霊にスタンガンって効くんですか?

 部屋を出てから朝食を済ませて(わたしは食べてません。死んでるので)、早速出かけることになりました。


 ちょうど菊乃きくのちゃん以外は仕事に出ていて、机の上の書き置きにはこう書かれていました。


『霊能者の方には電話しました。明日の昼ごろにおうちに来ると思うので、今日明日は家でゆっくりしててね。 母』


 菊乃ちゃんはそのメモに眉をしかめた様子で、ゴミ箱に捨てました。理由を聞くと、「来てもお金の無駄」とのこと。なんとなくですが、菊乃ちゃんの体質の苦労が伝わってきました。


 家を出て、そのまま学校とは別方向に歩いていきます。


 菊乃ちゃんの私服は、『KITTY NEKO』という謎の英字とつぶれたカエルのような猫のマスコットキャラが描かれた黒パーカーと、青のボトムス。


 前から思ってましたが、菊乃ちゃんの持ってる服、めっちゃダサいと思います。


「それで、心霊調査ってどこ行くんですか?」


「うん。れいがいなくなった間にまとめたんだけど……」


 メモ帳をパラパラめくって、目当てのところで開きます。


「まずはこれかな。自殺者が多発する廃アパート。今は立ち入り禁止になってるんだけど、なぜか自殺するのがみんな男ばかりっていう……」


「それ、ただの自殺スポットじゃないんですか?」


「自殺の仕方が妙なんだよ。全員、自分の首を自分の手で絞めて死んでる」


「……吊ってる、じゃなくですか?」


「自分で絞めて死んでる。途中で意識がなくなるから、手では無理なはずなんだけど、全員その死に方をしているっぽい」


 どんどん狭くなる路地をしばらく歩くうちに、年季のある4階建てのボロアパートに到着しました。


 周囲のフェンスには有刺鉄線が張り巡らされていて、入り口の門は固く閉ざされています。


 門の入口には『立ち入り禁止』と赤文字で書かれた、端のさびた看板が飾られています。


「これ……わたしはともかく、菊乃ちゃんはどうやって入るんですか?」


「中学の頃にサボリに使っててさ。いまでも、それ専用の入口が残ってるはず」


「えっ……それ、大丈夫だったんですか?」


「大丈夫じゃなかったら、今ごろここにいないよ。一応、このアパートで集団暴行未遂があって、女子高校生だけが生き残った前例があるから」


「や、やけに詳しいですね……」


「勝手知ったる他人の家、ってやつだよ」


 一体、どれだけサボリに使ってたのか。


 そう突っ込みかけたところで、わずかにしかめた眉が目に入りました。もしかしたら、この件はあまり踏み込んでいいものではないのかもしれません。


 そのままフェンスをたどっていくと、途中で人ひとり入れそうな穴がありました。


 それは、子供や細い人にとっての人ひとりであり、そこそこ出っ張ってるわたしにはとても通れそうにありません。


 わたしはあごを右手でさすって、しぶりました。


「マズイですね。これ、わたし通れませんよ」


「……わざと言ってる?」


「へ?」


「心配しなくても、令は穴通らなくていいでしょ」


 無愛想な調子でフェンスを指差して、その場でリュックサックを下ろしました。


 なんのこととは言いませんが、もしや地雷に触れてしまったのでは。


 いぶかみながらフェンスをすり抜け、匍匐前進の体勢で穴を通り抜ける菊乃ちゃんの方へしゃがみます。


「別に、出っ張ってても別にいいことないですよ。穴通れないし、胸元ばかり見られるし、ブラはすぐ合わなくなるし、服はいまいちキマらないし、太って見えるし、それから――」


