なんか、恋してるみたいだね。
花子さんの後を追って、明るい空の下を進んでいきました。花子さんいわく、いまはちょうどお昼ごろなのだそうです。
「神さまがリアルタイムで教えてくれるんだよ。神さま、いまインターネットにつながってるから」
「それって、あの『コックリさん』の主のことですよね? 学校と一緒に燃えたんじゃ……」
「神さまは別の神さまのしんにゅーとともに、インターネットにいしきの一部をうつしたんだって。もとからじょうほうのかくらん? のために使ってたみたいだから」
「ああ、だからオートマチック化とかそういう……」
インターネットに紛れ込む霊にまたも心当たりができてしまい、だんだん霊の実際のインターネット人口のほうが気になってきました。
「さいきんは、とりったー? ってのが楽しいんだって。『つくもがみ君』ってなまえで、たいむらいんのことばを拾うエーアイのふりして、ばずりまくりって」
「なにやってんですか、あなたの神さま……」
そういえば、物に意思を持つ霊が付与された『付喪神』は、
そこまで考えて、アホらしくて考えを振り払いました。菊乃ちゃんならともかく、わたしはこういうことにあまり強くないのです。
そうしているうちに、花子さんが表面がやけに黒くすすけた廃ビルの前に立ち止まりました。
「ここの二かいが、わたしたちのすみかだよ」
「わたしたち?」
「うん。わたしや先生だけじゃなくて、きょうしつにいた子たちも神さまのかけらでじったい化したままだから」
「神さまのかけら、って……」
「インターネットにうつした以外の、神さまののこりのいしき。学校がなくなっても、わたしたちがこれからも『生きられる』ようにって」
彼女がビルの階段に上るのをついていき、二階の扉を開けて入りました。彼女がポケットから取り出した鍵についてどういう経路で手に入れたのか気になりますが、どう考えても嫌な予感がするためすぐに思いとどまりました。
なかに入ると、いつか見た生徒たちが事務机に座って何かをやっています。手元にはタブレット端末があり、おそらく各々で勉強をしているのだと分かりました。
生徒たちはこちらを振り向き、
「ハナコ、今度はなにを持ってきて――誰?」
面食らったように、わたしの方を二度見しました。わたしも少し困惑しながら「こ、こんにちわ……」とどうにか軽く会釈します。
「わたしのしりあいの
「幽霊って、俺たち以外のやつは視えないんじゃなかったの?」
「この人はいろいろあって、神さまのかごを受けてたから。そこらへんがかかわってるのかも」
「神さまの加護を受けてたってことは……仲間ってこと?」
「まあ、そうかな。わるい人ではないことはたしかだよ」
生徒たちは事務用の回転椅子から立ってこちらへと駆け寄り、興味深そうにこちらを見ていました。
わたしは隣の花子さんの方をちらと見て、
「あ、あの……」
「あれは別の神さまのせいで、あなたたちはただりよーされてただけ。わたしたち、ちゃんと神さまから聞いてたから」
「…………」
わたしはどうにも気まずく、視線をそらしました。
そもそもわたしたちがあそこに来なければ、彼女たちの安全地帯はちゃんと守られたはずですから。
「……ここに来るまで、けっこう大変だったんじゃないんですか?」
「まあね。それでも、いまはこうしてけっこう楽しくやってるよ。人にバレたらまずいんだけど、神さまのおかげでさいしんのでんしききをどーにゅーできたし。久々の外のせかいはけっこうしげきてきだよ」
「一応、学校が燃えちゃったことはすみませんでしたって、神さまに伝えといてください」
「むしろ神さま、学校がもえてからいつもインターネットもぐれてたのしいって言ってるから。まあでも、いまのでわたしのいしきからつたわったと思うよ」
特に気にすることなく生徒たちを追い返し、わたしは高そうな黒のソファとテーブルが置かれた応接用スペースへと案内されました。
わたしは花子さんと向かい合うように座ったところで訊かれました。
「なにか飲む?」
「飲めたらいいんですけどね」
わたしが苦笑いを浮かべてそう言うと、彼女は一瞬浮き上がった腰を下ろします。
わたしは少しためらってから、どうにかそれを口にしました。
「あの、わたし帰りたいんですけど――」
「まだやめたほうがいいよ。いま、外でへんな曲がながれてるでしょ?」
「なんなんですか、あれ?」
「神さまからの話だと、レーコンゼツメツキトータイとかいうやつらの、じゅじゅつ? のこめられた曲なんだって。じょれーがもくてきで、人にせんのーさせるさようもあるとかなんとか」
「洗脳……」
どうしてそんなものが出回ってるのか分かりませんが、なにか良くないことが起きていることは分かりました。
「神さまがどうにかできる限りのデバイスにかいにゅーして楽曲のデータすりかえて、元音楽室のピアノの曲に変えてるんだけどね。それでもどうにもならないっぽくて」
「いつ止まりますかね?」
「……わかんないって」
背もたれに少しだけ身を預けて、彼女はため息をつきました。どうやら、当分の間は動けないみたいです。
わたしが視線をうろうろさせていると、間を置いてふたたび声がかけられました。
「よっぽど帰りたいんだね」
「わたし、親友から逃げようとしてたんです。このままでは親友を失うって、怖くなって……」
「それで、いまはだいじょうぶなの?」
「自信はないですけど……それでも、会って話し合いたいってまた思っちゃったので」
きゅっと絞められるような胸を掴み、目を閉じて唇を噛みました。それでも、痛いのは胸だけで。
そのうちに、向かいの花子さんが楽しそうな様子で小さくつぶやきました。
