そばにいるって、そう決めたので。
親友がわたしのために復讐を誓っていた場合、当事者のわたしはどうすればいいのでしょう。
街灯がところどころで灯る深夜の屋外で、ふとそんなことを考えていました。
こういう場合、「わたしは復讐を望んでない」と言うべきなのでしょうが、彼女は彼女の意志でやってるためにそういうわけにもいかなそうです。
あの後、お母さんが菊乃ちゃんをどうにかなだめて、しばらく学校を休むよう言って寝かせました。明日になったら、霊能者の方にも電話をするそうです。
しかし、一晩寝たところで、彼女の中の憎しみがしずまることはないのでしょう。彼女はこれからもずっと、わたしのことで呪われ続けるんだと思います。
それが、復讐心というものでしょうから。
それでもわたしは幽霊として、今も生きています。
そんな今のわたしに、できることは――
「こんばんは、
ふと、目の前に突然、小さな影が現れました。
立体の影ともいえるそれは、黒のレースの日傘をさした、真っ黒なゴスロリドレスの少女。
これが菊乃ちゃんが言っていた、黒いドレスの女。なぜだか、ひと目見ただけでその確信がありました。
「誰、ですか……?」
確認のため、そうたずねてみました。
すると、影のなかの不気味なほど白い顔から、残忍そうな笑みが浮かびます。
「あら、覚えてない? まあ、当然よね。わたしは誰にも見えないから」
少女が一歩近づき、指でわたしの額に触れました。
直後、頭にノイズが走りました。
頭の中でなにかが流し込まれる感覚とともに、ふっと意識が遠くなっていきます。
「わたしはトモコ。あなたの『お友達』よ」
その言葉を最後に、意識がぷつりと途切れました。
*
わたしはトモコに手を引かれて、歩いていました。
――あなたのこと、前から気になってたの。わたしの『お友達』にならない?
はい……いいですよ……
――わたしの『お友達』になれて、嬉しいでしょ?
はい……嬉しいです……
――じゃあ、死んで?
はい……わかりました……
トモコに連れられて、わたしは赤信号の横断歩道に飛び出して。
横からクラクションが聞こえました。
それに気づいた時にはもう遅く。
はね飛ばされ、激痛が走り、視界が暗くなっていきました。
*
目を開けると、元の夜の屋外に立っていました。
「ね? 本当だったでしょ?」
目の前のゴスロリ少女が、白い歯を晒してニタニタ笑っています。わたしはおじけづいたのか、思わず少女から後ずさりました。
あの記憶には、まったく覚えがありませんでした。わたしが覚えていたのは、気づいたら車の前に飛び出していたということだけ。
「これはあくまで、わたしの視点をもとにした記憶ね。実際の令はわたしが視えなかったはずだし、ただ取り憑かれて催眠状態だっただけだと思うわ」
心の声を読み取るように、トモコが答えました。
「どうして、わたしを殺したんですか? なんの恨みがあって――」
「まさか! 恨みなんてないわ! ただ、あなたを『お友達』に欲しかっただけなの」
そんな理由でわたしは死んで、菊乃ちゃんを苦しめさせてしまったのか。
こぶしを固めて、歯に強く力を込めました。この仕草もしょせんは生前からの癖でしかなく、そこに実感はありません。
それでも、わたしのこの身体のなかで、たしかな怒りを感じていました。
トモコは日傘の柄を持つ手を合わせ、
「あっ、せっかくだから、これからいろんな『お友達』のところに会いに行かない? あなたは彼らが視えないから、わたしが通訳してあげ――」
「せっかくですけど!」
握りこぶしを解いて、あごの力を抜いて。
怒りの感情を抑えて、落ち着いて、一言一句をたしかめるように言いました。
「わたしには、菊乃ちゃんがいるので」
途端に、トモコの顔から笑みが消えました。
「あの女は『お友達』じゃないでしょ」
「あなたにとってはそうかもしれませんが……わたしにとっては友達だし、親友です」
そう言う間にも、トモコの小さな身体から、なにか視えない強大な力が放出されていました。
実体のないわたしの身体でも、ピリピリと静電気のようにしびれるのを感じられます。
トモコは一瞬にらみつけてから、くるりと踵を返しました。
