心霊調査に、興味ない?
芯はあらかじめ数センチ出してもらい、どうにかルーズリーフに描きはじめました。しかし、相変わらずミミズ状態は治らず、チョークの時以上の糸ミミズができてしまいました。一体この菜箸で小豆をつまむような作業は、いつになったら慣れるのか。
わたしが練習をしてる最中、菊乃ちゃんは宿題を終えて、スマホを持ってベッドに座り込みました。そして突然構えると、パシャリと写真を撮りました。
「ちょっ、なんですかいきなり……」
「……やっぱり映らない」
「そりゃ、幽霊ですし。普通映らないものなんじゃないんですか?」
「たちの悪い霊だと、たまに写真や映像でも映ることがあるんだけど……
「別にたちの悪い霊じゃないですからね!」
えへんと腰に手を当てて胸を張る様子に、露骨にため息をつかれてしまいました。
「というか、菊乃ちゃん元から写真とか嫌がってませんでしたか? いきなりどうして……」
「なにが映るか分かんなかったから。でも、そうやって嫌がってるうちに……」
菊乃ちゃんはだらりと手を下げて、スリープ状態にしたスマホをその場に放り、そのまま背を向けてベッドに寝転がりました。
やはり、今でも引きずっているのでしょうか。わたしとできなかった色んなことで、ずっと、ずっと……
菊乃ちゃんが寝息をたて始めたところで、スマホに手を伸ばしました。薄くて大きなスマホを持ち上げるのはチョークやシャーペン以上に難しく、さすがに持ち上げるのは諦めて、集中してホームボタンを押して起動しました。
「パスワードは……」
030625。
ある時偶然知って黙ってたのですが、なんと彼女はわたしの生年月日をパスワードにしていたのです。「どうしてそんなものを……」と思ってましたが、今日のことでようやく分かったような気がしました。
ロックを解除し、カメラアプリを起動しました。ベッドに塞がれて真っ暗闇を映すアウトカメラの画面からインカメラに変え、天井しか映さない画面に向けて集中します。
菜箸で小豆を掴むように、幽霊による物への干渉は高い集中力によってようやく成立する。それが、今日学んだことでした。
十分ほどでようやくぼんやりとシルエットが浮かび上がり、そこからはまったく変化がありません。それがわたしの、いまの限界でした。
わたしは観念して、撮影ボタンを押しました。
またスリープ状態にして、シャッターを切る音で目を覚めないかおそるおそる確認します。彼女は変わらず、ささやかな寝息を立てて眠っていました。
「気づいたら、びっくりするかな……」
わたしはベッドのそばに座り、彼女が目を覚ますまで線を引く訓練をすることにしました。
夕ご飯を食べてる間、居間のソファに座っていることにしました。まさか菊乃ちゃんのご両親も、わたしが堂々とソファを占拠しているとは知るよしもないでしょう。
夕飯を食べてる間はテレビがつかないので、どこを見るでもなくぼけーっと猫みたいにくつろいでいると、食卓の方からくすっと笑う声が聞こえました。
「どうした、菊乃?」
菊乃ちゃんのお父さんがガタッ、と椅子を動かしました。休日に遊びに行った時に何度か見かけた、いつも人の良い感じのお父さん。
「あ、えと……ごめん、なんでもないの……」
「大丈夫? 令ちゃんのこともあるし、またアレが視え始めたんじゃない?」
「大丈夫だよ。ちょっと、思い出し笑い」
お母さんの方が心配した様子で、菊乃ちゃんを見ていました。こちらは仕事が忙しいらしく、わたしも二度くらいしか見たことがありません。
菊乃ちゃんの家庭は両親ともに働いています。家事はひとりっ子の菊乃ちゃんか比較的余裕のあるお父さんがやっているとのこと。
ここ最近はずっとお父さんが料理をしているらしく、その原因はなんとなく分かってしまいます。
「ごめん……」
菊乃ちゃんの方を見て、小さくつぶやきました。
