『コックリさん』のこと?
二階と三階を繋ぐ階段のなかで、わたしと菊乃ちゃんは隣り合って座りました。
ひんやりする階段がどうにも心地良いくらいに、わたしはいやに火照っています。
「さっきはわたしばっか言い過ぎました。すみません」
「いや、その……私も、ごめん。なんか、心配させちゃったみたいで」
彼女はうつむいて、落ち着いた調子でそうつぶやきました。
手元が寂しいというか、いやに落ち着かないというか。
そうして、わたしの方から彼女の手の甲に右手を重ねると、菊乃ちゃんはびくりと身体ごと震わせました。
「わたしの一番の親友は、初めて出会ってから今も菊乃ちゃんだけです。ここまで面白い人、そういませんし」
「……そこまで面白いかな」
「なんか、色々ズレてるんですよね。それが好きで追いかけてたんですけど……」そう笑ってみせて、「でもいまは、菊乃ちゃんのそういう変なところに、感謝してます。最初はびっくりして、出来すぎてると思っちゃいましたけど」
言いながら、苦笑いする顔が横目でちらと見えました。
手を握りしめてみて、繋いだ手から
「……
少し長い沈黙を経て、彼女から呼びかけられました。
わたしも、穏やかに応えます。
「なんでしょう?」
「私、令が事故に遭った時、すごく怖かった。これからどう生きていけばいいんだろうって、これからの人生どうなっちゃうんだろうって……だから、令が幽霊として出てきた時、すごく救われた気がしたんだ」
淡々とした言葉のなかで、その波が大きくなっていきます。
「出会って、失って、戻ってきて……
「そうですね。そういうところ、可愛くて好きでしたけど、同時にすごくヒヤヒヤしてました。波風立てたくなくて人付き合いに気をつけようとしていたのに、菊乃ちゃんはそれをあまり良く思ってなくて、本当に大変でした」
「独りが怖かったんだよ。慣れてたはずなのに、令と関わるようになって、いつの間にか元に戻るのが怖くなってた」
「幽霊が視える以上に怖いことなんて、そうないでしょうに……」
冗談っぽく言うと、彼女が気が抜けたように笑いました。
気を取り直して、ひとつ深呼吸をして。
わたしはようやく、本題に入ります。
「……でもまあ、安心していいですよ。いまのわたしはどこにも行きませんし、いまの菊乃ちゃんは独りじゃないです。魔薙ちゃんとか、
「……うん」
「だから……わたしはこれからもずっとそばにいますから、菊乃ちゃんはもっと自由でいてください。わたしのために、他のものを犠牲にしようとしないでください。自分のこれからの人生やわたし以外の周りの人に、少しだけでも興味を持ってください」吐き出した声を
息を一気に吐いて、一面を暗闇に塗られた天井を見ます。
言いたいことは言ったと、後からやりきったような感が湧くようでした。
そしてリラックスするように、言葉を付け足します。
「まあ、実際ひどい目に遭ったのは魔薙ちゃんなんですけどね。もう謝りました?」
ちらと、下の踊り場の壁に背を預けていた魔薙ちゃんを見ました。先ほどから片手でスマホをいじっていた顔がこちらに向いて、にやりと笑みを浮かべています。
「ああ。ちゃんと謝ってくれたし、おまけに心配までされて、正直拍子抜けした」
「へー……」
笑みがこみ上がるまま菊乃ちゃんの方に顔を向けると、ぷいっと顔がそむけられました。
わたしが介入するまでもなく、いつの間になんだかんだ上手くやれてることに、ちょっとだけ嬉しくなりました。
わたしの右手を、菊乃ちゃんの左手で握っています。今度はわたしが離さないように、固く結びつけながら。
魔薙ちゃんから教えてもらって、いまはすでに夜の八時を越していることを知りました。
「あとは『トイレの花子さん』ですね」
「それと、まったくわからない七つ目もね」
「大丈夫ですか? 探してるうちに日付またいだりとか……」
「ないことを祈ろう。いい加減、お腹空くし」
懐中電灯を右手でもてあそびながら、そう苦笑いしています。
そうして、わたしが先ほどの『トイレの花子さん』の座っていたところへ行くと、そこにはだれもいませんでした。すでにどこか別の場所へ移ったようです。
