サブリミナル呪術除霊曲

霊魂絶滅祈祷隊

『皆さま、お久しぶりです。GENです』


『今回はとある発表があり、急遽きゅうきょこのような動画を上げさせていただきました』


『と、その前に』


『私をご存知の方は当然覚えていると思われます。ご存知ない方も、おそらくニュースやSNS、伝聞等でなにかしら見たり聞いたりしていることでしょう』


『五年ほど前、私の妻と息子が謎の死を遂げた、あの事件のことを』


『妻は大量の針金を口に咥えたままコンセントの穴にそれを突っ込み、息子はマスクドマンの剣のおもちゃを口から喉へと突き刺して自ら命を落とした。そんな、怪奇な事件』


『その事件の後、私は精神的にやられてアーティストとしての活動を休止』


『あるまとめブログでは、私が病んで行ったDVを隠蔽したというデマが書かれていましたが、当然あれは事実無根です。私はその日、某音楽番組の収録に出ていたのですから』


『結局、警察はあれをただの事故として片付けました。他殺の痕跡が一切見つかっていなかったようですから、当然といえば当然でしょう』


『ただ、私はそうは思いませんでした。私はそんな自らの直感を信じ、実家へと帰省しました』


『実は私の家は古来から代々霊能者を継いでいるところだったのですが、私は霊感の無さと次男だったことが相まって、霊能者ではなくアーティストとして活動することができました』


『とまあ、前置きはここらでいいでしょう。私は霊能者の父や母、兄と話し、調査した上で、ある事実が判明しました』


『あれは、悪霊の仕業だったのです。悪霊が妻と息子へと取り憑き、怪奇な自殺へと導いたのです』


『それを聞いて、私はある決意をしました』


『この世にいる霊を、すべて浄化してやろうと』


『私は霊どもを浄化する計画のため、特定の才能を持つようなアーティストを方々から集めて、ひとつのユニットを組みました』


『それが、《霊魂絶滅祈祷隊》』


『そして今回、私は彼らとともに、ある《鎮魂歌》を作り上げました』


『この曲の音楽や詞のなかには、霊を浄化させるための数多もの心経や呪術をサブリミナル的に織り込まれており、この曲を流せばたちどころに霊は苦しみもがき、殺虫スプレーをぶっかけられたゴキブリのようにポックリ逝くことでしょう』


『とまあ、そんなことはどうでもいいのです。ひとまずは聴いてください。これでもいちクリエイターですから、皆さまには純粋にひとつの曲として聴いていただければと思います』


『それでは、新曲――《Pine》』



 れいが失踪した。


 唇になにか柔らかいものが触れたあの後、彼女の姿はどこにもなかった。しかし、今の彼女では捜索届も出せないし、誰にも見つけられないだろう。


 私は一日待った末に、魔薙まなへと電話をした。他に頼るところが思いつかなかったのだ。


『あァ? 令が失踪?』


「……うん」


『ただの痴話喧嘩、とかじゃねえよな?』


「まさか! 喧嘩なんてそんな! なんの前触れもなく令が消えて、それで……」


 嗚咽で話ができなくなる。魔薙に迷惑をかけると分かっていながら、それでもどうにもならなかった。


 しばらく沈黙が流れてから、受話器からため息が聞こえる。


『しっかしなぁ……協力できるならしてーが、ウチも親父も霊の判別はつかねえしなァ。いまのところは、どうしようもねェ』


「そっか……」


『ごめん……それよりお前、アレ見たか?』


「アレ、って?」


『War Tubeに投稿された《霊魂絶滅祈祷隊》とかいうヤカラの動画だよ』


「なにそれ……」


 一日じゅうネットどころではなかったから、そんなものを知るよしもなかった。


 しかし、彼女の緊迫した様子を聞くに、それがなにか良くない知らせだとすぐに分かった。


『一時期話題になったGENってアーティスト知ってるだろ。ソイツが新たにユニット組んで妙なことをしようとしている』


「妙なこと?」


『《鎮魂歌》ってあるだろ。霊を鎮めるやつ。あの原理を利用して、音楽で霊を絶滅させようとしている』


「は……?」


 おおよそ信じられないことだった。それでも、幽霊という存在には馴染んでいたこともあり、その荒唐無稽な内容を一概に否定できなくもあった。


 しかし……


 少し考えてから首を横に振る。心霊調査を何度かしてきた私だからこそ、それはおおよそ納得できるものではなかった。


「い、いやでも、清め塩ですら効かないのに、たかが音楽で絶滅なんてそんな……」


『それでも、ヤバい予感はすんだよ。ある程度は聴覚に霊感を持ったやつなら、すぐに分かるほどにな』


「はあ……」


『それと……令を探すなら、なるべく早くした方がいいかもしれない。なんならウチが除霊ネットガンを持ってついて行く』


「……分かった」


 電話がぷつりと切られる。


 霊を、絶滅……


 にわかには信じられないが、念のために一度確認してみたほうがいいか。私はすぐにスマホで『霊魂絶滅祈祷隊』で検索にかける。トップに出てきた動画をすかさず開いて確認する。


