毒乙女日記
倣家みん
わたしは本を読む、そして日記を書く
わたしは一日三時間本を読む。予定のない休日は、本を読むのに五時間、映画を一本観るのに大体二時間を費やす。余った時間で食事と会話を楽しむ。
「今日は『少女は自転車に乗って』を観ようよ」
そう言って、わたしはレンタルショップの紺色の袋から透明なDVDケースを取り出し、友達に見せる。
「いいよ。どんな話なの?」
「イスラム教の女の子が自転車に乗る話」
友達は「ふーん」と呟いたきり、それ以上は何も聞いてこない。まるで興味がないのかもしれないし、宗教の話は複雑すぎると思ったのかもしれない。
「この前一緒に観た『メアリーの総て』の監督だよ」
わたしが重ねて言うと、今度はさっきよりも高い声で「へえ」と返ってくる。わたしはテレビの前まで行き、PS4のドライブにDVDを差し込む。
映画が終わる頃、わたしは自室に戻って一冊の本を持って帰ってくる。老人と小さな男の子が楽しそうに寄り添う表紙を見せながら、言う。
「自転車で思い出したんだけど、ついこの前読み終わった本にも、初めて自転車に乗る話が出てきたんだ。こっちは男の子なんだけど」
友達は「それもイスラムの話?」と問う。「ううん、オーストリアの話」とわたしは答える。
作者のトーマス・ベルンハルトは、アゴタ・クリストフがオーストリア系の作家で(おそらく)唯一絶賛している作家だ。彼の子ども時代を描いた『ある子供』には、初めて自転車に乗って遠くまで行こうとする少年の話がある。
わたしが話し終えても、友達からは特段反応が返ってこない。わたしたちの趣向が噛み合うことは数ヶ月に一度しかないから、そのまま本を持って自室へ戻る。
再びテレビのある部屋に帰って来たとき、わたしは腕に別の本を抱えている……『自転車乗りの夢--現代詩の20世紀』。
「先週、職場の先輩に借りた本だよ。近頃は自転車に縁があるのかな」
「どんな本なの?」
「詩人が20世紀の作家を批評する本らしい」
そう言って、わたしは本を開いて読みはじめる。友達はゲームの電源を入れる。
最初の章は萩原朔太郎についての評文で、彼が自転車に乗る練習をする日々を綴った日記が載せられていた。
「朔太郎ってすごく不器用で、みんなで歩いてても一人だけ車に轢かれそうになるタイプの人だったらしいよ」
「ふーん」
その後も、わたしが面白いと感じるエピソードがあったときは声に出して伝える。その度に友達は「ふーん」か「へえ」と返す。
わたしが本を閉じると、友達は思い出したように言う。
「初めて自転車に乗ったときのことなんて、覚えてないよね。そんな重大なことじゃないし」
「そうだね」
わたしは初めて自転車に乗ったときのことを思い出そうと努める。けれど、二つの補助輪がアスファルトの上をガタガタと走る感覚以外、わたしはなにも思い出せない。
毒乙女日記 倣家みん @tonoyu121
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