聖なる夜に彼女と見た、赤い流れ星。
あの『Pine』騒動から翌日、GEN含め『霊魂絶滅祈祷隊』のメンバーは全員、謎の死を遂げたことがニュースで語られた。
一人は入浴中に湯船にみずから顔を沈めて溺死、一人は水道水を浴びるほど飲んで中毒死、一人は買い込んだタバコを一気に呑み込んで窒息死、一人は運転中に突然発火した車のなかで焼死、一人は神社の賽銭箱に何度も何度も頭を打ち付けて失血死した。
そしてGENは、War Tubeで突然生配信を始め、死ぬまでの一部始終を撮っていた。彼はなにか見えないものに操られるようにみずからの腹に包丁を刺しながら、
「霊は実在する」
「この世の未解決事件の大半はすべて霊の仕業だ」
「お前たちの大事な家族友人、あるいはお前たち自身も、いつか霊によって殺されるかもしれない」
「次はお前たちの番だ。殺される前に、霊を抹殺するすべをお前たち自身で見つけろ」
「さもなくば、いずれ人類は霊によって支配される」
などと途切れ途切れに話し、やがてその命を果てた。
『Pine』事件は全国各地の霊障による不審死で多くの犠牲者を出し、新手のテロ事件として多くの人に言いしれない恐怖を与えた。しかし、同時にネット上では、GENの生放送の発言や『Pine』はたびたび笑いのネタにされた。
一部の人間は、霊の存在などまるで信じていないかのように、『霊魂絶滅祈祷隊』を「頭のおかしくなった人たち」として扱い、一過性のブームとして消費され、
そうして、事件の幕は閉じられた。
しかし残念ながら、霊は実在する。
現に、私は幼い頃からそれらを見てきて、それらに何度も人生を狂わされ、救われた。それの良し悪しはともかく、いまの私は幽霊という存在がなくては存在していないようなものだったように思う。
私の霊への復讐は予定とは少しだけ違う形に終わり、心霊調査ももうやる必要がなくなった。それでも、街のいたるところに存在する霊がいまでも変わらず視えてしまうのは変わらない。
それでもいい。いまの私には
トモコと友達になった後のこととか、霊の視えない人たちとどう過ごしていくかとか、まだ問題は残っている。それでも、短い間に私が経験した一連のことと比べれば、割とどうにでもなりそうな気が気がした。
そんな感じで冬休みに入り、ついにクリスマスを迎えた。
肌寒さを感じて目を覚ます。
狭いベッドの上で、隣には裸の肩を晒した令が嬉しそうな顔で寝息を立てていた。こちら側へ寝転んで強調される胸元に目がいって目線をそらす。
彼女の裸を見るのは初めてではなかった。前に一緒にお風呂に入った時にはもう見たことがあったし(直視はしてなかったけど)、恋人同士になってから触れられるようになって何度も見た。
しかし、自分でも望んでいたこととはいえ、まさかあそこまで貪欲に求め合うようになるとは思ってなかった。令は特にそういうことに積極的で、私もそれを受け入れて、結局寝不足のまま朝を迎えることもあった。
彼女はそういうことがやたら上手かったうえ、自分が満足するまでなかなか寝させてくれなかった。面倒くさいのは自分だけだと思っていたが、いまの彼女は自分のそれより圧倒的に上だった。それでも、私はどうにもチョロいらしく、そのことについてまんざらでもなかったりする。
つまりは、令と肉体関係を結んだ。肉体のない幽霊と肉体の関係を結ぶというのも少し妙なところだけど、実際そうなのだから仕方ない。
起き抜けで、やけに目が冴えている。このまま寝転んでいても、簡単には寝付けそうもない気がした。
私は寝てる令を避けながら掛け布団のなかから出て、お互いの脱いだ衣類を避けながら、ハンガーラックに吊ってあった手近な上着を裸の上から羽織る。クリスマスの夜だし、あれが見えるかもしれない。
窓のそばに寄って、夜空を見上げる。外は雪が降っていて、眼下の建物を白っぽく飾っていた。
小さい頃に一度だけ偶然見えただけで、実際あれがいつ見えるかはよくわからない。それでも、この日の夜の暇つぶしとしては最適だと思った。
「
後ろから、布団がごそごそ動く音が聞こえる。
私はくるりと振り返り、暗がりのなかの一糸まとわぬ令の姿を認めた。
「もしかして起こしちゃった?」
「いえ、そういうわけじゃないですけど……」
「途中で目が冴えて寝れなくって。せっかくだから、サンタクロースが視えないかと待ってる感じ」
彼女は一瞬の間を置いて、くすくすと笑った。それから布団を出て、隣で木枠に両腕をかける。裸のままの令はただでさえ豊かな胸が
「不健全な女子高生にサンタさんは来ないと思いますけどね」
