憑依少女と生霊少女
依織の身体に触れないで。
十一月があっという間に過ぎて、気づけば十二月。
死んでいるため、期末試験は否が応でもスルーすることになり、こういう時に約得だなと思いました。
最近、菊乃ちゃんが
それでも、菊乃ちゃんはわたしのことを忘れることはなく、二人きりの時ができるといつも話しかけてくれます。
ある日、わたしが菊乃ちゃんの部屋の座卓でスケッチブックに絵を描いていると、
「そろそろ心霊調査再開するから」
向かいに座った彼女が神妙に言いました。
わたしは一瞬手を止めて、彼女のほうを見て、
「またやるんですか? 毎回ひどい目遭ってるじゃないですか」
「やっぱり、トモコとは話をつけたいから」
それを聞いたとき、思わず手が
同時に、ふと苦いものがよみがえってきます。
『あなたも、わたしたちと同じよ。いまは少しだけ、現世や心霊に干渉しているだけかもしれない。でもいつか、あなたがあの女の首に手をかける日が来る』
『あなたの抱いた感情は、いずれ彼女を破滅に導くわ』
思い出した言葉を振り払おうと、小さく首を横に振ってシャーペンの芯を出しはじめました。
そもそも、なぜトモコはわたしに執着するのか? 菊乃ちゃんとの関係は?
しかし、わたしが知りたいそれらは、心霊調査と関係のないものばかりで――
「心霊調査、しなくていいんじゃないんですか?」
「え……?」
「そもそも菊乃ちゃんの心霊調査って、トモコがわたしを殺したことから始まったんですよね? 多分、トモコのほうもわたしになにか執念があるみたいですし、なにもしなくてもあっちから勝手に来るんじゃないんですか?」
「…………」
「菊乃ちゃん?」
「……あ、ああ、そっか。そうだよね」
彼女はなにか言いかけてから、無理やり納得した様子でうなずきました。
そういえば、お互いなにか知っている様子にもかかわらず、わたしは菊乃ちゃんの口からトモコとの話を聞いたことがありません。
ふと、
「もしかして、なにか隠してます?」
「いや、その……」
「……まあ、言いたくないなら別にいいんですけどね」
本当はすごく気になりました。過去に二人の間になにがあったのか。
それでも気にしない素振りでスケッチブックに戻ると、彼女は目を伏せて低くつぶやきはじめました。
「……トモコに因縁があるのは、私のほうだよ」
わたしは顔を上げて、彼女を見つめました。しかし、彼女はそれきり黙ったままで、それ以上言う気はなさそうでした。
わたしはまた、絵を描き始めました。
それからまた、次の日の放課後。
菊乃ちゃんが冴恵ちゃんたちに連れられて廊下を歩いていたところ、背後から誰かに声をかけられました。
「あの!」
全員びくりと飛び上がりかけて、わたし含めて四人がその場で振り向きます。
「なんか憑かれてるけど……大丈夫?」
ブラウンのコートを
菊乃ちゃんの方を見ると、彼女が小さくうなずきました。
その一方で、冴恵ちゃんと青葉ちゃんが胡散くさそうな目で女の子を見て、
「なに、いきなり?」
「つかれてるって……なにに?」
「いや、あの……ひとりだけ、黒いオーラがうずまいてる子がいたから……」
「は? どこに――」
「と、と、とにかく、お祓いしてもらったほうがいいですよ! き、きっとろくなことにならないですから!」
冴恵ちゃんの言葉の圧力に押し負けたのか、ビクビクと怯えながら、そう言い放ってすぐ廊下の向かいへと走り出しました。
「なんなんだ、あいつ……」
「ちょっと変わった子……なのかな?」
ふたりとも、
その間に、わたしは菊乃ちゃんの横に並んで耳打ちします。
「どうします?」
「どうするって……」
「あの子、視えてますけど。わたしだけでも行ってきましょうか?」
「いや……もしかしたら、また
「ほら行くよ、菊乃ちゃん! 帰りにマスド寄るんでしょ!」
青葉ちゃんに腕を引かれて、菊乃ちゃんが連れていかれてしまいました。なぜだか面白くなくて、少し追う気が失せてきます。
先ほどの子の走った先を振り返りました。
数少ない、わたしの姿が視える相手。どうにも気になってきて、せっかく視えてるなら、話しかけてみる価値はあるかなと、
先ほどの女の子を追って、菊乃ちゃんたちとは逆方向へと廊下へ進みだしました。
階段を下りて一階の踊り場に着くと、先ほどの女の子が壁にもたれかかって荒い息を吐いているのが見えました。たかが階段を下りるだけでここまで息切れするとは、よほど急いだのか。
わたしはふと彼女の背中をさすってみると、たしかに感触がありました。
「大丈夫ですか?」
「ヒッ……」
女の子は悲鳴を上げてぐるりとわたしへと振り向き、大振りに手で払いました。とっさにそれをかわすと、彼女は見事に空振ってバランスを崩し、その勢いのまま尻もちをついてしまいます。
やはり、魔薙ちゃんと同じく、黒いもやしか見えてないパターンなのでしょうか。
彼女は目を大きく見開いて、わたしを見上げて
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい――」
「あ、あの、落ち着いてください! っていうか、わたしの声、聞こえてますか?」
「あなたも私の身体を乗っ取るつもりなのやだやめてもうやりたくない――」
「そんなつもりはないですから! だから落ち着いて!」
地べたを後ろ向きに這いずったまま、彼女は逃げようとしました。
そういえば、先ほど彼女に触れられることを確かめたところなのを思い出しました。わたしはすぐに背後へ先回りして、背中から彼女の両肩を抱きとめました。
彼女はなおも暴れました。わたしはどうにか言い聞かせるように優しく押さえておきながら、早口でまくしたてました。
「大丈夫ですから! わたし、別に悪霊じゃないですから! ただお話がしたいだけです!」
「しょ、しょ、しょしょ……」
「しょ?」
「しょ、しょしょしょ証拠は! 証拠はあるんですか!」
「証拠、って……」
「ほ、ほら答えに詰まった! やっぱりまた私を乗っ取ろうとするやつなんですね!」
どうやら声はちゃんと届くみたいですが、それはそれとして聞く気がないようです。
「いや、あの、そんなの、いきなり出せるわけないじゃないですか……」
どうにも困り果てて、しかし簡単に引き下がるわけにもいきません。
文句を呑み込んで、説得を続けようとした時。
背後になにか気配を感じて振り返りました。
縦長の、灰色のもや。それはまっすぐ立っているようで、わたしたちのほうへとにじり寄っていきました。
どうするかと考える間もなくそれは迫り、わたしをすり抜けて――
「――――」
彼女の身体へと重なるように、吸い込まれていきました。
すると、先ほどまで暴れていた少女が、突然魂が抜かれたように全身をダラリと脱力させはじめます。
わたしはその変化に慌てて、正面に回って声をかけました。
「ちょっと! 大丈夫ですか! ちょっと、あの――」
「……なに?」
女の子はいきなり顔を上げて、わたしの胸ぐらをぐいと掴んで応えました。銀縁眼鏡の奥の瞳が濁った灰色の光を放ち、それからわたしを鋭く
「なんなの、君?」
「へ……?」
「
彼女はいきなり身体を強く突き飛ばし、走り出しました。
いま、なにかが取り憑いていた……? あの幽霊は、なに……?
尻もちをついてから立ち上がって、下駄箱へと追いかけた頃には、彼女の姿はどこにもありませんでした。
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