人喰い学校

廃校にも付喪神ってあるんですか……?

 菊乃きくのちゃんがふたたび学校へ通いだし、今日は空き教室の黒板で字の練習をしていました。


 ひらがな・カタカナは慣れてきましたが、画数の多い漢字となると相変わらず難しく、字がつぶれて大変です。このままではコックリさん的存在になってしまわないか、不安になってきます。


 生前によく描いていた絵は、相変わらずダメでした。多少線はどうにかなっても生前のようには上手く描けず、次第に絵を描き始めた小学生の頃を思い出してきます。


 無邪気に描いてたあの頃に比べて、下手になった事実は恥で死にそうになります。もちろん、すでに死んでいるから死なないのですが。


 そんなこんなで放課後になりました、書いたものを全部黒板消しにかけてから、菊乃ちゃんと合流するために廊下に出ました。彼女の教室の前で姿を見かけ、すぐに寄っていくと、なにか話し込んでる様子でした。


 相手は、冴恵さえちゃんと青葉あおばちゃん。わたしの生前の友人たちです。わたしが学校へ来てもなにも言わなかったので、おそらく視えないんだと思います。


 冴恵ちゃんはなんだか気まずそうに頭を掻きながら、菊乃ちゃんのほうを見て言いました。


「その……れいのこと、残念だったな……」


「あ、うん……」


「菊乃は特に仲良かったから、相当こたえたと思う。今日まで声かけられれなくて、ごめん」


「…………」


 菊乃ちゃんはうつむきがちになり、左右の手指をいじりはじめています。彼女は元から冴恵たちと打ち解けてなかったこともあり、色々難しいのでしょう。


 いたたまれず、話の途中ながら声をかけました。


「あの、菊乃ちゃん……」


「あ、ごめん。すぐ終わると思うから、待ってて」


「どこに話しかけてるの?」


 青葉ちゃんがこちらへ向けて、なにか奇異きいの視線を投げてよこしました。彼女たちから見れば、菊乃ちゃんは誰もいないところに話しかけてるのでしょう。


 それから、彼女にしては珍しく苦々しい表情で、菊乃ちゃんの手を掴みました。


「最近、心配だよ。真咲まさきちゃん、令がいなくなってから、見えない誰かと話すようになったんだもん」


「いや、あの……」


「そりゃ、わたしたちも令越しに仲良かっただけだったかもしれないけどさ……それでも、やっぱり同じ令の友達だから」


「だから、なんていうか……菊乃がよかったら、あらためて友達にならないかって、青葉と話してたんだ。もしかしたら、寂しかったのかなって」


 冴恵ちゃんたちは、本気でそう語りかけています。短い間の友達でしたが、すごく良い子たちだったんだとつくづく感じました。


 しかし、菊乃ちゃんは小さく首を振って、無理やり手を離しました。


「……ごめん」


「どうして……」


「嬉しいけど、嬉しかったんだけど……令は、私の一番の親友で、確かにここにいて、私には視えていて……令を、なかったことにしたくない」


 そのまま踵を返して、早足でわたしを置いてどこかへ行きました。


 後から続いて追いかけようしたところで、背後から小さく声が聞こえます。


「真咲ちゃん……」


「令はもう、どこにもいないんだよ……」


 それは痛切に聞こえました。そして、わたしの死がどれほど他人に強く影響を与えたのか、痛いほどに分かりました。


「……ごめんなさい」


 どうにかしぼり出すようにつぶやいてから、続けて彼女の背中を追いかけて走りました。


 いままでも、これからも。彼女たちにはもう絶対聞こえないんだろうなと思うと、いまになって寂しくなってきました。




 そのあと、菊乃ちゃんに追いついてから、お互いなにも言わずに歩きます。先ほどのことが、彼女にとって複雑なことだと分かっていたので、どうにも話しかけづらいものでした。


 そうして、このまま家に帰って……


「あれ?」


 いつもの帰り道とは真逆へ行っていました。彼女のことでいっぱいいっぱいで、しばらく気づかなかったのです。


「あの、菊乃ちゃんさん……?」


「なに?」


「道に迷ってはいませんか……?」


「いや、迷ってないよ」


 もしかして、わたしの方がおかしいのでしょうか。少し考えてから、隣町の名前が書かれた看板を見て、やはりわたしの方が正しいと分かります。


 とっさに腕を引いて引き留めようとして、手がすり抜けてから、どうにか前に立ちはだかって言いました。


「いや絶対おかしいですよ! だってこの道、菊乃ちゃんの家の道と全然違いますもん!」


「ああ、違うよ。家じゃなくて心霊調査。今日、お父さんもお母さんも遅いから」


「また心霊調査……化け猫道はなにもなくて良かったですけど、二度も死にそうな目に遭ってるんですよね? トモコのことだってありますし――」


「大丈夫だよ、魔薙まなも呼んだし」


 彼女は取り出したスマホを振って言いました。


 しかし、わたしは幽霊ですから疲労もなにもないですけど、菊乃ちゃんはそこらへん大丈夫なのでしょうか。執念以前に、どこか歩き慣れている印象があって、彼女のことがいまさら心配になってきました。