「残念ね。死者と生者、ましてやあの女なんかと、ずっと『お友達』でいられるわけないのに」
日傘越しにふん、と鼻を鳴らすのが聞こえると、その姿が煙のように一瞬で消えました。
その後、夜通しでルーズリーフに線を引く練習をして、夜が明ける頃にはようやくしっかりした直線が引けるようになりました。
文字も書けるかなとついでに試してみましたが、こっちはなんとも小学生みたいな汚い字ができてしまいました。生前はきれいな字だと色んな人に褒められてただけに、とても複雑な気分です。
朝の七時過ぎ、菊乃ちゃんが目を覚ましました。
わたしの練習する音がうるさかったのかもと手を止めると、菊乃ちゃんは構わずそれを見ていました。
「おはようございます」
「うん、おはよう」
「わたし、ようやくちゃんと直線引けるようになったんですよ! 史上初、直線を引ける幽霊!」
「……あはは」
気のない笑いで流しながら、タンスから着替えを出してそそくさと私服に着替えていきました。いまのでちょっとだけ傷ついたのはナイショです。
彼女が着替えを終えると、押し入れからホコリのかぶった黒いリュックサックを取り出しました。見たところ、長らく使ってなかったという印象があります。
それを窓枠から乗り出してぱんぱん払うと、ホコリがボロボロ落ちていきました。
「あれ? どこか出かけるんですか?」
「言ったでしょ、心霊調査。せっかく学校休みになったから、今日行こうと思って」
言いながら、真剣な眼差しでリュックサックのなかに淡々と道具を詰めていきます。
やはり、寝たくらいでは彼女の復讐心は消えていませんでした。本当に、あの黒いドレスの女――トモコを殺そうとしているようです。
「私は、令が止めても絶対するから。もし嫌だったら、この家で待ってて」
「わたしは……」
昨日の身体のしびれる感覚を思い出しました。
もしあの少女が本当に悪霊で、生きた人ひとりを殺すだけの強い力を持っているのだとしたら、たとえ霊視体質の菊乃ちゃんでもあまりに危険なのではないか。そう思えてなりませんでした。
「悪霊、なんですよね?」
「そうだね。あくまで私が、人を惑わせ陥れる幽霊として、そう呼んでるだけだけど」
「大丈夫なんですか? そんな相手、菊乃ちゃんも殺されませんか?」
彼女は準備する手を止めて、引きつった笑みを浮かべました。
「……それでもいいよ」
「いいって……」
「死んだ
「幽霊は殺せないですよ。殺す命が、ないんですから……」
「だから、これから探すんだよ。殺す方法を」
菊乃ちゃんはリュックサックの口を閉めて背負い、扉の前へ進みました。
そして、部屋のドアノブに手をかけたところで振り返り、震えた声でたずねました。
「令は、どうする?」
その問いに、答えをためらう。
あの悪霊が危険なのは、わたしでもよく分かっていました。もしかしたら、悪霊の視える菊乃ちゃんは、もっと酷い目に遭わされるかもしれません。
それならば――
「行きます。菊乃ちゃんのそばにいるって、そう決めたので」
彼女が目を丸くして、こちらを見ました。
そんな彼女の前で、わたしはルーズリーフを慎重に持って、彼女の前に掲げます。
「やっと直線が引けるようになったんです。文字はまだ下手ですが、それだってすぐに慣れるはずですから。わたしはこれからどんどん、この身体でできることを増やしていくつもりです――」
途中で、手からルーズリーフが滑り落ちてしまいました。
床にふわりと舞い落ちたそれを見下ろして、お互いに一瞬だけ拍子抜けて。
先ほどの光景を見なかったことにして、恥ずかしさをかなぐり捨てながら、かまわず続けました。
「だから、わたしはいつか、菊乃ちゃんを守れる背後霊になりたいです!」
「……それ、どっちかっていうと守護霊じゃないかな」
「どっちも霊だし、同じようなもんです!」
わたしのいきどおった声に、彼女は口を押さえてくすくす笑っていました。
そんな顔を認めて安堵しながらも、先ほどの恥ずかしさを思い出し、わたしはごまかすように目をそらしました。
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