屑鉄生産工房 ~武器特許権に縛られた異世界でオリジナル武器を作る~
ポンデ林 順三郎
2日目・《ドリル鞭》
全ての牙を抜かれ、爪を剥がれ、棒切れを持たされた魔物が、それでも僕を殺そうと唸り声を上げている。
僕の腰まで程の背丈に、老いた猿の様な顔、尖った耳、灰色の肌。
最弱の魔物、ゴブリンだ。
「さて、トンスケ。ルールの確認は不要だな?」
僕とゴブリンを囲う白線の外側、僕の背後から、渋い声がかけられる。
エリートにして働き者の、イケメンおじさんだ。
「不要です。ま、特許庁さんはそこで、僕の最高傑作の実力を見ててくださいよ」
振り返りもせずにそう告げて、僕は両手に抱えたそれを構え直した。
「昨日の元最高傑作よりはマシなんだろうな」
「フッ、期待してください。こいつはテクノロジーの結晶ですからね」
昨日の失敗作と違い、ずっしりとしながらも
まあ正直、あれは完成直後に失敗作だって、心の底ではわかってたよね。はぁーあ。
右手に持った手回しハンドルから伸びたケーブルは、足元で軽くとぐろを巻いて左手へ伸び、螺旋状の溝が刻まれた細身の円錐――ドリルに繋がっている。
ケーブルは専用に調整された鋼線を右向き、左向きの交互に巻くことで、一方から与えた回転をそのまま他方へ伝えるフレキシブルシャフト状に編まれている。
手元のハンドルを回すことでケーブルの先のドリルが回転する、
「うぅ……あんなへんてこな武器で、本当にゴブリンに勝てるウサ?」
ゴブリンの背後側からそう呟くのは、ウサギ耳の生えた受付嬢の人だ。
聞こえてますよ。この試験場、狭いんだから。
まあいい、新しい物が大衆に受け入れられるには、いつだって時間がかかるものだ。
「その名も《ドリル鞭》!! 喰らい
叫び声に反応し、ゴブリンは一瞬怯えるように身構えた。
すぐさま僕はゴブリンに駆け寄る!
「セット!!」
相手の心臓手前にドリルを据えて、
「アンド、アウェイ!!!」
そのまま数歩飛び退った!
ここでうっかり鞭を振るい、ドリルを叩きつけて攻撃すると《
「ゴ、フゴフゥ?」
一瞬の行動にゴブリンが困惑している間に、素早く手元のハンドルを回す!!
キリキリ、と音を立ててドリルが回転し、ゴブリンの胸を貫通――
「ゴフゥ!!」
――する前に、ゴブリンはドリルを地面に叩き付けた。
知ってた。
「くそっ、バネ状の鋼線で相手に固定する必要があるか? しかしそうなると、ドリルを回す前に、貧弱なゴブリンの胸板なんて貫通する……それじゃあ《
「おい! 逃げろ、トンスケ!!」
「っ、危ない!!」
武器の改良に気を取られている間に、ゴブリンは目の前まで接近していた。
相手は歯抜けで棒切れしか持っていない雑魚だが、それでも棒で殴られたら普通に痛いし、当たり所によっては死ぬまである。
「くっ、セー……ッフ!!」
「ゴフゥッ……!」
間一髪、魔物避けの結界石で引かれた白線の外側へ転がり込んだ僕は、棒を振りかざしたままこちらを睨み付けるゴブリンを横目に、《ドリル鞭》を引っ張って回収した。
受付嬢の人はぽわぽわと、長い耳や癖っ毛を揺らしながら、結界の外を大周りにこちらに駆け寄って来る。
「残念でしたウサ……本日の冒険者登録試験の結果は不合格ですウさ。また挑戦してくださいウサ」
最初から期待されていなかった割に、受付嬢の人は眉を八の字に下げ、心底残念そうな声音でそう言った。
この人は何も、僕や《ドリル鞭》を馬鹿にしているわけではない。
単純に、冒険者ギルド受付嬢の経験則で、「こいつは無理そうだなぁ」と思ったから心の声が漏れてしまうだけなのだろう。
僕の境遇に同情してくれてはいるし、だからこそ、ギルド規定上では「週に一度以上」の実施で構わない登録試験に、わざわざ連日付き合ってくれている。めっちゃ良い人だ。
語尾につくウサウサいうのも、単なる方言だ。
関西人ではコンビニでも役所でも関西弁で接客するのと同様、ウサギ獣人の人はウサギ弁で接客するのは、この世界の常識らしい。
「《ドリル鞭》、只今の実地試験運用をもって、武器特許登録を正式に完了した。これで王国の歴史にトンスケ、お前の名がまた一つ刻まれた」
特許庁の人。シュッとした立ち姿に渋い声、王国風の文官服に身を包んだイケメンおじさんも、ただ座ってるだけで固定給の貰える冒険者ギルド駐在公務員なのに、僕に付き合ってくれる。
めっちゃ良い人だ。
単に、毎日ほとんど仕事がなくてすごい暇だから、という可能性もあるけれど。
「それで、どうする。これから《ドリル鞭》を改良するのか?」
「いや、駄目です。この武器をそのまま進化させたって、ゴブリンには勝てません」
「うぅん、まず無理ですウサ」
自覚はしてるけど受付嬢の人、その相槌要らないよ。
「これからまた案出しして、新しい武器の開発ですね」
アイデアを出して、登録書式をまとめ、今日中にざっと形にして、明日の朝一で仕上げだ。
まだ全然何も思い付いてないけど、まぁ、何とかなるだろう。
「ギルド登録の再試験は、また明日の同じ時間で良いですウサ?」
「ではその時に新規武器特許登録の実地試験も同時に執り行おう」
「ありがとうございます。お手数ですが、また宜しくお願いします」
仕事だから、と軽く応じる二人に再度頭を下げ、まずはギルド付属の酒場に向かう。
いくつか考えた物を特許庁の人に確認してもらい、問題なければ実際に鍛冶場で形にしてみる。
こんなもんは、酒でも入れた方がまだ、幾らか案も浮かぼうと言う物だ。
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