霊能者来訪
わたしに がいいは ありません!
静かに灰になっていく様子に、わたしは罪悪感を覚えました。
「さ、さすがに燃やさなくてもよかったのでは……」
「ダメ。こんなばっちいもの。渡す相手はもういないし、怨念こもってそう」
「普通に捨てるのは……」
「普通に捨てたら戻ってきそうじゃん」
すべて燃え尽きたところで灰をまとめて、裏庭に撒きました。ちょうど風が吹き、灰を運んでどこかへと飛ばしていきます。
裏口から中に戻り、灰皿とライターを元の場所に戻して、居間に戻りました。そうしてソファに座った菊乃ちゃんは、早速机の上のメモ帳を開きました。
「じゃあ、次の心霊調査なんだけど――」
「あの、今日って霊能者の方が来るんじゃ……」
「……そうだった」
霊能者を話題に出した途端、菊乃ちゃんはとても嫌そうに舌打ちしました。よほど嫌ってるのがうかがえます。
ちょうどその時、タイミングよく家のチャイムが鳴りました。
しかし、菊乃ちゃんはまるで動きません。
「出ないんですか?」
「あんなん来たってめんどくさいだけだよ。ここにいる霊は、
「いやでも、せっかくご両親が依頼したのに……」
「そもそも、本当に困ってたとして、この手のペテン師にできることなんてないし」
再びチャイムが鳴りました。
「
家の前で呼ぶ男の人の声。これが件の霊能者さんなのでしょうか。
菊乃ちゃんがため息をつき、ようやく玄関に向かいました。
「どちらの佐倉さんですか?」
「あっ、菊乃さん! 私です! 四年くらい前にも来た、霊能者の佐倉です!」
「と、見せかけて、実は家に押し入って私を襲おうとしている、不審者さんなんじゃないんですか?」
「は……?」
「それとも、高いツボ買わせる気ですか? うちはセールスお断りなんですよー」
「あの、菊乃ちゃん……」
「なーんか、気に食わないんだよね。霊もまともに視えないくせに、高い金もらって職業人ヅラしてんのめっちゃ腹立つ」
扉の向こうの男性は困惑したように言葉を詰まらせています。
困惑して、意固地でも開けようとしない菊乃ちゃんの反応をうかがっていると、
「おいコラ! 早く開けろ! テメエの依頼に来たんだろ!」
ガラの悪い少女の声とともに、突然ガンガンと扉を叩く音が響きはじめます。
「おい、マナ! そんな乱暴な――」
「ンなこと言って、何度も冷やかしされたじゃねえか! こういう時にナメられてっと、どんどんまともな仕事取れなくなんぞ!」
「反社会組織の人もお断りですー。どうぞお帰りくださーい」
「あァ? やっぱテメエ、ナメてやがんな! 冷やかしか! わざわざ呼んで、追い返して楽しむヤカラか? ふッざけんな! せめて交通費くらい払え!」
「やめなさい! マナ!」
さらに強く、乱暴に叩かれだしました。
なんともよくない状況です。
菊乃ちゃんはただ扉の前で腕を組んでいて、霊能者さん方は扉をガンガン叩いたり言い合ったりしています。このままでは、向こうの霊能者さんたちが通報されてしまいます。
わたしはやむなく扉の方へ進んで、扉のチェーンと錠を下ろしました。
「あっ……」
遅れて制止しようとした菊乃ちゃんの腕が身体を透かすと同時に、扉が勢いよく開きました。
「テメエ! さっきはよくも、好き勝手言いやがったな!」
扉の先には、小さい背丈にセーラー服を着たショートボブの女の子と、人の良さそうな小太りの中年男性。前者は涙目で怒り狂った様子で、後者はトランクケースを提げながら赤べこのように頭をペコペコ下げています。
マナと呼ばれた女の子はズカズカ歩み寄り、菊乃ちゃんの胸ぐらを掴みました。その時、彼女の肘がわたしの二の腕にぶつかり、わたしは軽く後ろへと弾き飛ばされました。
「ヤの字の人はお断りなんですけど」
「誰がヤの字だ! ウチらは霊能者だ!」
「すみません。その子、うちの娘で助手の
すっごい名前。
そう思いつつも口をつぐんでいると、菊乃ちゃんは鼻で笑いながら言いました。
「良い名前ですね。名が体を表してて」
「あァ?」
「やめなさい、魔薙! さすがに暴力はいけない!」
玄関で揉み合う様子をどうしようもなく苦笑いしながら、先ほどの二の腕の感触を思い出していました。
あの子、わたしに触れてた……?