「もういいよ、ごめん。分かっててボケてるのかと……」


「ボケで言いませんよ、そんなこと。わたしからすれば、きれいな細身のくせに謎英字の芋っぽい服ばっか着てる方が腹立ちます」


「結構いいでしょ」


「正直、クソダサです。良い身体の無駄遣い。ふざけてます?」


「……なんかごめん」


 押し負けて萎縮しながらも、菊乃ちゃんは無事に穴を通り抜け、後から細長い腕でリュックサックを回収しました。


 菊乃ちゃんはリュックサックを背負い直してから、ふとアパートの上方あたりに視線をそらしてつぶやきました。


「でも、私は令のこと好きだよ。お姉さんって雰囲気あって、私と違ってかわいくて、優しいから」


「……なんですか、いきなり」


「令が令でよかったなって。そう思っただけ」


 返す言葉が浮かばなくて、口元を隠してうつむきました。こうしないと、どんな顔をしているかバレる気がしたからです。


 なにかしてごまかさないとと思いながら、悩んだすえに制服のスカートをパンパン払いました。


 土ひとつも払えないスカートに対し、生前の癖だと思いこむことにしてから、すぐに菊乃ちゃんのあとについていきました。




 〈103〉とプレートに書かれた部屋の前に着くと、菊乃ちゃんはリュックサックから黒くて四角いグリップのようなものを取り出しました。


「それ……」


「スタンガン」


「は? いや、スタンガンて……なにに使うんですか?」


 コンコン、と空いた手で当然のように扉を叩き、遅れてガチャリとじょうの下ろされる音が聞こえました。


「えっ、誰か住んでるんですか?」


「……まあ」


「待ってください! 誰かいるなんて聞いてないです! しかもスタンガンって……」


「まあ、とりあえず見てて」


 まるで実家に帰ったかのように、菊乃ちゃんはためらう様子もなく扉を開きます。


 その先には、誰もいませんでした。ただ、からっぽの玄関と廊下があるだけです。


 しかし、菊乃ちゃんはかまわず、スタンガンを持つ右手を気楽そうに軽く上げました。


「あーっと、ひ、久しぶり。ちょっといい?」


「……あの」


「黒いドレスの女、覚えてる? うん。なんか手がかりがあったら教えてくれると助かるんだけど」


「まさか……」


 わたしをよそに、彼女は虚空に向けて、早口にまくし立てます。


 なんとなく、さっき開けた『誰か』の正体に気づきました。


「幽霊……ですか?」


「知らないか。そっかぁ、ごめんね。ところで――」


 菊乃ちゃんはスタンガンのスイッチを入れて、いきなり玄関に駆け込みました。


 一瞬、スタンガンの発するわずかな光の向けられた先に、黒い縦長のもやのようなものが見えました。


「幽霊って、どうやったら死ぬと思う?」


 直後、アパートがぐらぐらと大きく揺れはじめました。菊乃ちゃんがぐらりとバランスを崩して、廊下の壁にぶつかりそうになります。


 危ない!


 おくれて駆け出し、彼女の腕を掴みました。何度か滑る感覚を経て、ギリギリ壁にぶつかる寸前で掴むことができました。


「ありがと、令――」


 安心するのもつかの間。


 背後の扉が、いきなりバタンと閉まりました。


 菊乃ちゃんがしがみつき、扉を開けようとドアノブを動かし強く押しても、一向に開く様子がありません。


「……開かない」


「ど、どうするんですか? アパート揺らして錠なしで扉閉めるような人、どうにかできるんですか? ていうか、そもそも霊にスタンガンって効くんですか?」


「わかんない。でも、相手は見えるし、万一ってあるから。とりあえず、スタンガン当ててみる」


 またもスイッチを入れて、もやに向けて走り出します。


 今度は上から、なにかの砕ける音。


 発する先を見ると、天井が一気に崩れるのが見えました。


 またかと、なかば本能で彼女の背中を押し倒し、覆いかぶさるようにしました。上から降ってきた天井パネルの破片をなるべく手で払い、菊乃ちゃんの手から離れたスタンガンをすぐに拾って、もやへと駆け出します。


「いけえええ!」


 黒いもやのなかへ、スタンガンのスイッチを入れました。


 先端の金属から電気がバチバチと弾けた音をほとばしらせ、たしかにそれに食らわせました。


 しかし、それは少し後じさっただけで、様子にほとんど変化がありません。


「……効かないですけど」


「…………」


 返事がありません。


 彼女の方へ振り返ってみると、別に意識に別状があるわけでもなく、ただすっとぼけようと目をそらして黙っているように見えました。


「他に、なにか手は?」


「自信、あったんだけどなぁ……」


「…………」


 明らかにへこんだ様子で、彼女がその場に座り込みました。


 どうしてスタンガン以上の案もなしに突っ込んだのか。せっかちすぎやしないか。


 言いかけて、状況が状況だけにやめました。


 ふと背後からガリガリと音が聞こえるのに気づき、今度はなんだと音の先を振り返って身構えました。


 居間の隅に、黒いもやが立っていました。そして、その隣の居間の壁には、深く大きく掘られたような字が書かれていました。


『みえないあなたは おともだち?』


 バランスが崩れて、どこかつたない字。それでいて、そのところどころには、どうにか修正しようとした形跡が見受けられます。


 スタンガンを捨てて菊乃ちゃんに駆け寄り、パーカーからメモ帳とボールペンを取りました。破片を払った床の上にメモ帳を置いて固定し、空いてるページに横向きで書いていきます。


『わたしは おともだちです』


 こちらも慣れないあまりにバランスが崩れて、それでも観念してもやに向けて掲げました。


 下手をすれば、菊乃ちゃんの命が危ぶまれる。そうして、これが慎重に判断した結果でした。


 まもなくして、先ほどの文字の下の壁がゴリゴリと削られていき、またつたない文字を書かれていきます。


『よかった』


『そうだんに のってくれない?』


『そこのバカ はなし きいてくれないから』


 今度は行に分けられ、少し長めのようでした。


 そこにいる『誰か』が、何を考えているか。それがようやく分かって安堵の息をつきながら、メモ帳に急いでつづって掲げました。


『わたしでよければ』


 メモ帳とボールペンを下ろして、背中から床に投げ出しました。


 とっさに菊乃ちゃんを一瞥いちべつしてみると、彼女は気まずそうに視線をそらして、上げた膝で顔を隠していました。

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