殺戮はやめるけど、不滅はいまでも変わりません!
九年前、母親による虐待で死亡。当時は高校三年生で、人間関係や成績などによるストレスで不登校だったとのこと。
生前は『ピコピコ動画』という動画投稿サイトにて「Kirika☆」という名前で歌い手をやっていたらしいのですが、動画のアクセス数は三桁を越さなかったのだとか。
『死んだあとも歌い手やろうとしてたんだけど、いざ投稿したらイタズラ動画と勘違いされちゃって。一時期、オカルト板で話題になってたんだけど……』
「……確か『死霊の声がする呪いの歌ってみた』だったか」
『そう、それ! 失礼だよねぇ! 人が大真面目に歌ってるのに、干渉上手くいかなかっただけで呪い扱いとか! しかも、勝手に低予算ホラーのネタにされてたし!』
『難儀ですね……』
『でもおかげで、わたしなりのアクセス数の稼ぎ方を見いだせたからよかったけどねぇ。気づいた頃にはもう、歌い手ブームは終わってたんだけど』
スピーカー越しに、からからと笑う声が聞こえてきます。
今回はスピーカーへの干渉を習得したことにより、どうにか普通にコミュニケーションを取ることができました。しかし、気を抜くと声にノイズがかかるため、一回ごとにあまり長くは話せません。
そして、キルさんの黒いもやは除霊ネットガンの干渉能力切れにより開放され、いまはベッドに座っているようです。
「んで、なんで人を殺し続けてる? 普通に歌い手やってればいいだろーが」
『いまはバーチャル
「んなこた、どーでもいい。問題は、テメエのアクセス稼ぎで人が
『やめてください、魔薙ちゃん!』
「あァ? どんな事情があろーが、こいつが悪霊に変わりはねーだろ」
『手を出さない、という約束でしたよね。破ったら死人が出ますよ』
わたしが
視える上で殺されかけたというのは、よほど恐ろしいことだったのでしょう。数時間前の威勢が、まるでありません。これに
しばらくして、スピーカーから深いため息がこぼれました。
『……こうでもしないと、ネットの海に埋もれちゃうんだぁ。海のなかでわたしの存在が希薄になって、本当に何者でもなくなっちゃう』
『でもだからって、人を殺して動画に晒すのは……』
『わかってるよ! 歌で人気を出さないと意味がないのもわかってる! ……でも、それだけだと、アクセスが伸びないんだよぉ!』
声とともに、スピーカーからの声にノイズがかかり、部屋のあらゆる小物が小刻みに揺れはじめました。菊乃ちゃんが悲鳴が上げ、その場で頭を抱えてうずくまりはじめます。
『あ、あのっ! 落ち着いて!』
『……ごめん、取り乱した』
『つまり、あくまでファンを集めるためのアピールの一環だったと!』
『うん。わたし、才能ないから。でも、たとえ都市伝説が目的でも、そこから本当にファンになってくれる人が結構いたのは、嬉しかったなぁ』
ようやく揺れがおさまり、わたしはすぐに菊乃ちゃんを落ち着かせに行きました。
その間に、魔薙ちゃんが椅子の背に頬杖をつきながら、無愛想に訊きました。
「んで、アンチばかり選んで殺したってー噂は?」
『ファンの人は、殺せなかったから。わたしのこと、本気で好きになってくれる人だもん。だから、なるべく冷やかし目的だけの人を選んでた感じかな』
「これからも、続けるのか?」
『そうしないと、誰もわたしのこと見てくれないしね。だけど、もう――』
『そうでもないみたいですよ』
生放送の画面を横目に見ながら、スピーカーに干渉して言いました。コメント欄には、彼女を心配する声が流れていました。
『まだ、生放送は続いてます。今回は全然殺せてないですけど、まだ視聴者さんいるみたいですよ』
『……本当に?』
『ええ。……この機会に、一回試してみればいいんじゃないんですか? 前みたいに、歌でファンを集めるやり方を』
『…………』
沈黙とともに、ベッドに座っていた黒いもやがパッと消えました。
ノートPCの生放送画面には先ほどの部屋の映像が消え、サイドテールの金髪少女が戻っていました。
キルさんはうつむいて、手をもじもじさせながら言いました。
『みんな、さっきの聞いてたよね。わたし、最初はアクセス稼ぎのために呪殺をしていたの。こうすれば、みんな見てくれるって思って……』
すると、視聴者数はどんどん減り、コメントも次第に荒れ始めました。
〈ただのメンヘラかよ〉
〈元歌い手の女って、明らかにアレじゃん〉
〈正体わかるとなんか萎えるな。はい解散〉
そんな冷ややかなコメントに、キルさんは一瞬だけうろたえました。それでも続けます。
『それで、えっとぉ……わたし、これからはもう、呪殺はしないことにしたんだぁ。これからは、自分の好きなもので勝負したい、というかぁ……』
そう言う声には
それでもわたしはキーボードを打って、コメントを投稿しました。
〈わたし、応援してます。〉
視聴者数はなおも減り、コメントは批判や誹謗中傷で荒れ続けるなか、彼女はそのコメントに気づいてハッと前に向き直ました。
