撃つのをやめてください!
時間が来る途中、そういえば
すると、意外とあっさり答えてくれました。
「十四だよ、中学二年。お前らは?」
『わたしも きくのちゃんも 16です』
『こう1 です』
『まなさんは がっこう どうしてるんですか?』
「親父の手伝いの日以外は行ってるよ……てか、漢字で書けねーの? めっちゃ読みにくいんだけど」
『ごめんなさい』
『ペンの コントロール けっこうむずいんですよ』
「そっか……ていうか、年上か……」
なにか思うところがあるのか、なんとも気まずい調子で頭をかいていました。
それを聞いた
「この機会に、
「あァ? 誰が敬うかよ、雑巾カフェ」
「菊乃だよ。いい加減覚えて」
「覚えてねーわけじゃねえよ! 服がダセえぞ!」
「いまそれは関係ないだろ、不良品」
「品は余計だろ! 見殺しにすんぞ!」
菊乃ちゃんと魔薙ちゃんが睨み合いはじめました。このままでは、本当に菊乃ちゃんが見殺しにされかねません。
わたしはすぐにお互いをなだめるように説得しました。魔薙ちゃんは聞き分けが良く、書いた内容を見てすぐに落ち着いてくれました。
一方、菊乃ちゃんの方はだいぶ説得に時間がかかり、納得させる頃には生放送が始まる五分前までかかりました。
待機中の黒い画面がぱっと明るくなり、アニメチックな金髪の少女が映し出されました。
『はい、どうもぉー!
『それでは今日も殺していこうと思うのですがぁ、先に! いつもの一曲、やっていきたいと思いまぁす!』
両手をぐっと前にガッツポーズして曲が流れはじめます。端に流れるコメント欄が目まぐるしく流れていきます。
〈キルたあああああああん!!!!!!!!!!!!!〉
〈俺を殺してくれええええええ!!!!!!!!!!〉
〈鎮魂歌きたああああああああああああ!!!!!!〉
挙げていくとキリがないのですが、なんというか、熱狂的なコメントが多い印象でした。都市伝説的な存在で、見る人も限られるため、おのずと熱狂的な視聴者ばかりが残るのでしょうか。
イントロが始まったところで、菊乃ちゃんがキーボードを打ち始めました。
〈歌ってんじゃねえぞ音痴〉
〈聞くにたえないから、黙ってさっさと殺人動画流せ〉
〈身の程わきまえろ悪霊メス豚ビ○チ〉
そんなタチの悪い
「ちょっ、なにやってんですか……」
「御前キルの動画、アンチが異様に少ないんだよ」
「えっ……」
「いくら都市伝説みたいな存在でも、活動場所はインターネット。おのずと民度の低い奴が興味本位で出てくるはず。だけど、御前キルにはそれがほとんど定着しない」
「つまり……そういう視聴者を狙って殺していると……」
「そういうこと」
それにしても、さっきから酷いコメントばかりが目まぐるしいタイピングで打ち込まれ続けています。菊乃ちゃんの方を見ると、口元に歪んだ笑みが浮かんでいました。
御前キルは少し荒れたコメント欄を見て一瞬困惑しながらも、『それじゃぁ、皆さんお待ちかね! 今日もどんどん呪殺していきたいとおもいまぁす!』と快活な調子で言いました。
「待ってました!」
〈さっさと殺してみろブス〉
しかし、さっきからの菊乃ちゃんはやけにイキイキしているような……。キーボードの扱いも手慣れていて、元からの習慣を
彼女は回転椅子に座ったまま車輪を転がして移動し、掃除機を手に取りました。魔薙ちゃんは部屋の端で除霊ネットガンを構えながら、菊乃ちゃんに呆れた視線を寄越しています。
「言っとくが、掃除機は絶対効かねえかんな」
「は? 試したことあんの?」
「試すもクソもあるかよ。掃除してるだけで除霊ができてたまるか」
「……それもそっか」
菊乃ちゃんのぽかんとした顔を見ていたところで、ノートPCから『最初に殺害するのはぁ~~~~』と聞こえ始めました。
