化け猫道
大量自殺のニュースから三日が経ちました。
キルさんは
なぜ、そのようなことを知っているかというと――
〈ハイエナまとめサイトに好き勝手書かれたり、トリ垢に突然説教しだすおじさんが出てきたり、イキって喧嘩売ってくるクソガキがいたりして、何度呪殺したくなったことか……〉
〈あはは……〉
〈まあ、実際わたしのせいだしね。これからはそういうの含めて、真っ当に頑張ろうと思うんだ〉
〈応援してます。〉
SNSアプリの
先日、前回通ったネット回線をたどって菊乃ちゃんの家に跳んだキルさんから、生前のLINKのアカウントを訊かれました。そのきっかけで、こうしてこれからも話せるようになりました。
まさか、同じ境遇の人に友達ができるとは。嬉しくて、ふふっと笑いながらスリープ状態にして振り向くと、背後で菊乃ちゃんがすごく険しい目つきをしていました。
「ひっ……」
「有名人とお話、楽しい?」
「べ、別に有名人だから仲良くなってるわけじゃないです……」
「そっか」
「……はい」
「心霊調査行くよ。今日、休みだから」
彼女は謎英字の『Enpitsu Pencil』と顔のついた短い鉛筆の描かれたパーカーとボトムスにリュックという、いかにも外出用の格好をしています。
すぐにスマホがひったくるように取られ、すかさずポケットに入れられました。
「それで、今日の心霊調査はどんなんですか?」
「今日は『化け猫道』。まあ、すぐに終わると思う」
「化け猫道?」
訊くと、菊乃ちゃんは一瞬だけ苦い顔をして、
「せっかくだし、久しぶりに行こうかなと思って」
すぐに平静を装いながら、部屋を出ました。
隣は木造の民家か草っぱらかという、そんな閑散とした道に着きました。
「今日は猫の幽霊と戦うんですか?」
「いや……」
彼女はパーカーのポケットから手を出してバッグの片側を下ろし、猫缶とねこじゃらしを取り出しました。そうして、缶をきゅぽっと開けてから、なにもないアスファルトの上に差し出します。
「野良猫に
「そんなことしないよ。ただのお供え。ここらへんでいっぱい、猫が
「珍しいですね。菊乃ちゃん、いつもは悪霊ころすぞーって感じなのに。心霊調査って、トモコのことを調べるのが目的じゃないんですか?」
「…………」
彼女が突然、押し黙りました。
どうしたのかと思いながら、揺れるねこじゃらしを見つめて待っていると、黒いもやが濃くなってくるのが見えました。
彼女は寂しく微笑んで、そのもやに向けて呟きます。
「ごめんね。しばらく来れなかったね」
もう片手で、もやを撫でるような動作。しかし、そこに実際に感触はないのでしょう。
「あの――」
「ねえ」
彼女はわたしへと、振り向きました。
「あ、はい!」
「ここにいま、何匹の猫がいると思う?」
「えっと……二匹、ですか……」
「残念。二桁以上はいるよ」
この黒いもやのなかに、二桁以上の猫……
彼女はせわしそうに移動しながら、なおももやを撫でています。その手付きは本当に優しくて、本当に好きなんだと分かりました。
「ここ、来たことあるんですか?」
「……うん、中一の頃までは、たまに。ある一件で、来なくなっちゃったけど」
中一の頃といえば、わたしは他府県に住んでいました。それから、高一の途中でここに越してきて、菊乃ちゃんと知り合っていまに至ると。
ふと、少しだけ両親と妹に申し訳ない気持ちが蘇ってきました。
「ここ、中学校の通学路だったんだ」
「あれ? でも、さっきたまにって……」
「いない時もあったから。いる時は、よく遊んでた」
菊乃ちゃんはにゃんにゃんと甘えた声を出して、本当にそこに猫がいるみたいに振っていました。あまりにイメージと違っててくすくす笑ってると、彼女は恥ずかしそうにして口をつぐんでしまいました。
そういえば、こうやって彼女がわたし以外でなにかに気を許すのは珍しい気がしました。菊乃ちゃんはいつもどこでもぎこちないというか、なにかと生きづらそうなところを感じるというか。