「不健全って……一応、うちのサンタは親だったって知ってるし、それも小六で終わったけどさ」
「わたしの場合、小五の頃に妹がサンタさんの存在を疑っちゃって、分かってた上で黙ってたわたしも巻き添え食らった感じですね」
自嘲気味に、そんなことが語られる。
令は最近まで、ほとんど家族の話をしなかった。これまでたび重なる転校があったみたいだし、多分そういうところがあるのかもしれない。
だからか、こんな他愛もないこととはいえ、時々そのようなことを話してくれるようになったのが少しだけ嬉しかった。
「それで、どうしていもしないサンタさんなんか探してるんです?」
「いるんだよ」
「え……」
「プレゼントくれる親とは別に、ちゃんといる。私しか見たことないっぽいから、多分幽霊かなにかだと思うんだけど」
「……いやいやいやいや。さすがにそれは嘘ですよ」
令が頭を振って否定する。首元に触れる彼女の毛先がくすぐったくて思わず身をすくませながら、彼女の疑り深そうな視線に苦笑いする。
「まあ私も、一回しか見たことないんだけどね。それに、もし幽霊のたぐいだったら、どのみち令には視えないはずだし」
「自分だけしか視えないからって適当言ってるとかは――」
「本気だよ。冗談でそんなこと言ってどうすんの」
困ったようにそう言うと、彼女はそれを見てかふき出した。
そうして、しばらくじっと窓の外の雪景色を見つめながら、
「ねえ、令?」
「なんですか?」
「令、私以外にないって言ってたよね」
「そうですね。いまもそんな感じです」
「でも、私が見てた限りだと、令が私以外で自分から興味を持って近づいたものだっていくらかあったように思うよ。特に幽霊になってからの、心霊調査のなかでとか」
令はなにか珍しいものでも見るようにこちらへと一瞬だけ視線を向けた。それから、ぼんやりと外を見ながらおもむろに言う。
「……菊乃ちゃんのことに必死で、特に意識してませんでしたけど。そうなんですね」
彼女に対して少し呆れながらも、だんだんと照れくさくなってくる。最近の彼女は、やけに直球にこういうことを言うようになって、なんというかずるい。
「なんで私、令が誰かになびくかもって焦ってたんだろうね」
「でも、あれはあれで面白かったですよ」
「また面白いって……私は観賞用のペットじゃないんだよ」
「分かってますよ。恋人、ですよね?」
いざそれを口に出されると、どうにも熱っぽくなるし反応に困る。
私の手に令の手が重ねられた。彼女の手は彼女自身を生きていないと証明させるかのように、氷のように冷たい。
それでも私にとって、彼女はいまも生きている。
「漫画とか、描いてみましょうかね」
「……令、私以外を描いてるの見たことないけど大丈夫?」
「失礼ですね! これでも前は人以外のものも描いてましたよ。……最近はまあ、もっぱらでしたけど」
「まあ、時間はいっぱいあるからね。令の絵が上手いのはよく分かってるし、私も見てみたいかな」
期待の目を、彼女へと向ける。
なにか自信満々に返しててくるかと思っていたが、特になにも返ってこなかった。彼女はどこか照れくさそうに黙り込んで、外を一点に見つめていた。
令は私を「見てて面白い」とたびたび言うけど、私は令も見てて面白いほうだと思う。というか、可愛い。
不意に、空に赤い流れ星のようなものが一瞬だけ視えた。それは雲に覆われて星や月の見えない空にやたら際立っていた。
多少思い出で飾り付けされていたものの、それがいつか見たサンタクロースだとすぐに分かった。
令が
「菊乃ちゃん、今のは――」
「令も視えたの?」
「はい。でもそれじゃあ、あれは本当に……」
どうして、令にも視えたのか。知らない間に令のなかの力が強くなった結果なのか、それともサンタクロースは霊とは別の存在なのか。
しかし、それを確かめるすべはもうない。サンタクロースはどこかへと飛び去ってしまったから。
まあ、いいか。
これ以上考えるのも野暮だと思い、二人で窓から引き返す。
令のことだし、この後もう少しだけ起きていることになるのだろう。どのみち、私もまだ眠れないと思っていたところだったし、拒む理由もない。
一旦足を止めて、上着をラックのハンガーに戻してから、私たちはまた裸のまま布団へと潜っていった。
死んでしまったわたしと、視える彼女と、孤独にさまよう幽霊たち 郁崎有空 @monotan_001
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