不滅殺戮Gtuber 御前キル

 佐倉さくらさんと魔薙まなさんが落ち着いてソファに座ったところで、私は紙面にて事情を説明しました。紙の消費が激しいため、今回から菊乃きくのちゃんから渡されたルーズリーフを使っています。


「本当に……悪霊じゃないんですか?」


 佐倉さんが白髪まじりの髪を掻きながら、疑り深そうに訊きました。


『いろいろ かんちがいが あったんですよ』


『まあ ポルターガイストに かわりはないのでしょうけど』


『わたし もともとしんゆうで いまは しゅごれいみたいなものなので あんしんしてください』


 わたしは一行ずつ急いで書き、そのたびに向かいの二人に見せていきます。


 隣で菊乃ちゃんはふんぞり返り、不機嫌そうにコップに入れたお茶を飲んで言いました。


「ほら、こう書いてます。ペンが勝手に動いて書いてましたよね。つまりは、そういうことです」


 この態度がすでに失礼というのは、突っ込むべきなのでしょうか。現に、向かいの魔薙ちゃんの口端くちはがヒクヒク震えています。


 まあ、菊乃ちゃんのことだし、わざとやってるんでしょう。いちいち説明すると大変ですし、とりあえず気にしないことにしました。


「テメエ……お茶、ちゃんとあるじゃねえか」


「ペットで淹れた麦の粗茶ですので。お客様に出すには失礼かと」


「……それ以前の問題だろーがよ」


 隣のお父さんになだめられながらも、魔薙ちゃんの貧乏ゆすりは激しくなっていきました。


 あまりに気まずくて、ちょうど菊乃ちゃんが空のコップを机に置いたところで耳打ちしました。


「どうしてここまで敵視するんですか?」


「言ったはずだよ。インチキ屋にする礼儀なんてないって」


「多分インチキじゃないですよ。あの子、わたしに触れましたし。それに、さっきの見ましたよね?」


「それに、いまはらってほしい霊なんていな……」


 言いかけて、口元に手を当てました。わたしも同時に、ひとついいことを思いつきました。


「あの……」


「ああ、うん……そっか、それいいな……」


「おい、なにブツブツやってんだ。結局、依頼の方はどうすんだよ?」


 お互いにうなずき合ってるところで、魔薙ちゃんが苛立ちまじりに横槍を入れました。菊乃ちゃんが舌を出して挑発してそれどころではなかったので、わたしはすぐにルーズリーフに書きました。