彼女はただ食卓に目を伏せて、わざとらしく笑うばかりでした。
「ただでさえあんなことがあったんだからな。また視え始めたら、すぐに言ってくれていいからな」
「……うん。ありがと」
食事が再開されても、食器や箸の立てる音が際立つほど静かなままでした。
わたしはいたたまれないまま、ソファに座り込むばかりでした。
そんなこんなで、お風呂です。
実体のないわたしはお風呂に入る必要はなかったのですが、菊乃ちゃんの頼みで入ることにしました。つまり、菊乃ちゃんは今日から史上初の幽霊とお風呂に入る人になるわけです。
ところで、死んだ時に一緒になってついてきたこの服は、はたして着脱できるのか。
気になって脱衣所で確かめてみると、事故に遭った当時の概念の制服は簡単に脱げてしまいました。制服どころか、なんと下着まで再現しています。
「幽霊って服脱げるんですね!」
「私も、脱いでるのは見たことなかったけどね……」
一方の菊乃ちゃんは、華奢な裸身のまま大事なところを両手で隠し、顔を赤らめた様子で浴室に進みました。
それから、わたしは洗う生身がないので湯船へ。菊乃ちゃんは先に髪と頭を洗うためにシャワーの前に座ります。
ここでまた新たな事実が判明しました。なんと、幽霊の身体ではお風呂のかさ増しがゼロなのです。
「菊乃ちゃん! わたし、体積0ですよ!」
あまりに嬉しくて、おもわず頭を洗ってる菊乃ちゃんに向けて報告しました。
こちらを見た彼女が薄目で苦笑いしていると、垂れてきたシャンプーが目に入って、慌ててシャワーのノズルをひねり始めました。シャンプー中に話しかけてはいけないと、死んでからまたひとつ学びました。
しばらくして、身体を洗うのを済ませた菊乃ちゃんが、タオルで長い髪をまとめて湯船に入りました。
彼女が脚を折りたたんで実体のないわたしの分のスペースを空ける様子に、なんだか申し訳ない気分になってきました。
「大丈夫ですか? 狭くないですか?」
「令は大丈夫? ……っていっても、幽霊だもんね」
「わたしは湯船をすり抜ければいいですし、なんならお風呂に入る意味もないんですけど……」
「私、令とこういうこともやりたかったんだ。お風呂じゃなくても、いつか温泉とかで」
ふと天井を見上げて、彼女はそんなことをつぶやきました。菊乃ちゃんはまた、悲しそうな表情を浮かべていました。
「ねえ、令?」
「……なんですか?」
「私、復讐したい」
彼女の声色が、突如凍りついたように一変しました。
ふと、朝言ったあの言葉を思い出しました。
『自分を殺した相手がいたとして、そいつに復讐してほしいって思う?』
あれは「復讐してもいいか?」という、彼女からの確認だったのだと。今になって、分かりました。
わたしは、軽い調子を作ってなだめようとしました。
「だ、だだ、ダメですよ……だいたい、朝もいいましたが、あの事故、運転手さんは別に悪く――」
「そっちじゃない!」
声が憎々しげに変わり、目を見開いて、両手で顔を押さえました。
「令を殺したのは悪霊だよ! あの黒いドレスの女が令を惑わせて、あの事故に導いたんだ!」
刺さるほどの叫びが、風呂場に広がりました。
その声に反応したのか、菊乃ちゃんのお母さんが脱衣所に入ってきました。
「どうしたの! 菊乃!」
「あの、菊乃ちゃん……声、抑えて」
「ねえ、令……」
急に激しさが消えて、消え入りそうな声で言いました。
「心霊調査に、興味ない? 私、あいつ探して、殺すんだ……」
いまにも泣き出しそうなほどの震えるような笑い声。菊乃ちゃんのお母さんが浴室を開けて、その様子を心配そうに見つめているのが見えます。
わたしを殺したのが、悪霊……
そして、その真実を前に、わたしはただ言葉を詰まらせていました。
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