画面には、菊乃ちゃんと魔薙ちゃんが立った部屋が映し出されていました。
「来ます!」
「来るよ!」
掃除機のスイッチが入り、魔薙ちゃんは除霊ネットガンを構えました。わたしは霊が見えませんが、対話用のルーズリーフとペンを準備します。
映像の視点をもとに、菊乃ちゃんの背後にいた黒いもやを見つけました。
「菊乃ちゃん! 後ろ!」
「おっけ!」
そのまま、掃除機のアームを背後にぶん回して黒いもやに当てました。しかし、動きはまったく見られません。
「効いてない……!」
「だから言ったじゃねーかバカ!」
除霊ネットガンのスイッチが押され、菊乃ちゃんを巻き込むように網が放たれました。そのままそれを捨てて、続けてホルスターから除霊ガンを抜いて撃ち始めます。
一方、菊乃ちゃんは片手で顔をかばいながら、もう片手で背後を払うようにしていました。
「人にエアガン向けるな!」
「うるせえ! 死にたくねーなら黙ってろ!」
そのまま、黒いもやに向けて、一発、一発、また一発。
うごめくもやの動きが鈍くなったところで、魔薙ちゃんがその一部を掴んで持ち上げました。途端、ノートPCのスピーカーを通して、金切り音が発せられはじめます。
「テメエの承認欲求満たすのに、人の命使ってんじゃねーよ」
魔薙ちゃんが鋭く睨みつけながら、除霊ガンで何発ももやに向けて撃っていきました。最初は金切り音を発していたスピーカーが、次第に『助けて』と繰り返しはじめ、それが先ほど聞いた御前キルからの声だと分かりました。
途端、菊乃ちゃんが絡んだ網で自分の首を絞めはじめました。わたしはすぐに網の方に向かって、手先を集中して網を解こうとします。
「菊乃ちゃん!」
「れ、
彼女の目には、怯えた色が浮かんでいました。
しかし、網を握るその手は止まることなく、簡単に引き剥がせそうにありません。
「どうすれば……」
わたしはせわしく周囲を見回しました。
小刻みに震える部屋の小物、黒いもやを掴んで除霊ガンを撃ち続ける魔薙ちゃん、スピーカー越しに『助けて』と発し続ける御前キル。
霊能者をもってしても、幽霊が死ぬことはないのなら――
「菊乃ちゃん」
「…………」
「待っててください……ちょっと苦しいかもですが」
わたしはすぐにノートPCの方へ向かい、立ったままキーボードを叩いてコメントを入力していきました。
〈私たちはあなたを完全に殺す手段を持っています〉
〈殺されたくなければ、いますぐ殺すのをやめてください〉
もちろん、これはハッタリでした。
そして、これだけでは御前キルを止められそうにありません。魔薙ちゃんはいまだに彼女を撃ち続けているからです。
わたしはすかさずスピーカーの内部に触れて、喉元に集中しました。御前キルができるなら、同じ幽霊のわたしでもできるかもしれない。
それは、なかば賭けでした。
『魔薙ちゃん! 撃つのをやめてください!』
力いっぱい叫ぶとともに、スピーカーから声が上がりました。魔薙ちゃんはスピーカーから響く大音量の自分の名前に驚き、引き金を絞る指を外して、もやから手を離しました。
ようやく菊乃ちゃんの首から網が解かれてひと息をついたところで、スピーカーから声が聞こえました。
『あなた、誰……?』
それは、いまにでも消えてしまいそうな、か細い声でした。
〈わたしはお友達です〉
『お、とも、だち……トモコの……』
〈ちょっと話しませんか? あなたのことで興味があるので〉
半分は心霊調査のための方便でした。しかし、もう半分は、わたしと同じ幽霊である彼女がどう生きているのか興味があったのです。
『わかった』
菊乃ちゃんがようやく網から抜け出し、残された黒いもやの塊がなかでうずくまるのを見ました。
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