『ここのれいは はらわないでください』


『そのかわり きょうりょくしてほしいことがあります』


 ルーズリーフを見せてから、意識して指先で菊乃ちゃんの脇腹を突きました。ちょうど魔薙ちゃんと睨み合っていたところで、意表を突かれてびくりと跳ね上がりました。


「んひゃ……えっ、なに?」


「んひゃ、じゃないです。頼むんじゃないんですか?」


「わ、分かってるよ……」


 メモ帳をぱらぱらめくり、羅列したところからひとつ選んで、佐倉さんたちに見せました。


 菊乃ちゃんの指したところには、こう書かれています。


不滅殺戮ふめつさつりくGtuber 御前おんまえキル』


 いや、なんですかこれ……


 わたしが言う前に、魔薙ちゃんが反射的につぶやきました。


「なんだこれ……」


「私の知ってるなかで、家で調査できる心霊案件っていうとこんなところです。これで両親をごまかしてください」


「あの……これ、なんなんです? ふめつさつりく……じー、ちゅーばー?」


 佐倉さんがいぶかしげにメモの文字列を見つめました。


「『War tube』って動画投稿サイトがあるんですけど、そこでちょっと、『ゴーストウォーチューバー』と名乗る投稿者がいるんです。その件で――」


「あの、私らは霊能者であって、なんていうかそのー……ネットとか探偵とかストーカーみたいなことは……」


「いいえ、たしかにこれは、あんたらのお得意な心霊案件です」


「は……?」


 菊乃ちゃんが、下の行を指して止まりました。そこには、こう書かれてました。


『週に一度、見知らぬ誰かの自殺映像を流す生放送を行う。ネット上の噂では、リアルタイムで視聴者が死んでいるとも。』


『規約違反でBANされるたびに垢を乗り換えている。こちらもネット上の噂では、殺した視聴者の垢を使っているとも。』


『この件で何度か警察の捜査が入ったが、毎度まったく無関係の人間の家にたどり着いている。』


 確かに奇妙な案件でした。


 悪質ハッカーの犯行にしては、自殺映像の件が引っかかります。ただのそういうヤラセの動画にしても、死んだ視聴者のアカウントに乗り換えてまで流す意図が分かりません。


 しかし、本当にいるのでしょうか。インターネットを操る幽霊なんて。


 メモを読んで、またも佐倉さんは弱腰の様子で訊ねました。


「あのー、BANとか垢って……」


「要するに、『ネット上で肉体死んでも身体を転々としてる』ってこと。今回のは特殊だけど、インターネットじゃたまにあるんだよ」


「えっ、怖……だいたい、お父さんインターネットの幽霊とか扱ったことないよ……」


「とりあえず、親父は黙ってろ。あとはウチが話聞くから」


 佐倉親子のどつき合いの話が終わり、魔薙ちゃんがこちらにニヤリと笑みを浮かべながら向き直りました。


「面白そうだな。で? そいつどうすんの?」


「今回は、こいつを私の部屋に呼びます」


 二人が見つめ合い、お互いにいたずらっ子のような笑みを浮かべています。実はすごく気が合うんじゃないかと思うほど、すごく楽しそうです。


 しかし、わたしは前回の心霊案件のことを思い出し、なんだか逆に不安になっていました。




 菊乃ちゃんとわたしと魔薙ちゃんの三人で、菊乃ちゃんの部屋に集まりました。佐倉さんは有事の際のため、居間で待機しているそうです。


 菊乃ちゃんがノートPCの電源をつけているところに、こそっと耳打ちしました。


「大丈夫なんですか? 前回、スタンガン効かなくて割とピンチでしたけど」


「今回はあれで実験するよ。もしかしたら、幽霊は風に弱い可能性がある」


 胡散臭げな視線を送ってから、菊乃ちゃんが親指の指した方向を見ました。そこには、コンセントをプラグに繋いだ掃除機があります。


 わたしは思わず苦笑いを浮かべてしまいました。


「どこの映画ですか。絶対失敗しますよ」


「でも、幽霊屋敷は掃除機かけてないから幽霊が溜まりやすいかもしれないでしょ。霊能者が掃除機かけてるのも見たことないし」


「はあ……」


 本当に大丈夫でしょうか。


「とりあえず、死なないでくださいね……」


「……分かってるよ。あいつを殺すまでは」


 その言葉に、わたしはなにも言えませんでした。


 せめて、わたしがどうにかできればいいのですが。あいにく、ちょっと物持ってなにかするくらいのポルターガイストしかできないので、現状ではどうにも難しいものです。


 とりあえず、今回は魔薙ちゃんという助っ人がいます。彼女の方を見ると、なにかを手に持って準備していました。気になって、ルーズリーフ越しに訊いてみました。


『なんですか それ?』


「あ、これ? 除霊ネットガン。これで一定時間、幽霊が捕まえられる」


 彼女の持っている、『除霊ネットガン』と呼ぶもの。柄が細長く黒い懐中電灯のようで、全身に白文字がびっしりと書かれています。


 これが最近の霊能者のスタイルなのか、それとも彼女の独自のものなのか。いかんとも捉えがたい、という感じでした。


 白文字に意味はあるのかと読もうとしていたところ、魔薙さんがいきなりくるりと振り向きました。


「そうだ。おいコラ、雑巾カフェ」


「誰が雑巾カフェだ、チンピラ」


「あァ? てかテメエ、自分のパーカー見てみろよ。めちゃダセえぞ……って、違えよ。テメエ、ダチの写真とか持ってねえのか?」


「チンピラにセンスのこと言われたくないんだけど。……残念ながら、そういう写真は一枚もない。写真、嫌いだから」


 菊乃ちゃんは目をくれず、ノートPCで準備を進めています。


 そういえば、菊乃ちゃんはあの写真を見てくれたのでしょうか。わたしは隣に立って、ふと訊いてみることにしました。


「あの」


「ん、なに?」


「スマホの写真、見てくれました?」


「写真?」


 なにも知らなそうな、呆けた様子。


 実際、なにも知らないのでしょう。普段から、まったく写真を見ることがないのだと分かりました。多少は気づくのを待っていたので、少し複雑な気分でした。


 わたしは彼女の手元に置かれたスマホのパスワードを解除して、写真アプリを開きました。「なんでパス知ってるの?」と驚いた顔をされましたが、とりあえずにこりと笑顔を返しておきました。


 開いた写真の最新に映し出された画像。輪郭の少しぼんやりとした、肩口ほどの髪の少女の写真が映っていました。


「これ……」


「実は、一昨日ほど前に、頑張って撮りました。まだ見れたものじゃないですけど……」


 その声に構わず、菊乃ちゃんは手で包むようにスマホを持ち、丸くした目でじっと眺めています。


 それからスマホを切って、目を伏せて言いました。


「……嬉しい。ありがとう」


 彼女は口元に少しだけ笑みを浮かべて、作業を再開しはじめました。


 しばらくして、ようやく御前キルの生放送リンクの情報が入手できたようで、そのままリンクを踏んでサイトを開きました。


 生放送開始予定が十九時。現時刻が十七時半ほど。


 ひとまず、その時間まで待つことになりました。

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