「本人は『依頼するなら金出せ』ってキレてたけど、どうにか納得させてきた」


「なに言ったんですか?」


「『自信ないの?』って」


「なに霊能者の娘あおってるんですか……」


「視覚と聴覚では私の方が勝ってるし」


 彼女のふてくされたような言い方に、思わず少し笑ってしまいました。


 最近は色々張り詰めててそれどころではなかったのですが、そもそも菊乃ちゃんと仲良くなった理由には見てて面白いというものだったりします。


 最初は色々変な子だなって印象で、次第にどこか抜けてるところとか、私服がクソダサなところとか、気づけばいつも彼女ばかり目に入っている、という具合です。


 しかし、まさかキスされるとは思いませんでしたけど。いまでも、あの時が夢かなにかのように実感が持てません。


 そうやって思い出して口元を押さえているうちに、全体がびてちきった校門の前に着きました。


 表札には「彩華市立あやかしりつ早良ヶ原さわらがはら小学校しょうがっこう」と書かれています。そして、あたりは人通りが少なく、薄暗いなかでも街灯が切れていて不気味な印象です。


 校門は完全に閉ざされていて、その前には魔薙ちゃんが立っていました。冬用の黒のセーラー服に赤いマフラーを着けて、スカートのポケットに手を入れています。


「よう、雑巾カフェ。よくもこんなところに呼び出してくれたな」


「別に来るか来ないかは自由だったんだけどね、魔薙ちゃん」


「お前がその名で呼ぶな、不愉快だ。それで、令……さんは――あっ、ちゃんといるな」


 わたしの方を見てから(彼女からは黒いもやが見えるそうですが)、魔薙ちゃんはスカートのポケットから黒い機器を取り出しました。


 アンテナの長い、手のひらサイズの箱状のもの。彼女はその電源をつけてこちらに見せるように振って言いました。


「トランシーバー、中古で買ってきた。これ持ってるから、話す時はこれ使って干渉してほしい」


「そんなん使わなくても、普通に話せばいいのに」


「テメエには関係ねえ話だよ。引っ込んでろ」


 それからやいのやいの言い合っているなか、わたしは菊乃ちゃんのブレザーの袖を引いて言いました。


「それで、大丈夫なんですか? 彼女、中学生じゃないですか」


「まあ、なんとかやってくれるでしょ」


「なんとかって……」


 わたしたちの会話になにかを察した魔薙ちゃんが、思い出したように言いました。


「ああ、親父にはそっちの家に泊まるよう言ったからな。終わったら頼むぞ」


「……は?」


「タダで依頼されるわけねーだろ。それくらい了承しろ」


 勝ち誇った笑顔を前に、菊乃ちゃんは眉根を寄せて舌打ちをしました。


 ため息をついてから気を取り直すように、


「それで、今日の心霊調査は『人喰い学校』。いわゆる、廃校の付喪神なんだけど……」


「廃校の付喪神?」


 また変な案件が出てきました。


「廃校にも付喪神ってあるんですか……?」


「まあ、築年数は長いっぽいしね。さすがに百年は経ってないから、厳密に言うと別のものっぽいんだけど……」


 それにしても、人喰い学校……


 名前に若干の不安が生じるなか、魔薙ちゃんがちらと背後を見て、


「てか、人喰い学校って、名前の時点で明らかにヤベー案件だろ。もやもやたら濃いし、さすがにこれはやめたほうが――」


「ビビってんの? 霊能者なのに」


「……まあ、泊まりって言ったし、放っておいて生きて帰ってきたら腹立つからついてくけど」


 魔薙ちゃんがため息をついて言いました。


 わたしはすかさず彼女の方へ寄り、手元のトランシーバーに触れて干渉します。


『わたしからも、お願いしますね。最近の菊乃ちゃん、かなり危なっかしいんで』


「分かってるよ。……てか、あんたも結構物好きだよな」


『……それは、余計なお世話です』


「ほら、さっさと行くよ」


 魔薙ちゃんの肩にぽんと手を置いて、菊乃ちゃんが横を通り過ぎていきました。


 一瞬、彼女の目が魔薙ちゃんをにらんだような気がして、わたしはすぐにトランシーバーから手を離してから、校門を登る彼女の背中に続きました。

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