せめて「待ってて」と言ってから行けばよかったと今になって後悔しながら、
「やっぱり、一緒に連れてきたほうがよかったですかね?」
「いや、突然変なもの連れてこられても困るだろ。トイレにいない花子さんなんて調子が狂うし、不意打ちはいざという時にアレだし」
「んじゃまあ、トイレ行こっか。三階東側のところにいるらしいよ」
自分の拠点の情報がネットでお漏らししているのは、花子さん的にどうなのでしょうか。少し思うところがありつつもそれを飲み込み、菊乃ちゃんに続いていきます。
階段を上って、少し廊下を歩いて、目的のトイレの前に着きました。真っ暗なトイレのなか、個室のひとつが閉まっているのが見えます。
魔薙ちゃんが除霊ガンを構えるのを確かめてから、菊乃ちゃんが閉じた個室の扉を叩きました。
「こんばんわー」
しかし、相手は幽霊とはいえ小学生です。なぜわたしたちは、こんな立てこもりの犯人を迎え撃つような備えをしているのでしょう。
それでも、なにか仕掛けてくるかもと警戒して待つと、中から声がしてきました。
「はいってます」
「あの、花子さんですか?」
「あっ、さっきのおっぱいのおねえさん。ちょっと待っててね……」
どうしてそこに印象持ってしまったのか。
むっとして、呼び方を訂正させようか迷ったところで、トイレを流す音とともに鍵が開きました。
扉を開いた中から、ボブに切りそろえた黒い髪に白いシャツと赤いスカートの女の子が出てきました。
「おまたせ」
「お花摘んでたんですか?」
「お花って? なんとなく、フンイキで水ながしただけだけど」
「……電気はついてないのにトイレは流れるんですね」
「それは神さまに聞いて」
言いながら、彼女は自分に向けられた除霊ガンを見てぎょっとしました。
「おねえさん、ゴートーだったの……?」
「違います。トイレで盗るものないでしょ。ほら魔薙ちゃん、除霊ガン下ろして」
「お、おう……」
手で仕草を取って、除霊ガンを下ろさせました。
花子さんはなにか興味を持ったように目をキラキラさせて、こちらを見ていました。
「ジョレーガン……?」
「それは気にしなくていいです。それより、七不思議の七つ目って知ってます? ここまで、まともに会話できそうな人がいなかったので、花子さんに訊くんですけど……」
「七つ目……」
少しぼんやりと考えるのを、じっと待ちました。
それから間もなくして、電灯がついたようにぱっと表情を晴らしてつぶやきます。
「もしかして、『コックリさん』のこと?」
「『コックリさん』……?」
コックリさんといえば、紙の上で十円玉を動かして、見えないなにかに色々訊くあれのことでしょうか。
これが本当に『人喰い学校』脱出の手がかりになるかはともかく、続く話を聞き届けます。
「うん。がっこうのオクジョートビラのまえに、十円玉とかみがおいてあって、そこから神さまとちょくせつおはなしできるの」
「神さま……?」
「このがっこう、神さまがカンリしてるから」
学校の、
ようやく、出られる手ががりにたどり着いたとともに、またひとつ疑問が湧き上がりました。
「待てよ、そもそも屋上前は七不思議で永遠にたどり着けないはずじゃねえのか? どうやって行くつもりだ?」
「……それなら、もんだいない」
花子さんは
「このがっこうのユーレーはみんな、『カオパス』でとおれるから。わたしがついて行くよ」
「顔パス……!」
七不思議の彼女の口からなんとも異様な言葉が出て呆気にとられているうちに、彼女はわたしたちの間をマイペースに抜けてトイレを出ていきます。
しかし、ようやくこれで脱出の糸口が掴めました。
「行きましょう!」
「……うん」
「おう、さっさと帰っぞ!」
ここから先はどうなるか、まったく分かりません。
それでも、わたしたちは明日へ進むためには、まずはここを出るしかありません。そのために、まずはわたしが一歩を踏み出します。
そうして声から気合を入れて、わたしたちは彼女に続きました。
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