 スタジオに立つ、GENという一人の茶髪染めの男。音楽には疎くて名前とちまたで有名だったことしか知らないが、おそらくは四十くらい。


 彼の経緯が滔々とうとうと語られる。


 妻と息子の奇怪な死。それを聞いて、私はすぐに悪霊によるものだと分かった。こういう珍奇な自殺は悪霊がよくやる手口だ。


 そして、彼が霊能者の家系である実家へと帰り、事故だと思われていたものが悪霊の仕業によるものだったことを知る。


 そうして、彼が全ての霊を浄化しようと決意したこと、特定の才能――おそらく霊能や呪術に関するもの――を持ったアーティストを集めてユニットを組んだこと。そんなことが語られた。


 そして、彼が曲名を言うと、画面が切り替わる。


 突如、彼のまわりには、目出し帽を被って楽器を準備したメンバーが立っていた。イントロが始まり、私はすぐにその違和感に気づく。


 曲のなかに、明らかになにかお経のような声が何重にも重なって混じっているように聞こえた。おそらく、これが先ほどGENという男の言っていた、『サブリミナル的に混ぜた数多もの心経や呪術』の類だ。


 私の胸のなかで、なにかがざわつくのを感じた。まるで天よりの大いなる存在からこの音楽を広める使命を与えられたような、そんな感覚が頭を支配せしめようとしているのだ。


 この曲を拡散しろ。この音楽で、この世の霊を抹殺しろ。やつらに居場所はない。


 頭のなかで、そんな声がループする。


 ぞっとして、私は途中で動画を止めてスマホをスリープさせ、すぐさまベッドへと放り投げた。嫌な予感に背を押されるまま、そそくさと着替えて準備する。


 私は拾ったスマホで魔薙のLINKにメッセージを送ると、すぐにリュックサックを背負って部屋を出た。




 玄関から外に出てすぐ、私は思わず足を止めた。


 門の前に、黒い日傘をさした黒いゴスロリの少女。小学生の頃のかつての友達だった相手で、令を殺した張本人。


「令に逃げられちゃったわね」


「どういうつもり……」


 訝しく近づいてから、トモコの顔になにからしくない気まずさを、余裕のなさを感じた。目をそらして、日傘の柄を持つ手をせわしそうにしていたのだ。


「あの女、このままだと消えるわよ」


「もしかして、邪魔しにきたの?」


「…………」


「私、もう後悔したくない。だから、もしそんなことしたら絶対許さないから」


 キッと睨みつけながら横を素通りしようと歩いていく。


 過ぎ去ろうというその時、手首を掴む感触がした。


「……何?」


「昨日、令に会ったの」


「令に?」


「あの女、あなたと同じなの。親友のことが好きで好きで仕方なくて、それであなたのもとから消えていった。あなたにとって、自分が枷になるからって」


 そういえば、令は自分から好きと言うのを聞いたことがなかった。言うとしても、それは「見てて面白い」という理由と親友としてのものなんだと思っていた。


 だから、一瞬それを信じていいのかどうか分からなかった。ただ、「枷になる」と聞いて、私は最後のあの会話を思い出した。


 彼女の、怖いくらいにしかめたあの表情を。


「大見栄切ってたくせに結局逃げたんだって、わたしはそう言ってやろうと思ってた。でも、あの女、逆にわたしに勝ち誇ったように走っていった」


「まさか! だって、私が一方的に依存してただけで……」


「親友の絵ばっか描いてるやつが、なにも思ってないわけないでしょ」


 いつか見た、スケッチブックいっぱいの長い黒髪の女の子の絵。


 ただ「見てて面白い」から、私は絵のモデルになっているのかと思っていた。実際、そうなのかと思っていた。


 実際、私は彼女のことを、いまだによく知らなかったのだろうか。


「勝ち逃げって癪よね。された側はどうあってもモヤモヤするしかない」


 ぎゅっと、手首を握られる。なにか企みがあるのかとじっと見つめても、トモコからはいつもの嘲るような様子がまるで見えない。


 なにが言いたいのだろう。そうして言葉を待っていると、彼女はぽつりと低くつぶやいた。


「あなたのこと、協力させて」


「え……」


 信じるべきか、そうしないべきか。正直分からなくて、返事に詰まる。


 そうしていると、彼女がうつむいて乾いた笑いを漏らす。


「まあ、いまさら信じられないでしょうね? だから、別に信じなくていい。……その代わり、もし令が無事あなたの元へと戻ってきたら、あなたともう一度ちゃんと話をさせて。ただ、それだけ」


 ふっと、またたく間にトモコの姿が消える。


 彼女が本当に言葉通りにするのか、いまだ確信はつかめない。それでも、今はそれを考えている暇もない。


 私はすぐに振り切って、まずは魔薙のもとへと合流するべく門の外へと飛び出した。

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