どうあがいても、わたしの勝ちです。
次の日の学校で、
意識不明だった
昨日のポルターガイスト騒動(これはわたしが起こしたものですが)も相まって、またたく間にその話題は広まっていきました。
「わたしの推測では、月島惑って子はあの
「仏さんとオカルトで繋げるのやめろよ。不謹慎だろ」
「だって、気になるじゃん。能代依織のほうもパジャマのまま電車に身を投げて死んでるし、昨日はこの死んだ二人のいたクラスでポルターガイスト現象が目撃されている。絶対、なにかあり得ないものが介入しているよ」
「でもそのポスターなんとかは、二人が生きていた時間に起きたんだろ? そっちはただの偶然ってこともあり得るじゃん」
「ポルターガイストだよ……ポルターガイスト自体は、月島惑が事故に遭ってから何度もあったっぽいんだよね。だから昨日のポルターガイストも月島惑の身体から分離した生霊の仕業で、能代依織はその
そんなやり取りをよそに、
昨日のあの後から彼女はこんな状態で、今日の朝もお母さんに心配されながら無理して学校に行ったという感じで。わたしも同じ現場に立ち会った身として休むことを提案しましたが、菊乃ちゃんは「大丈夫」と言い張って聞いてくれませんでした。
会話の途中で
「ちょっと、菊乃? 体調悪い?」
「え……いや、大丈夫だよ。気にしないで……」
「……やっぱりやめよ、この話。つい最近、あのことだってあったんだしさ」
「あ、そっか……ごめんね、菊乃ちゃん……」
三人ともが一気に静まって、予鈴が鳴りました。
また、授業が始まります。たとえ誰かが死んだとしても、残された人の日常は吹く風のように進み、こうして死んだ人を置いていくのです。
そうして、死者のわたしはいつも通り、教室を抜けていつもの空き教室へと向かいました。
それから一週間、わたしたちは心霊調査を続けることなく、菊乃ちゃんは学校に行く時を除いて部屋にこもりがちになりました。
休日は特にカーテンも開けず部屋のベッドにこもり、死んだ目でスマホをいじるか寝てるかのどちらか。食事の時はどうにかリビングに下りて、そのついでに家事を済ますというという感じです。
やはり、あの時のことを相当に引きずっているのかもしれません。しかし、今日まで先生や両親、果てはわたしが何度か声掛けしても空元気を見せるだけだったので、いまはなるべく黙って見守ることにしました。
ふと、菊乃ちゃんが布団のなかでスマホをいじりながら、ふとつぶやきました。
「ねえ、
彼女から声をかけられるのは久々で、床に座ったまま思わずびくりと身体が跳ね上がってしまいました。
「……なんですか?」
「私に取り憑いて」
くるりと振り向いて、彼女は続けました。
「令の
「……自分の人生を、捨てるつもりですか?」
「捨ててないよ。ただ、令に生きてほしいから、令にこの身体を譲ろうと思うだけ。私はもう、これからもきっと、なにもない気がするから」
抑揚のない、空虚な声でした。
死人のようなその様子にぞっとしながら、
「わたしだって、なにか持ってるつもりはないです。自分が耐えられないものを、人に押し付けないでください」
「令にはちゃんとあるよ。令は私より上手くやっていける子だったじゃん。友達だって多かったし、絵も上手いし」
「……でも、親友は菊乃ちゃんだけです。菊乃ちゃん以外描くものもないですし」
「鏡を使えばいいじゃん」
「鏡なんか使ったって、わたしが完全に菊乃ちゃんになれるわけじゃないじゃないですか。絶対に嫌です」
わたしの意固地に、菊乃ちゃんもだんだんと困惑した様子になっていました。それでも、わたしにはそれが許せなかったのです。
わたしはやっぱり、菊乃ちゃんには生きて幸せになってほしいと考えていました。そして、わたしは可能な限りただそのそばにいるだけでいいと、そんなことを考えていました。
しかし、彼女は自分の人生を諦めようとしています。わたしで塗りつぶされて、死ぬまでわたしの一部として生きるのだと。自分だって散々苦しんでいたものを、わたしにくれてやると言っているのです。
ムカつく。
そんな感情がふと浮かんできて、ずきりと胸が痛みました。まるで超えちゃいけない一線が目の前に見えたような、そんな感覚。
「……令? どうしたの、令?」
菊乃ちゃんがベッドから這い出て駆け寄り、気づかわしげに身体を見回して。
だんだんと、一線が近づいていくのを感じました。わたしが、わたしを失ってしまうような。このままでは、菊乃ちゃんの首に手をかけてしまうような――
『あなたの抱いた感情は、いずれ彼女を破滅に導くわ』
分かってる。ダメだ。このままここにいたら、わたしはトモコの言葉通りになってしまう気がしてきて。