そう思うと、
「中一のこのくらいの日、いつもみたいに猫たちと遊んでたらクラスの嫌いだったやつらにバカにされて。それで猫たちを守ろうとして、わたしごと蹴られた」
「……えっ、それ大丈夫だったんですか?」
「大丈夫だったよ。私も、猫たちも。特に猫たちなんか実体がないし。むしろ大丈夫じゃなかったのは、あいつらの方だった」
彼女は苦笑いして続けました。
「全員死んだよ。その日の夜、無数の引っかき傷で失血死して」
「えっ……」
「猫たちがやったんだろうね。それで、私が呪い殺したという噂が広まって、誰も近寄らなくなった。視える体質だって元から広まってたから、それは余計に」
気づけば、猫缶は空になっていました。幽霊の身体は食事を必要としないし、求めもしないはずなのに。
目を疑っていると、今度は彼女は隣でくすくす笑っていました。
「生きてる猫たちに持ってってるみたいだよ。多分この道路から離れさせて、事故を防ごうとしているんじゃないかな」
「……心霊調査は、もういいんですか?」
「うん。もう終わったよ」
「へ……?」
「『化け猫道』は、私の件があって勝手につけられた名前だから。それにしても、前と変わってないみたいでよかった」
彼女は立ち上がり、猫缶とねこじゃらしをビニール袋に入れてリュックに戻しました。
その時の彼女の顔は、とても穏やかな顔をしていました。
陽が落ちかけて、薄暗い帰り道。
先を歩く彼女が、ふと振り返りました。
「ねえ、
「はい?」
「どうしてトモコのこと、黙ってたの?」
「……はい?」
彼女の目が険しくなりました。
わたしは思わず、数歩しりぞいてしまいました。
「会ったんでしょ? 私、『黒いドレスの女』としか言ってないはずだもん」
「あっ……」
「あいつに、なに言われた?」
「……わたしは『お友達』で、わたしと『お友達』になるためにわたしを殺したんだ、と」
それからすぐに首を振って、
「もちろん、否定はしましたし、彼女の『お友達』になるつもりもありませんけどね」
「そっか……」
安堵の息をついて、くるりと前に向き直りました。
そうしてまた歩きはじめて、どこともなくつぶやきます。
「どこにも行かないでね」
「当たり前です! わたしたち、親友じゃないですか! だから――」
「どうだかね」
阻んだ声に二人ともが足を止め、声のした方を見ました。
視線の先には、黒いゴスロリドレスの少女。夕暮れ時にもかかわらず日傘をさして、全体がひとつの大きな影のようでした。
「だって、令はもう悪霊だから」
彼女は歪んだ笑みを浮かべて、そう言いました。
「トモコ……!」
「どういう、ことですか……」
「あなた、現世に干渉しまくってるわよね? あなたのなか、とても黒いもやが視えるわ」
「えっ……」
うろたえた横で、菊乃ちゃんが動きました。手には塩詰めの瓶があり、蓋を開けてトモコへとぶちまけます。
彼女はあざ笑いを浮かべて、たやすくそれを避けました。
「わたしはナメクジじゃないのよ。塩で死ぬわけないでしょう?」
「うるさい。さっさと死ね」
「それともなに、清め塩のつもりだった? でも残念。わたしたちは、世の常識の外にいるのよ」
菊乃ちゃんは彼女の足元に向けて瓶を投げつけました。しかし、トモコは影に溶けて、わたしたちの背後へと一瞬で移動しました。
彼女が菊乃ちゃんの耳元へと、投げかけます。
「無様な姿をありがと。それじゃ、またね。裏切り者」
一瞬だけ肌を撫でるピリッとした感触と冷ややかな声を最後に、彼女の気配の一切が消えました。
日が暮れたその場所には、わたしと菊乃ちゃんの二人だけ。彼女は、薄闇のなかでひざまずいています。
「なんで……なん、でっ……!」
彼女から目をそらして、曇った夜空を見上げて。
『だって、令はもう悪霊だから』
『あなたのなか、とても黒いもやが視えるわ』
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