どうにか菊乃ちゃんをなだめて、居間へと誘導させて。
わたしと菊乃ちゃん、佐倉さん親子で居間のソファに向き合って座りました。
菊乃ちゃんは愛想悪く、背もたれにふんぞり返りってえらそうに言いました。どうにも拗ねてる様子で、とても扱いづらくて困ります。
「すみませんね。用意するお茶もなくて」
「テメエ! 用意する気もなかっただろ!」
挑発に乗って前に乗り出す魔薙ちゃんを、お父さんの方が制しました。こちらの方は佐倉
『ZOUKIN CAFE』という謎英字とコーヒーカップの絵が描かれたパーカーの裾を引いて、わたしは菊乃ちゃんに言いました。
「あの、ちょっと。さすがに失礼じゃないですか?」
「ぼったくって霊追い払って終わるインチキ商売に、つけ上がられたくない」
「え? 追い払えるなら本物じゃないんですか?」
「害虫駆除してくれって頼んで、追い払って終えるような人らだし。それにそもそも、いま払ってほしい霊なんかいないから――」
「親父、やっぱり霊がいるぞ」
魔薙ちゃんがスカートで隠れた太ももから何かを抜き、わたしに突きつけました。
それは、全身を白文字で彩られた自動拳銃でした。
「死にさらせ!」
両手で構えて安全装置を外し、引き金を絞って弾を発射しました。
弾はただの黄色いBB弾で、本来ならばわたしの身体を透けて通るだけのはずでした。しかし、とっさにかばった右腕に、なぜだか殴るような衝撃が走りました。
うろたえているうちに、続けて何発も撃たれていきます。胴を狙って、何発も、何発も。
菊乃ちゃん以外、誰にも視えないはずなのに。この子、どうして……
「ちょっ、何して――」
「テメエ、さっきから気味悪ィ霊とブツブツ話してやがったろ!」
「は?」
「視えるんじゃねえのか? そこの黒いもやみてェな、呻いてるやつだよ!」
BB弾は身体を当たって床に落ちていき、撃たれたところが焼けるように痛みはじめました。
黒いもや……
まさか、わたしも実は由可さんの時のような姿だったのか。信じられず、それでも視えるという事実は受け入れなければならず。
どうにかソファから這うように逃げて、追撃を受けながら廊下へと逃げ、引き戸を勢いよく閉めました。
どうにかわたしが、無害であることを証明しなきゃ……
ひりついた身体をさすって頭を巡らせます。
そんななか、引き戸を押さえた背中越しに、暴れるようなふたつの足音が聞こえてきました。
「ま、待って! 黒いもやってなに? あれは私の親友だよ!」
「正気か? どうみても、悪霊だろうが!」
「そんなわけないでしょ!」
「菊乃さん! 落ち着いて! もしかしたら、あなたは先ほどの霊に憑かれてる可能性があります! いますぐ除霊を始めなければ……」
「憑かれてなんかない! 令は悪霊なんかじゃない! あの子はちゃんと、幽霊として生きてるの!」
菊乃ちゃんの、泣き叫ぶ声。
わたしと幸せになりたいと、呪われてもいいと。そう言ってくれた彼女にわたしも逃げないようにと、そう決めました。
だから――
「しゃらくせェ! 除霊ガンでとっとと追い払ってやる!」
引き戸が強く開け放たれるとともに居間へと引き返し、魔薙ちゃんへと突進をかけました。
魔薙ちゃんが尻もちをついて、エアガンを取り落した隙に、わたしは菊乃ちゃんに向けて叫びました。
「菊乃ちゃん! メモ帳とペンを投げて!」
「え……あっ、うん!」
パーカーのポケットから出して放り投げられたメモ帳とボールペンを受け取りました。
すかさず壁にメモ帳を開いて押し付けて、文字を書き始めました。
「この野郎……マジ許さね――」
「やめろ!」
エアガンを持って起き上がろうとしたところを、菊乃ちゃんが押さえつけてくれました。
わたしはその隙にメモを書き終わり、エアガンを構えようとする彼女の眼前へと突きつけます。
『やめてください!』
『わたしに がいいは ありません!』
佐倉さんと魔薙ちゃんはそのメモに目を丸くして、エアガンが床に下ろされました。
どうにか騒ぎが収まり、わたしはそのまま座り込んで安堵の息をつきました。
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