深呼吸をして、握りこぶしを解いて、わたしは気を落ち着かせてようやく言いました。
「分かりました。そのまま目をつぶってください」
「……へ?」
「早くして」
彼女はなにか圧されたように、おどおどと正座をして目を閉じました。
別に、正座しろとは言ってないのに。
ちょっとだけ湧き出した笑いをこらえて、わたしは菊乃ちゃんにまっすぐ身を寄せます。
顔が綺麗で、思わずこのまま見ていたくなりながらも、いま機会を逃したらダメだと感じて、
「『いいです』って言うまで、目を開けないでくださいね」
「うん……」
わたしはぐいと顔を近づけました。
わたしの特に大きな心残りはこれで、きっと菊乃ちゃんも同じはず。感触も味もないそれは、それでもわたしの思考をぐちゃぐちゃにかき乱すには充分でした。
「……っ!」
目を閉じたままうろたえる彼女から唇を離して。決意が
さようなら。
声に出さず口だけ動かし、わたしはすぐさま窓から透けて外へと飛び出しました。
遠く、遠く、遠くへと。
昼間の薄暗い
どこにもこぼれない涙が、走るわたしの頬をつたって落ちて。それでも、引き返すわけにもいかず、わたしはただ走って。
もちろん、後悔しているつもりはありません。このままではわたしが彼女を不幸にするだけだと考えて、この決断をしたのですから。
「いい気味ね」
聞き馴染みのある、耳障りな声。
足を止めてその方を振り返ると、トモコが黒い日傘をさして立っていました。
「まだ雨は降ってませんよ」
「オシャレよ、オシャレ。わたしをバカだと思ってんの? しかもこれ日傘……って、そうじゃなくて!」
見た目通りの子供っぽい怒り方からこほんと咳払いして、
「あなたもやっぱり、菊乃の『お友達』は無理だったようね?」
勝ち誇ったような薄笑いを浮かべて、鼻を鳴らしました。
わたしは目元を拭うと、すぐさまトモコを
「わたし、あなたみたいになりたくないので」
「……どういうこと?」
彼女が眉をしかめるのを見て、少しだけ優越感が湧いてきました。
そして、菊乃ちゃんがこんなやつと縁を切ってて正解だったと、わたしは改めて確信しました。
「人にやきもち妬いて殺しちゃったような、心身ともにゴスロリの似合うお子様幽霊と同じにはなりたくないですから」
「…………」
「過去になにがあったか知りませんけど、あなたはいつの間にか菊乃ちゃんをわたしに取られて悔しくて悔しくて、それで殺しちゃったんですよね? 幽霊なんて大層な存在なのに、なんてしょうもない」
「……死ね」
「もう死んでますし、殺せるものなら殺してくれてもいいんですよ? こっちは消える覚悟をしてきてるんですから」
口をついて出た言葉に、遅れてしっくりときました。笑みさえ浮かんできて、ようやく迷いが消えたような気さえしてきました。
わたしは思い出したように踵を返し、一歩踏み出そうとしたところで――
「それでいいの?」
小さなつぶやきに、足を絡め取られたように踏みとどまりました。
「なんでそんなに諦められるの? あなたたち、『親友』じゃなかったの?」
「親友ですよ。少なくとも、わたしはそう思ってます」
「じゃあどうして、そんな簡単に離れられるの? 『親友』のくせに、ずっと一緒にいたいと思わないの? どうして『親友』のあなたが『お友達』だったわたしよりあっさりと離れようとするの?」
「……菊乃ちゃんのことを色々考えたうえで、やっぱり離れたほうがいいと決めたんです。死んで『過去』になったわたしはもう、生きてる人たちには必要ないですから」
こわばる足を一歩踏み出すと胸が痛くなり、また涙があふれてきました。
それでもどうにかそれを手でぬぐい、
「菊乃ちゃんのこと、好きなんですよね?」
「……だから何?」
「やっぱりそうなんですね。菊乃ちゃんじゃなくてわたしを殺したのも、そういうことなんでしょう。でもまあ……」重い足取りを強く踏み出して、「たとえわたしが消えても、菊乃ちゃんはあなたに振り返らないでしょうね。どうあがいても、わたしの勝ちです」
不敵に笑ってみせて、ふたたび走り出しました。トモコが最後になにか言ったような気がしましたが、そんなのはかまいません。勝手に言わせておけばいいのです。
これから、どこに行きましょうか。
わたしが菊乃ちゃん以外になにもない人間だということを、ここでまた思い出す羽目になりました。
いまはただ、菊乃ちゃんのもとを離れましょうか。それから考えていけばいい。そう決めて、わたしは進む足を早めていきました。
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