「なんか、恋してるみたいだね」
わたしは小さく笑って、
「……そうかもしれません。よくわからないんですけど、きっとこれはそうなのかもって」
「ぜったいに、帰らないとね」
「はい……」
菊乃ちゃんがわたしの感情を知って、その先はどうなるのでしょう。それを、彼女が受け入れてくれるのか。
……きっと大丈夫。わたしが好きな菊乃ちゃんだし、実際彼女は優しいから。
不意に、部屋のどこかからピアノの音が流れはじめました。花子さんは動いた気配がないため、おそらくは神さまによるものか。
わたしはその落ち着くようなメロディに身をゆだねて、そのまま意識を沈ませていきました。
起きてから、自分でも気がつかないうちに寝てしまっていたことに気づきました。幽霊になってから特に睡眠を取る必要もなかったために、この身体で寝入ってたのはなんとも不思議な感覚でした。
「やっとお目覚めか」
上から低い声がして、わたしはびくりと身をすくませました。
すぐに目をこすりながら見上げると、血まみれの白衣をまとった眼鏡の中年の男が、真っ白なカップの取っ手に指を引っかけてコーヒーを飲んでいました。
たしか、『人喰い学校』の七不思議で「先生」と呼ばれていた人だったと思います。
わたしはすぐに身構えて、警戒する視線をそちらへと向けました。
「あなたは……!」
「前は世話になったなぁ?」
「……なんのつもりで、」
「おどかすなっつったでしょ、バカ」
横から花子さんが腕を軽くはたいて退けました。
先生は苦虫を潰したような顔で、花子さんの方を見下ろしていました。
「先生に向かってバカとはなんだお前……お前も一応生徒なんだから先生と呼べ」
「死んでから数えたら、わたしのほうがセンパイだけど」
「見た目はガキのクセになに言ってやがる」
「なかみがガキのオッサンに言われたくない」
先生は上げた拳をぷるぷるとさせながらも、花子さんの後ろの方をちらと見てぎょっとしました。わたしも少し立ち上がってその方を見て、一瞬目を疑いました。
そこには、トモコが立っていました。
「お客さまだよ。令に用があるって」
花子が先生を押して身を退けると、トモコはとっととわたしへと歩み寄り、視線が並ぶような位置で立ち止まりました。
「菊乃が心配してたわ」
そう言って、右手を差し出してきました。
それはあまりにいきなりで、わたしは疑うようにその黒のゴスロリをまとった幼い少女を見下してにらみつけました。
「どういう風の吹き回しですか?」
「菊乃に言ったのよ。わたしが令を探してくるって。あなたのことは殺したいレベルで
「でも、いま外に出たら幽霊のわたしは消されますよね? もしかして、わたしを適当に言いくるめて除霊させる気だったんじゃ――」
「それはもう終わらせたわ。菊乃たちと『お友達』がすべて終わらせて、だからわたしもここに来た」
トモコが花子さんへ視線をよこして。
それから、花子さんはスカートのポケットから取り出したスマホを操作して、こちらへと見せました。
〈GEN率いる霊魂絶滅祈祷団の新曲『Pine』、突然の配信停止〉
〈全国各地で突如発生した霊障被害が原因か〉
〈アーティストGEN、サブリミナル効果による視聴者の支配をうながした疑い〉
〈GENの新曲、邪神を喚び出すための呪いのカルトソングだった!?〉
わたしがトモコのほうへ視線を戻すと、彼女はふたたび話し始めます。
「その上、さっき『お友達』の御前キルが『Pine』の洗脳効果と除霊効果を阻害する曲を全国配信したから、あの曲はほとんど根絶したも同然になった。どう? これで信じてくれる?」
「…………」
「どうしたのよ?」
「予想以上に、ひどいことなってたんですね……」
まさか、わたしがいなくなったのと同じくらいの時間に、そんな珍妙な騒ぎがあったとは。自分の間の悪さに、若干引きかけていました。
わたしはため息をついてすぐにソファを周り込み、トモコの方を見下ろして言いました。
「まあ、いつも偉そうなあなたがそこまで必死になるくらいですしね。このことは信じますよ」
「一言余計だけど……ようやく言うこと聞いてくれてよかったわ」
「もし仮にわたしが消えたら、今度こそ菊乃ちゃんは一生あなたと口きかないでしょうし。そんなこと、『お友達』ができるわけないですよね?」
素直になるのも気が引けてそう言ってみると、トモコは眉をしかめてこちらを見上げながら、ただ大きく舌打ちしました。
それから、くるりと身体を反転させて出入り口前へと歩んでいきました。
「今から『跳ぶ』から。手、握ってなさい」
わたしもそれに続いて、彼女がふたたびさしのべた小さな右手を『掴み』ました。どういうことかと
彼女が目を閉じてなにかの準備をしている途中、わたしはひとつ思い出し、先生の方へと振り返りました。
「そうでした! この前、動けなくなるまで刺してしまってすみませんでした!」
わたしが深々と頭を下げてちらと見ると、先生は一瞬目を丸くしてからひとつ咳払いをし、困ったように頭を掻きながら話し始めました。
「あ、ああ……まあでも、死んでないからな。めっちゃ痛かったが、あれは友達を助けるためだったってのも分かってたから……」
「こいつ、いまはもっぱら子守係みたいなものだから。そんくらいのことならゆるしてくれるとおもうよ」
「その言い方はすげえ腹立つけどな……まあ、俺たちはもう死なないし、お前が気にすることでもねえから。気兼ねとかせず、友達と話し合ってこい」
照れくさそうな先生の言葉を最後に、わたしの意識がどこかに跳ぶのを感じました。
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