0日目・執行猶予七日間

 最初は、簡単なことだと思っていた。

 何せこっちにはがある。


「これならどうです? 火薬の爆発を利用して、細い筒から礫を射出する携帯武器なんですけど」


 技術は無くても、発想さえあれば劣化品程度は再現できる、と。


「ちょっと待て……遠距離用……射出型……化学系……火薬式……」


 冒険者ギルド駐在の特許庁役人が、文机ふづくえ程の鏡板に表示された印をポン、ポンと叩いてゆくと――マジか。火縄銃のような代物の設計図が表示された。


「あー、《ガン》だな。既に登録されている。派生も多い」


 火縄銃だけではない。短銃、長銃、機関銃、銃口の数や長さ、弾倉の形状、銃身に剣や鎚や鞭や栓抜きやがついたもの、そんなふざけたバリエーションが、無数に並んでいる。

 再現が難しいから最後の手段だと思ったのに……銃すらも駄目なのか。



 ハローワークからの帰り道。

 突然地面に浮かび上がった魔法陣に飛び乗ったことで僕、山本トンスケはこの世界に召喚された。

 何だかいう大きな街の、衛兵屯所の目の前にだ。


 この世界の現地住民からすれば、何の前触れもなく街中に人間が現れたことになる。

 すぐさま駆け付けた衛兵さんに身分証の提示を求められ、駄目元で見せた運転免許証は何の効力も示さず、僕は不法入市の罪で拘束された。

 その場で告げられた刑罰は、犯罪奴隷落ち。


 何だその初見殺しトラップ。


 とはいえ、初犯ということもあって、執行猶予が明日から5日間、その間に公的な身分証明書を入手すれば、晴れて解放となるとのこと。

 この世界での保証人も身元引受人も、金も資格も持たない僕が、その短期間で入手可能な唯一の身分証明書が、いわゆる「冒険者ギルド登録証」だった。


 大体の業務内容に戦闘行為が関わる冒険者ギルドの本登録には、最低限の戦闘能力が求められる。

 最低限の戦闘能力とは、最弱の魔物・ゴブリンを殺傷できる武器の所持か、徒手戦闘の技術か、魔法を使う能力。


 ということなんだけど。


「あんた、もう諦めろ。完全新機軸武器の開発なんて、素人が簡単にできるもんじゃない。そこの武器屋で既存の武器を買ったらどうだ?」

「買えたら買ってますよ! 本体価格銀貨2枚・特許使用料金貨10枚の《ナイフ》でも、本体価格銀貨5枚・特許使用料金貨10枚の《ショートソード》でも!」


 そりゃ、武器が必要だっていうなら、武器くらい買おうと思ったよ?


 でも、今の僕の所持金は、衛兵さんに借りた生活費の銀貨3枚だけ。

 その内の1枚はギルドの登録料、1枚は食費に必要だから、実質使える金額は銀貨1枚。

 何かを売って召喚当時、ハロワ帰りの僕の所持品はポケットに入れた財布と紙切れハローワークカードだけ。

 借金しようにも身分証が必要だし、はっきり言って、ほぼほぼ詰んでいる。


 何故か。


 この、特許使用料とかいう奴のせいだ。



 この国は建国者が天才的発明家だったとかで、開発者の権利が極めて強固に守られている――ということになっている。

 登録された発明品の販売時には、必ず特許権者が定めた特許使用料が加算され、本体価格に上乗せされt金額で販売されることになる。

 先程のナイフで言えば、ギルド付属の武器屋にある安物の鉄製ナイフが銀貨2枚約2000円、そこに《ナイフ》特許使用料が金貨10枚約10万円

 《ナイフ》の発明者って誰だよ、と思ったら、これが(書類上は)初代国王ということになっているのだ。この特許法が制定された時に、とりあえず既存の商品を思い付く限り登録したんだろうね。ふざけんなよ。


 一応、生活必需品等であれば消費者側の免除申請も可能(この制度を利用して購入された場合、販売店からの間接支払も免除される)なんだけど、武器は生活必需品のカテゴリに含まれないので、金貨10枚なら10枚がそのままかかる。


 これを避けるためには、完全にオリジナルの製品を開発するしかないんだけど、これが思っていた以上に難しかった。



 まず、この国での特許と言うのは、もの、として登録される。


 例えば、《ナイフ》はこの国だと【刃渡り5寸19cm以下の刃物に持ち手がついた武器】として登録されている。


 【刃渡り5寸超】であれば《ナイフ》には当たらず、《ショートソード》になる。

 【刃物】でなければ《ロッド》、「持ち手」がなければ《手裏剣》と、細かな改変も可能だ。



 追加要素というのは、【炎の属性が付与された】とかそういう奴で、これは《炎のナイフ》として登録されている。

 ただ、武器の場合は戦闘(殺戮)が主要な用途となるので、その追加要素が直接、戦闘に関わっていないといけないことになる。

 例えば「振ると音のなる剣」は剣で殺すのであって、音で殺すわけでは無いから、新しい武器とは認められない。

 「炎を纏ったナイフ」なら炎と刃物で殺すので、《ナイフ》とは別物として認定されるわけだ。



 まあ、今挙げた全てに武器カテゴリとして名前がついてることからもわかる通り、簡単に思い付く改変や追加要素は大体全て網羅されてるんだけど。



「クロスボウや連弩は勿論、多節棍は節の数まで、鎖分銅は分銅の形まで、バグナウも棘付ショルダーもヨーヨーもコマもパイルバンカーも含み針も蛇腹剣も、頭につけるハンマーも、各種動物の形の武器も全部駄目! どういう網羅性だよ!!」

「王国300年の歴史の重みだな」


 特許庁役人が渋い声で答えた。


 どう考えても、割に合わない特許使用料を払わずに済む抜け道を、300年間王国民が探し続けた結果の惨状だろう。

 しばらく目を細めて睨み続けていると、根負けしたように目線を逸らした。


「まあ、あれだ。机上で悩んでいるより、実際に手を動かして形にした方が良い」


 そう言って、逸らされた目線の先を指さす。


「冒険者ギルドでは鍛冶場や木工工房のレンタルと、クズ素材の無料提供をやっている。仮登録だけで利用できるから、とりあえず何か作ってみろ」


 それが、5日間に渡る、絶望との戦いの幕開けだった。

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