そしてキルさんは意を決して、
『……だから、歌います。わたしが殺してきた人たちのため、ここで聞いてくれてる、好きでいてくれるみんなのため。そして、さっき勇気づけてくれた、わたしと同じあの子のため』
ふと、背後でイントロがかかりました。それは、冒頭に聞いた曲とは違うものでした。
『これは、前から温めてたものです。それでは、聞いてください。新曲、《バイバイ・レクイエム》』
彼女が歌いはじめ、視聴者数がピタリと止まりました。キルさんのこれまでの人間と幽霊としての記憶をすべて注いだような、荒々しくも情熱的な曲調と歌詞。荒れていたコメントも、次第に応援の言葉で溢れていきます。
〈頑張れ!!!!!!〉
〈これからも応援してるよ!!!!〉
〈キルたんの歌、やっぱり最高だよ!!!!!!!!〉
実は先ほどから、ちらちらと好意的なコメントは見えていました。それでも、空気が批判の方向に流れていて、どこか少し萎縮していたのでしょう。
キルさんはもう、呪殺しなくても大丈夫。彼女の歌を聞いて、わたしはそう確信しました。
そして彼女は歌い終わり、またも嗚咽を漏らしていました。今度は悲しさからではなく、嬉しさによって。
〈《バイバイ・レクイエム》、良かったです!〉
わたしがコメントを送ると、彼女は涙を拭ったような動作で叫びました。
『これからは、都市伝説としてではなく、一人のWar Tuberとして活動するからぁ!』
コメントが、暖かい言葉で盛り上がる。
『殺戮はやめるけど、不滅はいまでも変わりません! だからぁ! これからもわたしのことぉ、応援してくださぁぁぁぁぁぁい!』
その時のキルさんの叫びはとても心強く、なにか惹きつけるものがありました。そして、気づけばわたしも彼女を本気で応援していたことに気づきました。
思わず笑みをこぼす横で、魔薙ちゃんがまっすぐ見たまま神妙な顔でわたしに訊きました。
「本当に、これでいいのか? アイツ、人殺してんだぞ」
『……どのみち、魔薙ちゃんでも殺せなかったじゃないですか』
「まー、そうだけどな」
『わたしたちが死なないなら、死ぬことができないなら。彼女の話を聞いて、やり直していく方向に持っていくしかないと思うんです』
ちらりと、いつの間にベッドに伏せている菊乃ちゃんを見ました。
今回のことで、なんとなくですが、わたしが心霊調査をする理由が定められたような気がします。もしかしたら、菊乃ちゃんに復讐させなくていい答えを出せるのかも、とも。
「それよりアンタ、喋れるんだな……」
『アンタじゃなくて、
「そっか。幽月……さん。昼ん時は、ごめん」
『いいですよ、死んでませんし! あと、令でいいです! いまさら名字でさん付けとか、なんだかむず痒いですし!』
一度死んでますけどね、と言葉を付け足して、ぺろっと舌を出しました。
「わかった……令ちゃん」
『はい! よろしく、魔薙ちゃん!』
ほんのりと顔が赤くなる彼女の右手を強引に取って、ぶんぶんと握手しました。せっかく気兼ねなく触れるのに、握手をしないのはもったいないと思うので。
ふと、菊乃ちゃんが目の端で起き上がるのが見えました。その時の彼女は少しふてくされたような顔をしていて、これはあとで大変だと思いました。
*
魔薙ちゃんたちは家の除霊を終えたという体裁で、報酬をもらってから早々と夜更けの外に出ていきました。掃除機やエアガンやスピーカーの音は、菊乃ちゃんがすべて心霊のせいだと両親に説明して、無理やり納得させました。
そして、次の日。
朝のニュースを見ている時、わたしは目を疑いました。
『謎の大量自殺 原因はWar Tuberによる呪いか』
わたしは菊乃ちゃんに振り向いて、ソファ越しにすがるように訊きました。
「あのっ、これ……」
「多分、過激派ファンがカルト化したんだと思う。彼女に呪殺されたがってたファンの人たちが、呪殺をやめた御前キルの代わりにみずから行動を起こしたんだ」
菊乃ちゃんは目を落としていたスマホから顔を上げて、
「御前キルがなにもしなくても、彼女が気まぐれに生んだ都市伝説の影響力はすさまじいものだった。いま、御前キルが殺ったか殺ってないかで、朝っぱらから
「そんなの、やってるわけないじゃないですか! 昨日、生放送を見た人だっていっぱいいるはずですし――」
「まあね。ただ、インターネットにおいて、正しさの意味は特に軽くなるから。ほとんどの人にとって御前キルは都市伝説であり、ただの話のタネでしかない。だから、やってるかやってないかはもう関係ないんだよ」
菊乃ちゃんはとても冷酷な声で、そう言いました。
キルさんはいまごろ、ひどい誹謗中傷にさらされているのでしょう。そう思うと、どこか心が痛みました。
それでも、彼女がこれからも自分を貫き、誓いを守っていてくれること。わたしはただそれを心で祈りました。
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