ。


 一般的な成人男性は、3メートルの鉄鎖9本に鎌9挺を担いで歩くと、息が切れるものだよ。



 どうにか試験開始位置につき、担いでいた武器を落とすと、ガシャン、とズシン、が一緒になったような音が響いた。

 ここからは僕の本気のスピードを見せてやるぜ、って気分だね。

 まあ、これ振り回して戦わなきゃなんないんだけど。


「それでは、試験用ゴブリンを入場させますウサ」


 受付嬢の人が天井から伸びた紐を引くと、僕達が入ってきたのと反対側にある鉄の扉が開き、中から、灰色の小柄な人影が転がり出て、べしゃりと地面に倒れた。

 手にした棒をついて起き上った姿は、幼児よりは少し大きい程の背丈に、ボロボロの腰巻。尖った耳と、老いた猿のような顔付き。


「ゴフゥ、フゴフゴフゥ!!」


 全ての牙、全ての爪を抜かれていながら、それでも魔物の本能で人間を――僕を殺そうと身構えるゴブリン。

 殺気立った視線は、試験場の枠線の中に立つ僕だけを捕えていた。


「っ……!」


 命の危険はないはずなのに、それでも生まれて初めて向けられた強い殺気に、思わず一歩後ずさる。


 相手は、確実に、こちらを殺す気だ。


 ……僕に、生き物を殺せるだろうか?


「いや……そのための鎖武器だ」


 直接の手応えがなく、一度振り下ろせば途中で止めることのできない鎖武器や連接武器は、殺す覚悟を持たない者が持つ殺傷武器に最適だ、と、思う。


 ただの棒しか持たないゴブリンより、攻撃範囲はこちらの方が広い。

 先手必勝だ。


 僕は左手でどうにか鉄の柄を支え、地面に垂らした9本の鎖から1本を手繰り――


「おいトンスケ、殺傷行為において1挺しか鎌を使わないのであれば、《鎖鎌》の特許に抵触するぞ」


 ――特許庁の人に制止された。


「へ?」

「当たり前だろうが。直接戦闘に関わらない要素はと見做される。即ち、これでは《鎖鎌オブナインテイル》の実地運用試験にはならないし、《鎖鎌》を使った戦闘を行うのであれば、特許使用料金貨10枚を支払う必要があるぞ」


 嘘だろ。


 いや、でもそんなこと言ってた気もするぞ。


 じゃあ何、このクッソ重い鎖9本をぶん回して、地味に重い鎌9挺をぶつけなきゃなんないの?


 無理でしょ。

 万に一つ、普通に振り回せたとしても、絶対これ自損事故起こすでしょ。


「ゴッファァァッ!!」

「うわぁっ!!?」


 困惑している僕の隙をついて棒で殴りかかってくるゴブリン!


 ガシャン、と9本無理やり持ち上げた鎖で受け止め、ゴブリンが自分の勢いで転んだ隙にそのまま結界の外へ逃げ出した。

 僕は地面にへたり込み、未だに煩く鳴り続ける心臓を抑えながら、《鎖鎌オブナインテイル》を回収する。


 受付嬢の人は結界の外を回ってこちらに駆け寄って来る。


「残念ですが、本日の冒険者登録試験の結果は不合格ですウサ。また挑戦してくださいウサ」


 受付嬢の人はそう言って首を横に振った。

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